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日中戦争(支那事変)6 参謀本部第二部支那課

1 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/19(木) 23:25:50 ID:bHb00LYs
満州事変、盧溝橋事件、通州事件、第二次上海事変、南京陥落、徐州作戦、
武漢攻略作戦、重慶空襲、トラウトマン工作、拉孟の玉砕、大陸打通作戦等……。
日中戦争を軍事的に語るスレッド。帝国陸海軍の内情も可。

前スレは「容量オーバー」のため、787でお亡くなりになりました。合掌w。
まだまだ語るべきことは尽きません。引き続きマイペースで進行していきます。

2 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/19(木) 23:32:11 ID:???
初代スレ 「 日  中  戦  争  ( 支 那 事 変 ) 」
ttp://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1121259666/

2代目スレ「日中戦争(支那事変) 被害担当艦@サドンデス! 」
ttp://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1132842768/

3代目スレ「日中戦争(支那事変)3 参謀本部第二部支那課」
ttp://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1139326210/

4代目スレ「日中戦争(支那事変)4 参謀本部第二部支那課」
ttp://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1147872368/

5代目スレ「日中戦争(支那事変)5 参謀本部第二部支那課」
ttp://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1156432384/

過去ログ(ue少将閣下作成)
ttp://kamisato2.hp.infoseek.co.jp/china/

3 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/19(木) 23:42:06 ID:???
ue少将閣下さま(前スレ>>786
>>テンプレらしきものを作ってみました。移行したらこのスレのログも保管します。
>>ttp://kamisato2.hp.infoseek.co.jp/china/log/template.html

いつも大変お世話になり誠にありがとうございます。閣下のご厚意には
感謝、感激であります。これからも一層精進して参ります。

>>イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfMが愛してやまない上海アリス幻樂団の同人ゲームの
>>『東方シリーズ』のキャラです。中佐は時折、様々なキャラのなりきりを
>>しますが、そこは生暖かく見守ってやって下さい。

テンプレまでも…(泣)。

4 :名無し三等兵:2006/10/19(木) 23:43:00 ID:???
ヒヒヒ東洋鬼子

5 :楽園の最高裁判長 四季映姫ヤマザナドゥ ◆FU/OcfTlfM :2006/10/19(木) 23:45:14 ID:???

     ,r---、.       
   _ソヽ/`、シi.
   _>=ヘ 山/=<, 
.  ((ん'ノノルレム))
   _ソレリ ゚ ヮ゚ノリ(_     状況開始!
   ),k'ヲ:::::::::つ   
    (ン::::/:::l::ヽ 
    `~i,ンT,ノ~´.


6 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/20(金) 00:04:27 ID:bHb00LYs
>>前スレ782 >>当時軍務局長だった佐藤賢了はこう反論しています。

言うまでも無く、佐藤賢了はヒデキ(首相兼陸相)の「子飼いの部下」です。
「前スレ782」の発言が1942年11月30日ですが、その5日後の12月5日には
軍務局長の佐藤と、作戦部長の田中新一が「船舶徴用」をめぐって『鉄拳』で
殴り合いをしていますw。

ここまでは有名な話ですが、実は続きがあります。それでも納得できない田中
新一は、同日深夜、陸軍次官である「木村兵太郎」の官邸にそのまま乗り込み、
深夜3時まで激昂して「善処方」を訴えていました。

この時の木村兵太郎は、終始静かに自分の努力が足りなかった事を詫びるのみ
だったと言います。『大本営機密日誌』を書いた種村佐孝は、「その態度は謙譲、
慇懃をきわめていた。剃刀大臣の下にこの女房役あり、大臣への風当たりを一身に
引き受けて応対するところ、実に立派な態度であった」と記しています。

7 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/20(金) 00:19:57 ID:+lPOAj42
木村兵太郎は、単に田中新一の迫力に圧倒されていただけではないかとも
疑うのですが……w。

勘の良い人はお気付きの通り、『大本営機密日誌』というのはホントに
人の悪口を書かないのですw。期待に反して、人物評は「総花式」です。
どんな人物にも花を持たせています。

しかし、この点は本書の価値を下げるものではなく、逆にそれでも批判的に
書かれている人物というのは『本当に救い難かった』ことがよく分かりますw。

スレ違いの話が長引いて恐縮ですが、翌日の(1942年)12月6日には、
田中新一の「バカヤロー」事件が起きています。もちろんヒデキに対して
の罵倒です。

8 :名無し三等兵:2006/10/20(金) 00:24:17 ID:???
えICBM=イナゾウ中佐かな

9 :ue ◆WomMV0C2P. :2006/10/20(金) 00:25:02 ID:???
>>1
新スレ乙です、中佐。

10 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/20(金) 00:31:36 ID:+lPOAj42
「バカヤロー」事件当時の状況は、以下の通り。(1942年12月6日)

総理官邸の日本間に省部のトップが集まります。参謀本部からは次長の
田辺盛武、作戦部長の田中新一。陸軍省からは、次官の木村兵太郎、佐藤
軍務局長、富永人事局長です。

総理兼陸相のヒデキは和服姿で午後11時半ごろに姿を現しますが、田中新一と
ヒデキで「船舶徴用」をめぐっての激論が交わされます(無論、背景はガ島戦)。

とにかくヒデキは統帥部の要求を頑として受け付けませんから、田中は思い
余って「この馬鹿野郎!」と怒鳴りつけてしまった訳です。

ヒデキは、すっと立ち上がって「何事を言いますか!」と冷たく静かに返して、
一座は粛として声も上がりません。一同、背筋が凍りつきます。

11 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/20(金) 00:41:30 ID:+lPOAj42
種村佐孝は当時、戦争指導を担当する「参謀本部・第20班」(参謀次長直属)
でしたが、秘書官とともに隣室に控えていました。

種村は思わず日本間に入り「参謀総長の命令です、帰りましょう」と田辺次長と
田中部長を促したと言います。2人はヒデキに非礼を詫びて、その場を辞しました。

ここだけですと種村の自慢話ですがw、実は参謀総長の杉山元から総理のヒデキを
訪ねるに当たって「場が荒々しくなったら、俺の命令だと言って2人を連れて帰れ」
と耳打ちされていたと告白しています。こういう舞台裏が分かりますので、
『大本営機密日誌』は大変参考になるというか、メチャ面白い訳です。

まあ脱線が長くなりましたが、後半は「書評」ということでw。

12 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/20(金) 01:02:43 ID:+lPOAj42
>>9 こちらこそ恐縮でございます。
>>8 >>えICBM=イナゾウ中佐かな

ないないw。どこからそういう発想が生まれるのか、逆に興味深いです。
文体のクセとかかしらん?

>>4 >>ヒヒヒ東洋鬼子

個人名を指すときは「名前+鬼子」です。例えば、『華北戦記』に出て
くる虐殺拷問を繰り返す中隊長は「柏崎鬼子」と周辺住民から恐れられて
いました。自分の場合は『稲造鬼子』になりますw。

13 :えICBM:2006/10/20(金) 01:03:22 ID:???
あれほどスレを大事にしなさいと言ったのに。


>>8
はずれ。


14 :だつお:2006/10/21(土) 12:26:54 ID:ENhXMiJm
>抗日戦争中、中国共産党は何をしていたか―覆い隠された歴史の真実 (単行本)
>謝 幼田 (著), 坂井 臣之助 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794215088/ref=pd_sxp_f_r/503-4310450-0709539?ie=UTF8

同胞の皆さん、同志の皆さん、友人の皆さん

人類社会は歴史的規律や法則に則って進んで行くものであります。
中国人民が抗日戦争の勝利を獲得し、立ち遅れた武器や装備をもって
経済力や軍事装備の面でわれわれより強大な侵略者を打ち破ることが
できたのは、決して偶然ではありません。
中国共産党は自分の確固たる意志や模範行動をもって、全民族の抗日戦争
の中で大黒柱の役割を果たしました。毛沢東同志を傑出した代表とする
中国共産党はマルクス・レーニン主義を中国革命の具体的な実情と結び
つけて、毛沢東思想の科学的理論を創立し、発展させ、抗日戦争に対し
重要な思想と戦略的、指導的役割を果たしました。中国共産党は抗戦を
堅持し、妥協に反対し、団結を堅持し、分裂に反対し、進歩を堅持し、
後退に反対し、全民族の抗日戦争を勝利へ導く旗印となりました。
中国共産党は抗日民族統一戦線を積極的に提唱し、成立を促し、
それを保護し、共同抗戦のために全国軍民を最大限に動員し、
全民族の力を結束する卓越な組織者と鼓舞者となりました。中国共産党
は全面的な抗戦路線を堅持し、正しい戦略的策略を定め、人民を動員し、
人民に頼る路線・政策を実施し、持久戦の戦略的ガイドライン及び一連
の人民戦争の戦略と戦術を提起し、敵後方の戦場を広く開拓し、抗日戦争
を堅持する中堅力となりました。中国共産党は自分の最も犠牲精神に富む
愛国主義、流血と犠牲を恐れない模範行動で、全民族が国を救いその存続
をはかる希望を支え、抗戦の勝利を獲得する民族の前衛者となりました。

http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/zhuanti/60year/text/26.htm
中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利60周年
記念大会における胡錦涛主席の講話(要旨)

15 :佐藤田伊助 ◆1KAwi07cG. :2006/10/21(土) 12:31:32 ID:???
イナゾウってよく捏造してるクソコテじゃん、お前シナ人だろ?

16 :ばばぼん♪ ◆gdH1Km1a0U :2006/10/21(土) 12:32:12 ID:???
( ´D`)

17 :名無し三等兵:2006/10/21(土) 13:10:27 ID:???
>>15
VIPPER死ねよw
ばーか^^

18 :佐藤田伊助 ◆1KAwi07cG. :2006/10/21(土) 16:37:58 ID:???
俺vipperじゃないんだけど
煽ってるお前がvipperだろアホ

19 :ユーロボーイズ ◆4IOUHm.xtk :2006/10/21(土) 18:05:47 ID:???
俺の2ちゃんブラウザのログで◆1KAwi07cG.を検索したら、
数字板の過去ログが引っかかったぜwww

「801板ごときがVIPに勝てるとでも?」
http://twech801.s2.x-beat.com/vip/1132886663.html

81 名前:たかし ◆1KAwi07cG. :2005/11/25(金) 22:34:03 ID:SZ3noesN
|-`).。oO(さぁ狩りの始まりです…)

91 名前:たかし ◆1KAwi07cG. :2005/11/25(金) 22:46:05 ID:SZ3noesN
|-`).。oO(3Pでつか…)

20 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/21(土) 22:07:50 ID:???
>>15 >>18
VIPPER死ねよw
ばーか^^

21 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/21(土) 22:34:35 ID:Yr+m1pNa
ああ、風邪を引いて頭がフラフラしているので、つい相手をしてしまいましたw。
ところで、>>15>>16 は同一人物かしらん? 空気がもったいないから早く死ね。

さて、面白い本を見つけたので書評を1つ…。『僕は八路軍の少年兵だった――
中国人民解放軍での十年間』(山口みつ文著、光人社NF文庫)

メチャクチャ面白い! 帯に「小説よりも面白い」と書いてありますが、看板に
偽りなしです。今まで戦記本はかなり読んでいますが、内容・資料的価値ともに
トップクラスに入るでしょう。

最初は「八路軍」の実態が少しでも掴めればと「うさん臭い」気持ちで手に
取りましたが、なかなかどうして。著者の素朴な性格と人間観察に富んだ文体
は非常に好感が持てます。

筆者の山口は1929年生まれ。満蒙開拓青少年義勇軍として渡満しますが、
終戦時は16歳。ここから波乱万丈の人生が幕を開けます。

22 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/21(土) 22:54:24 ID:Yr+m1pNa
ソ連の満州侵攻、収容所、脱走、逃避行、日本に帰れない、羊の窃盗で
死刑w、牢獄、八路軍が街を解放、助かる、食うために八路軍に入隊…。

ざっとこんな感じですが、何より山口が終戦時16歳だった事を忘れて
はなりません。

自分が本書を購入した理由は「第二次国共内戦」を知りたかったから
ですが、山口は満州から海南島まで「八路軍」の一員(砲兵)として
歴戦しています。大陸打通作戦も吃驚です。さらに満州へと舞い戻り、
なんと朝鮮戦争にも参加しています。最終時は大尉でした。

日本人ながら「共産党員」の資格も取っていますし、脱隊後は内蒙古で
羊の食肉工場の上級管理職をして1956年にようやく日本への帰国を
果たします。その後は、日中貿易会社で勤務しています。

23 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/21(土) 23:08:31 ID:Yr+m1pNa
羊を盗んで(本当は情状酌量の事情あり)死刑になった山口が、遥か後に
羊の食肉工場で働くのは運命的なものでしょうかw。

>>19 >>俺の2ちゃんブラウザのログで◆1KAwi07cG.を検索したら、
>>数字板の過去ログが引っかかったぜwww

今は便利なものがあるのですね。ちなみに自分はよく分からないので
ド・ノーマルで書き込んでいますw。

>>ざっとこんな感じですが、何より山口が終戦時16歳だった事を忘れて
>>はなりません。

本書の魅力は「人間観察の豊かさ」です。それは筆者自身についても
例外ではありません。例えば、以下の通りですが、シャレ抜きで頭が
風邪でボーっとして簡単な単語も出てこない…。orz.うー。

24 :名無し三等兵:2006/10/21(土) 23:13:14 ID:???
イナゾウはチョソ

25 :77:2006/10/21(土) 23:23:07 ID:???

引き続き、興味深く拝見させて頂いています。

26 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/21(土) 23:27:19 ID:Yr+m1pNa
ソ連の満州侵攻後、16歳の山口は収容所に入ります。ある日、別の
収容所に集団で移動させられる事になりますが、山口は『赤痢』に
かかっていて歩くこともままなりません。

何しろ50メートル歩くごとに排便を余儀なくされます。当然、他の
仲間からは置いていかれて1人きりです。あまり頻繁に排便をするので、
ついに山口は『脱肛』してしまいます。

脱肛とは、肛門や大腸の一部、粘膜がはみ出てしまうことですが、脱肛の
「戻し方」を写真で解説した医療系サイトがありましたので、参考までに。
ttp://www.mediawars.ne.jp/~kik0488y/modosu.htm 食事中の人は絶対に
見ないように!w。

そのまま歩いていると「脱肛した部分」がズボンに当たって激痛が走ります。
とうとう山口はズボンもパンツも脱いで、杖をつきながら「下半身丸出し」で
収容所へ1人とぼとぼと向かう事になりました。

27 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/21(土) 23:41:23 ID:Yr+m1pNa
それでも『赤痢』は容赦なく山口を襲います。ズボンを脱ぎ下半身丸出しで
歩いていても「脱肛した部分」が股に当たるのは避けられません。

痛くて痛くて「ガニ股」で進みます。さらに追い討ちをかけるように
「脱肛した部分」に蠅が集ってきます。

蠅を払いながら、それでも収容所を目指していると、朝鮮人の老婆が
見るにみかねて「自分の家によっていけ」と声をかけてくれたお陰で
山口は体を休めることが出来ました。

その老婆の家に行くと、息子夫婦もいて、山口の姿を見て吃驚仰天で
ドン引きしますがw、老婆の説得で金タライに湯を持って来てくれます。
山口は脱肛した部分を湯で洗い、指でそっと肛門に押し込んで一息つき
ました。

28 :元32:2006/10/21(土) 23:47:51 ID:???
>>1
新スレ乙であります。

>>7
大本営機密日誌そのものが二種類ありますので注意されたし。
種村さんの本は、氏の経験・観察を加味した簡略版です。
ほかに錦正社から、史料そのものを復刻した二巻本があります。

ただ、種村さんの経験談そのものは貴重なので、
両方持っているべき、ということになります。

>>9
テンプレ乙であります。

>>10
>>11
田中新一自身の回想録もあって(『作戦部長、東條を罵倒す』)、
ただただ船舶問題に振りまわされた、その忸怩たる心境がわかります。

一方、東條側近の冷徹な経済幕僚・総力戦専門家たちは、田中に猛烈に腹を立てて、
作戦部長の重責から逃れて前線送りになって楽をするために、
一芝居打ったとまで考えています。

29 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 00:06:15 ID:XLY4vNNO
翌朝、山口は収容所に向けて出発します。朝鮮人老婆は「もっと休んで
いて良いのに」と言ってくれましたが、少しでも日本に近づきたいという
気持ちが強かったからです。歩き始めると再び『脱肛』しました(藁)。

仕方が無いのでズボンを脱ぎ「下半身丸出し」で命からがら収容所に
辿り着きます。収容所は日本兵で溢れかえっていました。

行き場も無く「下半身丸出し」で杖を付きながらウロウロしていると、
警備のソ連兵に見咎められます。しかし、身長160センチにも満た
ない山口の姿を見て、さすがの鬼畜ソ連兵も「哀れ」に思ったのか、
収容所内の病院(日本人管理)に連れて行ってくれたお陰で山口は
助かったのです。地獄に仏とはこの事でしょう。

本書の筆致はこんな感じですが、なかなか『自分が脱肛した』などとは
書けないものです。クールとは違いますが、実直というか素直というか、
自分が体験したありのままを描いており、とにかく好感が持てる文体です。

30 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 00:30:47 ID:XLY4vNNO
>>28 毎度どうもでございます。
>>田中新一自身の回想録もあって(『作戦部長、東條を罵倒す』)、
>>ただただ船舶問題に振りまわされた、その忸怩たる心境がわかります。

うおおーー! 田中新一自身の回想録、メチャクチャ読みたいです。ざっと
アマゾンの中古市場で見てみましたら、6800円…。ちょっと二の足を
踏むお値段ですw。11月は『東方紅楼夢2』で京都まで遠征しますので
ひどく物入りなんですよねー(核藁)。新幹線代の方が高くつく訳ですがw。

しかし『大本営機密日誌』のご助言といい、元32氏は自分より遥かに
読書量など見識が深いのではないかと思います。佐官を名乗られませんか?
今なら「大中小」いずれでもw。

それにしても先日、仕事で人と話をしていまして、軍事の話題だった
のですが全く話に付いていけなくて(戊辰戦争や明治期の戦争など)、
やはり自分は「井の中の蛙、大海を知らず」だなーと痛感しました。

31 :えICBM:2006/10/22(日) 00:37:16 ID:???
南方ではうろちょろしてる豚を取って食べると、原住民から襲撃を受ける。
真のジャングルハンターの毒矢は効くらしい。

他民族の財産的価値は大和民族の想像を超える。

32 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 01:17:22 ID:XLY4vNNO
ちなみに『僕は八路軍の少年兵だった』の原本は草思社の本です(1994年刊)。

いつも思うのですが、草思社は良本が多いですね。しかし経営者(創業者)の方針で
出版した単行本を『絶版』には極力しないため、ほとんど文庫化される事がないそう
です。要するに、単行本で良い本を長く売り続けると――。

まあ、文庫化については「著者の力関係」がよほど強ければ別らしいですけどw。
おそらく『僕は八路軍〜』については、著者が生い先短いので特例なのでしょう。
しかし草思社の本がもっと文庫になってくれると良いと思います。勿体無いです。

33 :俄将軍:2006/10/22(日) 02:44:56 ID:???
法幣は終了、ということになると、本邦が米国への禁輸出なども、取り扱わな
いということになるのか、などと。

>>32
文化大革命時の日中貿易の件などは、記憶に残っていたり。

34 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 20:52:50 ID:PNWh+50A
>>28 >>大本営機密日誌そのものが二種類ありますので注意されたし。
>>ほかに錦正社から、史料そのものを復刻した二巻本があります。

錦正社のものは2万円以上もするのですねw。しかし、アマゾンのレビューを
読むと興味深いものがあります。まあ、泡銭でも入らないと無理ですよ。でも
自分は競馬もパチンコもやりませんからねえw。

>>終戦半年前にしてすでに本土上陸時期を正確に予想するなど、戦争指導の
>>最前線にいながら、傍観者のような、批評家のような、歴史家のような
>>態度。これが陸軍エリートの本質だったとは…。とにかくまず当事者しか
>>書けないこの1級資料をひもといてほしい。杉山メモと合わせて読むと
>>理解が深まります。

あなたの会社にもいませんか? 部全体が危機的状況なのに、妙に批評家や評論家
気取りで切迫感に欠けている人。大抵、味方の士気を阻喪するような事しか
言いませんw。「これが陸軍エリートの本質だったとは…」。まさに至言です。

35 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 21:17:46 ID:PNWh+50A
>>法幣は終了、ということになると、本邦が米国への禁輸出なども、
>>取り扱わないということになるのか、などと。

法幣…。またイチから勉強し直すのが「物凄い苦痛」ですw。付け焼刃
なので、ほとんど忘れてしまいしたよw。まあ、単発で少し触れることが
あっても体系的に再びやる可能性は低いでしょう。

>>31 南方ではうろちょろしてる豚を取って食べると、原住民から襲撃を受ける。
>>真のジャングルハンターの毒矢は効くらしい

南方の土民族は畑も作っていることが多く、例えば「タロ芋」などですね。
タロ芋は10ヵ月程度で大きく育ち、臼で突くと餅のように粘りますから、
椰子の葉をしいて焼いて食べます。主食に近いですね。

戦局が悪化しますと、日本兵が土民族の畑を荒らすようになりますので
当然、日本兵が血祭りに遭うことが多発しました。相手が人食い人種だと、
首から下は食べられてしまうことも。「足の裏」が一番美味いそうですw。

36 :えICBM:2006/10/22(日) 21:45:00 ID:???
>>35
日本軍には台湾の高砂族義勇兵が従軍してて、ジャングルハンターと頼もしい存在だったそうだ。
私の手持ちの手記には、高砂義勇兵が原住民のタロイモ畑から、ごっそり収穫してきたとある。
その後著者は義勇兵と伴に移動をしたが、残された部隊はどうなったのだろうか。

けど、原住民が草原の大蛇を周囲から火を放ち蒸し焼きにし、輪切りをご馳走になったなんて心温まる話もある。
焼いて直系15センチ。


37 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 22:33:38 ID:PNWh+50A
>>36 >>日本軍には台湾の高砂族義勇兵が従軍してて、ジャングルハンターと
>>頼もしい存在だったそうだ。

書評スレにも少し書きましたが、『日中戦争の軍事的展開』(慶應義塾大学出版会)
の姉妹版で『中国の地域政権と日本の統治』という本があります。もちろん台湾の
ことも書かれておりまして、高砂族は人口15万人前後のうち2万人が派遣されて
いますから、その動員比率は非常に高いものと言えます。

やはジャングル戦に長じている事で「高砂族」の多くが南方戦線に送られました。
「高砂義勇隊」は都合5回にわたって、それぞれ2500人前後が動員されたそう
ですが、残りは軍属か何かでしょう。

ちなみに台湾人で「大東亜戦争」(日中戦争+太平洋戦争)に動員されたのは
合計20万7千人です。その内の軍人は8万人余、軍属が12万6千人余。多くが
支那戦線に回されましたが、約6万人が南方に派遣されています。また「志願兵」は
1万6千人余りでした。

38 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 23:11:34 ID:???
ちょっと風邪で頭がボーっとして、新しい話を展開する気力がないので
「書評スレ」の雑談を転記してお茶を濁しますw。新スレ冒頭から
レベルがぐぐっと落ちた感じです(藁)。

>>535 >>某スレで「日中戦争の軍事的展開」と言う本が絶賛されていたので
>>読んでみようかなと思っているのですが書評スレでの評価は如何

お値段が5800円でかなり高いですが、それ相応の価値はあります。買って
損したとは思いませんでした。ただ、研究者の論文を集めた形式ですから
かなり「良し悪し」のバラつきがあります。

第1弾の『中国の地域政権と日本の統治』(5400円)も買って読みましたが、
こちらはあまりお勧め出来ません。良い論文もありましたが、全体の価値で言えば
2〜3千円というのが適正価格でしょうか。大体、出版社側の本の紹介が「日本の
中国侵略を歴史的事実と認定しつつ」から始まっていますから、その内容は推して
知るべしですw。

39 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 23:13:14 ID:???
563 :名無し三等兵 :2006/10/22(日) 22:12:44 ID:???
>>562
>中国侵略を歴史的事実と認定しつつ
良さそうな本じゃん

564 :名無し三等兵 :2006/10/22(日) 22:51:26 ID:???
>>563

俺もそう思う。事実は事実として明記すべき。

40 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 23:14:26 ID:???
565 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/22(日) 23:05:13 ID:???
『日中戦争の軍事的展開』の方が絶対お勧めw。

せっかく日米中台の研究者を集めているのに「中国侵略を歴史的事実と認定しつつ」の
切り口だけでは意味ナッシングw。『日中戦争の軍事的展開』はさすがに軍事が前面に
出ているだけあって、妙な史観や「最初から結論ありき」の論文は少なかったです。

『中国の地域政権と日本の統治』で本当に良かったのは、

●遠隔操縦――蒋介石の「手令(直接指令)」研究:張瑞徳(鬼頭今日子訳)
●戦争の地域へのインパクト――広西、1937年〜1945年:ダイアナ・ラリー
●河南省における食料欠乏と日本の穀物徴発活動:オドリック・ウー

ぐらいですかね。後は読むのが苦痛でしたw。『日中戦争の軍事的展開』は
自分のクセでいつもどおりに、ページが真っ黒になるくらい書き込んだり、
余白に簡単な索引を自作したりしてましたけど、『中国の地域政権〜』は
ほとんど流し読みでしたねw。

41 :えICBM:2006/10/23(月) 00:11:47 ID:???
>自分のクセでいつもどおりに、ページが真っ黒になるくらい書き込んだり、

お前だな、いつも図書館で借りた本汚すのは。

>>37
戦争は兵隊だけがするものではないから、日本の支配下からはかなり動員されている。
まあ、日本人の働ける男子が軒並み徴兵されてるのだから、猫の手も借りたい心境なのだろうが。

高砂義勇兵部隊による連合軍狩りなんてあったら面白かったろうな。

>「日中戦争の軍事的展開」
たまたま今日借りてきた。
戦史叢書よりも当たり前だが読みやすい。
とても読みやすいが物足りない。

>中国の地域政権と日本の統治
も借りたかったが、なかったっぽ。

42 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/23(月) 22:12:49 ID:8RWmXRr3
前スレから引っ張っている「上官殺害」ですが、もう少しだけ続けます。既述の
『僕は八路軍の少年兵だった』にも典型例がありますので紹介しておきます。

山口が「満蒙開拓青少年義勇軍」だった事には既に触れましたが、ソ連の満州侵攻
直前には『使役兵』として徴用され、国境線に接した部隊に配属されました。山口は
そこで伝令班に所属させられます。

そしてソ連の対日参戦です。もちろん「無敵関東軍」は今や夢の跡、山口の部隊にも
ソ連軍の戦車が大挙押し寄せてきて、鎧袖一触で蹴散らされました。国境線には地雷原も
設置してありましたが、抗日分子によって既に信管が抜き取られていたのですw。

山口は馬を駆って伝令に走ります。しかし指揮系統が混乱して「伝令書」を届ける部隊が
見つかりません。取りあえず「左翼407塹壕」を目指しますが途中、部隊所属の満軍や
支那人の苦力と多数すれ違いましたが、誰の顔を見ても慌てた様子は無く、むしろ楽しげ
に丘を降りてきます。山口が「407は無事か?」と問うと、その中の一人が親指を
逆さにして「完蚤!(ダメだ)」と言って、にやりと笑ったそうですw。

43 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/23(月) 22:37:11 ID:8RWmXRr3
なぜ山口が、この支那人苦力をブッ殺さなかったは置いておくとしてw、
407塹壕に到着すると、既に負傷して気息奄々の日本兵がゴロゴロして
いました。山口が「伝令! 川本隊長殿!」と叫ぶと、壕から「戦死!」という
返事が帰ってきます。続けて「高山兵長殿!」と叫ぶと「右陣406!」でした。

「このまま此処にいてはヤバイ!」と身の危険を感じた山口は、右陣塹壕に馬を
走らせます。ところが目的地の406壕に近づくと、いきなり中の日本兵に銃口を
突きつけられます。「止まれ!」

山口は焦って「伝令!高山兵長殿!」と叫んでそのまま通り過ぎようとしますが
その兵士は血相を変えて「待て!撃つぞ!」と銃を構えて立ち塞がります。山口
は驚いて馬を止めました。

自分を止めた兵士がしきりに後ろ(406壕)を気にするので、その方向を窺う
と10メートルほど前方に、顔面を蒼白にして兵士5、6人に囲まれた高山兵長
の顔がチラッと見えました。

44 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/23(月) 22:52:17 ID:8RWmXRr3
間もなく「うッ」という、呻きとも悲鳴ともつかない声が聞こえたかと
思うと一発の鈍い銃声が響き、「高山兵長殿戦死!」と誰かが叫びます。

山口を制止していた兵士も「やったか!」と叫んで、その場に駆け寄ります。
一緒に行って見ると、高山兵長の胸と腹からおびただしい血が流れており、
既に息絶えていました。おそらく銃剣で刺された後にトドメで撃たれたの
でしょう。山口は気が動転して伝令鞄をその場に投げ捨て、逃げ出します。

後ろから「やい!弾はな。前から飛んで来るとは限らねえぞッ!」と高山
兵長の死体に向かって叫ぶ声が聞こえます。山口は「あの兵士たちは兵長の
日頃の酷い制裁やしごきに復讐したのだろうか? それとも彼の無理な命令
を聞いて、むざむざ死にたくないと話し合って先手を打ったのだろうか?」

と考えますが、兵士の罵声が脳裏に残って、味方に殺されても「名誉の戦死」
かとリフレインしたそうです。

45 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/23(月) 23:16:27 ID:???
まあ、今まで「将校」が下士官兵に殺されるパターンを取り上げて
来ましたが、上記は「兵長」が兵士に殺害される例です。兵長は
下士官ですらありませんw。

想像ですが「怨恨」以外の何物でもないでしょう。「持ち場から逃げる」
という理由で、ここまで一致団結して「兵長」を殺すというのはあまり
考えられません。

それとも高山兵長は「ここから逃出す奴は俺がブッタ斬る!」とでも
兵達を脅したのでしょうか? それなら殺される可能性はありますが、
にしても兵達の意思疎通がまとまり過ぎている気がします。

まあ、真実は「あなたの心の中」にあります。

46 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/23(月) 23:37:46 ID:8RWmXRr3
>>41 >>お前だな、いつも図書館で借りた本汚すのは。

自分は図書館に行く時間がありませんw。それにビブリオマニアは所有する
ことに意義があるのですw。まあ、使いこなせなければ無意味ですが。

>>まあ、日本人の働ける男子が軒並み徴兵されてるのだから、猫の手も
>>借りたい心境なのだろうが。

大変恐ろしい事ですが、日本は人口が内地で7千万人はいたのに、それでも
人手が足りませんでした……。兵力が足りない、労働力が足りない。例えば
鉱工業を優先させれば、食料生産が不足するといった具合ですw。

日中戦争でも最盛期には100万人以上の日本軍がいましたが、支那を屈服させる
には全く足りません。もうプラス100万人ほどあれば、重慶侵攻も夢では無かった
でしょうか? とにかく、日本軍がある進撃作戦を企図すれば、兵力が足りないので
必ず「後方がガラ空き」になりました。蒋介石もそれを見透かしています。

47 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/23(月) 23:49:15 ID:8RWmXRr3
Q.日中戦争でなぜ支那を屈服させることが出来なかったのか?
A.兵力が足りない、兵力が足りない、兵力が足りない、兵力が足りない

に尽きるのですw。さて台湾ですが、主に「軍夫」が徴用されていましたね。
初期の上海攻略戦でも、850人の台湾人を充てて日本軍の軍需品の輸送や
雑役に使役しています。太平洋戦争が始まってからは、

「台湾特設労務奉公団」「台湾特設勤労団」「台湾特設農業団」などなど…
飛行場や道路建設等のために南方へ数多くの台湾人軍夫が送られました。

労働力が足りない、労働力が足りない、労働力が足りない、労働力が足りないw

日本政府は広く軍夫を集めるために、新聞などを通して軍夫になることの栄誉を
流布しています。また出征軍夫の美談を集め、「ほまれの軍夫」なる宣伝映画も
作成していましたw。

48 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 00:07:16 ID:n3plHoQF
台湾では『誉れの軍夫』なる曲も作られ、歌詞を紹介すると以下の通り。

1番「赤い襷(たすき)に、誉れの軍夫、うれし僕らは、日本の男」
2番「君にささげた、男の命、何で惜しかろ、お国のために」
3番「進め敵陣、軍旗を立てて、弾を運べよ、いざ友進まん」
4番「寒空露営、夜は早や更けて、夢に現る、可愛い赤子」
5番「花と散るなら、桜の花よ、父は召されて、誉れの軍夫」

自分の正直な感想は「軍夫」になんかなりたくない!ですw。三等兵にすら
なれないのが『植民地クオリティ』という奴です。まあ、志願兵も取って
いましたが、初期の頃はかなり狭き門だったようです(終戦末期はもちろん
根こそぎ動員w)。

価値観が分かれるでしょうが、どうせ国から徴用されるなら兵隊の方が良い
と思います。え? 少しでも矢面に立たない軍夫の方が良いって?w でも玉砕や
輸送船が潜水艦に撃沈される時はみんな同…ってhyえいりふじこ…うぃpw。

49 :名無し三等兵:2006/10/24(火) 09:46:44 ID:???
>>Q.日中戦争でなぜ支那を屈服させることが出来なかったのか?
>>A.兵力が足りない

うーん、どうだろうなあ。俺的には兵力よりも知略が足りんかったような気がする。
中国は軍閥を寝返らせてナンボだと思う俺はやはりただのゲーム厨?

だけどなあ、毛沢東に限らず、中国で天下取ったやつは大物を寝返らせた後、
決定的勝利をモノにするケースが多いと思うんだけどなあ。
日本は張学良が寝返って天下を取り損ねた様な気がする。

50 :えICBM:2006/10/24(火) 13:55:57 ID:???
>>49
中国文化を尊重して支配者の地位に治まれば案外上手く行くらしい。
あそこは歴史的に他民族支配はよくあることなので、ルールさえ守り民衆を保護すればOK.。
モンゴルはそれを出来ずに今でも恨まれ、満州族は忠実に従い今では中国文化の一つ。
つまり、天皇が黄色い服着て、中国皇帝になるわけだ。
日本も中国の版図に組み込まれる。

51 :名無し三等兵:2006/10/24(火) 16:18:00 ID:???
今月号の文藝春秋に趙夢眠作の論が載っていたが、
同じような事を書いてたな。
下手に中華で天下を取ると日本は母屋を取られかねん事を
書いていた。

結論:
日本が中国で天下を取れなかったのは不幸中の幸いだった。

52 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 20:49:16 ID:/vqdNfq9
>>49 >>中国は軍閥を寝返らせてナンボだと思う俺はやはりただのゲーム厨?

国民革命軍の「北伐」の頃(1926〜1928年)は、まさに「軍閥を寝返らせてナンボ」
でしたけどね。革命軍を起こして3ヵ月で「軍長」の階級を持つ者が倍増しています。

もちろん軍閥の首領に『軍長』の肩書きを与えて国民革命軍の傘下に入れてしまう
訳ですが、以前からあった軍閥同士の覇権争いにコミットして巧妙に『漁夫の利』
を占める格好です。一方を味方に引き入れ、他方を撃破するのです。

1926年当初には「8個軍・10万」と号していた革命軍の兵力が、1928年には
部隊番号が「50個軍」を数えました。もちろん、この兵力の全てが革命軍として
実際に戦った訳では全然なく、「軍長」には任命されても自分の支配地域からは
一歩も動かないという軍閥首領もザラでした。

要するに国民革命軍に加わったと言っても「好意的中立」を保ったに過ぎませんが
これも『立派な戦功』として戦後にデカイ面をしてくる訳です。まあ、恩を売ったとw。

53 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 21:23:13 ID:/vqdNfq9
第二次国共内戦(1946〜1949年)で短期間に国民党政府を駆逐した中共も
「オセロゲーム」だと思いますが、僅か2年弱で「北伐」を完成させた
(北京入城)蒋介石も特筆に値するでしょう。NPC(ノンプレイヤー
キャラクター:軍閥)の数も段違いに多いですしねw。

しかし、短期間でオセロゲームに勝利した格好の「北伐」も無理が祟って
直ぐに馬脚を出すことになります。軍事費の大リストラを打ち出した蒋介石
に対して、国民革命軍の3つの集団軍総司令(李宋仁、閻錫山、馮玉祥、プラス
白祟禧)が反旗を翻して大きなツケを払うことになります(1930年:中原大戦)。
この戦いに勝利して、ようやく国民政府は「中央集権」に近い権力を得ました。

>>49 >>中国は軍閥を寝返らせてナンボだと思う俺はやはりただのゲーム厨?

太平洋戦争終結までは、まさに支那は『三国史』の世界ですよ。依然として
日本軍は『三国史』の世界の軍勢と戦っていたのです。これを言い換えれば、
単なる「前近代」ですw。

54 :名無し三等兵:2006/10/24(火) 21:42:32 ID:???
バカは放置しようぜ

55 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 21:55:36 ID:/vqdNfq9
>>53 >>太平洋戦争終結までは、まさに支那は『三国史』の世界ですよ。

蒋介石も、時代が時代なら『曹操』にも匹敵する乱世の奸雄でしたでしょうが
如何せん中国統一後の相手が「アーブによる人類帝国」(日本軍)でしたw。
宇宙人というかイレギュラーの存在と相対しなければならなかったのが運の尽き。

>>50 >>つまり、天皇が黄色い服着て、中国皇帝になるわけだ。

足利義満ぐらいだったら平気でやったかしらん?w。あまりに軍事力で隔絶
してしまいしたから、今さら三国史のプレーヤーには加われないでしょう。

>>49 >>日本は張学良が寝返って天下を取り損ねた様な気がする。

まあ、張作霖は満州からの「中央進出」の野望が捨て切れませんでしたので
どの道、日本とは破綻したでしょう。張作霖が北京から総退却して爆殺された
(1928年6月4日)のは、「北伐完了」(1928年6月9日)の僅か5日前です。

56 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 22:39:42 ID:/vqdNfq9
>>49 >>うーん、どうだろうなあ。俺的には兵力よりも知略が
>>足りんかったような気がする。

「山西モンロー主義」を掲げた閻錫山とは「対伯工作」と絡んで『実質的』な
停戦協定(1941年9月)を結んでいますから、知略を全く使わなかったという
訳でもありません。まあ、その後、北支那方面軍から打ち切り命令が出たため
現地日本軍(第1軍)との曖昧な関係になりましたがw。ちなみに山西省には
河本大作の影がチラつきます……w。

まあ「知略」というか、単に軍閥を相手にしていれば良かった1920年代前後と、
支那のナショナリズム(民族主義・抗日精神)が勃興してからは状況が変わり
過ぎているでしょう。

57 :名無し三等兵:2006/10/24(火) 22:48:44 ID:???
一方関東軍は内蒙工作も進めていた。
参謀長板垣征四郎は、武藤章、花谷正、田中隆吉を引き具して多田を訪ねてきた。
内蒙工作に対する同意を求めるためである。
「内蒙で反蒋運動を起こす。傅作義もこれに呼応するから、駐屯軍も協力されたい」という
申し入れに、駐屯軍参謀池田純久は驚いて、
「漢人である傅作義が蒙古の反蒋運動に呼応するはずがない」と反対した。
「池田君は支那の事を知らない」
「池田君は三国志を読んだことがあるか」
という花谷参謀に対し、池田も
「あなたがたこそ民族問題の本を1ページでも読んだら良いでしょう」とやり返したため、
場は険悪なムードとなった。そのとき多田が、
「関東軍の言い分もわからんではない。しかし今日のところは池田参謀の意見に同意だ」
と断を下し、会議は物別れに終わった。


58 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 22:56:00 ID:/vqdNfq9
例えば、汪兆銘が重慶を脱出した時です。

汪兆銘が大変ショックを受けたのは、自分の「和平意見」に追随してくる
政客の余りの少なさです。従来、汪と政見を同じくしており、汪派陣営と
思われた者まで、当時の「抗日精神」にさえぎられて汪兆銘と袂を分かち、
とくに部隊を率いた軍人で彼を支持した者が皆無であったことは、恐らく
汪自身も信じられないくらいショックであり、意外と考えたでしょうw。

汪派の言によれば、汪兆銘と同一行動を誓約して署名しながら、この約定に
背いた政党・軍部の要人は80人以上を超えると言います。

ひと言で「汪兆銘の情勢判断の甘さ」と斬って捨てればそれまでですが、
汪兆銘自身も、結果的に支那の民族主義を過小評価していたのは興味深い
ことです。

59 :名無し三等兵:2006/10/24(火) 22:56:55 ID:???
梁山泊、漫画の世界だね。
こんな連中しか創れなかったのか

60 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 23:13:23 ID:???
>>57 >>「池田君は支那の事を知らない」「池田君は三国志を読んだことがあるか」
>>「あなたがたこそ民族問題の本を1ページでも読んだら良いでしょう」とやり返した

漫才のかけ合いか…orz.(泣)。綏遠事件の前の話でしょうが、結局、田中隆吉が
指導する「蒙古軍」は、当の傅作義(綏遠省主席)にコテンパンにのされる訳です
から世話無いですw。

61 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 23:34:45 ID:/vqdNfq9
>>53 >>太平洋戦争終結までは、まさに支那は『三国史』の世界ですよ。
>>依然として日本軍は『三国史』の世界の軍勢と戦っていたのです。

国府軍で蒋介石に次ぐ大物だった李宋仁(第2次国共内戦末期には、蒋介石の
後を継いで「代理総統」に)の回顧録がありますが、日中戦争時を振り返って
こんなエピソードを残しています。要約すると以下の通り。

四川軍のケ錫侯、孫震が第5戦区(李宋仁担当)に移った際、2人はこう言った。

「第1、第2戦区とも我々を必要とはしていません。天下は広いというのに、
 身の置き所が無かったのです。李長官は我々を第5戦区に呼んでくださった。
 まことに恵み深く徳高きお方だ。ご命令がありましたら我々は絶対に従います」

まるで『三国史演義』を読んでいるかのようですw。

62 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 23:49:42 ID:/vqdNfq9
要するに、軍隊の指揮権に属することが「個人的な友好(人間)関係」
から脱却できていないのです。

時代は古くなりますが、「北伐」時には蒋介石も「程潜」宛ての電報で
『程軍長、雲兄殿』と認めています。以下、

「右翼軍総指揮は、朱軍長(第3軍長・朱培徳のこと)が兼任すると命じ
 ました。あの時は第6軍(程潜)を中央軍総予備隊としました。今、貴兄
 の軍が右翼作戦に加わっているのは、指揮の統一のためです。私が江西に
 行く前、貴兄の指揮のこと、お許しいただきたく存じます」(1926年9月2日)

また、軍の公文書の中には「字(あざな)」でお互いを呼ぶ習慣が「太平洋
戦争後」まで続いていました。例えば、支那軍で参謀勤務をするのであれば、
重慶警備総司令の劉時は『経扶』、李宋仁は『徳?』、蒔岳は『伯陵』、
何応欽は『敬之』、戴笠は『雨農』としっかり記憶しなければなりませんでした。
ちなみに1947年にアメリカの公文書形式を倣うまで続けられますw。

63 :動かない大図書館 パチュリー・ノーレッジ ◆FU/OcfTlfM :2006/10/24(火) 23:59:32 ID:???
>>41 >>お前だな、いつも図書館で借りた本汚すのは。

    r,ヘ──-ヘ_  
    rγー=ー=ノ)yン´      
    `i Lノノハノ」_〉     私の「ヴワル魔法図書館」から
    |l |i| ゚ ヮ゚ノi|    勝手に本を持ち出すネズミは殺す。
    !γリi.ハiリつ       書き込んで本を汚すネズミも殺す。
    |,( ll」i l i_|」     食べ物の染みを飛ばすネズミも殺す。
    └'i,_ィ_ァ┘        人から借りた本は大事にね¶w。

64 :えICBM:2006/10/25(水) 00:12:23 ID:???
田舎暮らしをしているときに、マジに箱に詰めた本をかじられた事がある。
怒りのあまりダンボール内のネズミ一家を焼却炉に放りこんでしまった。

懺悔。

イナゾウよ、殺生はやがて自分の心に跳ね返ってくるものだ。
悔い改めよ。

65 :だつお:2006/10/25(水) 00:13:14 ID:3veROJ4h
>汪兆銘自身も、結果的に支那の民族主義を過小評価していたのは

しかし蒋介石だってそんなに優れた抗日指導者と認められたのなら、
なぜに共産革命で国を追われたのか、まったく理解に苦しむな。
但し見方によっては国外逃亡に成功して悠々自適の老後を過ごした
戦国の勝利者とも言えるかもしれぬ。いやそれにしても「抗日英雄」
「千年の功臣(周恩来発言)」、張学良には及ばないがな。

チンピラゴロツキが沢山湧いてくる場所を指して「中国」、
そのひとつひとつを指して「中国人」と呼ぶ。

よって抗日戦争における中国最大の勝利者は、張学良で決まり!

66 :だつお:2006/10/25(水) 00:22:14 ID:3veROJ4h
張学良という人物は、チンピラゴロツキの中でもチンピラゴロツキ
同士の生存競争を見事に勝ち抜いた、チンピラゴロツキの最高勝利者。
抗日戦争を一度もやらずして「抗日英雄」の地位を勝ち取った、
それはまさにチンピラゴロツキ人間国宝と呼んで然るべきだ。
中国人にとっては張学良こそが誰もが夢見る中国人の理想像。

67 :名無し三等兵:2006/10/25(水) 00:33:32 ID:???
>>太平洋戦争終結までは、まさに支那は『三国史』の世界ですよ。
ぶっちゃけ、この前近代性が心地良かったんだろ、特に参謀連中には。

軍記講談の登場人物になって、
職業知識を生かした謀略に励みつつ、
何か王朝絵巻のメルヘンまで満たされて、
俺たちの手で歴史が作られる!と激しく陶酔(統帥)、みたいな。

大陸進出の大きな既定路線があるとはいえ、
これとの関わりの深い経歴を持つ者ほど、下克上の傾向が著しい
(露骨に言って、狂人度が高い)希ガス。
>イレギュラー な立ち位置を謳歌し君臨している積もりで、
実は毒気にあてられていたのかもね。

68 :えICBM:2006/10/25(水) 01:22:37 ID:???
>>65
>なぜに共産革命で国を追われたのか、まったく理解に苦しむな。

急激な経済改革と、地主制の復活。
そのため、農民と都市労働者を毛沢東の元に走らせた。

69 :朝鮮電話:2006/10/25(水) 02:42:15 ID:???
          ,...‐:::::::::::::-、_
          /:::::::;;;;;;;;;;;::::::::ヽ
         /:::r'''´ : : : : : : :::ヾ::i
         |::::l: : : : : : : : : : ::::l::|
          }:::リ ,,.:..:..:、 : ,:..:..:.、ヾh
       l^仆-r'庁>)-(´庁)`;;}:l
       ヾr{ : `ー-'7: ::: ̄´: : :/
        `'l: : : : : :・-‐・ : : :::::|
         ヽ: : : : _,ィニヽ: : ::::/
       _ ,- ヽ:: : :.ヽニ´: :/ハ─-、_
     - '´  /、::丶_: '''' ::::ノ /  ヽ   `ー-、_
  -‐´  ヽ   l ヾ:::::::::::::::::/   /
       ,  |    >‐<    /
           | /V///,>‐、 /
         ´   〉巛〈  `′
    ___
     ヽ/   十 |二|  /⌒ . |  | ヽ /    、、
    ̄丁フ   个 |二|  | ┐ |  |  ∨  ニニ  ̄フ
     亅   / | ヽ ハ ヽ_ノ| ヽノ  |    ノ   /ヽ

70 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/25(水) 22:28:31 ID:Kf5BX1Cc
>>66 >>張学良という人物は、チンピラゴロツキの中でもチンピラゴロツキ

張学良の写真を見ると、かなり「チンピラ度」が高いのは認めますw。つーか、
ネズミ男のような顔をしています。阿片を吸っていた影響があるのか、貧相です。

>>67 >>ぶっちゃけ、この前近代性が心地良かったんだろ、特に参謀連中には。

まあ、言い換えれば『無法地帯』ですからねw。民間の「大陸浪人」をアゴで
使ったりしていました。また「支那通」軍人というのは、いわゆる出世コース
からは外れた存在ですから、自分の「専門分野」では余計にやりたい放題の面
があったかもしれません。「阿片問題」のテーマで詳しく触れるでしょう。

71 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/25(水) 22:45:37 ID:Kf5BX1Cc
>>67 >>これとの関わりの深い経歴を持つ者ほど、下克上の傾向が著しい

もともと『支那通』を目指す軍人はマイナーというか「傍流」な訳ですw。

まず陸軍士官学校で外国語は「独・仏・露・英・支」からの選択でしたが、
幼年学校出身者ではない、中学校出身者の多くが「英・支」を取りました。
おそらく「独・仏・露」を選んだら、幼年学校出身者に成績で敵わないという
判断が働いたのではないでしょうか。「英・支」ならスタートラインが同じです。

中学校出身者で「支那語」を選択、最初から物凄い傍流ですw。また、陸大でも
「支那語」を選択すればパーフェクトですw。

そして成績次第ですが、中央での出世を目指す軍人はまず「作戦畑」を志望
します。第二部の「情報畑」は傍流です。情報のスペシャリストになろうと
すること自体が、出世の道からはある程度外れた傍流の道なのです。

72 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/25(水) 22:59:55 ID:Kf5BX1Cc
そして陸軍は元来、ロシア・ソ連を『第一の仮想敵国』としていましたから、
情報畑の中では「ロシア情報」の方が「支那情報」よりも重要視されました。

「支那通」軍人は第二部の中でも傍流だった訳ですw。また陸大の成績優秀者は
独仏露などヨーロッパ諸国に派遣されるのが通例でしたが、支那課に配属されると
支那大陸への『参謀旅行』がプレゼントです。「兵要地誌」の収集関連が多いの
ですが、たまにスパイの容疑で殺されますw。つーか命賭け、支那課の踏み絵。

>>(露骨に言って、狂人度が高い)希ガス。

ですから、支那通軍人というのは「マスターオブ傍流」な訳で(ただし陸大出)、
成績が不十分で仕方が無くというならまだしも、最初から「支那通」軍人を志す
という人間は、なにか独特の思想や性格が動機となって、自らのキャリア選択を
方向づけていたと言えるでしょう。

73 :伝統の幻想ブン屋 射命丸 文 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/25(水) 23:03:43 ID:???

     ヘ
   イ"´ ̄`'ヽ
   | i.|ノリハノリ〉_    
 ,ヘルlリ ゚ ヮ゚ノiiノn     中佐もいい加減、狂ってますよねw。
 ゝ,<,_,i`ハ´i,〕ツ   
  `,し/~/:ハ      
   `'ィ ァ~ィ ァ´    
    T  T       

74 :名無し三等兵:2006/10/25(水) 23:10:53 ID:???
そうワケワカネ(w

75 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/25(水) 23:43:28 ID:Kf5BX1Cc
>>太平洋戦争終結までは、まさに支那は『三国史』の世界ですよ。

当時の国府軍部隊の内情を見ると、各級の兵士間でも「面子がある」「面子が無い」
の観念が優先されました。「権利・義務」の概念は二の次、三の次です。これは中共
部隊でも変わりないかもしれませんが。

上級士官と下級士官、下士官と兵士の間でも、軍隊内の階級に基づく『服従と規律』
よりも、人と人との恩恵や怨恨、利害関係が支配的でした。

もし士官が兵士の支持を得ようとすれば、彼は『英雄奸漢』であるかのように振舞う
必要があり、このような条件は指揮系統を混乱させましたし、部隊が命令を執行する
妨げにもなったのです。

国府軍の部隊と言えば「汚職」ですが、部隊長が兵士の家族の医療費の面倒を自腹で見ると
いった事もよくあった訳です。ここから部隊の「人員水増し(過剰請求・汚職)」なども
発生するのですが、支那は部隊を維持するのに『人間関係』に依存し過ぎていたとも言えます。

76 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/25(水) 23:53:36 ID:Kf5BX1Cc
【訂正】>>75
×彼は『英雄奸漢』であるかのように振舞う必要があり、
◎彼は『英雄奸雄』であるかのように振舞う必要があり

>>65 >>なぜに共産革命で国を追われたのか、まったく理解に苦しむな。

それはこのスレの非常に大きなテーマでもありますが、現時点では
本格的にやる資料が足りませんw。軍事面から攻めるのか、経済面から
始めるのか…。とりあえず、日本軍の占領地域を接収する時の不手際を
挙げておきます。以前にも触れましたが『儲備券』の処理など経済的な
混乱が大き過ぎました。

77 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/26(木) 00:26:00 ID:BsCO7rup
>>75 >>支那は部隊を維持するのに『人間関係』に依存し過ぎていたとも言えます。

まあ、支那で軍隊は「私有物」である――。これに尽きます。ですから軍隊が
商売に手を出したりします。どっちが本業か分からない場合がありますw。

そして自前の軍隊を持って初めて、一人前の政治家(遥か以前なら軍閥の首領)
なのは、今も昔もそんなに変わらないでしょう。

日本の軍隊だって「天皇の私有物」なんてヤボな突っ込みは勘弁w。

78 :えICBM:2006/10/26(木) 00:38:24 ID:???
銃口から権力が生まれるというわけですね。
まあ、現代中国では軍の支持というか、掌握してからこそ権力が生まれる形だが。


日本陸軍は陸軍の私物。
見本海軍は海軍の私物。


79 :だつお:2006/10/26(木) 19:03:13 ID:FHgAqI2d
>なぜに共産革命で国を追われたのか、

 日本側が「先の戦争では申し訳なかった」といった内容のことを述べると、
ケ小平は発言をさえぎるようにして「われわれは日本軍をそんなに悪く思
っていませんよ」と切り出した。あっけにとられた一行を前にしたケ小平
の説明はこうだった。
 「あの戦争が始まる前、われわれは井崗山(せいこうざん)から、
長征の途についた。延安にたどりついたときは気息奄々、靴もちびはて、
人数も2万人に減って、全滅寸前でした。ところが日中戦争が始まり、
われわれを包囲していた蒋介石軍は日本軍によって次第に南部に押され
ていく。袋のネズミだったわれわれはそれで息を付くことになり、
日本軍の後ろに回って、着々と工作をしていった。そして戦争終結時
には数百万の正規軍を擁する軍事勢力にのし上がった」

http://www.yorozubp.com/9806/980606.htm
日中戦争のおかげで全滅を免れた中国共産党−ケ小平語録

80 :名無し三等兵:2006/10/26(木) 20:18:59 ID:UtJDgbKN
 文芸春秋11月号は、中国人歴史研究家・趙無眠なる人の「日中戦争 中国も同罪だ」という
論文を掲載している。中国語で書かれた論文の原題は、「もし日本が戦勝国であったなら」。
筆者はアメリカ在住で、中国内のサイトでは民族の裏切り者と集中砲火を浴びている。

 本論文は、ネット上で自由に閲覧できたが、すでに規制の網がかかっている。日中関係を
考えるに当り、数々の示唆に富む論文を、埋もれさせてしまうのは惜しいと、文春が筆者の
許可を得て掲載したものである。

 「1938年6月9日、日本軍の西進を阻むため、国軍は鄭州の東北部にある花園口で、黄河を
決壊させた。堤を破った大水は、凄まじい勢いで流出、歴史上最も悲惨な大洪水となった。
3省44県・市が水没し、行方不明390万人、90万人が死亡した。

 では、これほど大きな悲劇を起こした作戦の戦果は、どうだったのか。“憤怒の雄叫びを
上げて、侵略者たちを飲み込んでしまった”と歌のなかで言っているような結果は、得られ
なかった。土肥原第14師団の一部を、一時的に足止めしただけである。

 1938年11月12日午前2時、湖南省政府は、日本軍接近の情報(実は誤りだった)に接し、
かねて決めていた焦土抗戦を実行、長沙の街に自ら火を放った。省の警備団が街を焼く命令
に従った。彼らは石油、爆薬、手榴弾を使い、門を閉じたまま焼き払った。

 事前の通知はなく、住民は目覚めると同時に火の海に叩き込まれた。ほとんどが生きた
まま焼かれた。火事は三日三晩、街を焼き尽くし、千年の歴史をもつ都市を、ただのガラクタ
に変えた。死者は2万人とされたが、それには難民や傷病兵は含まれていない。
http://blogs.yahoo.co.jp/kim123hiro/archive/2006/10/14

81 :えICBM:2006/10/26(木) 20:59:54 ID:???
>>79
日中国交回復を目的にして交渉するんだから、オープニングリップサービスぐらいするだろ。
それにそれって思いっきり皮肉ともとらえる事が出来る。

82 :名無し三等兵:2006/10/26(木) 21:51:27 ID:???
>>79
別にそれで日本人に感謝しているわけじゃないだろうしね。

83 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/26(木) 22:51:12 ID:XsNIipC/
>>78 >>日本陸軍は陸軍の私物。 日本海軍は海軍の私物。

全くごもっとも(泣)w。

>>79 >>ケ小平は発言をさえぎるようにして「われわれは日本軍をそんなに悪く
>>思っていませんよ」と切り出した。

終戦後も中共の「解放軍」に加わり実際に戦っていた日本人は約8千人いたそうです。
例えば東北(満州)の解放軍の病院では、医師の半数と看護婦の多くは日本人でした。
中共軍(解放軍)兵士の間では、日本人医師と看護婦は手抜きをせずに献身的に患者の
面倒を見てくれると評判だったようです。

中共にとって日本人技師や医師等の専門職は貴重な存在であり、国共内戦の間でも
東北(満州)には数万人の日本人が働いていました。

84 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/26(木) 23:04:54 ID:XsNIipC/
ちなみに前述の『僕は八路軍の兵士だった』の著者、山口は中共軍の砲兵でした。

では、こうした日本人達が思想的に「真ッ赤」だったかといえば、必ずしも
そうではありません。山口は収容所から抜け出して『食うに困って』でしたし、
医師や看護婦は中共軍での厚遇や「どうせ日本には帰してくれないし、今直ぐ
戻ったところで…」という思いがあったかもしれません。

また「日本人の担架隊」も中共軍には見られます。「東北民主連軍第一縦隊」
に所属していた日本人兵士は、以下のような不満を漏らしています。

「帰国の話があるから(八路軍に)集まれと言われ、集まったらこのザマだ」

Q.担架隊なら命の危険はないのでは? ソ連軍がいた時のように、物を取られ
  たり暴行されたり、シベリアに連れていかれる心配は無いから良いのでは?

「冗談じゃない。担架隊は実戦部隊のすぐ後ろに付き従って、負傷した兵士を
 後方に運ぶ役目だから、ひどく危険なんだよ!」

85 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/26(木) 23:20:59 ID:XsNIipC/
終戦直後、支那大陸では「中共軍」が国民党よりも先に何とかして
日本軍の兵器を接収しようと躍起になっていました。もちろん脅したり、
甘言を弄したり――。

「我々に降伏すれば、直ぐにでも日本に帰ることができる」などという
中共の『誘い』を真に受けて、そのまま解放軍に無理やり従軍させられた
ケースもあったようです。

まあ日本軍も捕虜とした支那人兵士を『苦力』代わりに自分の部隊に従軍
させていた例もありますから、因果は回るという事でしょうかw。上記の
場合は、騙される日本人も日本人です。降伏する相手は「絶対に国府軍」と
厳命が下っていた訳ですしw。

一般的な兵士の感情としても、実質的に正規軍とは言えない中共軍に降伏するのは
抵抗があったはずです。しかし、北支など国府軍が進出するのが酷く遅れた地域では
その接収を待ちきれずに、つい八路軍の甘言に……といった具合でしょうか。

86 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/26(木) 23:33:55 ID:XsNIipC/
>>79 >>ケ小平は発言をさえぎるようにして「われわれは日本軍をそんなに悪く
>>思っていませんよ」と切り出した。

前述の山口はこう述べています。

中国の要人は「井戸の水を飲むときは、井戸を掘った人の恩を忘れては
ならない」と大層立派なことを言うが、中国政府はいまだにこういった
日本人たちの功績を公式に讃え、感謝の意を表してはいない。尊い生命を
中国革命に捧げた人達のことを考えると、僕はそれが残念でならないのだ。

>>65 >>但し見方によっては国外逃亡に成功して悠々自適の老後を過ごした
>>戦国の勝利者とも言えるかもしれぬ。

同じような境遇にあるのが「広西省の覇者」李宋仁と広西の兵士たちです。
抗日戦争で最も犠牲を払ったと言っても良いのですが、中共軍に最後まで
敵対したため、今もってその功績が正当に評価されているとは言えません。

87 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/26(木) 23:54:03 ID:XsNIipC/
広西省は「人口比」で見た場合、他のどの省よりも多くの人間が抗日戦争に
投入されています(15人に1人、当時の日本内地7千万で言えば470万)。

最盛期に約94万人ですが、支那事変勃発当初には第5戦区司令官・
李宋仁と共に50万人が北支に転用されています。そうです。広西省の
兵士の多くが、自省を日本軍の侵攻から守るためではなく、他省での
戦闘に加わっていた訳です。

しかし李宋仁は第二次国共内戦で最後まで中共に手を上げず、ニュー
ヨークに逃れ、また広西省出身で李の盟友だった「小諸葛亮」の異名を
取る白祟禧も台湾に渡ります。一部の広西省の兵士は1953年まで
中共軍に抵抗を続けて45万人が掃蕩されました。

その後、中共は「広西派」を『階級の敵』とみなして、抗日戦争での犠牲と
功績を抹殺、公式には全く言及されなくなります。また広西省でも「広西派」
はタブーの存在となりました。

88 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/27(金) 00:20:41 ID:Q23e7Zns
>>80 >>日本軍の西進を阻むため、国軍は鄭州の東北部にある花園口で、
>>黄河を決壊させた

>>湖南省政府は、日本軍接近の情報(実は誤りだった)に接し、かねて
>>決めていた『焦土抗戦』を実行、長沙の街に自ら火を放った。

そこにも書いてある通り、単なる『焦土戦術』だと思います。取り立てて
騒ぐほどの事でもないのでは? 焦土戦術に『効率』を求めてはイカンw。

また、歴史研究家という「趙無眠」(当然ペンネームでしょう)の論旨も
よく分かりません。上記が無駄死にだったと非難するのは至極もっともですが、
国府軍の指揮官だった蒋介石を非難すれば、それで済むのでは?

いきなり中共も含めて「中国も同罪だ」と論理が飛躍しています。穿って見れば
単なる現体制批判に日本軍がダシに使われているような気もします。そして
「日本が戦勝国であったなら」という結論に繋がるのは全く???ですw。

89 :華人小娘 紅美鈴 ◆FU/OcfTlfM :2006/10/27(金) 00:29:40 ID:???
       _
     '´ ☆ ヽ
   / ,.'´  ̄ ヽ!
  丶  ノリノ ))〉     中佐の好きな言葉は、
   ノノ.|i.゚ ヮ゚ノ!     「哀しいけど、これって戦争なのよねー」
  (( ( リi.._\_iリつ     なんだそうですよw。
     ∪_||j     
     `し'ノ


90 :名無し三等兵:2006/10/27(金) 02:00:37 ID:???
中国共産党の動きを見ていると憤青を抑えて、対日感情を悪化させない
様にしているから、アンチテーゼをアメリカから送って見たんじゃね。

91 :名無し三等兵:2006/10/27(金) 22:55:53 ID:???
>>太平洋戦争終結までは、まさに支那は『三国史』の世界ですよ。

変わらんうえに、さらに悪いことには当事者たちが『三国志演義』や『水滸伝』にかぶれてますからねえ。
二十世紀に入っても「混世魔王」とか「殺人魔王」とか自称した匪賊が暴れてるし。

また河合貞吉『匪賊 国の民乱』から引用すると、
1930年瑞金で毛沢東が報告した、支配地区の区政府委員18名の内訳はこんな感じ。

医者      1人
破産した大地主 1人
富農      2人
中農      1人
仕立屋     1人
仕立屋兼バクチ 1人
バクチ打ち   6人
道士      1人
来歴不明のインテリ 3人
来歴不明の女性   1人

……区政府つうより梁山泊だこりゃ(笑)

92 :だつお:2006/10/28(土) 00:33:14 ID:lQOqBOiq
http://www.boople.com/bst/BPdispatch?nips_cd=9971041634
蒋介石
マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記

中国人が書いた抗日戦争読本としては、これはある程度マトモだ。
抗日戦争の史実を描くのならば大虐殺云々より前に、中国軍は皇軍
の大陸打通作戦で連戦連敗して同盟国にもソッポを向かれたという
動かぬ真実を素直に認めるべきだと自分は考えている。

蒋介石も汪精衛も毛沢東も張学良も、指導者個人個人の評価よりも、
抗日戦争で中国軍がいかに皇軍に負け続けたかという観点が重要。
皇軍にドツキ回されて総崩れになったエセ抗日軍が、皇軍の軍門に
下ろうとも国外逃亡を図ろうとも、どちらが売国でどちらが愛国
かなどという分類をかけること自体が馬鹿げている。

93 :だつお:2006/10/28(土) 00:46:08 ID:lQOqBOiq
日中戦争をごく客観的にミリタリーマクロバランスで見るならば、
スチルウェルやマーシャルが観察したように中国国民党は皇軍
に連戦連敗のチンピラゴロツキ集団で間違いない。
皇軍の大陸打通作戦を客観的に見て皇軍は精強で中国軍は弱小、
また航空戦力だけで勝利は得られないとの結論に達した。

汪精衛らが裏切ったのがいけなかったというのは、中国版匕首伝説。

94 :だつお:2006/10/28(土) 00:51:35 ID:lQOqBOiq
>皇軍の大陸打通作戦を客観的に見て皇軍は精強

GENERAL MARSHALL said he was not familiar with the Polish issue
and its political aspects. He said from the military point of view
the situation in Europe was secure but that they hoped for Soviet
participation in the war against Japan at a time when it would be
useful to us. The Russians had it within their, power to delay their
entry into the Far Eastern war until we had done all the dirty work.
He said the difficulties with the Russians such as in the case of
CROSSWORD usually straightened out. He was inclined to agree with
Mr. Stimson that possibility of a break with Russia was very serious.

http://teachingamericanhistory.org/library/index.asp?document=909
Memorandum by Mr. Charles E. Bohlen,
Assistant to the Secretary of State, of a Meeting at the White House
April 23, 1945, 2:00pm

95 :名無し三等兵:2006/10/28(土) 01:05:18 ID:???
道士を1人いるところがなんとも中国らしいっすね

96 :名無し三等兵:2006/10/28(土) 01:15:29 ID:???
人望がありそうな人と高等教育を受けた人で共産党に協力的な人を
適当に集めてきたという感じですね。
でも国作りの最初はこんなもんなのかも知れない。
日本だって鎌倉時代初期の地頭は大半が文字の読み書きが出来ず、
中央でも教養があるという理由だけで幕府高官に登りつめた人もいました。
辛亥革命直後ならかつての改革派官僚で地方に赴任していた人たちを集めることも
出来たでしょうが抗日戦の頃は清朝崩壊から既に数十年経っており、
その間軍閥が割拠していたので真っ当な経歴のある人材が枯渇していたのでしょう。

97 :91:2006/10/28(土) 15:10:08 ID:???
瑞金時代は袁子才率いる江西匪賊が武力の主体で、毛沢東はそれを乗っ取
ったようです。
まあ中国の農民反乱と天下取りのパターンは、だいたいこんなもんですな。
普通は天下取りする奴は、きっかけとなった邪教と縁を切り弾圧しますが、
中共は怪しい思想のままいっちゃった紅布賊でないかと。
張角が天下取った三国志とか、成功した太平天国と思えばいいのでは。

たしかに中国は今なお「前近代(プレモダーン)」なのです。
ただ公平を期するなら「近代」を達成した国は、今なお多数派ではない
でしょう。
先進国や一部の中進国を除くと、近代的な表層の下で実際に機能してい
るのは、地縁血縁やネポティズムといった中世的人的結合の原理です。
江戸時代に近代の先駆とも言える「近世(ニアモダーン)」の公的秩序
を形成していた日本は、幸運な方だったのです。

98 :名無し三等兵:2006/10/28(土) 19:35:31 ID:???
士大夫層というと語弊があるけど(士大夫は宋朝までだったかな)
歴代王朝で官僚を輩出する地方の名家に知識人層が蓄積されていたはずなのですが
共産党はそういった連中を上手く取り込めなかったのでしょうね。
その中国史上に類例をみない知識人層と政府の分離が文革というトンデモな悲劇を引き起こしたような気がします。
まぁ現在でも知識人層の政党があったりするあたり、地方の知識人層というのは未だに
中国政治において無視できないファクターなのかなぁとか。

99 : :2006/10/28(土) 20:39:58 ID:???
>>98
> まぁ現在でも知識人層の政党があったりするあたり、地方の知識人層というのは未だに
> 中国政治において無視できないファクターなのかなぁとか。


勉強不足でスマソ。現代中国で「知識人層の政党」というのは、何を指していらっしゃるのか、
お教え下さい。?

100 :名無し三等兵:2006/10/28(土) 20:44:15 ID:BdabXFyF
100

101 :名無し三等兵:2006/10/28(土) 21:03:57 ID:???
>>99
農村だかエンジニアだかの知識人を集めた衛星政党が幾つかあるの知らんのか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%90%8C%E7%9B%9F

102 :91:2006/10/28(土) 22:18:02 ID:???
>>99
中華人民共和国政府は、タテマエ上は中共と民主諸党派の連立政府なのです。
ここらへんの諸党派と知識人層の悲劇は、
諸星清佳『中国革命の夢が潰えたとき―毛沢東に裏切られた人々』(中公新書)
に詳しいです。

民主諸党派は都市部の西欧的インテリで、さしたる政治的地盤は無いので、形ばかり利用されたと。
地方名望家の知識人層というのはようするに地主ですから、八路の殲滅対象なわけで。


103 :99:2006/10/28(土) 23:55:44 ID:???
>>102
>>101
> >>99
> 中華人民共和国政府は、タテマエ上は中共と民主諸党派の連立政府なのです。

知らんかった。レス、サンクス。特に>>102さんに感謝!


104 :名無し三等兵:2006/10/29(日) 02:05:45 ID:???
蒋介石の成分解析結果 :

蒋介石の80%は度胸で出来ています。
蒋介石の14%は保存料で出来ています。
蒋介石の4%は気合で出来ています。
蒋介石の1%は雪の結晶で出来ています。
蒋介石の1%は罠で出来ています。

毛沢東の成分解析結果 :

毛沢東の86%は成功の鍵で出来ています。
毛沢東の7%は微妙さで出来ています。
毛沢東の5%は度胸で出来ています。
毛沢東の1%はカテキンで出来ています。
毛沢東の1%は赤い何かで出来ています。

白祟禧の成分解析結果 :

白祟禧の38%は嘘で出来ています。
白祟禧の21%はかわいさで出来ています。
白祟禧の20%は月の光で出来ています。
白祟禧の8%は食塩で出来ています。
白祟禧の7%は怨念で出来ています。
白祟禧の5%は根性で出来ています。
白祟禧の1%は果物で出来ています。

105 :名無し三等兵:2006/10/30(月) 01:44:29 ID:???
今日は、イナゾウ中佐まだぁ

106 :名無し三等兵:2006/10/30(月) 23:21:06 ID:???

私もイナゾウ中佐のお出ましを、お待ち申し上げております。

107 :元32(予備役少佐):2006/10/30(月) 23:56:57 ID:???
突発的に無茶苦茶に忙しくなられるようなので、
保守しながらお待ちしましょう。

108 :名無し三等兵:2006/11/01(水) 01:08:01 ID:???
>>88
長沙の焦土作戦に関するその話は重慶政府が日本軍の空襲による蛮行と国際連盟や
各国マスメディアに対して宣伝していた内容。
国内では共産党機関紙新華日報は現地住民の協力により成功を収めた焦土作戦と宣伝しており、
重慶政府系新聞新民報では反共主義の汪精衛が共産党の焦土作戦はいたずらに住民に
被害を与えるだけで漢奸の侵攻阻止に何の役にも立っていないと非難していたりする。
プロパガンダを面白おかしく切り貼りしたもんでしょ。

109 :名無し三等兵:2006/11/01(水) 04:37:57 ID:???
アキバでメイドにいたずらしたのイナゾウじゃねえのか
だから出て来れないんだろう


110 :名無し三等兵:2006/11/01(水) 04:39:20 ID:???
      ゜  :  ..:|;:;:.... |
  。           ゚ ..:|;:;:.... | ∧∧
   :     :   ..:|;:;:.... |(^3^ ) <イナゾウしゃーん どこいっちゃったの?
 ゚  。  :   :  ..:|;:;:.... |⊂ノ
  :      :   ..:|;:;:.... |
      ,,.,、-‐''"´~ `ー-‐'

111 :名無し三等兵:2006/11/01(水) 22:52:19 ID:???
本当、そうですよね。
戦争なんて絶対いけないって学校でも幼稚園でも絵本でも
教科書でもあれだけ言ってるのに・・・。
戦争は恨みの連鎖の元凶だと思うんです。
綺麗ごとかもしれないですけど恨みの連鎖より
愛の連鎖を、と私は思います。
戦争は人間がやる一番悪いことだと思っています。
人を殺せば裁かれるのに戦争になった途端
正当化されるなんて恐ろしいことこの上ないです。

112 :名無し三等兵:2006/11/02(木) 00:54:24 ID:???









↑なかなか味わいがありますね。

113 :名無し三等兵:2006/11/02(木) 00:54:47 ID:???
あ、綺が抜けてたw

114 :だつお:2006/11/02(木) 05:36:22 ID:/AZORulB
戦後蒋介石らが、汪精衛一派を漢奸として懲罰を加えたのは、
彼らの支持者を中共側へ寝返らせる要因となったであろう。
皇軍の大陸打通作戦でションベンちびって逃げたチンピラゴロツキが、
どの面下げて身内の離反を裁けるのかと言いたい。

あるいはチンピラゴロツキが金目のものを奪って国外逃亡するため
に別のチンピラゴロツキをスケープゴートを仕立て上げることに成功
したのだという解釈もできるかもしれない。何しろチンピラゴロツキ
には郷土心も責任感も皆無で、自分さえ助かればよかったのだから。

太平洋戦争よりも大陸打通を断固優先にすべきであった。
大陸打通さえ完遂すればあとはどの戦場も棄ててよかった。
中国国民党のならず者チンピラゴロツキどもに痛撃を浴びせ
る手段があれば何でもやればよかったのだ。

115 :だつお:2006/11/02(木) 05:46:08 ID:/AZORulB
>戦後蒋介石らが、汪精衛一派を漢奸として懲罰を加えたのは、
>彼らの支持者を中共側へ寝返らせる要因となったであろう。

実のところ、蒋介石らは共産革命なんて屁とも思ってなかった。
抗日やら反共やら、理念の類は全て自己保身のための嘘だった。

そもそも「中国」とか「中国人」とかいう概念は、チンピラゴロツキ
が沢山湧いてくる現象を指してそう呼んでいただけのことだった。
チンピラゴロツキは何よりもチンピラゴロツキ同士の生存競争に
勝ち抜くことだ最優先なわけで、「抗日戦争」なるものは看板
だけの空作文みたいなものだったのだ。

116 :77:2006/11/02(木) 07:58:07 ID:???
>>115
> そもそも「中国」とか「中国人」とかいう概念は、チンピラゴロツキ
> が沢山湧いてくる現象を指してそう呼んでいただけのことだった。
> チンピラゴロツキは何よりもチンピラゴロツキ同士の生存競争に
> 勝ち抜くことだ最優先なわけで、「抗日戦争」なるものは看板
> だけの空作文みたいなものだったのだ。

平家物語ならぬ日中戦争物語を語るだつおさんの重奏低音の
ような決めフレーズですね。

「中国」とか「中国人」に対するだつおさんの認識は、
昭和の軍人・政治家も同じように持っていたはずなのに
日本は泥沼の日中戦争にのめり込んで行ってしまったのですね。

 諸行無常!


117 :名無し三等兵:2006/11/02(木) 09:12:22 ID:???
共用コテでご満悦の厨房作文相手に堂々互角の長文合戦

おつむがよろしく誇らしいですねホルホルホル

118 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/04(土) 21:42:09 ID:???
久々に『アクセス規制』の巻き添えを喰らって戦線離脱しておりました。
流れ弾に当たったような気分です。まあ、最近の仕事が<捷一号作戦>
状態なのもありますが……orz.。めがっさにょろにょろw。

少し間隔が空いて頭が呆けていますので、リハビリしながら少しずつ…。

119 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/04(土) 22:05:26 ID:OfpPxjM3
>>91 >>二十世紀に入っても「混世魔王」とか「殺人魔王」とか自称した
>>匪賊が暴れてるし。

まあ、日本で「それ」が許されるのは幕末・明治維新くらいまでが限度で
しょう。自分も<第六天魔王>や<メイド王>とか名乗ろうかしらん?w。
支那通ですと土肥原賢二の「東洋のロレンス」が一番立派ですかね。名前負け
していますが。いや、大佐時代(奉天特務機関長)には渋くてカッコいい
写真が残っています。

>>1930年瑞金で毛沢東が報告した、支配地区の区政府委員18名の内訳はこんな感じ。

大笑いしたいところですが、日本軍占領地でも県政府未満のレベルだと >>91
と大差ないかもしれませんw。地元の有力者というだけで、匪賊くずれもかなり
混じっていました。また県城には日本人の大陸浪人も端役を得て跋扈していた
ようです。この辺、手持ちの資料のどこかにあったはずなの見つからない…w。

120 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/04(土) 22:31:00 ID:???
>>98 >>地方の知識人層

戦記などを読んでいますと、偶に中国の大学に留学していたという下士官兵が
登場してきます。北京の大学に通って『北京官話』が流暢に話せ、中国文も
きちんと書けると、地方の農民からは一種の畏敬の念を抱かれました。

逆に現地で学んだような「ウロ覚えの中国語」を話したりすると侮蔑されて、
本当はその意味が分かっていても「不知道(プーチータオ:知らない)」や
「不明白(プーミンパイ:分からん)」と相手にされない事も多々ありますw。

121 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/04(土) 22:53:37 ID:OfpPxjM3
>>92 >>蒋介石 マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記
>>中国人が書いた抗日戦争読本としては、これはある程度マトモだ。

はい、マトモです。手元にあってまだ未読ですが『ビルマ戦線従軍記――
中国人記者の見た北緬戦線の証言』(張仁仲著、共栄書房)などをパラパラ
めくっていますと眩暈がしてきますw。あ、もちろんビルマ戦線ですから
国府軍のことを指しています。

例えば、捕らえられた日本兵に中国人記者が「今回の戦争」について感想を
聞きますと、以下のように答えたとされます。

「この度の戦争の後、日本はきっと文化と科学の最も落伍した国家に成り下がる
 と思います。なぜなら学識があり、そして有為な青年は均しく戦場で戦死して
 しまったからです。中国軍隊の勇戦善戦は、日本国内に深くこもっている内地
 の国民が夢にも想像できないほどであります……」

122 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/04(土) 23:11:06 ID:OfpPxjM3
また別の日本兵捕虜は命が保証された事が判ると、『中国軍人の真の寛大さw』
に心から感動し、両眼いっぱいに慙愧の涙を浮かべて、涙粒が頬から流れ落ちた
といいます。そして独り言のように――、

「われわれ日本人民は、ほんとに軍閥からさんざん騙されました。中国の軍隊の
 中に来てから、中国軍の寛大で仁慈なことがよく分かりました。また日本軍閥
 が宣伝したきたのは、全くのデタラメな人騙しであることもよく分かりました。
 
 戦後は願わくば妻子を中国に呼び寄せて中国に居住し、もし希望が容れられ
 中国人になって生活できるならば、まことに幸甚かつ光栄の至りに思います」

また「中国の感想」について記者から質問されると、

「私は今まで中国の文学儒学に心酔し、孔子および老子を尊祟しています。
 なぜなら孔老ニ聖の哲学は、これまで中日二大民族の処世の宝鑑だった
 からであります。将来もし私が自由な中国人に変身できたら、中国の
 老子哲学の専門家に教えを請いたく思います。ところでこの度、中国
 軍隊と戦闘を強いられたのは、自らの志願からではなく上級の命令です」

123 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/04(土) 23:30:59 ID:OfpPxjM3
ホントカヨー!のひと言です(核藁)。思想教育を受けた後ならともかく、
捕虜になってすぐ「願わくば中国人になって中国に住みたい」などと言うで
しょうか?w きっと支那人の脳内オナニーです。奴らは願望と現実がゴッチャ
になっているのですw。いや、「こうあるべきだ」で書いているのでしょう。

捕虜になった途端、中国人に媚びへつらう日本人というのを強調したかった
のだと思われます。

ちなみに原書のタイトルは『印緬随軍記』ですが、付録の『美麗島事件と
蒋政権の拷問18手』の方が興味をそそられますw。めがっさにょろにょろ。

124 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 00:02:46 ID:BnY2DbsJ
>>97 >>たしかに中国は今なお「前近代(プレモダーン)」なのです。ただ
>>公平を期するなら「近代」を達成した国は、今なお多数派ではないでしょう。

全く同感です。東南アジアなども未だ「前近代」でしょう。しかし、それを
言うなら日本も「町民」レベルの域を脱していないと思いますw。

>>109 >>アキバでメイドにいたずらしたのイナゾウじゃねえのか 
>>だから出て来れないんだろう

残念ながらメイド属性はありません。自分がツボなのは「カリスマ幼女」でy=-( ゚д ゚)・∵パーン

>>111 >>戦争は恨みの連鎖の元凶だと思うんです。綺麗ごとかもしれないですけど
>>恨みの連鎖より愛の連鎖を、と私は思います。

何度も繰り返し述べているように「制裁と報復の徹底こそ、平和への第一歩」です。

125 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 00:54:34 ID:BnY2DbsJ
>>108 >>国内では共産党機関紙新華日報は現地住民の協力により成功を
>>収めた焦土作戦と宣伝しており、(長沙の焦土作戦)

「長沙の大火(1938年11月12日夜)」が発生したとき、湖南省(省都:長沙)の
政府主席は『張治中』でした。張治中は『マオ―誰も知らなかった毛沢東』など
では国府軍に属しながら「共産党の冬眠スパイ」として扱われている人物です。
また「第二次上海事変」の開戦契機にもその影がチラつきます。

『蒋介石日記』では、張治中の命令により「焦土作戦」で日本軍に対処する
ことが計画され、兵士3人1組の「放火隊」が組織されたとあります。

長沙の焦土作戦について蒋介石は、直接指示したのでは無いにせよ、計画について
全く知らなかった事はあり得ません。何故なら蒋介石は11月3日に長沙を訪れて
10日間滞在し、軍事会議を開催して指示を与えていたからです。そうです。10日の
滞在ということは、蒋が長沙を離れたのは「大火」が起きた当日の晩なのです。

126 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 01:12:36 ID:BnY2DbsJ
言い方を変えれば、蒋介石が長沙を離れた11月12日の晩に大火災が
発生した事になります。まあ、蒋は「暗黙の了解」という所でしょうか。
前置きが長くなりましたが、張治中が「共産党のスパイ」であるならば、

>>108 >>国内では共産党機関紙新華日報は現地住民の協力により成功を
>>収めた焦土作戦と宣伝しており、(長沙の焦土作戦)

共産党機関紙である『新華日報』が「長沙の焦土作戦」を成功と宣伝する
のはある意味、当然のことなのです。いやはや、プロパガンダ以外の何物
でもありません。めがっさにょろにょろw。

ちなみに張治中は「上海・南京戦」が終了した後に湖南省政府主席に任命
されています。また長沙の大火のあと、長沙の警備司令や警察局長、警備
第2団長(連隊長)の3人が蒋介石によって死刑にされました。

127 :だつお:2006/11/05(日) 09:03:32 ID:pstkjiGp
>きっと支那人の脳内オナニーです。

 同盟国の間の支援は相互的、双方向のものであり、ある種の一方的な
ものではなかった。中国は世界反ファシズム闘争の主要戦場の一つであった。
中国のこの主要戦場があったが故に、東方における反ファシズムの勝利
があったのである。最も多くの日本軍と交戦したのは中国である。日本軍の
師団編成によって計算すると、盧溝橋事件から一九四五年まで、日本が長年
にわたって中国関内[長城以南]の戦場に投入した陸軍の兵力は、最大の年
が編成中の九〇パーセント、最少の年が三五パーセントであり、八年間の
平均は七六・四パーセントであった。太平洋戦争勃発後も、日本陸軍の
主力は中国戦線に展開していた。中国が殲滅した日本軍の数は最も多い。
満州事変から日本の降服までの期間において、日本軍の外国における戦闘
での傷病戦死者は二八七万四〇〇〇人であるが、その内の八九万人は太平洋
戦争でのものであり、中国戦場での死者は一九八万四〇〇〇人にものぼった。

中国抗日戦争史 中国復興への路 / 劉大年/編 白介夫/編 曽田三郎/[ほか]訳

 胡錦涛氏は1枚1枚の写真、1つ1つの文物や復元景観をつぶさ
に見、解説員の説明に真剣に耳を傾けた。1・29運動と西安事変
を示す大きな写真の前、敵後方抗日根拠地の電子見取図の前、
平型関大勝利の復元景観と百団大戦の戦績集計表の前、中国軍が
台児荘の戦いで使った武器装備の前、中国共産党第7回大会会場
の写真の前、ソ連からの志願航空隊と米国空軍特別派遣隊の戦闘
生活を示す写真や実物の前、中国戦区日本軍降伏調印式の再現場面
の前で、胡氏は足を止め、詳しく質問していた。

http://www.fmprc.gov.cn/ce/cejp/jpn/zt/qqq115/t207155.htm

128 :名無し三等兵:2006/11/05(日) 11:28:32 ID:???
     )、._人_人__,.イ.、._人_人_人
   < 中国が!中国が攻めてくる! >
    ⌒ v'⌒ヽr -、_  ,r v'⌒ヽr ' ⌒
// // ///:: <   _,ノ`' 、ヽ、_ ノ  ;;;ヽ   ,へ、        /^i
///// /::::   (y ○)`ヽ) ( ´(y ○)    ;;|  | \〉`ヽ-―ー--< 〈\ |
// //,|:::     ( ( /    ヽ) )+     ;|  7   , -- 、, --- 、  ヽ
/ // |:::     +  ) )|~ ̄ ̄~.|( (       ;;;| /  /  \、i, ,ノ    ヽ  ヽ
/// :|::       ( (||||! i: |||! !| |) )      ;;;| |  (-=・=-  -=・=-  )  | もちつけ前原、クールになれ!
////|::::    +   U | |||| !! !!||| :U   ;;; ;;;| /  <  / ▼ ヽ   >   、
////|:::::       | |!!||l ll|| !! !!| |    ;;;;;;|く彡彡  (_/\__)  ミミミ ヽ
// / ヽ:::::       | ! || | ||!!|    ;;;;;;/⌒⌒⌒\  (___ノ      ミミ彳ヘ
// // ゝ:::::::: :   | `ー----−' |__// / / /⊂)   ヽ--  ___/   \


129 :名無し三等兵:2006/11/05(日) 13:45:42 ID:???
>>123
> 捕虜になった途端、中国人に媚びへつらう日本人というのを強調したかった
> のだと思われます。

こういう特性は日本人にはありますよ。
相手は勿論中国に限らず。
誰とは言わんけどGHQの犬みたいなものになった将軍もいますし。
媚び諂いとは違うかもしれないけど、河本大作も
”台湾の解放戦が行われるときはぜひ参加したい。敵に日本軍人がいるとしても
自分は其の手の内を良く知っているので自身がある”みたいなことを言ってます。
捕虜になるまでは頑張りすぎるくらい頑張るんだけど、一旦捕虜になると
べらべら喋るのが日本兵。

130 :刑事ニコラス:2006/11/05(日) 19:30:32 ID:pZg9RkRi
ホリョダ・・・

131 :91:2006/11/05(日) 21:13:03 ID:???
>こういう特性は日本人にはありますよ。

中国人の自画自賛臭くはありますが。
日本の場合、捕虜は不名誉なので、捕虜になった段階で
「生きては故郷に帰れない → いっそ全くの別人に生まれ変わろう」
というバイアスがかかるのだと思います。

この捕虜の性質はかの『戦陣訓』だけでなく、郷里のムラ社会で捕虜を
蔑む傾向があったのではないかと思われます。
『石光真清の手記』(中公文庫)を見ると日清・日露の頃より、
捕虜となっても身元を明かさず死んだ者や、帰還できず中国大陸に残留
した者の事例があります。

その意味で『戦陣訓』は、近代軍が総力戦遂行のため伝統的社会の価値
観に譲歩した面もあったのではないかと。

132 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 21:38:41 ID:u7W0R03t
>>129 >>こういう特性は日本人にはありますよ。相手は勿論中国に限らず。
>>誰とは言わんけどGHQの犬みたいなものになった将軍もいますし。

まあ、否定はしませんが。幕臣でも明治新政府に対して恭順な人が意外と
多かったのは、GHQの時と同様に日本人の民族性でしょうか。

第14方面軍司令官だった黒田重徳中将(山下奉文の前任者:〜1944年9月)は
戦犯で逮捕された時に「私はフィリピン方面軍司令官としてフィリピンの防衛準備
をしなかったので、米軍の侵攻に役立ったと思う」と述べたのが児玉誉士夫の
獄中記にあります。恥知らずの一言ですw。

133 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 21:54:36 ID:u7W0R03t
>>河本大作も”台湾の解放戦が行われるときはぜひ参加したい。敵に日本軍人が
>>いるとしても自分は其の手の内を良く知っているので自身がある”みたいな
>>ことを言ってます。

それは意外でした。西北実業の最高顧問だった河本大作は、1949年4月の太原陥落
により中共軍の政治犯として囚われの身となります。ここでは『山西A級』という
括りです。その後の河本は筆舌に尽くし難い収容所生活を送って、最後は獄死して
いますから、そのような強がりは時に言ったかもしれませんが、そのまま鵜呑みに
しない方が良いかもしれません。

また1950年1月に河本は山西から「北京監獄」に移送されますが、この時の河本の
思惑は、何とかして「話の分かる」共産党の大物と話をつけて、山西の資源開発に
協力させたいと考えていました。もちろん中共との提携など夢のまた夢の話です。

1952年秋に戦犯容疑者として再び山西省太原に戻ってきた河本は、ガリガリに
痩せて頭髪が真っ白になり、体も一回り小さくなっていたと言います。

134 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 22:11:10 ID:u7W0R03t
ちなみに「収容所生活」の河本大作は以下の通り。

河本ら山西残留者は政治犯として収容所に入れられます。他の日本人が
約10人ずつ一部屋に分けられたの対して、河本など重要人物の数人は
中国人房に一人ずつ収監されました。これは謀議させないためでしょう。

そこは8畳ほどの広さに十数人が押し込められ、身動きひとつ出来ません。
ただ一人の日本人である河本は部屋の隅に追いやられ、戸板を渡した便壷の
上にしか居場所が無かったと言います。獄中での唯一の息抜きが夕食後の
マルクス主義の勉強会だけでした。

北京監獄から山西に戻ってきた河本は衰弱が著しく、戦犯容疑の取調べが始まる
と朝の洗面と便所以外はいっさい取調べ室から出られない苛酷な尋問がさらに
追い討ちをかけます。この頃になると、担当だったマッチ箱貼りの労役も外され
一日中、外で硬い椅子の上に座って日光浴をして過ごすようになりました。

135 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 22:23:27 ID:u7W0R03t
真っ白な頭髪と伸び放題のあご髭が生気なく、晩年の河本はまるで
「仙人」のような印象を与えました。そして1953年8月25日に太原
監獄で静かに息を引き取ります。枯れ木が倒れるような最期でした。

河本大作について特筆すべき点は、「張作霖爆殺や満州事変」について
戦犯の嫌疑なしとされている事です。これは国府政府も早々に結論を
出しましたし、中共も同様です。中共が戦犯容疑としたのは、日本人の
山西残留(民間人)の首謀者という扱いです。しかし、具体的な証拠は
揃えられなかったようです。

とはいえ、河本大作は中共が戦犯として捕らえた容疑者として最大級
の大物であり、過去を考えれば釈放する訳にもいきませんので苛酷な
取調べにより故意に死に至らしめた(誘導した)と考えるのが自然で
しょうか。

136 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 22:44:04 ID:u7W0R03t
河本がなぜ戦後も山西省に残り続けたのかは分かりません。西北実業建設
(山西産業株式会社)は、炭鉱・鉄鋼・電気・機械・化学・紡績・食品など
50種類以上の業種をもつ一大コンツェルンであり、国策会社でもあります。
満鉄の小さいバージョンだと考えれば理解がし易いでしょう。

河本大作は「張作霖爆殺」のイメージが強過ぎるので中々思いつきませんが、
後半生は経済人として生きています。山西に訪れるまでは満鉄理事などを経て
満州財界人として伸し上がっています(ただし鮎川財閥に追いやられる)。

>>131 >>「生きては故郷に帰れない → いっそ全くの別人に生まれ変わろう」
>>というバイアスがかかるのだと思います。

まあ、想像に過ぎませんが「張作霖爆殺事件」で天皇から敵視された河本は
(田中義一首相は、とばっちりの叱責を受けてショック死w)今さら日本に
自分の居場所は無いと考えたのかもしれません。

137 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 23:09:38 ID:u7W0R03t
>>131 >>この捕虜の性質はかの『戦陣訓』だけでなく、郷里のムラ社会で
>>捕虜を蔑む傾向があったのではないかと思われます。

敵の捕虜になると「奔敵」にもなりますから、さらに郷里ではダブルパンチ
ですw。「敵前逃亡」や「生死不明」で行方知れずになるのと、どっちが
良いでしょうか。まあ、軍法会議で処刑の連絡よりはマシでしょうがw。

また支那戦線で捕虜になると「惨殺される」とよく言われましたが(だから
捕虜になる前に自決しろ)これもどうでしょうか。最近、少しオーバーだった
のではないかと思う時があります。捕虜、奔敵を防ぐための脅しも多分に
入っていたのではないでしょうか。

というのも戦記を読んでいると、国府軍・八路軍問わず、支那軍の捕虜に
なって命が助かっている人がゴロゴロ出てきます。もちろん晒し物にされた
惨殺死体のケースもある訳ですが、むしろ少数です。

138 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 23:23:03 ID:u7W0R03t
>>捕虜、奔敵を防ぐための脅しも多分に入っていたのではないでしょうか。

もちろん「死人に口無し」ですから、その後の「思想教育」の甲斐もあって
支那軍の捕虜になって助かった日本兵の記述が多いのは当然でもあります。
また国府軍も中共軍も、日本兵の捕虜を「宣伝」目的に利用しますから、
なおさら記録に残ることが多いのも理屈です。

それでも戦記を読んでいても、なかなか日本兵捕虜の惨殺死体にはお目に
かかれないのも事実です。もちろん「稲造鬼子」など余程の怨みを買って
いれば別ですがw。

ウダウダ書いて何が言いたかったといえば、『戦陣訓』といい、日本軍は
兵士を全く信用できていなかったのではないかという事です。

139 :元32(予備役少佐):2006/11/05(日) 23:35:05 ID:???
>>132
黒田氏はとても変わった人ですので。
おかげで、ずいぶんと日本人は苦労したと思うな。

>>138
まあ、是非はともかく、無茶苦茶はやっていますよ。
ただ、日本側文献は、あまりそういうのを強調しない傾向がありますね。
探すところで探すと、かなりグロ写真が出てきます。
各文書館には、積極的に紹介していなくても、いろいろあるみたいです。

140 :元32(予備役少佐):2006/11/05(日) 23:39:28 ID:???
>>133
死人に口なしな人もいれば、
迎合した人もいれば、
訓練に従って迎合したふりをした人もいるみたい。

ソ連の例ですが、ドイツ軍捕虜からみれば、
日本人の捕虜の団結と志操堅固は驚異だったみたいです。


141 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 23:40:37 ID:u7W0R03t
>>131 >>捕虜となっても身元を明かさず死んだ者や、帰還できず中国大陸に
>>残留した者の事例があります。

自分が例えば、人事不省になって「八路軍の捕虜」になったとしたら一体
どうするんでしょうかね? やはり自決するのでしょうか。それとも大人しく
思想教育を受けた振りをするのか……。あるいは命からがら脱走して敵前逃亡
と奔敵罪で、元いた日本軍から処刑なり無期懲役を喰らうのでしょうか?

142 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 23:50:50 ID:u7W0R03t
>>139>>ただ、日本側文献は、あまりそういうのを強調しない傾向がありますね。
>>探すところで探すと、かなりグロ写真が出てきます。

ああ、それは失礼しました。ある所には「グロ写真」が沢山ありますか。
これは自分の勉強不足でしたw。

それなら日本も「グロ資料」を中共みたいに資料館を作ってもっと強調すれば
良いと思うのですが、やはり日本人の気質には合いませんかね。宣伝下手ですw。

靖国神社の遊修館で展示する訳にはいきませんし、昭和館ではダメ?w

143 :名無し三等兵:2006/11/05(日) 23:51:22 ID:???
思想教育云々はあったにしても、重慶政府にしても、共産党にしても建前でも国際法を守ることが
中華という領域が国家として国際社会が認める条件になるという考えがあったからで、
プロパガンダ一色ってもんでもないよ。
日本がロシア兵捕虜を国際法をやたらやかましく言って厚遇したのと同じ原理であって。

144 :名無し三等兵:2006/11/05(日) 23:54:12 ID:???
中佐的には今でてる「中原の虹」はどんな感じよさですます?

145 :伝統の幻想ブン屋 射命丸 文 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/05(日) 23:59:23 ID:???
>>141 >>自分が例えば、人事不省になって「八路軍の捕虜」になったとしたら
>>一体どうするんでしょうかね?

     ヘ
   イ"´ ̄`'ヽ
   | i.|ノリハノリ〉_    
 ,ヘルlリ ゚ ヮ゚ノiiノn     中佐は絶対180度変わって、八路軍の強烈な
 ゝ,<,_,i`ハ´i,〕ツ     闘士になっていると思います! これは鉄板です。
  `,し/~/:ハ        きっと大日本帝国なんて諸悪の権化と叫んでいる
   `'ィ ァ~ィ ァ´       に違いないのですw。
    T  T

146 :三途の水先案内人 小野塚小町 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 00:02:54 ID:???

   ッ-ヘ。__。ヘ    ./ー- 、
   レ, '´゚   `,〉   /==ヽ i
   i ハ)))ハ))ノ)  ム,   |/
    イオi ゚ ヮ゚ノヘ   /    まあ、生きれば生き得、死ねば死に損。
    ,ぐ`i盃、ツつr'ソ     どんな場合でも死んだ方が良いなんて
   ,メ∪イ-i、ゝ        あるものかね?
    ゙'ーi_'ォ_ァ"       

147 :名無し三等兵:2006/11/06(月) 12:29:35 ID:???
イナゾウ中佐に引き取ってほしい軍の資料がある
京都に来るなら言っておくれ

148 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 22:38:13 ID:T9T844g1
>>144 >>中佐的には今でてる「中原の虹」はどんな感じよさですます?

張作霖を主人公にした浅田次郎の小説ですね。浅田次郎は『初等ヤクザの犯罪学教室』
など中房の頃に読んでファンだったのですが、メジャーになってからは全然ご無沙汰
しております。浅田次郎の「中国小説」も勉強がてらに読んでみようかしらん? 何や
かんやいって自分の「支那知識」は近現代オンリーですからw。『蒼穹の昴』は最高傑作
(浅田次郎の)と呼び声も高いですが本当でしょうか。

まあ『中原の虹』も暇(とお金)があれば読んでみたいのですが、何分未読の本が
溜まっておりまして期待はしないで下さい。そう言えば『マオ』も買おう買おうと
思って未だであることに気付きました。佐野眞一の『阿片王』も購入して未読ですw。

個人的に浅田次郎には『永田鉄山』について小説を書いて欲しいです。かなりの資料
も集めているようですし関心も高いようです。

149 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 22:43:15 ID:T9T844g1
ちなみに浅田次郎のインタビュー記事で「永田鉄山」について
触れられています。以下、ネットから抜粋。

>浅田 昭和10年8月、陸軍省内でこの暗殺事件が起こったんだけどね、僕は
>この事件の背景とその思想を徹底的に調べて1000枚ぐらいの小説にしようと
>以前からあっためていたんですよ。そのくらい、永田鉄山という人は大変な
>人でね、この人が相沢三郎中佐に殺されなければ、その後の日本は明らかに
>ちがう方向に進んでいたはずです。歴史にイフは禁句ですけれど。つまり、
>そのくらい永田鉄山という人は昭和史のキーマンだった。でも、僕は今回の
>『天切り松』に惜しげもなく、そのエッセンスを入れてしまったんです。だから、
>これは読まないと損。なにしろ、1000枚分が凝縮されているんだから(笑)。

>――相沢中佐の遺言までお書きになってますからね。
>浅田 あれは、本当の遺言。それも調べてあったんだけど、ここで使って
>しまって、惜しいことをしたと思って(笑)。

150 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 22:54:10 ID:T9T844g1
去年、どこかのスレで「永田鉄山が首相になる」までのIF話を
書いた覚えがあるのですが、まあ、

●首相兼陸相=永田鉄山 ●陸軍次官=東条英機 ●軍務局長=武藤章
●参謀総長=閑院宮(or杉山元)●参謀次長=石原莞爾 ●第一部長=田中新一

の陸軍メンバーで太平洋戦争を開始するという妄想が自分にありますw。
永田鉄山こそは、ヒデキとカンジを「両手に花」で扱えた超人である
だけに「相沢事件」で斬殺されたのは日本にとって真に痛恨の極みです。

永田の前に永田なし、永田の後に永田なし――。ちょっと脱線が過ぎました。

151 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 23:14:16 ID:T9T844g1
>>143 >>プロパガンダ一色ってもんでもないよ。

まあ、どの程度の「思想教育」が行なわれたのか一概には言えないので
個々のケースを積み上げていくしかない訳ですが……。

1つ例を挙げてみましょう。第37師団は南九州の兵を中心に集めた
部隊で「沖縄県人」も多数含まれていました。1944年に一人の沖縄兵が
作戦行動の宿営中に不意打ちを喰らい、拉致されて捕虜になりました。

場所は北支なので相手は八路軍の可能性が高いのですが、記述が曖昧で
判断がつきません。直前に国府軍との戦闘も描かれていますので悩ましい
ところです。

この沖縄兵は十数人の便衣姿の支那兵に担がれ、両手両足を縛られた挙句に
目隠しをされます。舌を噛んで自決しないよう手拭いを口の中に押し込められ
ロバの背に乗って3日間、何も分からないままに移動させられました。

152 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 23:26:18 ID:T9T844g1
山を越え、谷を渡り、平原を過ぎって、着いた先は支那人の集落です。
ここでしばらく中国軍の病院に入れられてアメーバ赤痢の治療をして
貰ったと言います。なるほど、無下には扱われていないようです。

この沖縄兵は、病院で何度も自殺を図りますが果たせません。「当時の
心境などは、とても皆さんにはお分かり頂けないと思いますが……」と
昔を振り返って述べています。

日数の観念も無かった病院生活の後にこの沖縄兵は、日本兵ばかりの
学校(?)に移動させられたと言います。そこには驚くべきことに
日本軍の大佐、中佐という高級将校もおり、何百名もの日本兵が
勉強したり、討論したり、スポーツに興じていたとされます。

こうした光景は、渦中の沖縄兵にとって信じ難いものであり、執拗な
洗脳教育を受けても、他の日本兵とどうしても馴染めなかったようです。

153 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 23:40:10 ID:T9T844g1
この沖縄兵は1944年に捕虜になり、1年後に終戦を迎えます。さらに
翌年の1946年に帰国を許されたと言いますから、おそらく捕虜になった
先は「国府軍」だったのではないかと思います。中共ではタイミングが
早過ぎるようにも感じます。

この沖縄兵は喩えようのない複雑な心境で故郷へと帰りますが、
言うまでもなく沖縄で見たものは瓦礫ばかりの荒れ果てた山河でした。

家に着くと奇しくもお盆の日であり、家族が彼の死を弔って供養している
その場に生身の姿を現したと言います。

「私は18年を経た今でも、いや終生あのとき味わった苦痛から逃れられ
 ないのです――」(『歴戦1万5000キロ』<M一等兵>より)

154 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/06(月) 23:44:23 ID:???
>>147 >>イナゾウ中佐に引き取ってほしい軍の資料がある
>>京都に来るなら言っておくれ

京都へは近々『東方紅楼夢』(京都市勧業館みやこめっせ)のイベント
で逝く予定ですが(核藁)、どうせ自分は戦史叢書もロクすっぽ読めない
未熟者です。宝の持ち腐れになるでしょうから、ご好意だけ受け取ら
させて頂きまふ。めがっさにょろにょろ。

155 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/07(火) 00:01:25 ID:IdZhyOVO
>>127 >>太平洋戦争勃発後も、日本陸軍の主力は中国戦線に展開していた。

非常に大きな命題ですが「結論」から言えば、

●太平洋戦争の推移が日中戦争に大きな影響をもたらしたのであり、
●日中戦争の推移が太平洋戦争に大きな影響をもたらしたのではない

という事です。要するに太平洋戦争は「島嶼戦」であり、一部の戦域を除けば
大軍を運用するに適しません。仮に大部隊を遠征させるにせよ、その移動や補給は
膨大な徴用船舶(そして海軍の制海権維持)に頼らざるを得ません。また「飛び石」
に遭えば一気に「遊兵化」します。

支那戦線が多くの日本(陸)軍を引き付けたと中国側は主張しますが、もし日中戦争が
行なわれていなかったとしても、太平洋戦線で陸軍が派兵する兵量はそれほど変わって
いたでしょうか? 無意味な仮定ですが。

156 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/07(火) 00:13:56 ID:IdZhyOVO
ガダルカナルを端緒に「南方戦線」が苦しくなるにつれ、陸軍は順繰りに
中国戦線から兵力を引き抜きます。末期は関東軍をも骨抜きにしますがw。

これにより予定されていた「重慶侵攻作戦」が中止になるなど、太平洋戦線
の推移によって、中国戦線が重大な影響を被ることはあっても、その逆の
パターンはあり得ません。

まあ、これはマクロレベルの話であり、ミクロレベルに落とせば
沖縄戦の第62師団はもともと第1軍(山西省:太原)に所属して
おり、例えばもう1、2師団ぐらい支那戦線から引き抜けば良かった
などと思うことはあります。

フィリピン戦なども同様ですが、この頃になるとマトモに兵員すら輸送
できませんからね。やはり大勢に影響はありませんか。しかし本土決戦を
やっていて支那戦線に貼りついた100万人が遊兵化する結果を目の当たり
にしていれば、中国側の主張も正しかったという事になるのでしょうかw。

157 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/07(火) 00:26:39 ID:IdZhyOVO
>>155 >>156 は、あまり考えもせず「書き殴り」の文章なので、適当に
読んでおいて貰えればという駄文ですが、

そもそも糞の役にも立たない中国を名目上だけでも「四大国」として
連合軍が迎え入れたのは「人種戦争」にしないためです。

日本の「大東亜共栄圏」「植民地解放」なる即興プロパガンダに対する
カウンターパートですね。

事実上、半植民地状態だった支那を連合国に加えることで人種戦争に
しない大義名分を得た訳です。支那というのは第二次大戦において
単にそれだけの価値であり、それにしては「金食い虫」だったと
言えるかもしれません。乱筆御免w。


158 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/07(火) 00:33:06 ID:???
>>もし日中戦争が行なわれていなかったとしても、太平洋戦線で
>>陸軍が派兵する兵量はそれほど変わっていたでしょうか?

インドに侵攻するか、海軍に騙されてオーストラリアを攻めるかは
していたかもしれませんw。対ソ戦をおっ始めるのは「悪夢」以外の
何物でもありません(藁)。最初は良くても後が怖すぎる…w。

日中戦争をやらずに「インド侵攻」が最善手だったかもしれませんが、
まあ、何度も言うように全く無意味な仮定ですw。

159 :名無し三等兵:2006/11/07(火) 02:51:22 ID:???
うーむヨタ本「マオ 誰も知らなかった毛沢東」の張治中スパイ説はヨタ話もいいところで、
まあ遊びのようなものとして話をすると。

長沙大火に関して共産党との密約などあるはずがなく、長沙大火の以前から
広東では焦土抗戦を標榜しており、共産党が焦土抗戦を主導していることは
すでに公言されているので謀略の入る余地は無いと。
焦土抗戦は蒋介石自身が宣伝しているぐらいだから作戦を知っているのは当然だろうし。

共産党が焦土抗戦を進めた理由は、すべての財産が失われれば富める者も
貧しい者も平等に何も無くなり皆同じ立場になるという理由で推進していたわけで。
まあこれも今となっては無茶苦茶な話だけど、貧乏人にはけっこう受けたらしいw

張治中と処刑された三人の運命を分けたのは、蒋介石の消極的な撤退戦術に対する
抗日積極反撃派からの批判と、反共主義勢力からの批判を静めるために人身御供が
必要になり、張治中が黄埔軍官学校時代の学校長と生徒という蒋介石との師弟関係が
あったから助かり、三人にはそういうのがなかったために処刑されたということだと思うけどなあ。

うがった見方をすれば、処刑された長沙警備司令豊悌は元ベルリン大使付武官で
親ドイツ派の人物だったから、時期的に人身御供にはちょうど良い人物だったかもしれんし、
張治中は張治中日記や張威の証言などから、蒋介石に対して度々日本軍への反撃を
意見具申しているようだから、蒋介石の子飼いの部下だけど抗日積極反撃派ととれるし。

抗日積極反撃派は実質追放した劉文輝を復権させるなどしてどうやら沈静化させたようだけど
結局は政府内部の蒋介石と焦土抗戦への批判は収まらず、反共主義の汪精衛グループは
離脱して三否主義の一つに焦土抗戦の否定が出ているように、南京国民政府樹立への
きっかけの一つになったので、それはそれで重要な事件だったりするんだよねえ。
うんでもって名将の誉高い劉文輝は蒋介石への反目は収まらず、復権の時に取り戻した
四川の軍団を率いて共産党の下に入って蒋介石を台湾に追放してしまうわけだし。

160 :名無し三等兵:2006/11/07(火) 23:21:39 ID:/LKgs7PX
ナニワ金融道の青木雄二が「貧乏だけはするもんやない。
貧乏人は税金払わされる上に法律まで守らないといかんのや」と言ってたが、
至言だな。踏み倒されて踏み倒されて、法律違反も事実上強制されて
捕まったら捕まったでキッチリ責任は取らされる。
もう嫌だよ、こんなの。中国と戦争おきねーかなとか思ってる
最底辺は多いはず。2ちゃんねるで反中が多いのも
ヤケクソ気味の最底辺だと思ってるんだが。


161 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/07(火) 23:41:57 ID:6slkoEEo
>>159 殿 
おお! メチャクチャ詳しい方ですね。>>125 は『マオ』の土俵に乗っかったら、
という事にして置いて下さいw。つーか、まだ未読で買ってもいません(核藁)。
張治中と死刑になった3人の考察(特に蒋介石との関係)大変勉強になりました。

他の方のために少し補足しておきますと、「長沙の大火」で死刑になったのは
以下の3人です。●長沙警備指令:豊悌 ●警備第二団長:長徐崑 ●警察局長:
文重孚。「高等軍法会議」は開かれましたが、単なる形式的なものに過ぎません
でした。

「長沙の大火」が起きたのが1938年11月12日夜。蒋介石が長沙を離れたのが
同じく11月12日。蒋介石が長沙に戻ってきたのが11月16日。2日後の11月18日
には『高等軍法会議』の判決が下されて3人に死刑が確定。11月22日には蒋介石
が孔祥煕に電報を打って、死刑がすでに執行された事を伝えています。

迅速と言えば迅速な『解決』です。

162 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/07(火) 23:56:00 ID:6slkoEEo
よく蒋介石は「公開裁判」の形を取らずに独断で人を処刑するため
身内からも非難を受けますが、まあどうでしょう。独裁者としては
非常に弱い立場というか、中途半端な気がします。スターリン等に
比べれば「屁」のようなものでしょうw。

また日本のヒデキも「独裁者呼ばわり」される事がありますが、出来た
のは「独断で処刑」ではなく、戦死確定の激戦地送りがせいぜいです。
まあ、結果はあまり変わらないかもしれませんがw。

参考までに「長沙の大火」の事後処理の期間に書かれた「蒋介石日記」が
一部手元にあるので付記しておきます。

「先週は広州陥落という重要案件を処理した後、図らずも長沙の失火という
 案件を処理した。…南北に奔走し、難関がたび重なる。これはいつの日にか
 終わるのであろうか。不足の困難の発生をすべて自分が克服することが出来て
 こそ、勝利は近づくのである」

163 :名無し三等兵:2006/11/08(水) 00:03:05 ID:???
>>中佐殿 
永田鉄山と相沢の話は「天切り松」の最新刊に書いてありますよ。
あの人の作風としてめちゃめちゃ大げさに書く癖がありますw
「蒼穹の昴」は良い小説でしたよ、「中原の虹」はまだまだ評価できませんが、中国への愛が滲み出てますw

164 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/08(水) 00:08:44 ID:QV5paW8a
>>不足の困難の発生をすべて自分が克服することが出来てこそ、勝利は近づく

この辺りは曲がりなりにも独裁者としての矜持でしょう。『すべて自分が
克服することが出来てこそ』がポイントです。さらにもう少し後の日記には
以下のようにあります(1938年12月12日)。ちょうど西安事件から2年後です。

「今日、倭寇が多方面から圧迫を加える状況にあるが、西安での遭難の危機に
 比べれば、状況は遥かに良い。神が自分をあの絶体絶命の状況から救い出し
 てくれたからには、神は我が4億人の人民を塗炭の苦しみから救いだして
 くれるであろう。神が自分の罪を許し、我が国家民族に圧迫から抜け出させて
 独立を実現させてくれるよう、ひたすら祈るのみである」

蒋介石の「宗教的性格」が目立つ部分です。とりわけ死生観には文字通り
一度死ぬ思いをしているだけに、何者か(神)に生かされているという
感覚が強いのでしょうか。これに「中国古典」への傾倒が加わりますから、
もはや『最強』ですw。

165 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/08(水) 00:21:13 ID:QV5paW8a
この「長沙の大火」の直後に >>159 氏も少し触れられている通り、
汪兆銘の重慶脱出が起こりますから、蒋介石も気の休まる時がありません。
つーか、よく精神の安定が(曲がりなりにも)保てるものだと感心します。
自分はすぐテンパる癖があるのでw。「蒋介石日記」には以下の通り。

「党と国家の未曾有の危機にあって、彼はついに一切を顧みず、共産党との
 合作を望まないということを口実にして勝手に去ってしまった。党と国家を
 まったく顧みないなどとは、我が革命党員のなすべき行動であろうか。痛惜
 の至りである。彼が、自ら悟って戻ってくることを望むだけである」
                          (1938年12月21日)

>>163 >>あの人の作風としてめちゃめちゃ大げさに書く癖がありますw

そりゃあ分かってますよ。『極道放浪記』や『とられてたまるか』を読んで
浅田次郎のことを本当にヤクザ出身だと思い込んでいた中学生の頃の自分の
いたいけな純情はどうなりますか?w

166 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/08(水) 00:33:54 ID:QV5paW8a
ウィキペディアを見ると「準構成員」だったのは本当なのかしらん?w
>>163 >>中国への愛が滲み出てますw

やはり愛は大事です。私もヒデキにそれに近い親近感を感じています。
性格からして他人とは思えません。敵味方を峻別するところなどw。

自分もスレが代を重ねるにつれ、支那人のことを「土人土人」と言わなく
なりましたし、蒋介石については「白団」の件もあってかなり好意的に
見るようになっています(昔に比べればw)。

ちょっとヒヨってきたかなあ、と自省する面もありますがどうでしょう?
しかし支那人憎さで「理を曲げる」つもりは毛頭ありませんから、あくまで
合理的な思考を心がけていきます。次の戦争のために、次の次の戦争のために。

支那の土人が言おうと、麻原彰晃が言おうと、堀江貴文が言おうと、
1+1は2なのです。

167 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/08(水) 00:41:33 ID:???
>>160 >>もう嫌だよ、こんなの。中国と戦争おきねーかなとか思ってる
>>最底辺は多いはず。

自分の父親の言にこういうものがあります。「上流の水が枯れると、
下流はスッカラカン」

要するに上流がお金を使わないと下流にはビタ一文も回って来ない
という意味です。

なまじな戦争は下流をより痛めつけるだけだと思いますが、
いかがでしょうか?

168 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/08(水) 00:52:29 ID:???
お詫びと訂正w >>164

× 不足の困難の発生をすべて自分が克服することが出来てこそ
◎ 不測の困難の発生をすべて自分が克服することが出来てこそ

169 :名無し三等兵:2006/11/08(水) 14:27:03 ID:???
>>150
重臣グループに気に入れられないと無理な気が >>永田if総理
少なくとも西園寺のお爺さんが生きてる間は難しいんじゃないの?

170 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/08(水) 23:42:43 ID:tqSzB++K
>>169 >>重臣グループに気に入れられないと無理な気が >>永田if総理
>>少なくとも西園寺のお爺さんが生きてる間は難しいんじゃないの?

ヒデキが総理になる可能性に比べれば「余程高い」という理屈です。西園寺
が亡くなったのが1940年11月ですから可能性は十分あるでしょう。そもそも
「陸軍を抑えられる人物を…」という理由なら、永田以上の存在は考えられ
ません。また開戦直前であれば「天皇の不信感」を買っていないかどうかが
決定的に重要です。その点、カンジはかなり難しくなりますw。

逆説的に言うと、永田鉄山ですら首相になれるか危ういのであれば、ヒデキが
首相になったのは「蜘蛛の糸」をつかむような薄い可能性の果てにという事に
なります。自分にはヒデキが首相になったのは『避けられぬ運命』のように
感じられます。

171 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 00:05:00 ID:tqSzB++K
さて『上官殺害』の検証ですが、「あと少しだけ」と言ってから一体
何日が経過しているのでしょうか?…w 今度は将校同士の上官殺害
という珍しいケースを取り上げます。部隊は「中支」での第6師団です。

1941年12月、師団参謀の長島中佐が、経理部の召集将校だった山下主計中尉に
師団の「将校料亭」で酒の席のいざこざにより殺されますw。

両者の間にどんな感情が渦巻いていたかは不明ですが、とんでもない不祥事に
間違いありません。一体どう処理したのか?

第6師団の参謀部は直ちに、司令部直轄の騎兵連隊・1個中隊に出動を命じて
あたかも支那軍の敵襲があったかのように防御戦闘を展開させて『ニセ』の
戦闘詳報を作成したのです。殺された長島中佐は『戦闘指導中の名誉の戦死』
ということで体裁を整えたのです。

172 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 00:07:20 ID:???

             /
           //ビビビビビィィィ!!!
    どかーん!  _
       从";从 /||__|∧,
      (( ; ;"、; :(O´Д`)
     ((;";从.")と ))  ))つ
     `;Y ;"、 Y ノ ノ ノ
          (_ノ、_ノ

173 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 00:21:26 ID:5nRxeLD8
このとき「尻拭い」のために兵を無断で動かされた騎兵第6連隊長・
越沢中佐は激怒し、後々のブーゲンビル島まで第6師団内にしこりを
残すことになりますが、それはまた別の話……。

上記の殺害は、師団の不名誉であり「師団長以下の責任」も問われますし、
何より長島中佐は部下に殺されたとあっては、本人も遺族も立つ瀬があり
ませんw。何とか靖国神社に祀られるようにと誤魔化した訳でした。

さて長島中佐はこれで一件落着(?)ですが、上官を殺害した山下主計中尉
の方は処置がつきませんw。正規の『軍法会議』にかければ、戦死の嘘が
バレますし、召集とはいえさすがに将校の身分の者を闇から闇へ葬る訳には
いかないようでした。下士官兵でしたら秘かに処断されていたでしょう。

さらにマズイことに、山下主計中尉は本職が司法省の検事でしたw。結局、
長島中佐を綺麗に靖国神社に送り込むために、山下中尉には因果を含めた上で
内地に送還してウヤムヤに終わったようです。

174 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 00:36:24 ID:5nRxeLD8
殺され損なのか、殺し得なのか、よく分からない話ですがw、山下中尉を
「軍法会議」で裁いてしまうと(当然死刑)、長島中佐は靖国神社には
逝けなくなってしまうので判断が難しいところです。

師団長以下にとっては「うやむや」にしてしまった方が「自身の評価」に
は響きませんので隠蔽工作を選択したのでしょう。ところがしばらくして
当時の第6師団長・町尻量基は「参謀本部附」に、山下中尉の上司であった
同経理部長の正木五郎主計大佐が「需品本部附」で当分の間、待命にされ
ましたから、ひょっとすると少しは洩れ伝わっていたかもしれません。

さて何が言いたかったかというと、将校以上で「軍法会議」で裁かれるのは
ほとんど無いに等しいことです。これを持って、日本軍の将校以上は品性良好
であったと語られる事もありますから、ナンセンス以外の何物でもありませんw。

175 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 00:45:53 ID:???
山下主計中尉には謎の変死を遂げてもらうしかなかろう。
とまではいかなくとも
適当な病名をつけて待命処分にでもすればいいのに。


176 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 00:48:48 ID:1psVnsdf
官名詐称は犯罪です

177 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 00:54:22 ID:5nRxeLD8
また連隊長級以上になりますと、無理やり部隊を動かして「ツジツマ」を
合わせてでも「戦闘詳報や戦死公報」の捏造が出来ますから、現代の表には
決して出てこない事件・不祥事もかなりあることが想像できます。

また将校以上の罪でも、陸士出身者とそうでない者(下士官・幹候出身者etc)
では明確に差別されました。例えば、同じように戦場を無断で離脱してきたにも
関わらず、前者が重謹慎ですみ、後者が自決を強要されることも多かったのです。

178 :だつお:2006/11/09(木) 07:42:44 ID:3horZhXN
大陸打通作戦を迎え撃つ中国側は、最新のツールをもって臨んだことは疑いない。
しかしながらそれはチンパンジーを最新兵器で武装させて人間に対抗させよう
という試みと同じで、中国人の絶望的な知能障害を補うものでは決してなかった。
チンピラゴロツキに航空支援で追い風吹かしたつもりが、逆にチンピラゴロツキ
を大量殺戮する口実を皇軍に与える結果となってしまった。

チンピラゴロツキに追い風吹かしても、チンピラゴロツキはチンピラゴロツキ。
チンピラゴロツキを激励しても、チンピラゴロツキで何が悪いと居直るだけ。

>世界の戦場を駆けた「P-51」(渡辺洋二)
>[対日戦のマーリン・ムスタング]
> 太平洋戦線で最初にマーリン・ムスタングを装備したのは、中国大陸の第14
>航空軍の1隊として、すでにP-51Aで戦っていた第23戦闘グループの第76戦闘
>飛行隊。1944年2月からP-51Bへの改変を進め、C型も加わった。9月以降さらに
>2個飛行隊が、P-40から切り替えられていく。
> 同グループの変わり種は、6月に編入の第118戦術偵察飛行隊。偵察機装備が
>本来なのに、P-51Cを主装備機とし、戦闘機隊とみなされて作戦した。
> 第51戦闘グループの3個飛行隊は1944年3月から年末にかけて機種改変。
>インド方面の第10航空軍から編入された第311戦闘グループ(旧・戦闘爆撃
>グループ)は、P-51B/Cを装備して8月に中国奥地の成都近郊に進出した。
>D型とK型の配備は1945年に入ってからである。
> 逐川、零陵を基地とする第23グループは、10月の香港空襲の掩護、大陸打通作戦
>に圧迫される中国地上部隊の支援などを実施。成都防空の第311グループは華北へ作戦
>地域をうつし、11月から鉄道施設攻撃のB-25の護衛や漢口、南宛の飛行場を襲った。
><雑誌「丸」編集部 P-51ムスタング/P-47サンダーボルト 図解・軍用機シリーズ8>

179 :だつお:2006/11/09(木) 08:46:32 ID:3horZhXN
Over 1,180,000 tons of supplies and equipment and 1,380,000 troops
were transported by air. The air movement over the "hump" between
India and China attained a peak rate of 71,000 tons in 1 month.
http://www.ibiblio.org/hyperwar/AAF/USSBS-PTO-Summary.html

 マッターホーンにより、中国・成都に前線基地が建設されるはこびとなり、
インド・カラグプルにB−29専用基地とその大規模な兵站支援施設が
設置された。米国の膨大な資金と約四〇万の中国人労働者をつぎ込んで、
一九四四年五月までに成都地域の四ヶ所にB−29専用基地が造られる
と共に、爆撃機の飛行場を保護する戦闘機用基地が数箇所に建設された。
それらの基地まで、数千の支援要員となる技術者、兵器係、コック、倉庫
管理係に加え、予備部品(交換用エンジンも含む)、爆弾、食料、燃料を
運ぶ必要があった。中国の基地から一〇〇機のB−29による攻撃を実施
するには、およそ二三〇〇トンの物資を運び入れるほかに、肝心の爆撃機
をインドの後方基地から中国まで飛ばす必要もあった。
<中略>
 一九四四年末までに、蒋介石はもはや有力な盟友と見られなくなっていた。
日本軍は中国東部での攻勢でさらに八省を手に入れ、さらに一億人の中国人
が日本の支配下に置かれ、米軍飛行基地は放棄のやむなきにいたり、中国の
東海岸は封鎖された。帰還命令を受ける直前の十月四日、スティルウェル
は日記に書きつけた。「陸軍省が私に味方しているのは明らかだが、この
戦域は無価値とみなされ、われわれは何も期待されていない」

日本殲滅 日本本土侵攻作戦の全貌 / トーマス・アレン/著
ノーマン・ポーマー/著 栗山洋児/訳

180 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 12:39:44 ID:???
>156
兵隊だけで戦争するわけじゃないだろ?
たとえば赤紙二等兵を徴兵しないだけでも国力の損耗は軽減できたはず。
日中戦争の継続は労働力と資源のリソースの多くを陸戦に廻さざるおえない。
やはり日中戦は多いに日本の足を引っ張ったと言える。

181 :だつお:2006/11/09(木) 14:08:14 ID:3horZhXN
>やはり日中戦は多いに日本の足を引っ張ったと言える。

皇軍はほんの片手間で太平洋戦争をやったつーことでいいか?
(アメリカ側も陸軍主力は欧州方面だから条件は同じか)

182 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 16:16:02 ID:1psVnsdf
秋水でみんな撃滅

183 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 17:33:00 ID:???
そもそも赤紙なんぞで召集された兵士の程度が良いわけがない。
日中戦争の長期化で予備役や素行不良なものが兵隊として入ってきたせいで
どんどん軍としての質が悪くなった。
悪貨は良貨を駆逐するじゃないが、平気で元の勤め先と癒着するような
予備役の上官が入ってきたら、程度の良い部隊でもそのうち腐敗するわな。
今の自衛隊のごとく、平時には大量の士官と下士官を抱えておいて、
緊急時に兵士のみ召集にすればよかったんだろうか。

あと熟練工っていう存在自体、当時の欠勤率などを知るにつれ
なんだか疑問に思えてきた。生産現場にいてもいても役に立つのか?その熟練工って。
わがままばかりで、結局徴用入れた現場と能率は大して変わらなかったりして。

とか考えてしまうのも、私が戦後のマニュアル化・オートメーション生産が
脳裏にあるせいなんだろうけどな。当時はすべて一品もののようなものだったんだろうし。

184 :名無し三等兵:2006/11/09(木) 22:43:28 ID:???
>>177
終戦時に中条豊馬連隊長が蓮田善明中尉に射殺されるという事件が起こっている。
ttp://imperialarmy.blog3.fc2.com/blog-category-10.html
ここに少し書いてある。

185 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 22:54:27 ID:kXzvsbtv
>>177 の続き。

最近、読んだ本では『軍法会議』(花園一郎著、新人物往来社)がなかなか
面白かったです。著者は、最終時・陸軍主計大尉で1945年3月に「軍法会議
法務官職務取扱」の命を受けて、軍法会議に携わっていました。もちろん、
著者自身も『死刑判決』を数多く出しています。

召集士官であったため、士官学校出の上級将校の傍若無人には非常に批判的で
その立場は「反軍的」ですらあります。南方のブーゲンビル島(第6師団)が
舞台ですが、戦記と軍法会議の話が「半分ずつ」といったところでしょうか。

著者は「朝鮮生まれ」の日本人で「母親は大阪出身」というある意味、極悪な
出自です。しかし、東大を出ているという悪い冗談のような履歴ですw。前半は
ひたすら旧日本軍への恨み節ばかりで、途中で読むのを止めようかと思いましたが
後半いきなり面白くなりました。

186 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 23:15:16 ID:kXzvsbtv
というのも、このスレでも少し取り上げた『軍旗はためく下に』(直木賞)の
著者:結城昌治と、この本の著者:花園一郎は戦後に裁判で争っている訳です。

といっても話は非常に複雑で、南方で処刑されたY軍曹の遺族がその軍法会議は
事実無根であると複数の証人を立てて、国に「名誉回復」のための裁判を起こし
ました。結城氏は『軍旗はためく下に』でも同じようなエピソードあるように、
その遺族を援助するため裁判に関わっていたのです。

そして花園一郎こそは、Y軍曹に「死刑判決」を下した軍法会議の構成員の
一人でした。花園はY軍曹の遺族に、軍法会議自体は正当なものだったので
今さら「恥の上塗り」になるような事は止めた方が良いと伝えますが、聞き
入れられません。

花園は、軍法会議の内容は正当だったが終戦後に行なわれたものであるため、
その点で妥当であるかは疑わしい。Y軍曹以外にも同じような例は数多いので
一個人の名誉回復を裁判で争う(しかも敗訴が確定的)よりも国会での政治の
場に問題を移して、法律で一括して救済するべきだと主張したのでした。

187 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 23:24:49 ID:kXzvsbtv
花園の法律論は「青臭い」と感じる場面もありますが、ここまで一貫して
主張できるなら「それはそれで大したものだ」と最後には思えました。

結局、Y軍曹の裁判は遺族側が敗訴しますが、結城は論壇誌で「花園の証言
は疑わしい」と一方的に疑義を表します。女々しいったらありゃしませんw。

結城は「仮に軍刑法に照らして正当な裁判であっても、戦争の実態に照らして
今日なお正当といえるか。もしそうなら軍国主義を否定した新憲法はどこに
行ってしまったのか」と非難します。これに対して花園は、

「全く同感である。しかしそれを裁判官に求めるのは見当違いである。裁判官
 には新憲法に基づいた新しい立法をして、裁判の基礎を与えなくてはならない。
 つまり、立法府にそれをさせなければならないのである。裁判官を非難すべき
 ではなく、国会の姿勢をこそ指摘すべきなのである」と締め括ります。

188 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 23:40:42 ID:kXzvsbtv
この辺りは、全く花園の方に理がありまして、結城の「屁理屈」は論理的
思考ができない「日本人の欠点」を如実に表している気がしてなりません。
これでは何時までたっても「システム」が構築できません。

花園は最後にこう言います。

「人は真実を負ってこそ強いのだ。ドレフュス事件を糾弾したゾラのように
 Y処刑の事実の上に立って軍法会議の虚妄に挑戦しようとしないのか?
 嘘を言って裁判で勝っても軍法会議は微動だにしないのだ。誤魔化して
 勝とう、お情け判決をもらおう、では日本の軍法会議の虚妄を罵ることは
 できないのではないか」

この本の惜しむらくは、終戦末期の南方戦線(ブーゲンビル島)の話がメインで
支那の事にはほんの少ししか触れていない事です。しかし、軍法会議でどのように
死刑判決が下されたのか? どういう事例で死刑になるか?の相場がよく分かります
から、また機会があれば詳しく触れてみましょう。

189 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/09(木) 23:57:52 ID:kXzvsbtv
>>184 >>終戦時に中条豊馬連隊長が蓮田善明中尉に射殺されるという事件が
>>起こっている。ttp://imperialarmy.blog3.fc2.com/blog-category-10.html

そのサイトの中に、
>>殺された中条大佐は対馬出身で、金という別姓を持っていて

とあるのが印象的でした。正真正銘の日本人であるにも関わらず、たまたま
陳(金)という苗字だったために朝鮮人(利敵行為)と疑われて殺されたの
ではないか?というデマが流れたと……。

まあ、確かに苗字が一文字であると、朝鮮人や支那人と勘違いされやすい
ですねw。不幸です。秦郁彦も山口県出身ですが、思わず勘ぐってしまった
ことがあります(核藁)。

全く関係ありませんが、ちくま文庫の最近の新刊『洪思翊中将の処刑』は近い
うちに買って読む積もりです。

190 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/10(金) 00:17:49 ID:uUmwhjCP
>>180 >>日中戦争の継続は労働力と資源のリソースの多くを陸戦に廻さざる
>>おえない。やはり日中戦は多いに日本の足を引っ張ったと言える。

まあ、戦争中の「労働力不足」は深刻でしたから、その点は認めざるを得ない
でしょう。そこから強制連行や労工狩りの話も出てくる訳ですw。

しかし「逆説的な話」になりますが、太平洋戦争が始まる前までは支那での
宣撫活動もかなり上手くいっていた部分があったのです。医薬品や軍票維持
のための交換物資など、支那の占領地に日本から与える物も(まだ)充分に
あった訳です。

太平洋戦争が始まると途端に台所が厳しくなり、占領地からの収奪オンリーに
変わりますが(核藁)。

191 :名無し三等兵:2006/11/10(金) 00:39:39 ID:???
そうなんだよなあ。個々の戦闘ではトンズラする敵兵ばかりで局地的な勝利?を挙げていたけど
追えば追うほど本国が疲弊していったんだよなあ。勝利というより徐々に中国大陸奥地へ引き摺り込まれたといった方が的確か。
ブラジリアン柔術みたいな戦法だな。

192 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/10(金) 00:40:17 ID:uUmwhjCP
特に食料の増産(と収奪)は声高に叫ばれましたが――。

しかし、こうも思います。日中戦争をやっていなかったら、いきなり
太平洋戦争だったら、それはそれで「キツイ」のではないかと…w。

日中戦争を始めていたからこそ、軍事予算が「青天井」に取れた訳で、
その分の予算と物資を日中戦争をやらなかったと仮定して、空母や航空機
につぎ込んでいれば、と考えるのは論理が破綻しています。

まあ、寝言です。日本(少なくとも陸軍)は支那事変を解決するために
太平洋戦争を決意した訳ですから、日中戦争をやらずに太平洋戦争だけを
というのはナンセンスの極地です。海軍は予算を取れさえすればいいので
自分からアメリカに喧嘩を売るのはあり得ないでしょう。忘れてくださいw。

193 :名無し三等兵:2006/11/10(金) 13:58:28 ID:???
ハワイ・マレー沖海戦 なる海軍省検閲のプロパガンダ映画でも
支那事変の解決は英米の撃破!
とか凄い電波飛ばしてた

他にも数百人で天皇の詩を読み上げたりとカルト全開な映画
藤田進が出演していたのがショックだったが・・・




194 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 10:21:45 ID:SlZ/5u7H
>>191 >>勝利というより徐々に中国大陸奥地へ引き摺り込まれたと
>>いった方が的確か。

全くそうなのですが、>>159 氏が述べている通り、

>>蒋介石の『消極的な撤退戦術』に対する『抗日積極反撃派』からの批判と、
>>『反共主義勢力』からの批判を静めるために人身御供が必要になり、

支那事変での中国も決して「一枚岩」ではなかった事は留意すべきでしょう。
この辺は敗戦末期の日本と同じで、「徹底抗戦」など威勢の良いことを述べていた
方が勇敢で愛国心があるかのような格好がつきますし、人気取りや自己の保身にも
なると考える人間が多いのです。

195 :名無し三等兵:2006/11/11(土) 11:52:19 ID:???
>190
>支那の占領地に日本から与える物も(まだ)充分に あった訳です

どんなに言い繕っても赤字は赤字それも大赤字だよ。
国債乱発して得た歳入の7割を注ぎ込んじゃ日中戦に勝利しても黒字転換なんて不可能


196 :だつお:2006/11/11(土) 12:05:13 ID:NPnoKtBp
>しかし、こうも思います。日中戦争をやっていなかったら、いきなり
>太平洋戦争だったら、それはそれで「キツイ」のではないかと…w。

どっちにしろ兵隊の訓練には金がかかるから、日中戦争をやって
それを中国チンピラゴロツキ殺戮練習場にするほうが効率がいい。

人によっては第一次大戦で陸軍を欧州派兵すべきだったとまで
言う人もいるくらいだ。だが強いドイツ軍よりも弱い中国軍を相手に
したほうが少ないコストで大量殺戮が存分にやれてよいと思われる。

197 :名無し三等兵:2006/11/11(土) 12:46:40 ID:???
>>196
> 人によっては第一次大戦で陸軍を欧州派兵すべきだったとまで
> 言う人もいるくらいだ。だが強いドイツ軍よりも弱い中国軍を相手に
> したほうが少ないコストで大量殺戮が存分にやれてよいと思われる。


支那兵が弱すぎたために、日本人が「戦争って、こんなに簡単に
勝てるもんなんだ」と、誤解・慢心してしまい、
米国とガチの戦争に飛び込んでしまったのでは、ないでしょうか?

やはり、第1次世界大戦で、欧州戦線に日本軍を派遣し、
先進国同士の戦争の厳しさを体験しておくべきだったのでは。。
。。。。と、思う今日この頃です。

だつおさんへ。。。。


198 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 20:38:02 ID:mXG346I4
明日は始発で京都に行くので早めに出現します。最近は仕事が<捷一号作戦>状態で、
このスレで長編テーマをやる気力もなく、半ば「書評スレ」と化しているのですが〜。
でも『東方』イベントは逝きますw。趣味を犠牲にして何が人生でしょうか?(核藁)。

>>183 >>あと熟練工っていう存在自体、当時の欠勤率などを知るにつれ
>>なんだか疑問に思えてきた。

その辺の問題については、兵頭軍師の『地獄のX島で米軍と戦いあくまで
持久する方法』(四谷ラウンド)でも少し触れられています。戦前日本の
職工は「完全歩合制」で、少しでも稼げるところ、すなわち受注残(仕事量)
の多い職場を求めて転々とする『渡り職人』だったのです。

もちろん給与は「年功序列体系」では全然無く、社会保障も未整備でしたので、
熟練工たちはバリバリ仕事量をこなして歩合で稼ぐしかなかったのです。陸軍の
砲兵工廠内にこうした移り気の熟練工たちをいかに引き止めるか(仕事を確保するか)
に苦心したのが南部麒次郎であると、軍師は『たんたんたたた』でも述べています。

199 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 20:53:59 ID:mXG346I4
さて支那事変、そして太平洋戦争が始まりますと、内地の労働市場は
高騰します。熟練工は貴重な存在となり「売り手市場」で、どんなに
サボっていても首になりません。そのためパタッと働かなくなる事が
多かったのです。

学徒動員や勤労奉仕で工場に行った人間が「サボる熟練工」をよく目撃
して腹を立てたようです。ましてや工場を監督する軍人達は心中穏やか
ではありませんからw、「ふざけんなよ」と動員に手を回して、職工を
二等兵としてドシドシ召集してしまうのは人情だろうさ、というのが
軍師の主張なのであります。

上記の『地獄のX島で米軍と戦い〜』は太平洋戦争の話題だけでなく、
支那事変についても詳細な分析を加えていますから、お勧めの書籍です。
ちょっと内容がマニアックなので軍事初心者にはチンプンカンプンになる
かもしれませんw。惜しむらくは出版社が潰れて絶版状態で、どこかで
文庫化してくれないかしらん? ムチャクチャ分厚くなりますけど(藁)。

200 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 21:22:27 ID:mXG346I4
>>日中戦争の長期化で予備役や素行不良なものが兵隊として入ってきたせいで
>>どんどん軍としての質が悪くなった。

救いようが無くなるのが「太平洋戦争」末期ですけどね。今映画が公開されている
硫黄島の戦いでも、30歳代や40歳代の兵隊がザラにいたでしょう。坑道堀りでも
実際の戦闘でも、ほとんど使い物になりません。さらに二等兵などで召集されたら
「喜劇」以外の何物でもないでしょう。もちろん一番負担が厳しいからです。

このスレを読んでいる「学生の人」にはピンと来ないでしょうが、20代後半から
よほど普段から運動を心がけていない限り、自分の体にどんどんガタが来ますw。
使わない筋肉はホントに細くなってきます。お腹の肉が取れなくなります(藁)。

さて「支那戦線」で例をあげてみましょう。北支で山東半島を占領・駐屯して
いた部隊の1つである「独立警備歩兵第64大隊」では1945年春当時、
30代半ばを過ぎた未教育の補充兵が「3分の1」に達しています。

201 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 21:46:17 ID:mXG346I4
この「独立警備歩兵第64大隊」は、第12独立警備隊に所属し、

●独立混成第5旅団・独立歩兵第19大隊 ●北京兵事部の現地招集兵
●第114師団・独立歩兵第202大隊 ●騎兵第4旅団・騎砲第4連隊
●第70師団・独立歩兵第123大隊 ●第110師団・歩兵第163連隊

の『転属者』から構成されており、出身県は●東北 ●関東 ●関西 ●中国 
●四国 ●九州 と日本全国にまたがる「ごった煮」のような部隊ですw。

しかも既に述べたように、30歳半ば以降の補充兵が3分の1を占めますから
「末期癌」に近いですw。この部隊の編成は1945年2月です。

太平洋戦争も後半になると、支那戦線を問わず「新設部隊」が泥縄式に編成されて
きますが、もちろん所属する兵隊がボウフラのように沸いて出てくる訳ではあり
ませんw。周辺の部隊から「寄せ集め」のように掻き集めたり、内地や支那現地
召集の補充兵が中心になりますから、戦力としては甚だ低いのです。

202 :77:2006/11/11(土) 22:03:45 ID:???

>>200
> 北支で山東半島を占領・駐屯して
> いた部隊の1つである「独立警備歩兵第64大隊」では1945年春当時、
> 30代半ばを過ぎた未教育の補充兵が「3分の1」に達しています。


現役兵として中支で戦っていたわが家の年寄は、
戦争が長引くにつれ、30代、40代の補充兵が
送られてきたと、よく話していました。

彼らは、若い現役兵に比べると動作や運動神経が
鈍く戦場での勘も、なかなかつかめないので、
よく敵の弾に当たってしまったといいます。

敵の射撃の間隔をうまくつかんで遮蔽物を利用しながら、
弾に当たらないように敏捷に移動しなければいけないのに、
年を取るとなかなか、うまくできなかったといいます。

しかも、可哀想なことに年配の補充兵は、独身の多い現役兵と
違って妻や家族持ちが多く、深手を受けると残した家族の事を
思って、本人の精神的ショックが激しく
見ていてつらかったと、よく話していました。


203 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 22:07:06 ID:mXG346I4
>>周辺の部隊から「寄せ集め」のように掻き集めたり、

いわゆる他部隊からの「転属者」ですが、送り出す部隊からすれば普段使えない
「厄介者」を放り出す事がほとんどでした。この辺は民間企業を考えてみれば
分かり易いでしょう。例えば、急に人が辞めて他部署から人を回してくれないか
と言われたら、自分の嫌いな奴を「これ幸い」と放り出すのが人情でしょうw。
少なくとも「使える人間」をわざわざ他部署にプレゼントする義理はありません。

上記の「独立警備歩兵第64大隊」の場合、元になる部隊が既に「第110師団」
「第114師団」など、第二線級の部隊です。極端な話、弱兵の部隊から
更に弱兵を寄せ集めたようなもので、その戦力は想像にお任せしますw。

ただし1943年春ぐらいでは、例えば独立混成第5旅団のある中隊でも
「現役兵(20歳そこそこ)比率」が80%を占めており、群馬・栃木・
茨城の「郷土部隊」の色彩を保った『強兵部隊』でしたから、太平洋戦争
後半以降で、急速に状況が悪くなっていったと推測できます。

204 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 22:22:58 ID:mXG346I4
>>202 >>しかも、可哀想なことに年配の補充兵は、独身の多い現役兵と
>>違って妻や家族持ちが多く、

まあ、上記の例でも「未教育・補充兵」の中に1902年生まれの数え年44歳の
初年兵がいたそうですw。現地召集で、天津に妻子6人を残してきたとか。
片手ならまだしも、両足とかを吹っ飛ばされたら目も当てられません。

話がややこしくて恐縮ですが、北支のある警備中隊では「4年兵」が満期除隊
になるのに合わせて、30歳前後の補充兵が40人ほど送られてきたそうです。
これが1943年2月の話で、現役兵の比率が急速に悪化してきたのがこの頃
ではないかと思います。

太平洋戦争末期では、平均として「60%半ば」にまで落ちています。まあ、
しかし3人に2人は現役兵(20歳〜25歳前後)な訳です。具体的にどの
程度の戦力か、自分の頭で想像してみると面白いかもしれません。

205 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 22:36:55 ID:mXG346I4
>>181 >>皇軍はほんの片手間で太平洋戦争をやったつーことでいいか?
>>(アメリカ側も陸軍主力は欧州方面だから条件は同じか)

まあ、そういう事です。逆説的に言えば、

>>>やはり日中戦は多いに日本の足を引っ張ったと言える。

やはり太平洋戦争は、大いに日中戦争の足を引っ張ったと言える

になると思いますw。

206 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/11(土) 22:51:10 ID:mXG346I4
>>どっちにしろ兵隊の訓練には金がかかるから、日中戦争をやって
>>それを中国チンピラゴロツキ殺戮練習場にするほうが効率がいい。

1937年までの平和ボケ状態から「歴戦の部隊」が形勢されていく
訳ですから、それはそれでメリットのようなものがあった訳です。

仮に太平洋戦争からいきなり始まったとして、陸軍の動員は間に合った
のかしらん? まあ、関特演を考えれば心配のし過ぎでしょうか?。南方
作戦自体は、既存の常備師団のみでも充分間に合いますし(対ソ戦の備え・
手当ては必要でしょうが)、史実どおりに進めば1942年に動員の拡大を
進めても充分ですかね?(南方作戦の一段落後は余裕がある)。

207 :だつお:2006/11/12(日) 00:24:59 ID:DHPxWfRz
>やはり日中戦は多いに日本の足を引っ張ったと

それではまるで日中戦争がなければ皇軍はアメリカ太平洋艦隊を
完全撃滅できたかのような物言いではないか。日中戦争で人員物資
を消耗したがゆえに物量でのみ敗れたのだ、皇軍は質においては
米軍に勝っていた、などと。自分だってそこまで皇軍戦力を
過大評価するつもりはないのにな。

「日中戦争がなければ皇軍はアメリカ太平洋艦隊を撃滅できた」

この命題が真と証明できないかぎり、日中戦争が決定的敗因とは言えない。

208 :名無し三等兵:2006/11/12(日) 00:26:07 ID:???
》自分だってそこまで皇軍戦力を過大評価するつもりはないのにな。

この流れは新しい。


209 :だつお:2006/11/12(日) 00:35:07 ID:DHPxWfRz
大陸打通作戦を否定しようとして、打通でなくてマリアナに戦力集中
すべきだったなどと主張したりすればすぐに化けの皮が剥がれる。
打通でなくてマリアナに戦力集中して、アメリカ太平洋艦隊に
どれほどの損害を与えることができたかを述べろと言いたい。
無駄な作戦というならば、敗戦国のすべての作戦は無駄な作戦となる。

むしろマリアナで無駄になった戦略物資を大陸打通に回して重慶を
攻略していたらという仮定のほうが有意義だ。太平洋戦争が日中戦争
の足枷となったとしても、その逆は絶対に成り立たないからだ。
マリアナを決戦場と呼びうるには、勝利の可能性を見出す必要がある。
勝利の見込みのまったくない作戦なんて、自殺行為と何ら変わらない。

210 :だつお:2006/11/12(日) 00:37:50 ID:DHPxWfRz
マリアナ決戦VS大陸打通作戦 どっちが英断?

・・・なんてスレ立てる香具師居ないか?

211 :77:2006/11/12(日) 01:16:21 ID:???
>>209
> むしろマリアナで無駄になった戦略物資を大陸打通に回して重慶を
> 攻略していたらという仮定のほうが有意義だ。


「重慶を攻略」、、、何と魅力的な。。。。

米国との開戦になど踏み切らず、支那を徹底的に膺懲(ようちょう)していれば、
日本の歴史は、ずいぶんと変わっていたと思います。

212 :名無し三等兵:2006/11/12(日) 01:56:53 ID:???
>207
日中戦争が無ければそもそも対米英戦は無かったでおしまい。

213 :名無し三等兵:2006/11/12(日) 02:29:24 ID:???
>>204
兵質低下の問題が陸軍で大きくなったのは昭和14年前後から。
世間ずれした兵士が多く動員され、現役兵が前線で戦っている間に後方地での犯罪の増加や
性病の蔓延が発生して大問題になっている。
犯罪の急増に対して支那派遣軍から度々訓令を発していて、部隊単位での犯罪が発生しはじめ、
名指しで山東省の部隊に対して支那派遣軍参謀長が犯罪が酷いと表明されるような状態。
性病治療が軍医の科目になり、性病用の医薬品を軍が購入するようになったのもこの頃から。

214 :名無し三等兵:2006/11/12(日) 02:30:25 ID:J4P6PTYw
>>212
それを言っちゃあお終いよ。

215 :名無し三等兵:2006/11/12(日) 04:40:55 ID:???
日本軍は全国民からの動員率は末期でも他国と比べると低い水準だったのに
それでもなお質の低下が非常に問題になったのはなぜなんだろうか。
やはり日本という国自体の国力・民度が低かったということなんだろうか。

216 :だつお:2006/11/12(日) 09:42:07 ID:DHPxWfRz
>それでもなお質の低下が非常に問題になったのは

「陸軍機甲部隊」(学研)P143の古是三春氏の記述より
例えば連隊長戦死、保有戦車の七一パーセントを損傷した第三戦車連隊では、
八九式中戦車(乙)二八両のうち二一両(七五パーセント)が主に対戦車砲
によって損傷を受けたものの全損・廃棄処分となったのはわずか七両
(二五パーセント)にすぎない。反対にBT−5戦車で編成されていた
ソ連側の第11戦車旅団は、ほぼ全戦車を全損状態で失い(約一八〇両)、
BT−7で総取替えされたほどだった。

[日本軍損害]
空母機20喪失
[イギリス軍損害]
沈没
空母「ハーミス」
重巡「コーンウォール」
重巡「ドーセットシャー」
駆逐艦「テネドス」
仮装巡洋艦「ヘクター」
基地航空機等50機喪失

http://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/dic/data/cylon.html
セイロン沖海戦参加兵力・損害

217 :だつお:2006/11/12(日) 09:46:46 ID:DHPxWfRz
> 北支で山東半島を占領・駐屯して
> いた部隊の1つである「独立警備歩兵第64大隊」では1945年春当時、
> 30代半ばを過ぎた未教育の補充兵が「3分の1」に達しています。

30代半ばを過ぎた未教育の補充兵が「3分の1」に達しているような、
必ずしも最精鋭部隊とは言えない皇軍師団に支配される大勢の名も無き
哀れで無力な中国のチンピラゴロツキども。

218 :だつお:2006/11/12(日) 09:51:23 ID:DHPxWfRz
>これが1943年2月の話で、現役兵の比率が急速に悪化してきたのがこの頃
>ではないかと思います。

ガタルカナル攻防戦は1942年半ばから43年末までで、まだ日本がそう
負けていなかった時期と見られているが、日本側は25000人を失ったのに対し、
米軍側は戦死に負傷含めても6500人程度でしかなかった。
これに対し硫黄島攻防戦は最後の年の1945年3月の一ヶ月で、
日本側守備隊21000人の玉砕と引き換えに米軍死傷者は28000人。

こういう比較をしてみると、皇軍は本土決戦してこそと思えてくるのだがどうか。

The total cost of the Guadalcanal campaign to the American ground combat
forces was 1,598 officers and men killed, 1,152 of them Marines. The wounded
totaled 4,709, and 2,799 of these were Marines. Marine aviation casualties
were 147 killed and 127 wounded. The Japanese in their turn lost close to 25,000
men on Guadalcanal, about half of whom were killed in action. The rest
succumbed to illness, wounds, and starvation.

http://www.nelsonresidence.com/steveneggie/guadalcanal.htm
The Battle for Guadalcanal

219 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/12(日) 23:32:08 ID:0yhoVhrK
>>213 >>世間ずれした兵士が多く動員され、現役兵が前線で戦っている間に後方地での
>>犯罪の増加や性病の蔓延が発生して大問題になっている。

これも『転属』の問題ですね。師団長や連隊長の訓示、また軍の規則では「良兵を
転出させ、悪兵は部隊に残して教育すべき」とありますが実態は全く逆です。

良兵のみを自分の手元に残し、悪兵はなるべく他部隊に追い出してしまうのが
通常の人事パターンであり、また「人情」です。

ということは、新設など転属先の部隊には「悪兵」ばかりが集まってしまう事に
なり、また「悪兵」が更に転属していくとなると、部隊によっては箸にも棒にも
かからないような兵隊ばかりで構成されてしまうのです。

例えば、民間企業で新しい部署を作るから、営業で1人、総務で1人、企画で1人、
人事で1人……などとすれば、どういうレベルの人材が集まるか、目に見えている
でしょうw。

220 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/12(日) 23:45:55 ID:0yhoVhrK
典型的なパターンとしては、中隊でどうしようもないと判断された「悪兵」は
部隊編成の変更などの機会があれば、他部隊に積極的に転属させてしまうか、
あるいは中隊の人事係が「連隊本部」などに出向勤務させてしまいます。

『悪兵は手元に置かず』の原則です。実際に支那戦線であった例ですと、

更に「連隊本部」で敬遠されて、今度は「師団司令部」に追いやられて島流しの
隔離状態です。そして半年後には「連隊本部」に逆戻りw。この人の場合は、
たまたま新しい中隊長が「どうだ、***。もう本部勤務は飽きただろう。
俺と中隊に帰るか?」と言ってくれたお陰で改心し(誰だって同期のいる
中隊に戻りたいのは山々です)、見違えるような良兵に変わったそうですが。

北支の治安戦の典型である「高度分散配置」ですと、悪兵は中隊本部から遠く
離れた僻地の『分遣隊』を永久にたらい回しという手もありますが、当然
犯罪率も高くなるのが道理です。

221 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/12(日) 23:59:16 ID:0yhoVhrK
また「後方地での犯罪の増加」ですが、第一線の中隊から「使えない」として
追い出された悪兵は、後方勤務の野戦貨物廠や衛生部隊(そして新設部隊)に
どんどん溜まっていく事が多かったのです。

今はどうか知りませんが、民間企業でも箸にも棒にもかからない問題社員が
人事部「預かり」にあるケースがよくありました。

前線で戦う中隊長の言を借りれば、「ガラの悪い、事件ばかり起こすゴロツキ
部隊である。敵弾が飛んでくると将校を殺してでも、逃出したがる軍隊である」
となりますw。

全体の傾向としては、第一線の中隊の方に「良兵」が残り、後方に「悪兵」が
溜まっていく感じです。前線よりも後方でむしろ、日本軍の犯罪や蛮行が
多かったのはこのような理由です。

222 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 00:10:02 ID:D6aQpBmz
>>悪兵は、後方勤務の野戦貨物廠や衛生部隊(そして新設部隊)に
>>どんどん溜まっていく事が多かった

しかし「悪兵」が後方の『野戦貨物廠』などに溜まって逝くのは、実は
重大な問題です。彼らは補給という形で「カネとモノ」を握っている訳です。

例えば、作戦部隊の輸送中の「給与(食事)」は大変酷い場合がありました。
これは敵地を行軍中という意味ではなく、自軍の勢力地を鉄道などで移動して
いる際の話です。

毎日、毎食が麦の握り飯に缶詰オンリー。たまに長期間、列車が停車すると
味噌汁が一杯つくといった程度です。「これが第一線で働いてきた野戦軍に
対する待遇か!?」と将兵は不満タラタラですが、自軍の補給点にる兵站の
兵達はそうした味方の憤懣をせせら笑います。

223 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 00:17:39 ID:D6aQpBmz
「嫌なら喰うな。これが正規の軍隊給与というもんや!」

と言う後方勤務の兵達は、白米に冷凍魚をタップリ付けて美味そうに
喰っています。役得というものですが、前線の兵が文句を言うと逆に
わざと食事の量と質を落とし、菜に至っては形ばかりの物を寄こします。

こうなると「カネとモノ」を握られているばかりに、前線の兵隊の方が
後方勤務の「悪兵」に苛められて泣き寝入りを余儀なくされるという馬鹿
らしい羽目に陥ります。

後方勤務の兵には「聖戦」や「皇軍意識」が薄く、出来るだけ楽をして
美味いものを食べて生き長らえて、満期か召集解除を待つというのがセオリー
だったのです。中には役得を利用して金儲けに走る人間もいたでしょう。

こうなってくると、自軍の勢力地から離れて「第一線に早く出たい!」とまで野戦軍は
考えるようになります。敵地で徴発を行なった方が、食糧事情が良くなるからですw。

224 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 00:31:24 ID:???
>>213 >>性病治療が軍医の科目になり、性病用の医薬品を軍が購入するように
>>なったのもこの頃から。

性病関係の話もできますが、やりますか?w

225 :名無し三等兵:2006/11/13(月) 07:30:13 ID:???
軍版屈指の良スレですね。
泣けて来る事の多いのがアレですが、まぁ仕方が無いですね。

性病関連は個人的にはイヤです(笑)。

226 :東亞病夫:2006/11/13(月) 21:05:40 ID:FmYU6NWE
どうもあなた方の話は怪しいですね
性病は勝手に罹患するのではなく、必ず相手あって感染するものです
性病の巣窟たる山東省なり何処なりの、不衛生、民度の低さを小疎問題にす可きでせう
兵は被害者です

227 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 22:17:52 ID:jASeVWzo
「書評スレ」で発言するのに『お土産』が必要になるので、書評を1つ…。
いつもは古書が多いのですが、今回は新刊と言って良いものです。

『オ父サンノセンソウ――小長井少佐 日中戦争陣中日誌』(小長井信昌著、
西田書店:本体1800円、2006年5月初版)

メチャクチャ面白いです。そして準一級資料です。タイトルとカバー装丁が
「あまりにあんまりw」な代物なので、つい新刊書店でも見過ごされがちですが、
値段以上の価値があると断言できます。

何故なら『第二次上海事変』の初期上陸部隊、第3師団(名古屋)歴戦中隊長の
「陣中日誌」をもとにしているからです。

前スレで >>322 >>すいません、とあるサイトで呉淞上陸作戦のことを知ったのですが、
>>ttp://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/deta02u8.htm にあるような名古屋第3師団の
>>兵器の不足は、何故起こってしまったのですが? 既出だったらすみません。

228 :77:2006/11/13(月) 22:37:16 ID:???
>『オ父サンノセンソウ――小長井少佐 日中戦争陣中日誌』(小長井信昌著)

アマゾンのユーズドショップですが、さっそく注文してしまいました。

229 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 22:39:27 ID:jASeVWzo
から、かなり詳しく「上海攻略戦」をやりましたが、とにかく初期上陸
部隊の『戦闘状況』がよく掴めない。文字通り『全滅』に近い損害を受け
ましたから、書ける人自体がほとんどいないのかもしれません。

唯一、古書で比較的入手が容易な一兵士の戦記本『上海敵前上陸』(三好
捷三著:図書出版社、1970年刊)は、第3師団より遅れて上陸した第11
師団(善通寺)が舞台です。その『上海敵前上陸』にも、

>>昭和12年9月3日に上海の外港呉淞(ウースン)に投錨、上陸。上陸して
>>みたら、岸壁には、一面見渡す限りの死体の山で、土も見えない位だった
>>という。10日前に上陸した名古屋第三師団の将兵の変わり果てた姿だった。
>>その犠牲者は1万人と言われている。

とあるように、悪戦難戦の極地だった訳ですが初期上陸部隊の「具体的な資料」
が乏しい。前スレでも『連隊史』を探すのが一番良いのではないか、という話に
落ち着いていたかと思いますが、この『オ父サンノセンソウ』は正にビンゴです。

230 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 22:59:39 ID:jASeVWzo
主人公の「小長井鑑重」は大正時代に2等兵として入営以来、順調に
昇進を続け、下士官から将校にまで登りつめます。ですから基本的に
とても優秀な人です。農家の次男・三男の生まれでしたから、陸軍で
一生喰っていこうという決心が最初からあったのかもしれません。

上海戦には、第3師団・静岡歩兵第34連隊・第11中隊長(大尉)
として出征しますが、今まで手塩にかけて育て上げた部下の下士官、
兵達がどんどん死んでいく――。

200名はいた中隊が「戦闘員今は23名となり残念なり」などと
恐ろしい事が書いてある通り、日記には毎日、戦死したり負傷して
後方に下がった兵達の名前が書き連ねてあります。

ある時期には『63(現在員)』などと人数が日記の最後に書かれて、
その数字が徐々に減っていくカウントダウンが為されていますw。

231 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 23:14:16 ID:jASeVWzo
結局、小長井が中隊長を務める「第11中隊」は200名以上の戦死傷者
を出しています。戦死が50名余り、他の150名余りが戦傷による戦線
離脱と考えても、文字通り『全滅』です。元の中隊の人数よりも多いのは、
補充兵の数字も含まれているからです。

小長井のような一兵卒から叩き上げた『歴戦の中隊長』(上海戦の前は
中隊を率いて満州で匪賊討伐など)にしてこの結果です。『オ父サンノ
センソウ』はいかにして第3師団が壊滅していったかを如実に感じられる
「準一級資料」であると言えるでしょう。

さて今まで「ベタ褒め」して来ましたが、惜しいというか、残念に思った
部分も触れておきましょう。まず小長井の部隊は、本当の意味での最初期
上陸ではないこと。ノルマンディーのような上陸シーンを期待していたら、
きっと裏切られる事でしょう。始めの方は、かなり船で待たされて上陸待ち
の状態です。

232 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 23:25:48 ID:jASeVWzo
また中隊長の小長井自身も、途中で負傷して後方に送られて「戦線離脱」
しています。その間が1ヵ月ぐらいありまして、その間の戦闘の記述が
空白になっています。もったいない(?w)。

上海戦のクライマックスでもあった「大場鎮」の攻略や、第11中隊で
約50人の戦死者を一気に出した強硬渡河も(少尉が中隊長代理として
指揮)、小長井が入院している間に終わってしまいましたw。

「肝心なところでいない……」と思わない訳でもありませんが、だからこそ
小長井は戦死せずに日記を残すことが出来たとも言えます。それでも中隊が
まるまる壊滅していく様子は手に取るように分かりますから、トータルの意味
で「準」一級資料と言えるでしょう。

小長井の中隊は上海戦で壊滅したため、その後の南京追撃戦は旅団本部と
共に行動することで温存・楽をさせてもらっています。小長井自身はご褒美
として南京占領後の入城式に特別に参加しました。

233 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 23:40:45 ID:jASeVWzo
小長井自身は、その後も「支那戦線」で戦い続け、第29旅団(第3師団)
の副官として「宜昌作戦」に従事している最中、1940年5月24日に流れ弾を
腹部に喰らい(背骨損傷)、戦傷死しています(死後、少佐に昇進)。

『オ父サンノセンソウ』は中隊長の視点から書かれているため、第3師団が
どのように上海戦で壊滅していったかは、やはりミクロレベルでしか分かり
ません。しかし「歴戦の中隊長」の言は非常に興味深く、実際の戦闘は
「中隊単位」で行なわれると言われるとおり非常に生々しいです。例えば、

「ところが10(中隊)は警戒不十分で夜は4日間寝て居り、戦闘意思は欠けて
 悲観論のみ、実に残念なり。こんな中隊と協同はいやだ。中隊長のなき中隊は
 駄目だ。全く統一なく無統制なり。12(中隊)に至りては言語道断なり。
 警戒心と無頓着、実に恐ろし。中隊長代理以下、全員警戒なしで寝て居るのは
 何だ。それでいて戦闘意思なく消極的なり。然して居て昼間攻撃積極的意見を
 上申して見ても何の事か、馬鹿もいい加減にしてほしい」

234 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/13(月) 23:50:38 ID:jASeVWzo
(部下が撃たれて今わの際)「もう駄目だ、ああ残念だ。今日は小隊長を失う
こと2人だ。何とも申し訳ない。次の攻撃何とするか、中隊長兼(自分が)
小隊長だ。ああ、残念なり、無念なり。

でも渡辺、必ず成功して仇をと取ってやるぞ。渡辺、靖国神社に行け、神様
となって皇国を守護し賜れ。中隊長の心は寂し。人員は僅かに40名」

また『オ父ヤマノセンソウ』は、小長井を筆頭に当時の日本人が支那人を
どのように見ていたかが、よく分かって更に興味深いものがあります。
また前半が純粋な「陣中日誌」であり、後半が「妻や家族との手紙」の
やり取りになりますから、全部が戦闘の記述である訳ではありません。

しかし銃後の雰囲気がよく分かり、これはこれで興味深いです。例えば、
兵士の家族から中隊長の小長井に安否確認を依頼する手紙がよく来るなど…。

235 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 00:04:48 ID:DkMOduvD
『オ父サンノセンソウ』を種本として、上海攻略戦はもう一度どこかでやる
でしょう。そのぐらいの気にはさせる本です。惜しむらくは、本のタイトル
と装丁です…。外見からは「全く期待させない」姿をしています…w。

さて『オ父サンノセンソウ』には「もう1つ」驚きの事実があります。
著者の小長井信昌は、小長井中隊長の息子さんですが、実は出版社の
白泉社の創設メンバーなのです。

漫画雑誌「花とゆめ」「ララ」「ヤングアニマル」などを創刊して
編集長も務めていました。そして白泉社の社長でもあったのです。

自分も「ヤングアニマル」で連載している『ベルセルク』や『拳闘暗黒伝
セスタス』は大好きです。果たして『ベルセルク』は著者が生きている間に
終わるのでしょうか? 『バスタード』みたいになってしまわないでしょうか?w

また『ガラスの仮面』は姉が買ってくるのをよく読んでいました。『動物の
お医者さん』は今でも好きですね。

236 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 00:10:33 ID:???
最近の『ヤングアニマル』でのお勧めは、やはり『デトロイトメタル
シティ』ですかね。「ヘルシング」ほどではありませんが、ネタとして
大いに使えそうですw。例えば…、

「イナゾウ中佐殿、やめてください。その人もう……死んでますから!」

「YOTYO(膺懲)せよ! YOTYOせよ!」 など…(核藁)。

237 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 00:22:45 ID:???
>>225 >>泣けて来る事の多いのがアレですが、まぁ仕方が無いですね。

「次の戦争」ために仕方の無いことです。先の戦争から大いに教訓を
学ぶべきです。

238 :名無し三等兵:2006/11/14(火) 00:33:16 ID:???
「イナゾウ中佐殿、やめてください。その人もう……死んでますから!」

「YOTYO(膺懲)せよ! YOTYOせよ!」 など…(核藁)。


オチがわからん

239 :名無し三等兵:2006/11/14(火) 18:54:25 ID:???
戦死した人々の命は、侵略戦争のために無駄遣いされた。

240 :名無し三等兵:2006/11/14(火) 19:51:03 ID:???
>主人公の「小長井鑑重」は大正時代に2等兵として入営以来、順調に
>昇進を続け、下士官から将校にまで登りつめます。ですから基本的に
>とても優秀な人です。

のらくろ大尉の人なわけですね。

241 :名無し三等兵:2006/11/14(火) 20:21:01 ID:???
>>238
DMC読んでないとと理解できんなw

242 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 23:00:21 ID:o7BX4b6E
>>241 >>のらくろ大尉の人なわけですね。

メチャクチャ優秀な人です。本の中でも「戦前の少年倶楽部の人気まんが『のらくろ』
と同じである。のらくろも一時士官学校に学ぶが、父も少尉候補者として陸士に在任
した」と同様に紹介されています。

主人公の小長井鑑重は、農家の次男坊で学歴も「高等小学校」のみです。当然、農家
の次男では喰っていけません。20歳で徴兵に取られますが、貧しい農家の辛い作業
に比べれば、軍隊の中は衣食住も充分に支給されて何と楽だろうと感じたそうです。

大正3(1914)年に静岡・歩兵第34連隊(第3師団)に二等兵として入隊して、
翌年の1915年には「伍長勤務上等兵」時代の写真が残っています。この一時をもって
してもメチャクチャ優秀です。その後、軍曹時代などの下士官を経て1924年に准尉に
昇進。二等兵から10年で下士官の最上級に登りつめます。

この間、選ばれて陸軍士官学校に「少尉候補者」として学び、1928年に少尉に任官します。

243 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 23:18:45 ID:o7BX4b6E
少尉に任官して、小隊長として『山東出兵』(1928年)に出征。周辺の
警備と匪賊の討伐、いわゆる「治安工作」に当たります。

1931年に中尉に昇進。その後の満州事変では、ハルビン付近で匪賊討伐
に従事し、1936年に大尉に昇進。第11中隊長に任命されて静岡によう
やく帰還するのですが、翌1937年から「支那事変」が勃発して上海
決戦へと赴く訳です。歴戦の「古強者」と言ってよいと思います。

それにしても「下士官兵」時代の出世の早さは一体どうした訳でしょう?
幾つか理由がありまして、まず「文書」が上手い。軍隊も官僚組織ですから
命令は全て「文章」で動くシステムです。つまり、報告書が上手く書けない
と出世できません。

また部下の「兵士の教育」が抜群だったこと。訓話も得意で、将校となって
故郷で「立志伝中の人物」となってからは講演も積極的にこなしたそうです。

244 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 23:32:41 ID:o7BX4b6E
民間企業でも、報告書(文章)が上手で、部下の指導も優秀となると
出世には大きくプラスになりますね。特に軍隊では、入れ替わり立ち
替わり『新兵』が入隊して来ますから、毎回ゼロから一人前に仕上げ
なければなりません。

そして小長井自身は、さして体格に恵まれていた訳ではありませんが、
辛い農作業で鍛えただけあって地力(体力)がありました。また内蔵が
強く滅多に病気をせずに健康でした。ただし射撃は優秀でたびたび賞を
もらっていた(小銃特別徽章あり)と言いますから、この辺は出世に
寄与したでしょう。

なかでも「健康と体力」は非常に重要です。小長井(大尉)が上海決戦
に出征したとき、年齢は何と42歳です。中隊長として地獄のような上海
の最前線でバリバリ指揮をしているのですから、誰でも出来ることでは
ないでしょう。学校会社なり、家族親戚なり、友人知人なり、あなたの
周りの42歳を思い起こして見て下さいw。

245 :(;´Д`):2006/11/14(火) 23:35:06 ID:???
>>244 (;´Д`)←今年で42歳

246 :名無し三等兵:2006/11/14(火) 23:43:30 ID:???
もうじき42歳無職童貞エロゲヲタの大魔法使いですが何か?

247 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/14(火) 23:54:56 ID:???
>>238 >>オチがわからん >>241 >>DMC読んでないとと理解できんなw

まあ、雑誌でパラパラ読んでいる時は、そんなに面白いとは感じません
でしたが単行本で読んだらドップリはまりました。何気に結構売れてますw。

>238 はCDアルバムのコピーです。『―支那遊戯―』

1.支那コロシアム 2.YOTYO(膺懲) 3.マッドな支那通
4.あの娘をレイプ 5.支那デスペニス   6.銃剣スラッシュキラー
7.グロテスク   8.恨みはらさでおくべきか 9.デスヴァギナ性病
10.虐殺魔王  11.支那豚交響曲     12.悪い日本軍

ほんで、アルバム袖の広告コピーが

「イナゾウ中佐殿、止めてください。その人とっくに……死んでますから!!」

となりますw

248 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 00:11:43 ID:MVFHaXnm
>>210 >>マリアナ決戦VS大陸打通作戦 どっちが英断?
>>・・・なんてスレ立てる香具師居ないか?

その結論は「初代スレ」の冒頭で既に述べたと思います。

249 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 00:14:45 ID:MVFHaXnm
Q.でも何だかんだいって陸軍は勝ち続けた。それに対して海軍は・・・。
  最近、海軍より陸軍の方が作戦能力は高かったと思うようになった。

>太平洋戦争後半、ヒデキの大臣秘書官だった服部卓四郎が、参謀本部作戦課長に
>返り咲きます(1943年10月)。
>就任直後、米軍の消耗戦略で無力化されたラバウルを視察した服部が考えたことは、

>『海軍に依存することのない戦場でしか勝利は望めない』

>という結論でした。これは既に陸軍の総意といっても過言ではないでしょう。

>そして服部が発案したのが、中国大陸での「一号作戦」、いわゆる大陸打通作戦です。

>他には、南方軍の寺内寿一元帥が強く押す、ビルマからアッサムへの侵攻案もありましたが、
>ちょうど中国大陸を発進基地とするB-29の爆撃が始まり(この時の目標はまだ台湾)、
>前者が遂行されることとなります。 大陸打通作戦にはスレの後半で詳しく触れます。

250 :だつお:2006/11/15(水) 00:25:48 ID:3Ozuo86D
>>248 >>249
>その結論は「初代スレ」の冒頭で既に述べたと思います。

これはこれは恐れ入った、よく読んでなかったようなのですまん。

>『海軍に依存することのない戦場でしか勝利は望めない』

佐藤晃氏の連合艦隊批判本と同じ結論が、戦時中の帝国陸軍参謀本部
で出されていた、それが大陸打通作戦だったのだと。なるほどなるほど。

http://takase-fp.at.webry.info/200604/article_9.html
「「太平洋に消えた勝機」佐藤晃(光文社)」読みました!

251 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 00:27:02 ID:???
>>『海軍に依存することのない戦場でしか勝利は望めない』

ここがポイントですね。そして「マリアナ決戦」は海軍にこれ以上
ないくらい依存しますw。

252 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 00:42:52 ID:MVFHaXnm
つーか、そもそも「マリアナ方面」の防備は海軍が担当ですし、陸軍の
第31軍は1943年2月25日に編成されて、司令部がサイパン島に置かれ
ましたが、名目上は「連合艦隊司令長官」の指揮下に入りました。

サイパン島には第43師団および独立混成第47旅団が派遣されましたが、
肝心の第43師団の輸送はアメリカ潜水艦によって難航して、兵員は島に
辿りついても重火器が決定的に不足していました。

そもそも師団主力の到着は、米軍の上陸の20日前であり、ろくな陣地構築
も出来なかったのが「痛い」ですw。マリアナ決戦をいくら目指しても結局、
海上輸送の問題がつきまといます。

そして「硫黄島の善戦」は充分な準備期間にあります。米軍の硫黄島上陸が
1945年2月16日ですが、栗林中将の父島赴任は1944年5月です。
ここから硫黄島に司令部を移すことを決心し、7月には硫黄島の民間人が
全て退去させられます。

253 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 00:46:01 ID:MVFHaXnm
早ければ1944年内にも米軍が硫黄島に上陸するのではないかと
心配されましたが、結局1945年の2月です。

この準備期間の長さが、栗林の徹底的な持久戦の決心とともに、硫黄島の
善戦に繋がったと言えるでしょう。さて、本土決戦を行なった場合
硫黄島と同じことが出来ていたでしょうか?

254 :名無し三等兵:2006/11/15(水) 02:04:06 ID:???
「俺は参本第2部に感謝している。
 支那通にならなければ大陸浪人になっていたから・・・」

255 :名無し三等兵:2006/11/15(水) 04:51:12 ID:???
陸軍が悪い、海軍が悪いと言う以前に総合的な国家戦略を建てる組織構造が無かったのが、そもそも問題だったのでは無いかと思います。
スレ違いな書き込み失礼しました。

256 :名無し三等兵:2006/11/15(水) 13:39:02 ID:???
ああマリアナ・レイテに流れる前に5号作戦を実施できてればなあ

257 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 22:52:30 ID:R+4R+9ob
>>254 >>「俺は参本第2部に感謝している。支那通にならなければ
>>大陸浪人になっていたから・・・」

DMCネタ乙。参謀本部第二部支那課だと、SDS?(ローマ字読みw)
SDS! SDS! SDS!w DMCの方が叫び易い……orz.w

>>256 >>ああマリアナ・レイテに流れる前に5号作戦を実施できてればなあ
ガダルカナル戦が無ければやっていたでしょう。

>>255 >>陸軍が悪い、海軍が悪いと言う以前に総合的な国家戦略を建てる
>>組織構造が無かったのが、そもそも問題だったのでは無いかと思います。

兵頭軍師が初期の本で、「日本が太平洋戦争で負けたのは『海軍の指導』がなって
なかったという意味で陸軍の責任である」と仰ったのに衝撃を受けた覚えがあります。
また、このスレでは「近衛文麿」にとても厳しい評価をしていますが、大本営政府
連絡会議を設けて軍部と政府の懇談の場を作ったのは評価してもいいと思います。

258 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 23:15:47 ID:R+4R+9ob
>>215 >>日本軍は全国民からの動員率は末期でも他国と比べると低い水準だったのに
>>それでもなお質の低下が非常に問題になったのはなぜなんだろうか。
>>やはり日本という国自体の国力・民度が低かったということなんだろうか。

それは非常に大きな問題です。前述『オ父サンノセンソウ』は開戦劈頭の上海決戦を
描いたものですが、既に「徴発」や「掠奪」の話もチラホラしています。例えば、

<1937年12月13日>「徴発:徴発とは何といい言葉であろう。即ち軍事に
供するものは何でも徴発してよろしい。牛、豚、鶏、野菜、米等にして一度に牛を
7頭、鶏47羽、豚5頭なんて云う始末。金にしても1頭120、30円もする牛
を2、3頭捕えて来てこれを食料に供す。砂糖10俵あったとか、米は南京米なれ
ども軍師団に食する程徴発して居。憐れなるは国民なり。付近に便衣隊および敗残兵」

現代人からすると、牛・豚・鶏なんて大したことないと思うかもしれません。
しかし当時の支那人からすれば「貴重な財産・家産」です。つーか、このスレに
酪農・農家の方がいるか知りませんが、牛7頭・鶏47羽・豚5頭を勝手に
もっていかれたらキレると思いますw。

259 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 23:33:55 ID:R+4R+9ob
まあ、支那の土人がどうなろうと知った事ではありませんがw。

また同じく小長井大尉の<12月2日>の『陣中日記』にはこうあります。
興味深いことが幾つか書かれています。時期的には上海から南京追撃戦の
終盤にあたります。

●「支那民衆の心理」=松井大将軍歓迎、大日本軍万歳、同万々歳大日本軍
 大歓迎、なんて云う札が至る所に貼ってある。

●「支那軍の退却状況」=至る所に105師、15師……師集合 潰走 第4師
 砲撃円陽へ……等と道印をしてある。これを見ても算を乱して潰走して居る
 状況がよくわかる。

260 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/15(水) 23:46:56 ID:R+4R+9ob
●「師団の任務」=師団(第3師団・上海戦で壊滅)も任務を貰ったらしい。
 宣興方面より行動するらしい。蘇州へは一夜泊まるのみ。学校へ泊まった。
 兵はどーも奪掠の気分ありて不可。何かありはせんかと目を見張って探す。

●兵の輪姦ありしとか。強奪(金庫を開けた)軍法会議に処せらるると。

●状況:江陰の占領。常州を陥れて丹陽東方6キロに近づけりと。また金温鎮に
 も近づくと。益々有利に進展中なり。

まあ「上海〜南京戦」でもこんな感じです。ただし、徴発行為自体は戦時
国際法に準拠するものであり、後に伝票なりを残すものです。また日本軍の
経理によって所有者に対して円滑に支払いが為されたため『むしろ歓迎された』
と別宮翁のサイト(掃討戦の項)では解説している事を付記しておきましょう。

261 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 00:16:16 ID:4WvMFSIq
>>やはり日本という国自体の国力・民度が低かったということなんだろうか。

民度が低いとは思いません。曲がりなりにも日本兵は尋常小学校の6年の
義務教育を受けているでしょう。識字率もそうですし、日本軍がなぜ精強
だったかといえば、将校や下士官が斃れても、兵達だけでそれなりの判断
が出来るからです。兵の教育水準とキルレートは露骨に関係してきます。

やはり「国力」の差ではないでしょうか。例えば、末端の米兵と比べて
(文盲だって数多くいる)日本兵とどちらが民度が高いでしょう? 日常的な
徴発を余儀なくされる軍隊と、その必要すらない軍隊の差も大きいと思います。

例えば、中国(ビルマ)戦線のアメリカ兵は、将校でも兵士でも日本軍の陣地が
陥ちると翌朝必ずジープで現れて、支那兵が拾った日章旗をタバコで交換したと
言います。もちろん祖国へのお土産・記念品でして、日本兵の髑髏をそれとして
持ち帰った大馬鹿・米兵がいる話はどこかで聞いた事があるでしょう。

262 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 00:24:15 ID:4WvMFSIq
太平洋戦争に限らず、米兵はベトナム戦争でも、戦場からお土産を持ち
帰ろうとする習性があり、物資が豊富な彼らは現地人から「物々交換」
で手に入れることが可能です。

先のビルマ戦線での米兵は、日章旗を大ぶりの物なら「タバコ30箱」と、
中ぶりなら15箱、小ぶりなら10箱を支那人と交換したと言います。

記念品といった遊興目的でもふんだんに物資を使える米兵は、徴発など
ほとんどする必要がないでしょうから、単純に日本兵と民度を比較する
ことは出来ないと思います。

ましてや、ソ連兵や支那兵と「民度を比較する」のは幾らなんでも余りに
あんまりですしw、ドイツ兵とはどっこいどっこいではないでしょうか。
まあドイツ兵も北清事変では酷い事をしていますw。

263 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 00:43:32 ID:???
>>215 >>日本軍は全国民からの動員率は末期でも他国と比べると低い水準だったのに
>>それでもなお質の低下が非常に問題になったのはなぜなんだろうか。

全くその通りで、日本軍は末期の動員率でも他国と比べれば低い水準です。
しかも人口は内地だけでも7000万人いました。上記で色々述べて
きましたが、同じ日本軍内部でも初期に編成された部隊(例えば30番
ナンバー師団)と戦争末期に編成された師団では雲泥の差があります。

ちなみに第37師団(熊本)は支那戦線・屈指の歴戦部隊です。

264 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 04:16:26 ID:???
>民度

これ書き込んでから考えたんだけれど、キリスト教の影響とか国民性の違い
と書き込むべきだったかなと思い直したり。あまり比較文化論の方向には
もっていきたくないのだけれど、どうしても考えざるを得ない。

そもそも「民度」も「質」もあいまいな概念ですが。
教育レベルとはちょっと違うのではないかなと。
いくら高等教育過程を履修しても、例えば暗記中心で批判を受けた
陸大出の将校の質がよいとは思えないのですよ。

265 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 09:41:55 ID:???
日本軍の質的低下に付いては、日本陸軍が組織として戦線拡大以後の巨大化に適応出来なかった事が大きかったのでは無いでしょうか?
予備役兵の増大よりも、速成・員数合せの将校・士官・下士官が増えた事が質的低下の原因として大きかったのでは無いでしょうか?

266 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 10:14:04 ID:???
カンジ「満州さえあればいい、満州さえあればいい」

267 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 10:39:16 ID:???
上海〜南京戦は20万人で略奪しながら進軍してるんだぞ
20万人が泥棒しながら進軍したら地獄だろ


268 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 15:14:30 ID:???
D大連
M満州
C支那

269 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 17:47:17 ID:???
動員率も将校の質も、システムの問題のように思います。

日露戦争まで順調に機能したものが、破綻を示したのはなぜか。
永田らの追求した総力戦体制は、前大戦の欧州各国の動員から何を学び、
どのような動員・教育・兵站のシステムの構築を構想していたのか?
それは現実に生起した日中戦争において生かされたのか、それとも画餅に
帰した泥縄動員だったのか?

まあ、結局は財源の問題に帰するのかもしれませんが。

270 :名無し三等兵:2006/11/16(木) 21:10:59 ID:???
予算の話は止さんか?w
あ、ぼ、暴力は止めて下さい!日本は法治国家であります!www

271 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 22:33:16 ID:rlRqZXe3
>>264 >>教育レベルとはちょっと違うのではないかなと。いくら高等教育過程を
>>履修しても、例えば暗記中心で批判を受けた陸大出の将校の質がよいとは思え
>>ないのですよ。

ノンノン。自分が言いたかったのは「初等教育」のことです。徴兵された一般兵士の
『程度』です。まあ国民性で言えば、日本人は「旅の恥はかき捨て」の文化ですからw。

>>269 >>どのような動員・教育・兵站のシステムの構築を構想していたのか?
>>それは現実に生起した日中戦争において生かされたのか

盧溝橋事件が起きた1937年は、陸軍が本格的な「軍備充実計画」を決定した
翌年に当たります。この辺の説明は『4代目スレ』でかなり解説していますので
過去ログをどうぞ。

ttp://kamisato2.hp.infoseek.co.jp/china/ (ue少将閣下作成)

272 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 22:36:42 ID:rlRqZXe3
少しだけコピペすると……。『4代目スレ >>64』 からより。

>>18 >>日中戦争初期の頃から陸軍の派遣部隊に100番台の番号のつく
>>師団が出てくるのは何故なのでしょうか?

>満州事変以後の「非常時体制」から、日本では国家総力戦の思想が強まります。
>そして1936年に『軍備充実計画の大綱』が作られ、1937年〜1942年の5年間で

>●戦時兵力40個師団の大計画が建てられた訳です。言うまでも無く、支那事変が
> 起こる(1937年)の前年に当たりますが、単なる偶然です。

>平時に置いては、日本内地に14個師団、満州国に10個師団、朝鮮に3個師団の
>計27個師団を整備しておくという遠大なものです。しかし、一気に師団数を増やすのは
>無理がありますから、従来の「歩兵連隊4単位(一個師団あたり)」から、「3単位」に
>減らす方針が立てられた訳です。

273 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 22:38:15 ID:rlRqZXe3
>当然、師団は従来より「軽量級」になってしまう訳ですが、そもそも師団は
>『戦略単位』として、総合的な作戦を遂行できる組織です。陸軍中央としては
>将来の大戦争に備えて、「戦略単位」という持ち駒の数を増やそうとしたのです。

>実際、支那事変で「第11軍」「第12軍」といった師団より上級の司令部が
>設定されます(戦闘序列)。支那大陸という「広大な戦線」を考えれば、この
>目論見は正しかったと言えるのではないでしょうか。

>しかし、日本の軍司令官は「軽量級の師団」を多く揃えるより、数が少なくなっても
>「重量級の師団」の配属を好んだとされますから、その他列強に比べて日本は師団に
>対する愛着というか執着が強かったのかもしれません。

>さて100番台の師団ですが、直後の方が少し説明されているとおり、
>「特設師団」と呼ばれるものです。そして1936年の「軍備充実計画の大綱」が
>下敷きになっていることは言うまでもありません。

274 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 23:00:06 ID:rlRqZXe3
>>269 >>どのような動員・教育・兵站のシステムの構築を構想していたのか?
>>それは現実に生起した日中戦争において生かされたのか

1936年の「軍備充実計画の大綱」は、第ニ次5ヵ年計画の進展に基づく
極東ソ連軍の増強に対抗するものです。海軍も同じ1936年に軍縮条約を
廃棄して新型戦艦(大和型)の建造に動くなどしていますから、多分に陸海軍の
『予算の分捕り合い』的な要素が強いかもしれませんw。

とにかく計画の骨子は、師団を4単位から3単位制に変える(軽量化・機動化・
兵員を減らした分を火力の増強で補う)とともに、1942年までに40個師団
(在満州:10個師団)の地上部隊と、140個中隊の航空部隊を揃える事です。

1937年7月に盧溝橋事件が起こり、年末の南京攻略でも決着がつかずに、翌
1938年には徐州作戦、武漢攻略作戦(並行して広東攻略作戦)が始まりますが、
7月末の兵団配置を取り上げてみましょう。

275 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 23:08:20 ID:rlRqZXe3
●日本内地:近衛師団、第11師団 ●朝鮮:第19師団

●満州:第1師団、第2師団、第4師団、第7師団、第8師団、第12師団
    第23師団、独立混成第1旅団、第1〜3独立守備隊、
    第104師団(大本営直轄、待機)
    
●台湾:台湾混成旅団(波田支隊欠)

●北支:第5師団、第14師団、第20師団、第21師団、第26師団、
    第108師団、第109師団、第110師団、第114師団、
    独立混成第2〜5旅団、騎兵集団

●中支:第3師団、第6師団、第9師団、第10師団、第13師団、
    第15師団、第16師団、第17師団、第18師団、第22師団、
    第27師団、第101師団、第106師団、第116師団、波田支隊

276 :s、w:2006/11/16(木) 23:18:34 ID:kourgP/p
読売の昭和戦争?
よく読めば改ざん・捏造なんでもありだぞ。

277 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 23:26:11 ID:rlRqZXe3
以上、内地が2個師団、「対ソ戦備」が9個師団(満州、朝鮮)、「在支兵力」が
23個師団で、合計34個師団になります。(1938年7月時点)

先に説明した「軍備充実計画の大綱」は、1942年目標で40個師団ですから、
ほとんど動員計画の限度に達していたと言えます。

この程度はまだ「序の口」で、ノモンハン事件が起こった1939年秋には
40個師団、19個独立混成旅団、10留守師団となります。さらに1943年
目標で、「戦時65個師団」と「航空勢力262中隊」への拡充を目指す
『修整・軍備充実計画』がまとめられたのでした。

>>265 >>日本軍の質的低下に付いては、日本陸軍が組織として戦線拡大以後の
>>巨大化に適応出来なかった事が大きかったのでは無いでしょうか?

事前の計画よりも、余りにハイペースな拡大だったのは大きいでしょう。

278 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/16(木) 23:40:37 ID:rlRqZXe3
>>269 >>永田らの追求した総力戦体制は、前大戦の欧州各国の動員から何を学び、
>>どのような動員・教育・兵站のシステムの構築を構想していたのか?

『動員』と言えば、別宮翁のサイトが詳しいのですが、そこより要約しますと

●徴兵制の完成度は、「成年男子の総数」に対する「訓練済み予備役兵士」の
 比率で表されます。

これは『訓練率』と称されるもので、第一次大戦前のドイツ・フランスは60%
以上に達していたと言います。これに対して日本は1935年まで2割を超える
ことがなく、この2割という数字は「志願制」を取っていたイギリスと大差が
ありませんw。

よくよく考えれば、戦前日本は「徴兵制」を取っていたとはいえ、実際に兵営へ
入隊するのは「甲種合格のみ(多ければ、そのまたクジ引き抽選)」です。急速な
巨大化とこうした『訓練率』の低さが端的に日本軍の質的低下を招いたと言えそうです。

279 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/17(金) 00:06:33 ID:81kmG9dt
>>269 >>まあ、結局は財源の問題に帰するのかもしれませんが。

今まで述べてきたように、陸軍の軍備拡充計画は「師団数の増設」とともに
『航空勢力の充実』がセットになっています。

陸軍も航空兵力の重要性は認識していたのであり、国力と財源の限界から
地上部隊の「火力装備の改善」までには手が回りませんでした。

『訓練率の低さ』『計画を上回る急速な巨大化』『貧弱な火力と装備』

この3点セットが最終的な原因として挙げられるのではないでしょうか。
まあ、航空兵力を「最優先」にしたのは全くもって正しい訳ですけどw。

280 :名無し三等兵:2006/11/17(金) 00:08:52 ID:???
日本軍の質的低下を招いたとしても基本的な教育が均一に行われていた分
命令を聞いて鉄砲を撃てる兵が他の国より容易く手に入ったんじゃない?

基本的な質が高い人間を使って戦ったにしては随分まずい事をして無駄に
兵を損なったのはある意味酷く贅沢な話だと思う。

281 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/17(金) 00:18:56 ID:81kmG9dt
>>267 >>上海〜南京戦は20万人で略奪しながら進軍してるんだぞ
>>20万人が泥棒しながら進軍したら地獄だろ

潰走する支那兵の大軍も忘れずにw。便衣兵のオンパレードです。『オ父サンノ
センソウ』で第3師団の部隊が、のんびり牛や豚を徴発している場面を取り挙げ
ましたが、序盤の上海決戦で壊滅したため後方で楽させてもらっている訳です。

他の追撃部隊(上海戦の後半から上陸した部隊)は南京一番乗りに向けて文字通り
不眠不休の強行軍ですから、そんなに掠奪している暇は無かったと思われ。

上海戦よりも南京攻略戦よりも、上海から南京までの直線距離300キロの
強行軍がもっとも辛かったという回想が多くあります。

282 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/17(金) 00:22:02 ID:???
>>266 >>カンジ「満州さえあればいい、満州さえあればいい」

ヒデキ「第二満州さえあればいい、第二満州さえあればいい」w

283 :元32(予備役少佐):2006/11/17(金) 10:46:29 ID:???
>>264
中央の勤務ではいろいろと批判のある服部卓四郎は実戦指揮官としてはとてつもなく優秀で、
その功績は中川、宮崎といった連隊長に匹敵するものがあります(最後の中支撤退戦の殿軍指揮官)

岩畔も中央・海外派遣では問題がありましたが、実戦の名将とよばれてしかるべき。

時と場所を得ると、陸大出の将校は優秀な場合も多いですよ。

>>278
>>279
火力、航空兵力はもとより、人的資源もつまるところ、日本軍にとっての大問題です。

総力戦理論的には、
銃後・前線を問わず国民が自発的に軍事に理解を持ってくれないとどうしようもないわけで、
そのための学校配属将校であったりします。
そして、国民の支援を受けた政界・財界が軍事に理解を持ってくれて、
その強力な政府の統率下で総力戦を戦うのが日本陸軍の理想です。

うまくいかないんですけど。

284 :元32(予備役少佐):2006/11/17(金) 10:55:39 ID:???
>>283
ミスがあります。中支ではなく南支ですよね。

285 :77:2006/11/17(金) 22:09:11 ID:???

アマゾンに注文していた「オ父サンノセンサウ」(小長井少佐 日中戦争陣中日誌)が
本日届きました。これから、読みます。

286 :名無し三等兵:2006/11/18(土) 00:36:09 ID:???
>>258
>酪農・農家の方がいるか知りませんが、牛7頭・鶏47羽・豚5頭を勝手に
>もっていかれたらキレると思いますw。

貴重なたんぱく源がぁぁぁ・・・
交尾により拡大再生産してくれる貴重な財産がぁぁぁ・・・

287 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/18(土) 00:42:46 ID:lytZUd/P
>>283 >>中央の勤務ではいろいろと批判のある服部卓四郎は実戦指揮官としては
>>とてつもなく優秀で、

服部卓四郎はノモンハン事件のイメージが強いので、どうしても後世の批判に
晒されがちですね。しかし服部ともあろうものが大佐止まりで少将にもなって
いない事に気がついて意外に感じました。最後は第65連隊長です(13師団)。
大佐では、かつての部下の辻政信と同クラスですw。

>>285 >>アマゾンに注文していた「オ父サンノセンサウ」(小長井少佐 
>>日中戦争陣中日誌)が本日届きました。これから、読みます。

『オ父サンノセンソウ』の主眼は「上海決戦」にありますが、当時の日本人が
支那をどのように捉えていたか、その生の声も聞こえて大変興味深いです。以下
参考までに、小長井大尉が出征に当たって知人に送った『挨拶状』を要約して
みましょう。

288 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/18(土) 01:06:26 ID:lytZUd/P
「世界の平和・東洋の安定を確立し、人類の幸福・アジア民族の福祉を
 もたらさんとして、あらゆる努力と犠牲、謙譲とを敢えて惜しまず、
 正しく明るく日満支提携して共存共栄の実を上げようと万善を尽くし
 つつある帝国に対して、支那は益々増長暴累に次ぐ暴虐をもってし
 今や最悪の一途を辿りつつあるのみ。

 ここにおいて帝国の総意に基づき徹底的膺懲すべく起てる我が皇軍
 の一員に加えられ聖戦に臨み得るの光栄を得られる事、男子の本懐
 これに勝るものなし。

 幸い皆様の熱誠なる後援により我等は鉄石のごとき硬く団結をもって
 思う存分戦場に活躍いたすべき覚悟に御座候。出発に際しては身に余る
 御芳情をかたじけのうし誠に有り難く感謝に堪えず、厚く厚く御礼申し
 上げ候。お陰をもって中隊将兵一同、益々志気旺盛に有り。何卒ご安心
 されたく候。先ずは御礼まで、かくの如き御座候。 敬白

 昭和12年 月 日  藤田本部隊田上部隊小長井隊 小長井鑑重」
                   
おじいさん、おばあさん、お母さん、光枝さん、重雄さん、信昌さん、
お体大事に、仲良く、睦まじく、逞しく、元気に暮らして下さい。
私も益々元気です。安心して下さい。

289 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/18(土) 01:32:28 ID:lytZUd/P
>>283 >>そして、国民の支援を受けた政界・財界が軍事に理解を持ってくれて、
>>その強力な政府の統率下で総力戦を戦うのが日本陸軍の理想です。

満州事変後、永田は政界・財界へ積極的にアプローチして「いかに満州が日本に
とって重要であるか」を説いて回りました。この甲斐あって割とスムーズに満州国
構想は受け入れられるのですが、永田は後に軍務局長として近衛文麿の「朝飯会」
に頻繁に出席するなど、政界・財界への根回しも重視する珍しい軍人でした。

このような永田の「政治的腹芸」が、敵対する皇道派からすれば余計に癇に
障ったでしょうがw。永田の語録には次のようなものがあります。

「国家総動員とは、有事の際に国家社会の全部を挙げて、平時の態勢から戦時の
 態勢に移り、そうして国家が利用しうる有形無形・人的物的のあらゆる資源を
 組織し統合し運用して、最大の国力的戦争力を発揮する事業である」

290 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/18(土) 01:38:15 ID:lytZUd/P
「近世物質的威力の進歩の程度が理解できず、青竜刀式頭脳がまだ残っていること、
 および過度に日本人の国民性を自負する過誤に陥っている者の多いことが危険である。
 国が貧乏にして思うだけの事ができず、理想の改造ができないのが欧米と日本との国情
 の中で最大のものである。この欠陥を糊塗するため粉飾する為に、負け惜しみの抽象的
 文句を並べて気勢を上げるのは、止むを得ない事ながら、これを実際の事と思い誤るが
 如きは大いに注意を要する」

「いたずらに独善猪突するのは、現在日本の実情がこれを許さぬばかりでなく、八紘一宇
 の大理想を顕現するになんらの意味もなさないのみか、非常なる障碍となる」

最後は、永田の人物評を挙げておきます。

「永田は一局長ではありながら、その政治的器量と存在感は、昭和陸軍史上、
 宇垣一成以来といえる。ただ、永田には宇垣のような巧みな権謀術策はない。
 徹底した真正面攻撃型であり、『合理適正居士』の渾名が示す通り、きわめて
 現実主義で、割り切りは早く強引である」

291 :名無し三等兵:2006/11/18(土) 17:08:43 ID:???
余談ながら近頃話題の栗林忠道大将は、小笠原兵団参謀長の堀江芳孝少佐に、次の
ように永田評を語ったそうです(以下「闘魂 硫黄島」光人社NF文庫より引用)。

「永田さん、今村さん、鈴木(宗作)さん、あのころは君、教育総監部はそろって
いたよ。相沢とか何とかいう狂人が殺しちゃって、国宝を失っちゃったんだ。
盲目の馬鹿めらが愛国だのヘチマだのといって、見さかいのつかないことやるから
このざまだ」
語気が荒い。
「ご郷里が同じなので特に永田鉄山と親しくされたわけですか」
「うーん。偉い人だったよ。世界を見ていたよ。何しろ宇垣さんの一番弟子だからね。
おれも東京師団で火災なんかが起きなければこんなところへきやしなかったんだ」


292 :名無し三等兵:2006/11/18(土) 17:19:10 ID:???
渡辺錠太郎も惜しいなあ…

293 :名無し三等兵:2006/11/18(土) 17:50:34 ID:???
「戦闘的自由主義者」河合栄治郎も永田が死んだとき
「同志」を失ったと嘆いていたな

294 :名無し三等兵:2006/11/18(土) 23:40:28 ID:???
戦闘とは何であるか? 山中。

295 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 00:14:24 ID:???
永田鉄山の器を表現するのに、何と喩えたら適当なのか分かりません。

最も的確なのは、『マリみて』の紅薔薇様(ロサ・キネンシス)こと、
水野蓉子さまでしょう。リリアン女学園のみならず全世界がひれ伏すことに
なるであろう完璧超人です。

ちなみに小畑敏四郎が、ロサ・ギガンティア(白薔薇様)こと佐藤聖さま。
異色の支那通・岡村寧次が、ロサ・フェティダ(黄薔薇様)こと鳥居江利子さま
で「バーデンバーデンの三羽烏」が揃い踏みですw。

さらに東条英機が、ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンなのは言うまでもない
ことです(核藁)。

296 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 00:30:16 ID:HzSSUk00
>>291 >>「ご郷里が同じなので特に永田鉄山と親しくされたわけですか」

超一級サイト ttp://imperialarmy.hp.infoseek.co.jp/general/gunjin.html
の『陸軍人国記』の項目を見れば、他の人も話が早いのですが、永田鉄山も
栗林忠道も同じ長野県出身です。

ちなみに他の著名な「長野県出身」の軍人は、山田乙三、本多政材、宮崎周一、
そして支那通の代表的な今井武夫がいます。

しかしこのサイトは凄いですね。自分がこのスレを書き込んでいるときも
ほとんど常時このサイトを見ながら調べ物をしています。特に連隊や旅団の
所属師団を確認するときに重宝します。あと所在地ですね。

中将、あるいは大将の階級にも相当する実績・貢献だと思います。

297 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 00:52:45 ID:HzSSUk00
>>291 >>近頃話題の栗林忠道大将は、小笠原兵団参謀長の堀江芳孝少佐に、
>>次のように永田評を語ったそうです(以下「闘魂 硫黄島」光人社NF文庫

少し注意して置かなければならないのは、堀江芳孝と栗林忠道は不仲だった
ことです。 栗林忠道は「名将」として非の打ち所がないようなイメージが
強いですが、人物の選り好みが非常に激しかった人でもあります。

ぶっちゃけて言うと「陸大至上主義者」として語られる事が多いのです。
(陸大専科卒でも駄目w)

硫黄島に着任後も「使えない」と判断した参謀の多くをクビにしており
(筆頭は参謀長だった堀静一大佐:〜1944年12月30日、後任は高石正)、
堀大佐などは人格的に問題がある人物ではありませんでしたが、栗林中将
にはその温厚さがむしろ「無能」と映り、「ヒゲ(堀)では戦争ができない」
とある日の朝礼で面罵したそうです。

298 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 00:56:59 ID:???
暗殺されたからといってその未知数に期待することはないでしょう。
ちゃんと東條というエピゴーネンがいるのだから。



299 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 01:04:25 ID:HzSSUk00
>>硫黄島に着任後も「使えない」と判断した参謀の多くをクビにしており

この辺は言葉を補っておいた方が良いでしょう。正確には「言う事を
聞かない、あるいは自分の方針に反対する参謀をクビにした」です。
もちろん「無能」は言うまでもありませんw。

栗林中将といえば、硫黄島を要塞化しての徹底的な持久戦が代名詞ですが、
もちろん従来の「水際撃滅」を主張する参謀もいたでしょう。参謀本部とて
当初はその方針でしたし、海軍の陸戦隊は水際陣地を作って…(以下略w)。

最初から玉砕必至の立てこもりで、栗林自身も尋常な心境ではなく、自分の
作戦方針にそぐわない人物はドシドシ首にして、入れ替えを余儀なくされた
のでしょう。米軍の上陸が始まってから、参謀とケンカしていても仕方が
ありませんw。

300 :元32(予備役少佐):2006/11/19(日) 01:10:26 ID:???
>>297
堀江芳孝自身は天保銭同士で栗林とうまくやっていたのではなかったでしたか?
それがまたほかの幹部の恨みをかったとか。

堀静一大佐については同意ですが、
海上護衛戦関係の業務をこなした新任の堀江参謀の報告を踏まえた、
栗林中将の防御戦術を、ほかの幹部が理解できなかったことに問題があるかと。

>>298
イナゾウ中佐に匹敵するか、イナゾウ中佐以上のヒデキ好きのわたしですが、
それはややヒデキを過大評価しすぎかも。
ヒデキはいろいろな美点のある軍人ですが、やや狭量な点が欠点です。
永田については、そのような問題点は知られていません。

301 :元32(予備役少佐):2006/11/19(日) 01:12:25 ID:???
>>299
といったら、イナゾウ中佐の補足が入っていました。
もう少し待ってレスすれば良かった。スマソ

302 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 01:29:22 ID:HzSSUk00
>>小笠原兵団参謀長の堀江芳孝少佐

ここで注意すべきは、堀江芳孝少佐も早期に父島に輸送担当として
飛ばされていることです。堀江は硫黄島の参謀では数少ない陸大出身者
でしたが(つーか唯一w)、おそらく栗林の不興を買ったのでしょう。

元は船舶参謀でしたから、父島に輸送担当の名目で「飛ばす」のは容易
だったはずです。終戦時もそのまま父島で迎えています。

何が言いたかったかと言えば、堀江芳孝が自分を飛ばした栗林中将に
良い感情を持っていないことです。そして堀江は硫黄島戦を語れる
(間接的に)数少ない人物です。そもそも上記の栗林が『陸大至上
主義者』というキャラも、堀江の『闘魂 硫黄島』が出所ではないで
しょうか?

303 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 01:52:03 ID:HzSSUk00
>>300 >>堀江芳孝自身は天保銭同士で栗林とうまくやっていたのでは
>>なかったでしたか? それがまたほかの幹部の恨みをかったとか。

上記の話は、自分の「勘繰り」として置いて下さい。そして更に続行w。
また堀江については『死闘!硫黄島・沖縄』(学研)という本も出して
おりまして、作戦準備には当たったが硫黄島戦中は父島で「切歯扼腕」
という感じです。

さて、自分の常軌を逸した「分裂気味発想w」は、栗林忠道と牟田口の2人を
結び付けます。牟田口はインパール作戦で3師団長のクビを勝手に切って
怨みを買い、戦後にこれ以上無いくらいの大ブーイングを浴びますが、栗林も
硫黄島戦に臨むにあたって多くの参謀を首にしたり、無碍に扱っています。

2人の違いは、インパール作戦が「世紀の愚行」と呼ばれるのに対して、
硫黄島戦は米軍に一矢を報いた「大善戦」とされることです。

304 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 02:08:37 ID:HzSSUk00
かつて兵頭軍師は、フィリピンでは50万人の戦没者を出したにも関わらず、
インパール作戦の方が「世紀の愚行」と声を大にして叫ばれ続けるのは、
牟田口が3師団長の首を切ったためと指摘されたことがあります。

要するに、他人のキャリアを傷つけて台無しにする事ほど
人の怨みを買う行為は無いという話です。硫黄島戦の栗林にも
似たような行為が見られます。

インパール作戦は余りに酷い内容だったため、生き残りが牟田口に対し
口角泡を飛ばして非難するのは自然ですが、数少ない名将と謳われる
栗林を(感情論で)攻撃するのは難しい…。むしろ逆に、栗林の名声に
自分もあやかった方が得ですらあります。

しかし自分を無碍に扱った栗林は許せない……。そんな曲折した思いが
栗林を「陸大至上主義者」など、名将を否定するような記述に繋がっている
のではないでしょうか。

305 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 02:09:30 ID:???
まだムッチーの方が救いようがあるな

306 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 02:27:59 ID:HzSSUk00
まあ、自分の言う事も含めまして、「NO ONE TRUST」(誰も信じるな)
ということですw。しかし、「TRUTH IS OUT THERE」(真実は
そこにある)とも言います。上記はそういう見方もある、程度にして置いて下さい。

>>291 >>おれも東京師団で火災なんかが起きなければこんなところへきやしなかったんだ

『散るぞ悲しき』(梯久美子著、新潮社)は大宅壮一ノンフィクション賞も取りまして
今一番売れている「栗林忠道本」ですが、装丁の写真は「留守近衛第2師団長」時の
正装のものであり、普段自分たちが目にする最も有名なものです。

もちろん中将時の写真ですが、たまに襟の階級賞が「三ツ星」の大将になっている
のが見受けられます。これは戦死後、大将に昇格したのちに写真を修整したものと
考えられます。

307 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 02:49:14 ID:HzSSUk00
留守近衛第2師団長時に、部下(幹部候補生?)が宮城に火事を出す
不祥事を起こしたため、栗林は「東部軍司令部附」に左遷。そして
第109師団長に補されて硫黄島に赴きます。

栗林が転属させられた僅か3ヵ月後に、留守近衛第2師団は「近衛第3師団」
に改編されましたから(辞めさせられていなかったら、栗林は東京で正規の
近衛師団長)、まあ >>291 のボヤキも実際あったかもしれません。

>>305 >>まだムッチーの方が救いようがあるな

男の嫉妬ほど屈折したものは無いということです。「名将」には
あやかりたい、しかし個人的には怨みがある……。本人は死んで
もういない……。

308 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 02:52:30 ID:HzSSUk00
>>暗殺されたからといってその未知数に期待することはないでしょう。
>>ちゃんと東條というエピゴーネンがいるのだから。
>>それはややヒデキを過大評価しすぎかも。

まあ、永田鉄山が「水野蓉子さま」だとしたら、ヒデキはやはり
「松平瞳子」(最新刊以前)程度の格でしょうか(藁)。

309 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 07:23:04 ID:???
世間一般で陸軍が海軍に比べて
評判良くないのを嫉妬した陸軍シンパが
ここぞとばかりに栗林を必要以上に
持ち上げやしないかと心配する今日この頃

陸と海どっちもどっちだと思うのだが

310 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 08:12:23 ID:???
陸と海、どっちもヒドイというのはある一定レベルの軍オタでは常識でしょうね(笑)

311 :元32(予備役少佐):2006/11/19(日) 08:20:02 ID:???
>>304
インパールの鵯越作戦と同じくらい、
硫黄島の縦深守備への転換は常軌を逸した作戦だったということでしょう。

それも連合艦隊・海軍航空がほぼ戦力を喪失しているという、
陸軍では一部しか知らなかった情報を偶然に堀江参謀から得たということが大きかったかと。

常軌を逸した作戦を実行するためには、指揮官に異常なほどのエネルギーがいります。
それが吉と出るか凶と出るかで、指揮官の評価は決まります。

>>305
陸軍も海軍もどっちもどっちというのは同意ですが、
上記のような理由で、栗林は名将といっていいわけです。
つまり、その統帥が非情なほど厳しいものであったことはともかく、
ただ、戦略的・戦術的な成果をあげたから。
名将の条件のひとつは非情であること、なので。
戦争というのは恐ろしいものです。

312 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 08:33:17 ID:???
結果を以って賞賛するのは悪い事ではないが
結果的に大失敗に終わった無謀な作戦も、
作戦を実施するにあたって、それに至る合理的な説明があるのであれば、別に構わないと思う。
そりゃあ本人の人格や人間性は別の問題だと考える。

まあ0%か可能性が1%の違いでしかないが、牟田口の場合は帰還兵の怨念が暗黒面を促進させているが

313 :309:2006/11/19(日) 09:05:28 ID:???
>>311
あ、私は305氏じゃないです
栗林が名将なのは私も同感なんですが
それをいいことに陸軍全体を持ち上げる人とか
出やしないかと…って

左派トリオの存在を持って
海軍には開戦の責任はありませんよー
陸軍が全て悪いんですよー
と類似の陸軍版が出ないかと…


314 :元32(予備役少佐):2006/11/19(日) 09:30:18 ID:???
>>313
申し訳ない。勘違いをしました。
おっしゃることの趣旨には同意です。

一部をもって
陸軍全体を美化することなんて到底できません。

315 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 09:54:41 ID:???
>>295熱狂的山百合教徒が知ったら発狂しそうな譬えですなw

ヒデキ=瞳子は妙に頷けてしましたが。電気カミソリですかな?w

316 :名無し三等兵:2006/11/19(日) 12:52:57 ID:ShXZTVK+
「戰爭裁判は野蠻人のすることだと思ふ。
 食人種の部落の喧嘩で勝つた方が首祭りをするやうなものだ」
                    大達茂雄文部大臣(昭和29年)

「國への忠節、禮信、武勇、信義、そして質素。畏くもかつての
 明治天皇の軍人へのお諭しは、時代が變つても、斷じて忘却してはならない金言であります」
                    石田和外元最高裁長官(昭和54年)

「日本は天皇を中心とした神の國」       森喜朗首相(平成12年)


317 :291:2006/11/19(日) 21:40:24 ID:???
『闘魂 硫黄島』は栗林大将の強引さや司令部の軋轢を記述してる点で、
堀江少佐のクセも含めて興味深い記録ではあります。

堀江少佐自身、父島の揚陸地点でモタモタしてる兵士に焦れて殴打した
そうなので、小笠原兵団の将校はみな、重圧でどこかおかしくなってい
たのかもしれません。
良くも悪くも、筆舌に尽くし難い精神的重圧にさらされていたのでしょう。

>栗林が転属させられた僅か3ヵ月後に、留守近衛第2師団は「近衛第3師団」
に改編されましたから(辞めさせられていなかったら、栗林は東京で正規の
近衛師団長)、まあ >>291 のボヤキも実際あったかもしれません。

辞めさせられていなかったら、8.15深夜に狂人どもに切りつけられていたか
もしれませんね。


318 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 21:48:27 ID:???
>>295 >>熱狂的山百合教徒が知ったら発狂しそうな譬えですなw

まあ、水野蓉子様が「中原に鹿を追う」器であることは間違いのない事です。
抵抗は無意味でしょう。

319 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 22:06:50 ID:RzdsKCNR
>>311 >>それも連合艦隊・海軍航空がほぼ戦力を喪失しているという、
>>『陸軍では一部しか知らなかった』情報

泣けてきますよw。そりゃ負けます。

>>317 >>辞めさせられていなかったら、8.15深夜に狂人どもに
>>切りつけられていたかもしれませんね。

まあ、宮城事件は「近衛第1師団」が舞台ですが、その可能性もあったかも
しれません。ちなみに栗林中将が指揮するはずだった(?)「近衛第3師団」
は終戦時、千葉県成東にあって連合軍の『関東上陸作戦』に備える役目でした。

これを因果というか、どちらに転んでも、戦争が長引いていれば米軍の上陸を
迎え撃つことになりますw。

320 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 22:22:50 ID:RzdsKCNR
>>296 >>超一級サイト ttp://imperialarmy.hp.infoseek.co.jp/general
>>/gunjin.html の『陸軍人国記』の項目を見れば、他の人も話が早い

このサイト名の元ネタが『陸海軍人国記』(伊藤金次郎著、芙蓉書房出版)
であることは容易に想像がつくでしょう。蓉子さまの「蓉」は、芙蓉の蓉w。

古書店に逝きますと昔の箱入りのが転がっていますが、去年に新版が出まして
新刊書店でも入手が可能です。お値段が3800円プラス税とお高めですが、
講談調の語り口がなかなか面白いです。また著者自身が自称しているように、
「絶対に人を悪く言わない」のが特徴ですが、ここまで昇華されると最早芸です。

この本のお勧めなのは、「支那事変」真っ最中の1939年4月(発刊)の軍人評が
書かれていることです。太平洋戦争前というのが大きなポイントですね。ですから
いわゆる太平洋戦争で名前を挙げた(栗林中将などは典型例)人は扱いが小さいか、
全く記述が無い場合が多いのですが、その当時の雰囲気がわかって非常に面白いです。

321 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 22:40:00 ID:RzdsKCNR
掛け値なしに面白いのですが、読む人に相当程度の「陸海軍人知識」が
ないとその価値は半減してしまうでしょう。ですから上級者向けの本で
あり、あまり自信の無い人にはお勧めしません。

テレビの「ものまね王座決定戦」で、元ネタが分からないとちっとも
面白くないのに似ていますw。参考までに「永田鉄山」のくだりを
要約してみましょう。

永田鉄山は、諏訪の高島藩御典医の家系、永田志解理の3男であった。
幼時、家計はすごぶる貧困、ほとんど一家離散の有様だったので彼は
遠縁にあたる北アルプス山麓・穂高村の豪農、轟亭の下へ預けられた。
後年、鉄山の最初の夫人となった文子は、轟亭の2女だった。小学校を
卒業した彼は、東京にいる実兄・陸軍中佐、永田十寸穂を頼って上京、
はじめて幼年学校への入学の便宜を得たのである。

322 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 22:46:57 ID:RzdsKCNR
この本の良いところは、こうした一般に知られていない「出身ネタ」
が豊富に取り上げられている事です。

例えば、永田鉄山という名前ですが、現代だったら100%学校で
イジメに合うような特徴的なものです。つーか、存命当時でも異様な
インパクトがあったでしょうw。

それでも父親である永田志解理、実兄である永田十寸穂に比べれば
まだマトモな名前である事がよく分かります(核藁)。ひょっとして
諏訪地方にはこうした名前の方が多いのでしょうか?w

323 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 23:18:21 ID:RzdsKCNR
少しスレ違いの話が続きましたが、たまには良いでしょうw。さて小出しに
続けてきた「上官殺害」のテーマですが、とっておきの『デカイ話』を最後に
取り上げて締め括りとしたいと思います(でも死者は無し)。「日本軍の質」低下
の話にも繋がって来ます。舞台は1942年12月末、北支那方面軍です。

名前は「館陶(かんとう)事件」と言い、北支那方面軍のみならず陸軍中央も
驚愕させましたw。当時は「報道管制」が敷かれて一般には知られていません
でしたが、戦後の戦史叢書『北支の治安戦2』などには載っています。

場所は、北支・済南(山東半島の根本)西方150キロの河北省との境にある
山東省・館陶県・館陶です。ここには第12軍(司令官:土橋一次中将)に
属する第59師団(柳川梯中将)・歩兵第53旅団・独立歩兵第42大隊・
第5中隊が駐屯していました。

この第5中隊から、転属命令を受けた兵6名が1942年12月27日に
暴動を起こしたのですが、それが結構シャレにならない具合になりましたw。

324 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 23:30:00 ID:RzdsKCNR
この6名の兵の内訳は以下の通り。●兵長1名 ●上等兵4名 ●一等兵
1名(いずれも3年兵)。 

前の方にも書いている通り、「転属」とは中隊で使い物にならないと判断された
「いらない子」を、これは良い機会とばかりに他部隊へ放り出すことです。

転属させられる兵からすれば、今まで慣れた部隊を追い出されて全く知らない
部隊に出向する訳ですから、喜ばしい事ではありません。むしろ不満タラタラ
なのが普通です。関連会社に飛ばされる民間企業をイメージすれば分かり易い
でしょう。今までの部隊で全く評価されないので、新しい部隊で心機一転と
決意する兵も中にはいましたが……。

特に関西人ばかりの部隊に東北の兵が1人、九州人ばかりの部隊に関東の兵が
1人(幾らでもパターン有りw)混じるとなると、郷土連隊で団結が強い反面、
余所者には辛い運命が待っています。

325 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 23:40:40 ID:RzdsKCNR
「館陶事件」が起こった第59師団(支那で編成)は元々転属者の
集まりです。1942年4月に八路軍対策の「治安師団」として
独混第10旅団を基幹として編成されました。

転属者の元の部隊は、独混第5旅団、独混第6旅団、独混第7旅団
など様々ですが、転属させられる兵は「飲酒癖」や「粗暴な振る舞い」
が多く見られた者ばかりで、やはり厄介払いという言葉が相当でした。

第59師団はこのように団結と伝統を欠き(郷土連隊とは全く逆)、
軍紀も乱れがちだったのですが、事件を起こした兵達は4月に転属
させられたばかりなのに、またまた転属させられるとのこと。

一体どういう質の兵隊達だったのか?、また転属続きでいい加減に
「ヤケクソ」気味であったのも想像できるのではないでしょうか?

326 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/19(日) 23:48:27 ID:RzdsKCNR
さて1942年12月27日、年の瀬も押し迫ったある日、転属命令を
受けた兵6名は不満タラタラの状態です。

飲酒大酔のうえ、中隊長や准尉・下士官たちに侮辱的な暴言を吐き、殴打
暴行を加えました。こうした暴力は1回だけでなく、再三に渡って執拗に
行なわれたと言います。

その後には「衛兵所」に乱入して小銃を乱射して、手榴弾を投げて暴発
させるという最早シャレにならない事態にまで発展しますw。中隊長以下の
将校・下士官を『皆殺しにする!』と叫んで、小銃を乱射しながら追いかけ
回します。

中隊長室・将校室・下士官室、果ては隊外に出て県公署や民家までメチャクチャ
に破壊するという乱暴狼藉の限りを尽くしました。

327 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 00:00:13 ID:Ziw7Koyo
この転属兵6名の暴虐に対して、中隊長以下は全員、外に出て逃げていますw。
また、いかなることがあっても死守しなければならない「衛兵」任務の兵まで
もが衛兵司令以下、持ち場を離れて逃げ回っていました。

この事件の結果、第12軍司令官・土橋一次中将、第59師団長・柳川梯
中将、旅団長、大隊長が責任を問われて退役となり、中隊長は引責自殺を
遂げます。

また事件の死者は出ませんでしたが(負傷者はありw)、乱暴狼藉を
行なった兵の首謀者2名は『死刑』、無期懲役1名、懲役6年2名、
また禁固刑が8名という結果となりました。まあ、全員死刑にならな
かったのが不思議と感じるのは自分でしょうか?w

また転属させられるはずだった兵6名と処罰を受けた人数が合いませんが
持ち場を無断で離れた兵も巻き添えで喰らっているのでしょう。

328 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 00:19:59 ID:Ziw7Koyo
>>327 >>兵の首謀者2名は『死刑』、無期懲役1名、懲役6年2名、

まあ、おそらく転属させられる兵は6名ですが、乱暴狼藉のほとんどは
死刑になった2名(プラス無期懲役の1名)でやったのではないかと
想像されます。

329 :名無し三等兵:2006/11/20(月) 03:35:29 ID:???
ひょっとすると、沖縄の在日米軍兵士のレベルって・・・・・・

急に怖いリアリズムが背筋を駆け抜けますた。

330 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 22:11:32 ID:H7SfbVuA
>>329 >>ひょっとすると、沖縄の在日米軍兵士のレベルって・・・・・・

なんですか? 在日米軍兵士は小銃や手榴弾を暴発させたり「上官殴打」が
日常茶飯事なのでしょうか?w

>>327 の補足 >>この事件の結果、第12軍司令官・土橋一次中将、第59師団長・柳川
>>梯中将、旅団長、大隊長が責任を問われて退役となり、中隊長は引責自殺を遂げます。

中隊長はおそらく自決を強いられたのでしょう。ひょっとしたら本当に自殺かも
しれませんが。将校が軍法会議にかけられるのは余程のことであり、陸士出身者は
まずありません。幹候出身の下級将校の場合は別ですが、軍法会議を行なうと上級者
の責任問題に発展しますから、その前に「死んで水に流す」ことも多々ありますw。

上記の「館陶事件」の場合、中隊長が引責自殺しても軍団司令官以下、退役に追い
込まれていますから余程、問題視されたと思われます。まあ、一罰百戒的な面も
あったのでしょうか。

331 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 22:37:34 ID:H7SfbVuA
ちなみに第12軍司令官:土橋一次中将のその後は、

1943年3月1日に「参本附」となり、1943年4月14日に待命、4月20日に
予備役編入です。ただし終戦間際の1945年4月1日に再召集されて、
熊本師管区司令官で終戦を迎えています。

また第59師団長だった柳川梯(やすし)中将は、

軍司令官と同じく1943年3月1日に「参本附」、4月15日に即予備役編入。
しかし1944年7月8日に留守54師団長として再召集され、1945年3月19日に
第132師団長(大阪)として返り咲いています。終戦時は支那の当陽です。

「なーんだ」と思うかもしれませんが、しかし2人のキャリアが一旦「終わって」
いるのは事実です。むしろ、本土決戦を目前にして「泥縄式」に膨大な師団を編成
している中で、師団長になりうる階級者が絶対的に不足してたからこそ、お呼びが
かかったと言えるでしょうw。

332 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 22:58:52 ID:H7SfbVuA
また「日本軍の質低下」の話に戻りますが、1つ面白いケースを見つけましたので
取り上げてみましょう。

部隊は第40師団(善通寺)。場所は「大陸打通作戦」中の衡陽付近。時期は
1944年8月前後です。

悪戦苦闘だった『衡陽攻略戦』も一段落ついて人心地ついている頃です。引き続き
「桂柳攻略戦」は実行されるのか? 今度こそ補給が途絶して「インパール作戦」の
二の舞になるのではないか? サイパンもグアムもテニアンも陥落・玉砕した今、
大陸打通作戦を継続して何の意味があるのか? 米軍の支那沿岸上陸に備えて東に
戦線を収束するべきではないのか? などと論じられている時です。

第236連隊(第40師団)に600名もの補充兵がやってきたのです。ところが
連隊副官が、軍司令部から補充兵を受領してみると驚きます。

333 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 23:19:45 ID:H7SfbVuA
戦力の増強になると喜んでみたら、補充兵のほとんどが35歳前後の
『未教育兵』だったのです。しかも内地から衡陽までの長遠な輸送と行軍、
それまでの粗悪な「給養」によって衰弱の極みです。あなたが今から徒歩で
中国の衡陽(湖南省)まで逝くことを想像してみて下さいw。

日本軍の占領地内の移動は「徴発」が制限され、正規の「給養」だけでは
作戦部隊がとても食っていけないのは既に述べました。とても「明日から
第一線で戦え」と言えるような状況ではありません。

連隊の中隊長のなかには「足手まといになるばかりだ。中隊への配分は
御免こうむる」と補充兵を拒絶する者もいたそうです。しかし連隊・大隊
本部で面倒を見る訳にもいかず、結局、各中隊に配属されました。

しかし、これら『未教育兵』を教育する時間がとてもありません。仕方が
ないので、連隊では中隊に「まず生き延び方を教え、当分は第一線に出すな。
作戦間に自然に慣らせ」と指示しました。

334 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 23:33:19 ID:H7SfbVuA
しかし、これら補充兵が到着してから1週間も経たずに、作戦行動が
始まりましたから(桂柳攻略戦の開始)、悲惨な結果は目に見えています。
部隊教育どころか、ここに辿り着くまでの疲労も抜け切っておりません。
途中から不眠不休の行軍が始まると当然、落伍につぐ落伍となる訳ですが、
これはまた別の話…。体力も回復していなかった訳です。しかも二等兵w。

さて未教育『兵』にも手を焼きますが、さらに困ったちゃんが現れます。
補充兵の中に十数人の『少尉』がいた訳ですが、いずれも40歳過ぎの
地方の名士といった人間たちです。

「もう好きにしてくれ」といった具合です。あなたの会社に何も分からない
(でもバイトではなく正社員)40歳過ぎの中途が大量に入って来ることを
思い浮かべて下さい。ある意味、これ以上ない悪夢ですw。

335 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 23:45:34 ID:H7SfbVuA
もちろん、これら『40歳過ぎの少尉達』の処遇が連隊で問題になった訳ですが、

「将校だけを特別扱いする訳にはいかぬ。少しでも連隊で教育した後、
 中隊に配属しよう」と教育計画が立案されます。

しかし彼らに第一線の小隊長として戦場を疾駆する気力も体力もなく
(中には意気込んでいる人もいましたが)、ほとんどが愚痴をこぼし、
望郷の念を訴えて自信が無さそうにしています。

これら40歳過ぎ少尉の教育を担当された方は、「第一線に出す以上、
中隊のプラスにならないまでも、マイナスになってはならぬ。一週間程度
の集合教育で成果を望むのは無理でも、心を鬼して小隊訓練を施そう」と
決意されました。メチャクチャ偉い方です。実は20代の方ですが…。

それで結局、オイチニ・オイチニから始まりまして、不動の姿勢から
行進など、初歩中の初歩から訓練を始めたそうですw。

336 :名無し三等兵:2006/11/20(月) 23:54:09 ID:???
なぜか予備自の召集訓練を連想してしまう…

337 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/20(月) 23:55:54 ID:H7SfbVuA
>>335 >>メチャクチャ偉い方です。実は20代の方ですが…。

この方が当時を振り返って曰く、40代の少尉達をこう述べています。

「長年の地方生活で軍紀とくに服従の観念が薄れ、戦場ではデタラメを
 やっても見逃される、と思っている節がある。任務の遂行や責任の観念
 は、さらに欠けているようだ。

 これらを放置したまま第一線に出せば、彼らは生き残れないであろう。
 若い中隊長に服従し、中隊に溶け込み、皆と共に苦労する気概が無ければ
 生き残れないからだ。だがその気にさせるのは、言葉や一片の訓示では
 不可能だと思う。僅かの時間だが、体で覚えてもらう他はない。そのため
 には迂遠で場外れのようだが、(オイチニなど初歩的な)制式訓練が適当
 だと考えた」

頭が下がります。さすがに士官学校を出ている、としか言い様がありません。

338 :名無し三等兵:2006/11/21(火) 01:05:06 ID:???
彼らは生き残れないであろう
と、おもたのかもしれんが、生き残るために必要な訓練を行うとは言わなかったのだろうな。
どの道、自分が負うべき責任ではない品、というのが本音。公言したことはないにしても

339 :だつお:2006/11/21(火) 03:26:24 ID:ra2fBm5f
太平洋戦線を放棄して大陸打通に専念していれば、皇軍の損害は減り
敵の損害は激増していたろうな。そもそも大陸打通作戦にとってかわる
だけの優れた作戦は他に見当たらないのだから、そうとしか言えない。
違うというなら、太平洋戦線で皇軍が勝利する可能性を示すべきだ。

340 :名無し三等兵:2006/11/21(火) 21:10:07 ID:???
中国軍の将軍が部下の参謀に聞いた。
「日本軍と交渉するときはいったい誰を相手にすればよいか?」
部下答えて曰く
「少佐と中佐と大佐です」

341 :名無し三等兵:2006/11/21(火) 21:34:37 ID:???
軍板厨コテの典型例の階級だな。
これに中尉が加われば完璧だ。

342 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/21(火) 22:17:50 ID:iRITZwWK
>>338 >>彼らは生き残れないであろうと、おもたのかもしれんが、

ところがどっこい、上記の「40代少尉達」は全員生き残っています。戦病には
冒されましたが、連隊の『戦没将校名簿』には名前が見当たらなかったそうです。

炎熱下の「オイチニ訓練」の後、教育を担当された方は「40代少尉達」に
その所感を求めますと、

「ここまで来て、オイチニとは驚いた。肩がこり、腰が痛んでかなわん」
「女房、子供には見せたくない動作だった」などと散々な感想でしたが、
>>337 の理由を彼らに説明しますと、神妙な顔付きになったとい言います。

40代少尉達が生き残れた理由として、訓練の最後に「小隊には14年度徴集(1939)
の熟練した連絡係下士官が居る。(戦況が)手に余れば、彼らに(指揮を)任せて
しまってもよい」と餞(はなむけ)たせいもあるかもしれないと振り返っています。

343 :名無し三等兵:2006/11/21(火) 22:32:47 ID:???
>>340
それは八路軍かね?

344 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/21(火) 22:50:00 ID:iRITZwWK
要するに「後は任せた」と下士官に任せて、自分は後方に下がって
しまう訳です。情けないこと限りないですが、下手な指揮を取られて
小隊が全滅する(or 味方に後ろから撃たれる)よりはマシでしょう。
でも「日本軍の質低下」どころの話ではないですね。こんな状況はw。

こういう例を考えますと、『オ父サンノセンサウ』の主人公である小長井
大尉は42歳で「上海決戦」の最前線で中隊の指揮をバリバリ取っている
訳ですから、鍛え方がハンパではありません。

>>337 の補足。>>頭が下がります。さすがに士官学校を出ている、
>>としか言い様がありません。

ちなみに「40代少尉達」の教育の責任者となったのは若干24歳の
大尉です。自分は20代後半ですが、自分が24歳の時に、たとえ
1週間でも40代の人間十数人の教育を任されたとしたら、きちんと
出来たか自信がありませんw。企業で考えてみると良いでしょう。

345 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/21(火) 23:10:20 ID:iRITZwWK
こういうのは「年齢より階級が全て」という感覚が刷り込まれていなければ
とても無理で、やはり陸士で正規の教育(思考改造)を経ている必要がある
と思いますw。「新品少尉」の時は、小隊長でも周りの下士官の方が実力も
経験も豊富で、年齢も遥かに上ですからね。そういうのをたとえ形の上だけ
でも指揮しなければならないのは大変です。

>>でも「日本軍の質低下」どころの話ではないですね。こんな状況はw。
>>若干24歳の大尉です。

ちなみに「24歳の大尉」は第236連隊(第40師団)の連隊作戦主任
です。作戦主任とは言っても、実際に動いてもらう大隊長は自分よりも
上級の少佐が通常ですから、こちらが頭を下げてお願いして動いてもらう
必要があります。メチャクチャ大変です。

ところが大隊長も28歳で少佐などと、ビックリするほど若かったりしますw。

346 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/21(火) 23:39:12 ID:iRITZwWK
>>337 >>若い中隊長に服従し、中隊に溶け込み、皆と共に苦労する
>>気概が無ければ生き残れない

小長井大尉(42歳)のような中隊長がいる一方、陸士出の士官は
22歳で中尉・中隊長(第37師団・第227連隊:1944年春当時)
なんて極端な例もあります。後者は『歴戦1万5000キロ 大陸
縦断一号作戦従軍記』の著者です。

要するに、師団数が膨れ上がるにつれ「将校」の数も不足してきます。
少尉・中尉ぐらいは幹候や召集将校(30、40代もいるでしょう)で
間に合わせられますが(9:1〔陸士出〕)、それより上の大尉・少佐
ともなると、どうしても正規の陸士出身者を当てざるを得ません。

ただでさえ数が少ないのに、追い討ちを掛けるように戦死や戦傷が相次ぎ
ますから、24歳で大尉・連隊作戦主任、28歳で少佐・大隊長など急速に
若返りが進むことになります。もちろん戦争末期の話ですがw。

347 :名無し三等兵:2006/11/21(火) 23:49:01 ID:???
それは米軍でも同じこと。
まあ米軍だけでもないか。

348 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/22(水) 00:06:52 ID:oUsdN8C3
もちろん若くして「連隊作戦主任」や「大隊長」となっても、経験不足は
否めないでしょう。たとえ陸士出であってもです。まあ、短期間での戦闘
キャリアは、平時と比べ物にならないほど豊富でしょうが……。

ちなみに支那軍がなぜ弱いかと言えば、あまりに上級指揮官の年齢が若過ぎる
というのもあります。ありていに言えば、大部隊を動かす経験不足です。

対照的に『オ父サンノセンサウ』の小長井大尉(42歳)は、1940年に
宜昌作戦で戦傷死して少佐に昇進しますが、その時は旅団副官でした。

もしこの時、戦死せずに1942、3年ぐらいまで戦い続けていれば、生きて
少佐に昇進して「大隊長」に転出し、そのまま終戦を迎えていたのでは
ないかと想像されます。しかし小長井鑑重が大尉になったのは1936年です。

二等兵から身を起こしたせいもあって、やはり気の毒になるくらい昇進が
遅いです。うかうかしていると定年(48歳:大尉)を迎えますw。

349 :名無し三等兵:2006/11/22(水) 00:26:05 ID:???
340は実際は責任者であるはずの将軍クラスに実権がない日本軍を皮肉った
アネクドートなんだが。何で紹介されていたのか出典を忘れた。

350 :343:2006/11/22(水) 01:22:00 ID:???
なるほどそれなら合点がいく、すまない同務。

351 :名無し三等兵:2006/11/22(水) 14:33:36 ID:???
そう言えば戦中派の父親の昔話ですが、大戦中の学校の配属将校。
最初は若い少尉(予備士官でしょうか)、えらく張り切っていてしごきまくり、
生徒に嫌われてました。

その人の出征で次にやってきたのが年くった中尉。わりと物のわかった人だった
ので人気はあったのですが、やっぱり出征。
後年インパール作戦の本を読んだら、命令受領したまま行方不明になったらしい。

最後に中佐殿がやってきたというのでみんなビビッたら、大分前に退役した商店
の旦那さんで、しかも生徒の父兄。
本人も「みんなそこに座れや、腹へってるし適当にな」と、一番楽だったそう
です。

352 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 00:05:55 ID:n6DqjRkL
>>349 >>340は実際は責任者であるはずの将軍クラスに実権がない日本軍を皮肉った
>>アネクドートなんだが。何で紹介されていたのか出典を忘れた。

そりゃ「オチ」まで説明しないと分かりませんよ。自分も「???」でしたw。
階級が上になるほど働かなくなるというのは感心しません。日本軍の場合、変に
日露戦争で「大山巌と児玉源太郎」、あるいは「東郷平八郎と秋山真之」などで
成功したため、作戦は参謀に任せて将帥はドシッと構えて責任だけ取ればいい
なんて都合の良い解釈というか、怠慢が許されるようになりました。

太平洋戦争でその悪い面が出た感じです。また中堅参謀のやりたい放題も招く
結果となりましたw。誰の事かは言うまでもないでしょう。TとかHとか…w。

南雲忠一が第一航空艦隊司令長官でよしとされたのも、源田実や淵田美津雄などが
きちんと補佐すれば務まるという考え方でしょう。トップが胡坐をかいているよう
では戦争に勝てません。

353 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 00:33:56 ID:n6DqjRkL
>>348 >>ちなみに支那軍がなぜ弱いかと言えば、あまりに上級指揮官の年齢が
>>若過ぎるというのもあります。ありていに言えば、大部隊を動かす経験不足です。

端的に言えば「黄埔軍官学校」の第1期生は1924年の入学です。20歳前後に
入校したとして、1937年では35歳未満。終戦時の1945年でも40歳を
少し超えた程度です。第1期生でこれですから、どう考えても若過ぎますね。しかも
第1期生は(第2期生あたりも)北伐で大部分が戦死傷して姿を消していますから、
ほとんど残っていませんw。

1944年当時でも、国府軍の高級将校のほとんどが50歳以下でして、戦区の
総司令や軍長・師長のなかには40、30歳代の者までおり、とにかく大部隊を
動かす経験に欠けていました。ちなみに日本軍将官のほとんどが50歳を超えて
います。

354 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 00:53:44 ID:n6DqjRkL
蒋介石は「黄埔軍官学校」の校長でしたが、それ故にこれら教え子の将校が
どうしても『若僧』に見えて仕方がなかったようです。

「いつもこれらの若僧が何か取り乱したりしないかと、安心していられなかった。
 ……どんなことでも彼らがすることに安心していられず、様々な形で彼らに
 干渉し、しかもその干渉は過剰なものだった」

ここから蒋介石の『指揮系統無視』の「直接命令」問題が出てくる訳ですが、
また別の話…w。

>>ありていに言えば、大部隊を動かす経験不足です。

例えば、連隊1つ取ってもマトモに動かすのは大変なのです。先の24歳大尉・
連隊作戦主任の失敗談ですが、参考として例に挙げてみましょう。

355 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 01:07:25 ID:n6DqjRkL
時期は「大陸打通作戦」(1944年後半)。衡陽が陥落して「桂林攻略」を
目指して各師団が進撃中の話です。

中継点まで各部隊がヨーイドンで「一番乗り」を争う状態となりまして、
「24歳大尉・作戦主任」の連隊は山岳を突っ切る必要に迫られました。

ところが周辺の地図が全くない悲しさ、連隊に所属する大隊3つをそれぞれ
3方に分けて進撃させたはずが、結局、通行可能な道が1本しか存在せず
大隊3つがズラズラと並んで進み、一番最後に連隊本部がくっつくという
無様なものとなりました。普通は、先頭の大隊の直ぐ後に連隊本部が来る
ものです。

もちろん一番乗りどころか、他部隊に比べても大幅に到着が遅れる結果と
なりましたw。

356 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 01:15:08 ID:n6DqjRkL
しかも後で上級師団の参謀から、

「猛将***は、案外臆病なんだね。共橋に出る時は3個大隊を前に出し、
 連隊本部は一番後ろをついてきたそうじゃないか? 1個大隊を前兵に
 出すのが常道だろ。一体どうしたんだ?」

と半分冷やかし、半分真顔で尋ねられる始末w。「24歳大尉・連隊作戦主任」
は、ありのまま地形の見間違いの結果であることを説明し、

「そもそも、もたもたが多かったのは地図が無かった所為です。なぜ……」

と逆襲したつもりが、

「地図が無いのは君の所だけじゃない」と逆襲されてグウの音も出なかった
とのことですw。しかもこの失敗が後々に影響してきます。

357 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 01:23:31 ID:n6DqjRkL
この「24歳大尉・作戦主任」の連隊は3個大隊を保有していましたが、
その内の1つの大隊を「師団直轄」として取り上げられてしまうのです。

つまり連隊には2個大隊しか残りません。全軍挙げての追撃戦の最中、
規定の3個大隊があれば、包囲・迂回・先頭を交代で不断の突進などが
至って容易なのですが、たった2個大隊では戦術の幅が全く無くなって
しまいます。そのために師団参謀に不満をぶつけ、

「2個大隊と3個大隊では、戦の仕方がまるで違う。従って速度が違う。
 なぜ**大隊を取ったのか?」と問うと、

「共橋では3個大隊を指揮させたが、使いこなせなかったじゃないか?」
とこうきますw。

358 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 01:29:20 ID:n6DqjRkL
「地図もない一本道の山塊に突っ込ませておいて、使いこなせなかった
 とは酷い! 使い道がなかっただけだ。道があると思って使ったら、
 3個大隊が前兵になる無様になった」

「いやあ、3個大隊は重い。2個ぐらいがちょうどいい」

「というのは、連隊に指揮能力がないという意味か?」

「そうじゃないが、どの連隊も3個大隊になれば重くなる。通信能力の
 せいだろう」

「重いと感じた事はない。大体、連隊固有の編成(3個大隊)で作戦した
 のは2回だけだ。重いと感ぜられたなら、その原因は師団が全般状況、
 特に隣接部隊の状況を知らせてくれなかったのに一因がある。そもそも…」

「まあ、そう怒るな。必要なときは固有編成をとる」

359 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 01:45:08 ID:???
要するに3個大隊では重い。指揮が鈍重になり、部隊の腰が重くなる
ということで信用が置けなかったようです。

しかし連隊の保有が2個大隊では、先頭部隊の交代がきかず、
追撃は非常に厳しいものになったようです。

360 :名無し三等兵:2006/11/23(木) 02:02:58 ID:???
>>351
ソレは水木しげるのニューギニア戦記で読んだ

361 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 22:22:58 ID:i5F/NQd8
一連の「24歳・連隊作戦主任」の話は、もうお気付きの方もいると思いますが
『桂林作戦』の著者、佐々木春隆氏のエピソードです。

1940年に陸士卒(54期)。第40師団(善通寺)に所属して5年余り、華中・
華南を転戦しました。最終時は大尉。戦後は自衛隊で陸将補まで進み、防衛大学校
教授(陸上防衛学)も務めています。

佐々木氏の著書には『桂林作戦』の他にも、その前の話である『華中作戦』や
『長沙作戦』があるのですが(朝鮮戦争関連もあり)、後ろ2つは持っていま
せんw。『桂林作戦』が非常に良著なので、他の著作もぜひ欲しいのですが、
これがなかなか見つからないのですねえ。図書出版社の本は比較的数が多い
文華堂でも全然入荷しません。

ネットの「古書店サイト」(日本の古本屋)で探すとチラホラ見つかるのですが、
通販は面倒くさい…。店頭で買えるのが後腐れなくてベストなんですがw。

362 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/23(木) 22:50:43 ID:i5F/NQd8
>>339 >>太平洋戦線を放棄して大陸打通に専念していれば、皇軍の損害は減り
>>敵の損害は激増していたろうな。そもそも大陸打通作戦にとってかわるだけの
>>優れた作戦は他に見当たらないのだから

「大陸打通作戦」は当初から異論がありましたが、交通の要衝である「衡陽」を
陥落させた時点で、第2期の「桂柳攻略戦」を続行するかどうか再び可否論争が
始まりました。ちなみに陸軍省は全局が反対、参謀本部では作戦部(第一部)のみ
が賛成で、梅津美治郎総長・秦彦三郎次長を含めて「その他全局」が反対でした。

要するに「大陸打通作戦」の後半部分は、作戦部と支那派遣軍(および実行部隊
である第11軍)が強力に推進した訳です。もちろん作戦課長だった服部卓四郎
の影もチラ付きます。

反対派の論拠としては、既にマリアナ諸島も玉砕して、次の戦場はフィリピンか
台湾だろうと予想されていました。南方航路の遮断が目的であり、支那沿岸に
米軍が上陸する公算も高いと見なされていました。

363 :77:2006/11/24(金) 04:56:29 ID:???
>>361
> 佐々木氏の著書には『桂林作戦』の他にも、その前の話である『華中作戦』や
> 『長沙作戦』があるのですが。
> ネットの「古書店サイト」(日本の古本屋)で探すとチラホラ見つかるのですが、
> 通販は面倒くさい…。

イナゾウ中佐殿のコメントを拝見して、私はさっそく日本の古本屋で
上記の『桂林作戦』と『華中作戦』を注文させて頂きました。



364 :名無し三等兵:2006/11/24(金) 21:30:32 ID:???
永田鉄山が斬殺された事件の前年に陸軍パンフレットが発行されていますが
彼は陸軍パンフレットに何らかの形で関わっていたのでしょうか

いまだに血迷った相沢中佐による単独の犯行とは思えないんですが

365 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 00:10:49 ID:be6k2zRG
>>363 >>イナゾウ中佐殿のコメントを拝見して、私はさっそく日本の古本屋で
>>上記の『桂林作戦』と『華中作戦』を注文させて頂きました。

ちょっと、ちょっと。自分の買う分が無くなりますw。かなりのハイペースで
購入されているようですが、買うだけ買って棚の肥やしにするのはダメですよ。

>>364 >>永田鉄山が斬殺された事件の前年に陸軍パンフレットが発行されていますが
>>彼は陸軍パンフレットに何らかの形で関わっていたのでしょうか

通称『陸パン』(陸軍パンフレット)作成の中心人物は、池田純久少佐(当時、
軍務局軍事課員で政策班長)と清水盛明少佐(新聞班員)だったと言われています。

池田の言によれば、満井佐吉中佐(新聞班員)も関わっていたとのこと。当時、
軍務局長だった永田鉄山の点検と承認を受け、さらに陸軍省各局の同意を求め、
最後に林銑十郎陸相の決済を受けたようです。

366 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 00:28:31 ID:be6k2zRG
上記のエピソードは『近衛新体制』(伊藤隆著、中公新書)に拠ります。

>>364 >>いまだに血迷った相沢中佐による単独の犯行とは思えないんですが

永田斬殺の前日に、相沢中佐は「西田税」の家を訪ねています。西田宅には
ちょうど青年将校の『教祖格』にあたる大岸頼好大尉が遊びに来ており、
いつもの如く国政批判に花が咲いたと言います。

相沢中佐の「今、軍で一番悪い奴はだれでしょうか?」の問いに、大岸大尉は
「そりゃあ、永田でしょうなー」と笑って答えたというエピソードがあります。

当時、相沢中佐(22期卒)は47歳であり、大岸大尉は36期卒で
14期も年下です。しかし相沢中佐は「大岸先生」と呼ぶほど心酔しており、
大岸の言を冗談とも取らず、まともに受け取ってしまったかもしれませんw。

また、その深夜に相沢中佐は明治神宮で栗原安秀中尉と密会しています。

367 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 00:49:00 ID:be6k2zRG
>>362 の続き。>>反対派の論拠としては、既にマリアナ諸島も玉砕して、
>>次の戦場はフィリピンか台湾だろうと予想されていました。南方航路の
>>遮断が目的であり、支那沿岸に米軍が上陸する公算も高いと見なされ

要するに米軍は東(太平洋戦線)から日本の生命線に攻め寄せている。にも
拘わらず、主敵に背を向けて「桂林」に行って何になる? 国家の存亡が
懸かっているのに、あさっての方向に逝く馬鹿はいない、という事です。

「衡陽」で大陸打通作戦を切り上げて、戦備を東(支那沿岸)に向けて
一大転換すべき時である、という主張が根強かったのは事実です。

また、●桂林までは衡陽からでも400キロあり、●補給が続きそうになく、
●下手したら第二次長沙作戦・インパール作戦の二の舞になる 

という理由もありました。

368 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 01:03:39 ID:be6k2zRG
しかし『大陸打通作戦』は桂林まで攻略して完遂されています。
上記の反対論を覆した理由として、以下が挙げられます。

そもそも「大陸打通作戦」はB29基地の覆滅とともに、在支米空軍基地を
奥地に追いやることによって『南方航路』の安全を確保することが主眼と
されました。

ところで米軍の次の目標は、台湾かフィリピンであり、その防衛が日本の
運命を左右するだろう。また「航空決戦」が勝敗のカギを握ることは間違い
ない。もし在支那の米空軍基地が使用可能であれば、台湾やフィリピンが
東西から挟撃されることは避けられず、日本軍は著しく不利になる。

よって桂林・柳州への侵攻(大陸打通作戦の完遂)は、フィリピンや台湾
防衛の支援に繋がる、といった理由によるものでした。

369 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 01:22:10 ID:be6k2zRG
上記の「大陸打通作戦」の完遂が、台湾・フィリピン防衛の支援に繋がる
という賛成派の理屈に対して、反対派の意見は『戦機に間に合わない』でした。

しかし反対派の「作戦を中止にして戦備を東(支那沿岸)に転換する」という案は
『それこそ戦機に間に合わない』ものです。米軍の支那上陸に備えて、上海や広東の
防備を固めようとしても、フィリピンや台湾防衛という直近に迫った日米決戦には
何の寄与もせず、100万の支那派遣軍が「巨大な遊兵化」するだけです。

結局、支那派遣軍が「日米決戦」に寄与する方法は、大陸打通作戦を完遂して
桂林や柳州の在支米空軍をフィリピン・台湾での「航空決戦」に参加させない
以外に無い、という点にまとめられます。

戦争全体の帰趨は明らかに「航空決戦」が支配しており、支那沿岸を米軍上陸に
備えて固めても意味が無いということでした。

370 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 01:32:14 ID:???
メチャクチャ複雑な話で、上手くまとめる事が出来たとは思えませんがw、
以上が「大陸打通作戦」の可否論争です。

「大陸打通作戦」の是非を考える上で参考にしていただければ幸いです。

もちろん当時の全戦局で「勝利」を挙げているのが「支那戦線」に限られ、
国民の志気を維持するためにも「世紀の大作戦」の敢行が求められた面も
あります。まあ、これは純軍事的な理由ではありませんが。

371 :名無し三等兵:2006/11/25(土) 01:49:46 ID:???
少佐と中佐と大佐です

372 :名無し三等兵:2006/11/25(土) 04:30:03 ID:???
つーかその時点で攻勢を発起することができる方面が他になかっただけ
という気もしますが。何とかして戦略的な主導権を一部でも取り戻そうと
絶望的な足掻きをしているようにしか見えません。

373 :俄将軍:2006/11/25(土) 09:29:55 ID:???
第二次アキャブ作戦、インパール作戦、大陸打通作戦は、連動しているという
ことになるのか、などと、嘯いてみたり。

374 :名無し三等兵:2006/11/25(土) 15:00:46 ID:???
質問してもいいかどうかわかりませんが。
東條英機の東亜構想は、満洲式の内面指導を全国展開したかった様ですが、彼の同志であった永田鉄山は満洲や朝鮮の自立に賛成していたと聞きます。
永田については、かつて朝鮮貴族と懇意にしていたという話をどこかで読んだ様な記憶がある反面、満洲その他における朝鮮人の不当行為には非常に批判的な感想を持ってもいたと思います。
一方で、八紘一宇の理想実現についての言及もしている。
一体、この辺の真意はどういうところにあるんだろうという疑問があるんです。
また、実現するとしたらどんな経緯や展開が考えられるでしょうか。

皇道派・統制派の主だった人士の東亜新秩序構想がどうなっていたのかも興味があります。
この辺は、石原の東亜聯盟あたりで為さるおつもりだったかもしれませんが。

375 :打通さん:2006/11/25(土) 15:22:55 ID:6/bWhhoi
稲造も中々わかってきたな

376 :名無し三等兵:2006/11/25(土) 17:17:51 ID:???
>>375
> 稲造も中々わかってきたな


打通さん、ステキ!!


377 :だつお:2006/11/25(土) 17:42:48 ID:UQpMR3QC
大陸打通作戦がなければ、それこそ海外に散在する全ての
皇軍将兵たちを遊兵化させることになる。

損害を少しでも小さくして無条件降伏にしたいのならマリアナ決戦
はまったくの見当違いであり、むしろ全戦力を大陸打通に投入し
海外将兵たちを救出するための往路は確保する必要がある。
比島戦線だけで50万人が死亡しているのに支那派遣軍の
行動を非難するのは本末転倒。

敵に浴びせた痛撃は,皇軍にとっては偉大な戦果であり、
それを否定したりするのはむしろ「敵への貢献」であろう。

378 :だつお:2006/11/25(土) 23:22:03 ID:UQpMR3QC
自由主義市場経済だけで万事安泰だなどというのは虚妄だ。
先進国の多くは累進課税や年金制度など、混合経済を採用している。
ハイエクやフリードマンらが考えている自由主義国家など、
世界のどこにも存在しない。

そもそも「政府」とは何のための存在するのか。民にできることは
それこそ民でやればよいのであり、全てが民で良いなら無政府状態だ。
蒋介石や宋美齢ら中国国民党幹部は、この辺が理解できなかったようだ。
中国国民党は金持ちが金でチンピラを駆り集めてそれを「政府」
だと叫んでみただけだった。

379 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/25(土) 23:57:47 ID:QmJVQwMy
>>373 >>第二次アキャブ作戦、インパール作戦、大陸打通作戦は、連動している
>>ということになるのか、などと、嘯いてみたり。

もちろん連動しています。時期的には、

●第二次アキャブ作戦が、1944年2月4日(作戦開始)〜1944年4月17日
●インパール作戦が、1944年3月8日(作戦開始)〜1944年7月5日(ビルマ方面軍
 の第15軍に対する作戦中止命令)
●大陸打通作戦が、1944年4月17日〜1944年12月10日(南寧南西で仏印への連絡路を打通)

ですから、第二次アキャブ作戦とインパール作戦は「大陸打通作戦」よりも若干時期が
早いですがね。むしろ、辻政信も絡んでいる『断作戦』(1944年7月29日〜1945年2月20日)
の方が、大陸打通作戦とそのものズバリで連動していると言えるでしょう。「断作戦」とは
インドで編成・訓練された米中軍と、雲南遠征軍の合流を阻止するために行なわれた作戦
ですね。いわゆる「レド公路」と呼ばれる、北部ビルマ経由の『援蒋ルート』の開通阻止と
言った方が正確でしょう。

380 :だつお:2006/11/26(日) 00:06:21 ID:10hxdQ/h
「中国は蒋介石」という言説について。

その論法でいけば、蒋介石が台湾に逃れた時点で中国政府は国外移転
したということになり、それはハイエクやフリードマンらの理想とする
「無税国家」「小さな政府」ということになるのではと。

何しろ中国政府はあくまで蒋介石の中華民国であってそれ以外は
存在しないのだから。中華民国は世界で最も小さな政府で中国人民
に対して税金を取ることも福祉をもたらすことも全くなかった。

381 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 00:18:48 ID:Kj3Foz0j
地理的に隔絶しているために、日本では「大陸打通作戦」と「第二次ビルマ戦役」が
全く別個に語られることが多いですが、あまり感心できません。この点、ダイレクトに
「前門の虎・後門の狼」状態だった支那が表現しているように『東西二大戦場』として
捉えた方が正確でしょう。

この辺のくだりは『衡陽攻略戦(蒋介石とスティルウェルの確執)』のテーマで
詳しく取り上げましたので、知りたい人は過去スレを探して読んで下さいw。
ttp://kamisato2.hp.infoseek.co.jp/china/(過去ログ:ue少将閣下作成)

「過去ログが多過ぎて探せねえよ!」という方は、「Ctrl+F」の検索機能で
キーワードを拾い続けると手っ取り早いでしょう。過去ログが整備されて何より
重宝させて頂いているのが自分で、一応自分もワード形式でデスクトップに保存は
しているのですが、ネットの方が段違いに早く検索できて便利でございます。

さて『断作戦』ですが、北部ビルマを通じて「インドと支那」(昆明)を結ぶ、
いわば中国側の「大陸打通作戦」と言えるでしょう。

382 :俄将軍:2006/11/26(日) 00:29:46 ID:???
>>379
何故、第二次アキャブ作戦が、インパール作戦よりも、早い時期に、というこ
とになると、同じく、インパール作戦が、大陸打通作戦よりも、早い時期に、
ということになるのは、何故、ということになるのか、などと。

第二次アキャブ作戦、インパール作戦、大陸打通作戦が、同時に、実施された
場合と、如何なる違いがあるのか、ということになるのか、などと。

383 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 00:46:40 ID:Kj3Foz0j
『断作戦』は残念ながら日本側の敗退に終わりましたので、日本側も
支那側(米軍)も、それぞれの『大陸打通作戦』が成功したという結果に
なります(イコール双方の防衛が失敗)。

しかし日本側のメインは、第56師団(久留米)、第2師団(仙台)、第49
師団(京城)の一部でしかありません。それに対して連合軍は、雲南遠征軍が
約7万2千人、米中軍が約4万人弱でしたから「援蒋ルート・打通」を少し
でも遅らせるのが精一杯だったでしょう。

支那側はいわば「表玄関」である自国領土で日本側に盛大に敗れ、「裏口」
であるはずのビルマ戦線で勝利を収めたことになります。しかし裏口とは
言っても、ヒマラヤ山脈越えの空輸に頼らない「援蒋ルート」が開けたこと
になりますから事は重大です。しかし表玄関の戦いでこれ以上ない醜態を
晒したために、米国から国府政府はサジを投げられる結果となりましたから、
得失は微妙と言えますw。

384 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 01:05:57 ID:Kj3Foz0j
さて、それぞれの「大陸打通作戦」の効果ですが、日本側は終戦末期に
『支那沿岸』を固めるために東へ撤退してしまいましたから、支那側に
与えた損害は別として、結局「水の泡」とも言えますw。

支那側は「大陸打通作戦」によって、陸上の「援蒋ルート」であるレド公路
の開通が実現しました。1945年2月には苦労して最初のトラックが昆明
に到着しています。この一時だけ見ると、補給路を磐石にした支那に軍配が
上がるようですが果たしてどうでしょうか?

結論から言えば、「レド公路」の有効性が発揮(検証)される前に戦争が
終わってしまったため、その成果は「疑問符」が付きます。そもそも道路を
「維持する」だけでも莫大な労力と費用が掛かります。

またビルマには「雨季」がありますから、たとえ北部でも7月〜11月は
盛大に雨が降ります。南部だったら1年の半分以上が雨季ですw。あの山道に
うねり曲がったレド公路の写真を見ると、道路の維持は悪夢でしょう。

385 :だつお:2006/11/26(日) 01:08:29 ID:10hxdQ/h
>支那側はいわば「表玄関」である自国領土で日本側に盛大に敗れ、
>「裏口」であるはずのビルマ戦線で勝利を収めたことになります。

ビルマ戦線は英印軍・中国軍・CBI米軍の共同戦線でしかも
蒋介石の大嫌いなあのスティルウェル中将が総司令官だぞ。

http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi-zantei/sensi-burma.html
ビルマ方面作戦

ビルマ戦線1942-1945 における損害
日本軍    戦死187500 戦傷4500         合計192000
連合側
イギリス軍   戦死7500 戦傷24000  行方不明307
英印軍    戦死8235 戦傷28873  行方不明8786
アフリカ軍  戦死 858 戦傷3208  行方不明200
米軍     戦死3349 戦傷2177  行方不明1417  合計89110
中国軍             不明

http://www.regiments.org/wars/20ww2/burma.htm
Burma 1942-1945 Forces and Casualties

386 :だつお:2006/11/26(日) 01:15:53 ID:10hxdQ/h
 スリムも飛行機が必要だった。彼の第一四軍は、日量七五〇トンが物質が要る
と算出されていたが、メイクテーラ作戦がフル稼働する三月以降は、これが
一二〇〇トンに上る。ある朝、インパールの司令部で上空を飛行機が飛ぶの
を聞いたが、これは自分に割り当てられていたダコタ機三個中隊で、急に中国
へ向かうよう命令されたのだと知って仰天した。彼は、手に入る飛行機を全部
使って、日に七千回の出撃が必要なのに、予告なしに七五機を失うのはひどい
痛手だ(Lewin,Slim 217頁)。紛糾のもとは、中国状勢である。シェンノート
航空隊が、やがて日本本土を空襲するはずだ。その中国のアメリカ軍前進基地
に対し、その使用を封殺するために日本の中国派遣軍が一号作戦を発動し、
飛行場群の奪取を狙っているのだ。 それは、一九四四年の時点で日本軍が
ともかく成功を収めた作戦の一つであり、今は蒋介石の軍事顧問となった
ウェデマイヤーが、スリムに貸与していたダコタ機を使ってビルマの中国軍
師団を空輸し、華中に増援しようとしたのである。スリムは、こう言っている。
「そのエンジンの轟音は、今や我々に襲いかかろうとしている運営上の危機
の最初の暗示だと、第一四軍の誰もが感じた」(Slim,前掲書396頁)。
 これにより、メイクテーラについての物資運搬の計算は、もう一度やり
直さなければならなくなった。アラカンの第一五軍への空輸が減少したので、
失った分のある程度の埋め合わせは可能となりはしたが、この遅れにより、
一九四五年のモンスーンの前に任務を達成するには、あまりに時間が
なくなってしまったのである。

<ルイ・アレン「ビルマ遠い戦場 ビルマで戦った日本と英国」中巻 291頁>

387 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 01:27:00 ID:Kj3Foz0j
「レド公路」の建設には莫大な費用が掛かっています。スポンサーである
米国からすれば、国内の選挙民への政治的ゼスチャーのためにも、その
有効性が過剰に『宣伝』されていると見た方が良いかもしれません。

何しろ戦争が終わってしまいましたw。

ここで反論を予想して自分ツッコミをしてみると、それでは終戦末期の
「し江作戦」(1945年3月〜7月)での日本軍の敗退は何によるものか?
もちろん、途中から参戦してきた「米式装備の新編支那軍」の投入が
大きい訳ですが、これらは空輸です。

ミイトキーナから昆明へ移動し、さらに飛行機で運ばれてきた訳ですが
(約2万6千人!)、どうせ最後に空輸するなら「レド公路」が無くても
いいじゃん!(効率は別として)と思うのは自分だけでしょうか?w まあ、
北部ビルマ戦線が日本軍の敗退で消失したため、その大部分を転用できた
という面が大きいでしょうがw。

388 :だつお:2006/11/26(日) 01:29:04 ID:10hxdQ/h
>支那側はいわば「表玄関」である自国領土で日本側に盛大に敗れ、
>「裏口」であるはずのビルマ戦線で勝利を収めたことになります。

勝った勝ったといってもそれは米英にも89000人もの損害を出させ、
かつ総司令官スティルウェルを蹴落とした上でのことであったがな。
「援蒋ビルマルート」とは、本当によく言ったものだ。

706 名前:梅本弘「ビルマ航空戦」 :03/02/19 20:24 ID:???
「わずかなサイゴン米と食糧切符を手に解散」忘れられた戦場ビルマ
<前略>
 この頃、宮邊戦隊長は、部隊の実記録を整理して「飛行第64戦隊略歴」
を作成、この資料に写しが現在、防衛庁防衛研究所戦史室に保存されている。
当時は、戦隊の戦闘詳報などの公式書類から、個人の日誌、写真に至るまで、
記録類はすべて破棄するよう命じられており、この簡単な資料のみが64戦隊
の戦歴全体の概要を今に伝えている。
 一方、勝利を収めた英空軍は、東南アジア全域における日本軍との戦いで、
空中勤務者4858名が戦死または行方不明になったと記録している。しか
し戦後、かれらが守るために戦った英植民地、インド、ビルマは相次いで
独立し、アジアで戦った英軍の犠牲はまったくの無駄であったという声が
澎湃と上がり、復員した英軍将兵を苦しめた。やがて英国では、欧州での
戦いに比べ規模も小さく、植民地の防衛という、後世から見て大儀なき戦い
であったビルマでの戦争は、半ば意図的に忘却の彼方に押しやられた。

389 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 01:31:46 ID:???
>>385 ビルマ戦線は英印軍・中国軍・CBI米軍の共同戦線でしかも
>>蒋介石の大嫌いなあのスティルウェル中将が総司令官だぞ。

>この辺のくだりは『衡陽攻略戦(蒋介石とスティルウェルの確執)』のテーマで
>詳しく取り上げましたので、知りたい人は過去スレを探して読んで下さいw。
>ttp://kamisato2.hp.infoseek.co.jp/china/(過去ログ:ue少将閣下作成)

390 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 01:44:31 ID:Kj3Foz0j
>>385 >>ビルマ戦線1942-1945 における損害

太平洋戦争劈頭の「第一次ビルマ戦役」と終盤の「第二次ビルマ戦役」を
ゴッチャにして考えるのはどうでしょうか? 別に合計として数字を出すのは
全く構いませんが。

例えば、第一次ビルマ戦役で連合軍側は「遺棄死体」(戦傷者含まず)
だけでも2万7千人余り、捕虜5千人弱を出しています。それに対して
日本軍は戦死が1972人、戦傷などが432人にしか過ぎません。
(戦死者に比べて戦傷者が少な過ぎる理由が不審ですがw)。

まあ、いつかビルマ戦役(第二次の方)も詳しく取り上げましょう。
これまた「地名の壁」が深刻ですがw。支那の地名は漢字ですから
何となく分かった気にもなりますが、ビルマは、シンザン、マンダレー、
バコック、インドゥ、トンザンなど、知らない人は訳ワカメでしょうw。

391 :だつお:2006/11/26(日) 01:56:08 ID:10hxdQ/h
>もちろん、途中から参戦してきた「米式装備の新編支那軍」の投入が
>大きい訳ですが、これらは空輸です。

英軍・英印軍も、ずっと最後まで補給は専らアメリカ空軍の空輸頼み。
1945年明けにもなって「日に七千回の出撃が必要」なのだと。

欧州戦でも極東戦でも、重要なのは一にも二にも制空権。

392 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 02:00:01 ID:Kj3Foz0j
>>371 >>少佐と中佐と大佐です

書き込みの意味がよく分かりませんが、このスレには「少将」と「中佐」と
「予備役少佐」は公式に存在します。使徒に名を連ねるような方なら階級を
好きに名乗られて結構です。ただし、階級と実力は必ず比例させて下さいw。

>>372 >>何とかして戦略的な主導権を一部でも取り戻そうと絶望的な足掻きを
>>しているようにしか見えません。

それを言っちゃーオシマイですw。たとえ「大陸打通作戦」を完遂しようとも、
末期に岡村寧次が支那派遣軍総司令官(1944年11月23日〜)となり、重慶侵攻
作戦を再び企図し「重慶を陥落」させたとしても、日本が太平洋戦争で敗れる
ことに大した影響はありません。国府政府を「第2次大戦」自体から脱落させた
としてもです。

393 :だつお:2006/11/26(日) 02:08:39 ID:10hxdQ/h
>国府政府を「第2次大戦」自体から脱落させたとしてもです。

史実を辿ってみると、日本独立講和条約締結にあたっては、
国共内戦と朝鮮戦争が大きく影響しているのは否めない。
また鳥居民氏の著作でも、ホーンベック退陣とグルー登場
が大陸打通作戦によるものとの説が紹介されている。

国府政府を「第2次大戦」自体から脱落させればそれだけ
早い時期に米中衝突となって、日米講和条約の時期が早
まったのではないかと自分は勝手に想像している。

東条英機も死刑にならずに岸信介と並んで政界復帰したかもしれない。

394 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 02:16:02 ID:Kj3Foz0j
>>372 >>つーかその時点で攻勢を発起することができる方面が他になかっただけ

日本が「戦略的な主導権を一部でも取り戻す」ためには、1人でも多くの米兵を
殺す必要があります。支那大陸で「チンピラゴロツキw」を何兆人殺そうとも
限りなく意味が薄い訳です。

先に取り上げた栗林忠道中将が名将(陸大至上主義者など人格的に多少の欠陥が
あったとしても)と讃えられるのは「1人でも多くの米兵を殺したから」という
理由に尽きます。

その意味で考えると、たとえ輸送途中で兵員や重火器・物資の10分の9が潜水艦に
沈められようとも、南海の孤島で1人でも多くの米兵を道連れとして玉砕することに
全力を傾けるべきですし、大軍が運用できる(そして地理的にもまだ恵まれた)
フィリピンでの決戦は最後のチャンスだったとも言えます。

395 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 02:28:55 ID:???
>>393 >>国府政府を「第2次大戦」自体から脱落させればそれだけ
>>早い時期に米中衝突となって、

自分で話を振っておいてアレですが、国府政府が脱落した場合(重慶が
陥落して成都などに遷都、航空基地を貸すこと以外、事実上「死に体」に
なった場合など)、米国が代わりに中共軍へ武器・物資を援助するのでは
ないかと心配ですw。

反共のウェデマイヤーなら考えられませんが、スティルウェルなら
大いに可能性があります。

396 :だつお:2006/11/26(日) 02:31:56 ID:10hxdQ/h
>支那大陸で「チンピラゴロツキw」を何兆人殺そうとも
>限りなく意味が薄い訳です。

日本との戦いが長引けば長引くほど、国民政府の力が落ち、
共産勢力の力が上がる。日本との戦争が終われば、間違いなく
国共内戦になる。国共内戦になったら、ルーズベルトが抱いていた夢、
つまり中国を大国化して戦後世界の四大国の一つにするという夢が
裏切られる。ソ連は延安を助け、アメリカとソ連との仲も悪くなる。
これはどうしても、日本との戦争を早く終わらせなければならない。
天皇の問題で多少の譲歩をしてでも日本を一日でも早く降伏させたい。
それでグルーを起用したんです。それもこれも、この一号作戦が
始まって蒋介石の力が弱まったことが原因です。

http://www.soshisha.com/book_wadai/06torii/02.html
歴史家・鳥居民、自著を語る 2005年7月22日

397 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 03:04:27 ID:???
そこでスティルウェルが部下を中国共産党の本拠地・延安に派遣したいと
言ったとき、蒋介石は嫌だと言えなくなった。結局、部下だけでなく
新聞記者も延安に行った。この連中は延安を褒めて国民政府をけなします。

国民政府を援助してもだめだ。延安は清潔で、その軍隊は強い。腐敗した国民
政府がかなうはずがない。それを援助していたら、アメリカは将来中国と手を
結べなくなる、国民政府から早く手を引けば延安が中国政府になったとき手を
結ぶことができると思ったのです。 

一号作戦の結果、アメリカ人が延安に行くことができて、それが正しかったか
正しくなかったかは二の次にして、延安の情報をアメリカに伝えた。一号作戦は
原爆との関係だけでなく、戦後の東アジアにまことに大きな影響を与えたという
ことも書きたかったんです。

http://www.soshisha.com/book_wadai/06torii/02.html
歴史家・鳥居民、自著を語る 2005年7月22日

398 :名無し三等兵:2006/11/26(日) 07:04:50 ID:???
同じ労力なら南の島で米兵10000人殺すより、重慶攻略で国民党が脱落し、
中国大陸に展開している日本兵がフリーになる、というほうが
米国に対して戦略的に意味があるような気がするがなあ。

ソ連参戦の値段が釣上がるだけかもしれないが…

399 :だつお:2006/11/26(日) 13:27:08 ID:10hxdQ/h
>米国が代わりに中共軍へ武器・物資を援助するのでは

支那派遣軍からすれば国府軍だろうが中共軍だろうが敵軍には変わりない。
だがルーズベルト政権としては「中国は蒋介石」と主張してきた自ら
の立場を放棄して、180度極東政策を転換しなければならなくなる。
少なくともカイロ宣言は取り消しということで、また蒋介石や宋美齢
は抗日英雄でなくギャングの頭目として逆に断罪されることにも。

ルーズベルトは蒋介石を選ぶのか、スティルウェルを選ぶのかと。
自分としてはこの際アメリカは対中政策の誤りを公式に認めてしまい、
毛沢東の延安政権を新中国として承認し蒋介石や宋美齢らは軍事裁判
にかけて死刑にしてしまったほうがよかったと考えている。
アメリカの国益からしても、スティルウェルの提案の方が理にかなう。

少なくとも東条英機や松井石根らを死刑にするよりは百倍マシ。

400 :だつお:2006/11/26(日) 13:36:04 ID:10hxdQ/h
>ソ連参戦の値段が釣上がるだけかもしれないが…

ソ連参戦の値段は思い切り吊り上げたほうが、その後の米ソ中の
軋轢を促進させることになり、それは日本人にとっては講和条約
の時期を早めることになるから有益だ。

面子が潰れて困るのは専ら中国国民党のギャングたちであり、
それらに痛撃を浴びせることは皇軍の輝かしい戦果と言うべき。

401 :77:2006/11/26(日) 20:20:32 ID:???
>>400
> >ソ連参戦の値段が釣上がるだけかもしれないが…

日本軍が重慶を陥落させるifのシナリオは、とても魅力的です。
ソ連参戦の値段がつり上がり、米国との交渉が手間取る間に、
日本が、米国と有利な条件で講和が結べるというハッピーな
道筋は描けないものでしょうか。

重慶には、米国が支援で運び込んだ相当豊富な
武器弾薬その他の物資が蓄積されていたはずです。

これを手に入れれば、何か新しい展開は考えられない
ものでしょうか。

関東軍を再度補強して、ソ連軍に備えるとか、
重慶を日本の永久保塁にして立て籠もるとか、

米軍が開発中の原爆の存在を考えると
なかなか長期持久は困難かも知れませんが、、、

しかし、現在の北朝鮮の地下要塞化に
米国が攻めあぐねているところを見ると
重慶を大規模な地下要塞地帯に
造り上げれば、かなりの程度、
原爆を無力化できるようにも思えます。



402 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 21:36:14 ID:3ipH1b1a
>>398 >>同じ労力なら南の島で米兵10000人殺すより、重慶攻略で国民党が
>>脱落し、中国大陸に展開している日本兵がフリーになる、というほうが
>>米国に対して戦略的に意味があるような気がするがなあ。

まあ、自分から話を振っておいてアレですがw、重慶が陥落しても成都、
あるいは昆明、はたまた青海省や甘粛省にまで国府政府を移して落ち延びて
いくと思いますけどね。最終的には国外に「亡命政府」ですw。そうなったら
中共軍が欣喜雀躍して喜ぶでしょうが。

ここまで「if」の話を進めても、一向に汪兆銘の南京政府の話が出てこない
事に気が付きました。影が薄いこと、この上ありませんw。もし蒋介石が支那
本土を離れるような事があれば、汪兆銘(南京)政府が「国民党の正統」を
アピールするのでしょうが、依然として中共との治安戦は続くでしょう。

403 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 21:56:08 ID:3ipH1b1a
何か「荒巻義雄の紺碧ワールド」ばりに現実感がない話になってきて、頭が
クラクラしてきましたがw、もう少し続けます。詳細を詰めれば、3パターン
ぐらいに「if」を整理できるでしょう。

●「重慶陥落→成都・昆明などで抗戦継続」

一番可能性が高いシナリオです。その場合、支那本土の「占領地が増える」だけで
治安維持(プラス逆襲に備えて)の膨大な兵力が依然として必要とされるでしょう。
また占領地における「中共の蚕食」も拡大していくと思われます。

●「重慶陥落→蒋介石の屈服、日本との単独講和」

一番理想的なシナリオです。支那は第二次大戦から脱落して、日本に対しては
「好意的中立」のみ期待されるでしょう。しかし問題になるのは日本軍の撤兵
問題です。太平洋戦線で尻に火がついてる訳ですから、支那戦線を縮小したい
のは山々ですが、弱みを見せれば支那側につけ込まれる可能性大ですw。

404 :だつお:2006/11/26(日) 22:07:59 ID:10hxdQ/h
>●「重慶陥落→成都・昆明などで抗戦継続」

その場合は毛沢東の延安政権と交渉し、そちらに対して降伏する。

405 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 22:13:57 ID:3ipH1b1a
であるからこそ、蒋介石(国府政府)は決して屈服しない訳ですが…。
また「汪兆銘の南京政府」をどう処理するかの大問題があります。浮気性
の日本からすれば、重慶政府と和平が出来るなら『マグナムドライ』で
南京政府に不義理をする可能性が高いのではないかと思いますw。

また戦争継続のための「資源物資」を占領地から収奪に近い形で支那
大陸に依存していた日本は、これが自由に出来なくなることで、また
難しい判断を迫られるでしょう。

>>中国大陸に展開している日本兵がフリーになる

最善のコースを辿ったとしても、上記で述べたとおり100万の日本軍が丸々
直ぐにフリーになる訳ではありません。またどの道、船舶輸送の『絶望的』な
問題があります。それでも沖縄戦などには一部の兵力が転用できますし、何より
『本土決戦』や『ソ満侵攻』には高いチップを払わせることは出来るでしょう。

406 :名無し三等兵:2006/11/26(日) 22:17:55 ID:???
米国の大手インターネット企業「アメリカ・オンライン」(AOL)のテッド・レオンシス副会長
(50)が、南京事件(1937年)に取材した映画「南京」(仮題)を制作し、年明け以降、発表する。
ドキュメンタリー作品の体裁だが、史実の認定は反日的な歴史観で知られる中国系米国人作家、
故アイリス・チャン氏の「レイプ・オブ・南京」を踏まえているとされる。公開されれば来年70周年を
迎える同事件や歴史問題をめぐり、日本の国際的立場に深刻な影響を与える可能性もある。

AOLの米国広報では、レオンシス氏による「南京」の制作を確認する一方、
同社は制作に関与していないとしている。レオンシス氏は「アガペ」という
映像プロダクションを設立し、映画参入の第1作として制作に取り組んでいる。

制作情報をまとめると、「南京」は事件に関連した記録や事件関係者への取材映像に
俳優のナレーションを織り交ぜる構成で、「欧米人が語る南京事件」に重点が置かれる。
音楽はグラミー賞を受賞したロック界の大御所ルー・リードが担当するという。

作品は来年、米国内で開かれる映画祭で発表の予定だ。米紙ワシントン・ポストによれば、
中国市場に向けてDVDの販売が計画されるほか、国営中国中央テレビ(CCTV)が作品放映権を
獲得しているという。南京事件に関心を抱いた理由について、レオンシス氏は、保養中に読んだ
アイリス・チャン氏の自殺(2004年)をめぐる古新聞の記事がきっかけだったと同紙に説明。
これまでの報道では、作品がチャン氏の「レイプ・オブ・南京」をベースにした内容となることが
強く示唆されていた。

華僑消息筋によると、レオンシス氏は10月末、東部メリーランド州で開催されたアイリス・チャン氏を
記念する論文コンテストに来賓として出席し、「南京」の制作状況を報告した。論文コンテストは、
米国を舞台に反日宣伝を繰り返してきた中国系組織「世界抗日戦争史実維護連合会」が主催し、
論文約430点が寄せられた。(以下略)

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/29119

407 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 22:30:19 ID:3ipH1b1a
>>404 >>●「重慶陥落→成都・昆明などで抗戦継続」
>>その場合は毛沢東の延安政権と交渉し、そちらに対して降伏する。

その場合も「汪兆銘の南京政府」は華麗にスルーなのですねw。そして
「if」シナリオの最後に、

●「重慶陥落→プラス成都(or昆明)陥落→国府政府の海外亡命」

も考えておきましょうかw。いわば支那大陸を日本軍が「蹂躙しきった」
場合ですが、先にも少し述べたとおり、汪兆銘の南京政府が「正統な国府
政府」を宣言するでしょう。日本は「汪兆銘政府」と和平を結び、撤兵が
可能になる訳ですが、どの道、防共目的での兵力駐屯を余儀なくされるでしょう。

もちろん、せっかくの「果実を手放したくない」という理由もありますが、
中共の八路軍に対して、汪兆銘の軍隊(旧国府軍の帰順兵など)ではまず
勝てないと思われるからです。結局、日本軍に「おんぶりだっこ」です。

408 :名無し三等兵:2006/11/26(日) 22:45:09 ID:???
たとえ5号作戦で重慶陥落させても国民政府が海外逃亡して
オランダの臨時政府のように亡命政権で生き延びるだろ

で、南の島々に襲い掛かってくる米軍はいくら支那駐屯100万の兵を以ってしてもどうにもならん。
本土決戦なんぞやったらソ連が南下して国家を2分されて今の朝鮮みたいに南日本・北日本に分断されるのが関の山

409 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 22:56:52 ID:3ipH1b1a
一応、汪兆銘政権は「親日・反共」政権であることを忘れずに。
いや、この表現だと誤解を招きます。

汪兆銘は「西安事件」以後に変心した蒋介石の「容共・抗日」政策を批判し、
日本と和平(屈服的な)を結んだとしても、従来の国民党政府の方針である
「安内壤外」を優先させようとした訳です。

ですから「親日」というのは、あくまで日本の希望的表現であり、本当は
(微妙に)異なります。抗日よりも安内を優先させたに他なりません。

>>たとえ5号作戦で重慶陥落させても国民政府が海外逃亡して

話の流れで妄想みたいな「IF」話を書いてしまいましたが、皆さん
「五号作戦」(重慶攻略)は、太平洋戦争劈頭の『南方作戦』より
規模が大きいことを決して忘れないで下さいw。

410 :名無し三等兵:2006/11/26(日) 23:12:01 ID:vIiO+GgR
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         ノ ノi゙  /           `´゙      ! i
         r-'  ノノ . /                 'ーー'
        ゙'^ー゙ノ  /    軍犬のの師表・忠犬ハチ公。わん!
         (w,i.ノ

411 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 23:25:40 ID:3ipH1b1a
>>399 >>ルーズベルトは蒋介石を選ぶのか、スティルウェルを選ぶのかと。

ルーズベルトの段階で「蒋介石(国府政府)」を切るのは困難でしょう。次代の
トルーマン政権となり第二次大戦が終わってからも、国府政府と中共政府の合作
を模索する(強制させる)など、訳の分からないことを散々やっています。

第二次国共内戦で「国民党」が敗退し、太平洋戦争中は報道管制によって
なかなか米国民に伝えられなかった国民政府の腐敗が(脚色を加えて)
センセーショナルに晒されるようになってから、やっとの話ですw。

中国軍の指揮権(連合国としての)問題をめぐる「蒋介石とスティルウェルの
確執」は以前に取り上げましたが、尻切れトンボで終わっていました。少しだけ
最後の部分を補足して置きましょう。

以下は、ルーズベルト大統領が蒋介石に「中国軍の指揮権」をスティルウェルに
渡すように迫った最後通牒のエピソードです。

412 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 23:34:49 ID:3ipH1b1a
スティルウェルの日記には以下のようにあります。

「長い間待ったがルーズベルトはついにはっきりした言葉で、しかも
 沢山の言葉で、一句一句にかんしゃく玉を仕掛けて、最終的に言った
 のである。『今すぐ真剣に取り組んで欲しい。さもなければ……』。

 際どいかんしゃく玉である。私はこの唐辛子の一束をピーナッツ(蒋介石)
 に渡し、ほっと一息をついて椅子にもたれた。銛(もり)はこのチビ野郎の
 神経中枢に命中し、彼を貫いた。それはクリーンヒットであり、青くなり
 口が利けなくなるのを通り越して、彼はまばたき一つできなかった。彼は
 『分かった』と言っただけである。そして沈黙におちいり、片足をぴくぴく
 ゆすぶった」

もちろん蒋介石は、日記に「これは余の生涯における最大の恥辱である」と
書き留めています。

413 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 23:41:38 ID:3ipH1b1a
蒋介石は人生でこれ以上ないくらい進退窮まり、ルーズベルトに対して
「自分を取るか、スティルウェルを取るか。好きに選んでくれ」と逆に
居直ります。まあ、弱者の脅迫とも言えるでしょうw。蒋介石自身が
下野する事もほのめかしたかもしれません。

するとどういう訳か、ルーズベルトはあっさりスティルウェルを切り捨てて
蒋介石を選択してしまいます。スティルウェルの日記には、

「斧が落ちてきた。ルーズベルトは戦いを止めた。誰もがワシントンの
 行為に呆れかえっている」(1944年10月19日)とだけあります。

414 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/26(日) 23:48:03 ID:3ipH1b1a
>>399 ルーズベルトは蒋介石を選ぶのか、スティルウェルを選ぶのかと。

スティルウェルと同様に、当時の蒋介石の日記には以下の様にあります。

「スティルウェルはアメリカ政府に召還されることとなった。この問題は今年の
 対内的・対外的なさまざまな困難の元凶であり、この秘めたる苦痛は、人生で
 これまで経験したことがないほどであった。

 中米の国交が、スティルウェルによって断絶しなかったことは、まことに
 大いなる幸運というものである。中米は国交を誤り、抗戦は勢いが衰えていたが
 いずれもこれで道は開けた。今後は軍事・外交・内政ともに、計画通りに
 行なうことができるはずだ」(1944年10月21日)

415 :名無し三等兵:2006/11/27(月) 22:28:14 ID:rGyiDX9F
中国国民党が潰れたのは全て国民党自身の腐敗と悪政による。
戦争被害というが日本だって東京大空襲や広島長崎の原爆投下
を受けているのであってそんなことは理由にならない。
反共政権だからといって悪事が許されるわけでは決してないのだ。

マリアナ決戦なんて即刻中止にして、大陸打通だけにすべきだった。

416 :名無し三等兵:2006/11/27(月) 23:02:45 ID:7MhLNM3s
大陸で幾ら勝っても戦争には勝てないでしょ

417 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 09:44:35 ID:/NGMnvse
腐敗はシナの体質であって国民党に限った話ではない。
あんた共産党に洗脳されてるよ。

418 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 10:08:27 ID:UfHwFprr
中国人を3500万人殺しただとか、大陸だつう作戦で3千キロ
進撃しただとか言ってるが、そもそも中国なんて連合国じゃない。
浮浪者と犯罪者をかきあつめただけのシロモノで、軍隊とは呼べない。
そもそも当時の中国は完全な軍閥割拠の無政府状態で国家の
形さえもなかったの。

419 :だつお:2006/11/28(火) 13:59:34 ID:4QzMzrNs
それでも太平洋で決戦するよりかは大陸打通が確実に上。

とにかく中国人が大勢死ぬ方法さえあれば手段にこだわるつもりはない。
違うというのなら97式中戦車チハを、中国チンピラゴロツキ害虫駆除
の他でどう使えばよかったのかを具体的に述べてほしい。

大陸打通を否定するなら、大陸打通よりも有効な手段を述べよ。
少なくとも1944年の枢軸側でこれ以上の勝利は他に見当たらない。
米ソの強大な陸軍と戦って敗北したドイツのほうが強かったのだと
いう意見もあるが、そうだとすればなおさら皇軍には大陸打通しかない。
大陸打通しか勝てない軍隊が、米ソに大勝できる見通しがたてられるだろうか。

420 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 15:47:45 ID:???
その無政府状態の国家に日本は国家総動員しても勝てなかったわけだが
浮浪者や犯罪者の寄せ集めは、そんなに強かったのかw

421 :だつお:2006/11/28(火) 16:01:25 ID:4QzMzrNs
>日本は国家総動員しても勝てなかったわけだが

チンピラゴロツキ3500万の殺戮では少なすぎ?

3500万も殺せば「勝った」ともいえるのでわ。

422 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 16:07:23 ID:???
チンピラゴロツキ3500万の殺戮では少なすぎ。

一億は殺さないと勝ったとはいえない。

日本の負け。

423 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 16:13:37 ID:???
1億で勝った?はあ?
相手が「まいった」するまで戦い続けなければ勝ったといわない

で、蒋介石は日本に対し「参りました」と言ったのか?

424 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 16:15:39 ID:???
汪兆銘政権が中国の大部分を支配すれば勝ち!

425 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/28(火) 22:19:11 ID:o7TkYKR9
このスレには一体何人の「だつお氏」がいるのでしょうか?w 誰が誰だか
識別できませんのでトリップを付けて下さることをキボンヌ。

また自分のノートパソコンのキーボードが故障し始めまして(Nを押すと
隣のMやBが一緒に出てくる等w)、今も保険で持っているデスクトップ
用のキーボードを接続してやっています。ノーパソの意味無しw。

やり辛いことこの上なく、正常に復帰するまでしばらく書き込みの量が
減ると思います(仕事もテンパっているので)。あと文章も推敲が困難で
レベルがダウンするでしょうがご容赦をw。

426 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 22:26:12 ID:???
イナゾウ中佐は、今までの文章を形に纏めようと思われたことがありますか?

427 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/28(火) 22:35:38 ID:o7TkYKR9
>>415 >>中国国民党が潰れたのは全て国民党自身の腐敗と悪政による。

>>417 >>腐敗はシナの体質であって国民党に限った話ではない。
>>あんた共産党に洗脳されてるよ。

417が正解。国府軍は共産軍との「復元戦」に敗れたと言えます。「消耗戦」とは
表現しないのに注意。損害を受けてからどれだけ早く戦力を「復元」できるかが
より強調されています。要するに国府軍は兵員の供給先が都市部などに限られるのに
対して、共産軍は農村から無限に融通できることを表しています。そういう意味での
『復元戦』なのです。

428 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/28(火) 22:45:40 ID:o7TkYKR9
>>426 >>イナゾウ中佐は、今までの文章を形に纏めようと思われたことがありますか?

特にありません。一番理想なのは「別宮翁」の『第一次大戦』のようなサイトが
運営できれば良いのでしょうが、そのような時間も資金も無ければ、スキルさえも
ありませんw。つーか、別宮翁はあの写真類はどこから入手されているのか
非常に気になります。

さすがに今までのスレが「2ch本来の過去ログ倉庫」逝きになってしまって
一般には見ることが出来なくなったら、それは哀しいですが、ue少将閣下の
お陰で今のところ閲覧が容易になっていますので望外の喜びです。

たまに全然別のサイトで
>>「正しい歴史を奪還せよ! イナゾウ中佐が語る永田鉄山」

など勝手に使われていることがありますけどねw。

429 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/28(火) 23:09:14 ID:o7TkYKR9
>>420 >>その無政府状態の国家に日本は国家総動員しても勝てなかったわけだが
>>浮浪者や犯罪者の寄せ集めは、そんなに強かったのかw

まあ、国家総動員法の成立自体は1938年4月ですが、支那事変中は
本当の意味で「国家総動員」していたとは言えないでしょう。

要するに太平洋戦争なみの大兵力を支那単独に注ぎ込んでいたら
少なくとも重慶は屈服できたのではないかと思います。

具体的には史実の100万の兵力では足りませんでした。新規の
作戦を発起しようとすると、後方(占領地)がガラ空きになって
しまうからです。そこを八路軍などに(以下略w)。

200万とは言いませんが、プラス50万(治安任務)の150万人の
兵力を注ぎ込めば何とかなったのではないかと思ってみたりw。

430 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/28(火) 23:29:52 ID:o7TkYKR9
>>374 >>永田については、かつて朝鮮貴族と懇意にしていたという話をどこかで
>>読んだ様な記憶がある反面、満洲その他における朝鮮人の不当行為には非常に
>>批判的な感想を持ってもいたと思います。

まあ「東亜構想」については、永田の心中を推し量って語れるほど自分は
詳しくありません。つーか、カンジの「東亜連盟」なども実は複雑怪奇で
本当の意味で整理して語れる人は、ごく少ないのではないのでしょうか。

石原莞爾でググると最初に出てきます有名なサイト「石原莞爾のホーム・
ページ」の『東亜連盟』の項目にも、

>>一口に東亜連盟といっても、東亜連盟と東亜連盟運動との違い、満州の協和会、
>>「八紘一宇」、農業改良運動、昭和維新、最終戦争論との関連などなど一筋縄
>>では説明できません。手に負い兼ねる、というのが現在の状況です。しかし、
>>石原莞爾の思想、特に軍務から離れた後を知る為には不可欠の項目です。しばらく
>>工事中が続きますが、気長にお待ちください。

431 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 23:32:58 ID:???
>>429
国家総動員は実施されたのは、中国との戦争継続が極めて困難になったからだろう。
当時国際社会から孤立していた我が国の国債を買ってくれる相手国なんて皆無だし
それでも円ブロック以外の外国からの輸入はどんどん増える。外貨不足の為に国庫から金が流出して円の価値が維持できなくなる。
国債増発で戦費を賄ってカネ(予算)は賄っても、国内にはモノが無い。だから極端な物動や総動員体制を取らざるをえない。
軍隊も弾薬不足の為に挙句の果てにはイタリアから小銃を輸入するほどの有り様。このような経済状況の国が大陸に200万人を動員なんて夢のまた夢。

100万人動員でも当時の日本のMAX、というか既にあの時点で限界を超えていただろう。実際に国内では労働力不足・低下の問題が発生している。

432 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 23:39:53 ID:???
>>428
>>「正しい歴史を奪還せよ! イナゾウ中佐が語る永田鉄山」

永田鉄山の話は面白いです。
少し時代が違いますが、中佐から見た宇垣や南の話も機会がありましたら
読ませていただけたらと思います。
※過去ログはまだ全部読みきれてません。既述なら申し訳ありません。

5年前に2ちゃんに来て、今年で実質3年になりますが、このスレは先週からです。
会社でもありそうな人間の比喩、戦史以外の人間の横顔が入った歴史が気に入りました。
負担にならない程度に、これからも続けて下さい。







433 :名無し三等兵:2006/11/28(火) 23:40:23 ID:???
上海での戦闘or南京陥落で講和できなければモグラ叩きが延々と続くだけ

434 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/28(火) 23:53:14 ID:o7TkYKR9
>>430 の続き。→と困難なことが記されています。

>>431 その理屈ですと、史実の日本は太平洋戦争(プラス日中戦争)を
始められない事になりますw。

念のため、終戦時の日本陸軍総兵力は547万人です。その内、支那に駐屯
していた兵力は105万6千人で、約18%に値します。

ただ「547万人」とは言っても、敗戦末期における「本土決戦」用の根こそぎ
動員分が含まれます。当時、日本内地にいた部隊が238万8千人で、それを
差し引いた「海外の駐屯部隊」は308万2千人になります。

更にそこから朝鮮(29万4千人)や台湾(16万9千人)、千島列島(8万
8千人)にいた部隊を引くと、253万1千人です。この数字で考えると、当時
支那にいた部隊は全体の42%を占めています。

435 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/29(水) 00:06:35 ID:A27xBqJL
あ、キーボードが少し直ったかしらん? 代理のキーボードだと打つのに
倍以上時間がかかるのです。キーの隙間に細かいゴミが溜まりまくって
いるのですが、もう取り様が無い……orz.w

>>永田鉄山の話は面白いです。

汗顔の至りですw。自分が軍板に来て初期の書き込みなので、今では
恥ずかしくて読めないのですが……。もうツッコミどころ満載です。
同人作家が昔書いた本を開いて自殺したくなるのに似ていますw。

>>374 まあ、永田が懇意にしていた朝鮮貴族については、そんな満州に
移民で逝くような朝鮮人と一緒にしてはマズイと思います。朝鮮貴族に
ついては1つエピソードを持っていますので、また後日……。

436 :BBC:2006/11/29(水) 00:08:59 ID:???
臨時召集まで至ったのは関特演からかと。
それ以前は動員計画内での召集で済んでますがな。
シナ事変が総動員に当たらないというのには同意。

437 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 00:19:26 ID:???
>>434
その通り。経済状況じゃほぼ絶望的なのに無理なのに、史実では対米戦を始めてしまった。
対米戦の中盤以降は物動計画も年間計画は頓挫して4半期ごとに見直し、最終的にはその日暮らしの状態に陥った。
なにより対米戦を始める前は戦局を優位に進め講和を視野に入れたものになっている。
いかに大陸での軍事行動で優位に立っても占領地を維持・運営まで手が回らなかったという事実を踏まえて
あれが当時の日本の限界だったのではないのかと。具体的には占領地に法幣のみならず辺区券まで出回った。

438 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 08:40:01 ID:LGd8Q21x
でもマリアナで決戦するよりかは大陸打通がまし。

あと日中戦争はむしろ少ない損害で兵隊を訓練するのに最適。

439 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 12:12:07 ID:WZwypFhw
大東亜戦争の軍事的本質は海洋作戦を中心とする日米単独戦争。
大陸打通しても少い損害で陸軍の兵隊鍛えても戦争には勝てない。


440 :元32(予備役少佐):2006/11/29(水) 18:51:51 ID:???
>>439
その理屈でいうと、海洋作戦で勝利するためには、
海軍戦略を適切に調整するということがどうしても必要なわけですが、
それはどうやっても不可能なわけで、
だから、陸軍としてはなにをやってもだめという結論になります。

軍需物資を全部海軍に渡しても、航空機を全部海軍に提供してもだめです。
海軍戦略を修正することができないわけで、無意味に消耗するしかない。

それならば、できることをしてみようというのが打通かと。

441 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 20:33:22 ID:???
イナゾウ中佐殿
374です。
話の流れを遮ってしまう不躾な書き込失礼いたしました。
私も過去スレ全部見直しましたので、先般のお話は十分楽しませて頂きました。

朝鮮貴族の小咄楽しみにお待ちしますが、白熱しているお話の方優先で構いません。
一般朝鮮人と例の貴族を一緒にすべきではないのだろうなあとは漠然と思っていたのですが、私の努力不足なのでしょうが、その辺りの参考書籍になかなか良いのが見当たらないのですよね。
専門書ですら、著者の一方的な主観で書かれているものが殆どなのではないかなという気がします。
概して当時のものはそういう傾向にあるのでしょうが、永田・小畑の対立の関連は特に酷い印象です。

私も永田信者の一人ですが、今注目しているのは荒木・柳川の電波発言でしょうかw
当時の日本の国益は脇においておいて、帝国陸軍の人間関係と性格を追いかけることがこんなに面白い
とは思いませんでした。

442 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 21:19:53 ID:???
>>441
>帝国陸軍の人間関係と性格を追いかけることがこんなに面白いとは思いませんでした。

同意です。今までは陸軍といったら、南東方面の航空作戦ぐらいしか興味がなかったけど、
一夕会や桜会など陸軍閥の逸話がこんなに面白いとは!

いつかバーデンバーデンにも行ってみたいものです。



443 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 22:37:46 ID:???
軍閥の人間関係もだけど戦前の政党同士の骨肉の争いも面白いと思います。

444 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/29(水) 22:54:27 ID:O2PA3GC9
それでは朝鮮貴族の小話を1つ…。詰まらなかったらスイマセンw。元ネタは
先に取り上げました『軍法会議』(花園一郎著、図書出版社)です。著者は東京
帝大出身者で何の因果か、ブーゲンビル島に飛ばされた第6師団で敗戦末期、
軍法会議に携わっていました。キーボードが故障しているので文章が推敲が出来ず
読み難いのはご容赦をw。

著者は京城生まれで小学校も朝鮮でした。そこで金虎圭という朝鮮貴族と4年生で
1年間机を並べて友人になったそうです。朝鮮貴族の男爵にあたり、家柄は代々
李王家の司書とのこと。金は戦時中、朝鮮総督府の内務局に勤めていました。

まあ、小学校でのエピソードが面白い訳です。著者の花園たちは、古新聞紙を
束ねた習字草子に手本を見ながら「春夏秋冬」と書いているのに、金虎圭はそれを
無視して1人で難しい字を書いています。血筋なのか職業柄なのか、年齢幼にして
実に達筆だったそうです。もちろん先生が来ると「春夏秋冬」と書いていますが
手本よりも上手だったとかw。先生が「上手いねえ」と感嘆していたそうです。

445 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 23:11:17 ID:???
>>444
ほほー、面白いですね。
そういう矜持を持った奇特な朝鮮貴族もいたのですね。

ところで、朝鮮の教育事情に無知なので見当違いのことを書いているかもしれないのですが、
・1922年に第二次朝鮮教育令が出て、普通教育において日本人の「小学校」と朝鮮人の「公学校」を区別され、
・1938年に第3次朝鮮教育令で、普通学校、高等普通学校、女子高等普通学校を日本と同じ「小学校」「中学校」
「高等女学校」と改称

ですから、著者がその貴族の息と同窓だったのはその間の出来事ということになるんでしょうか。
授業も教師も日本主導での時代に何とも奥床しいことですw

446 :名無し三等兵:2006/11/29(水) 23:13:26 ID:???
失礼、”その間”ではなく”その後”でした。

447 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/29(水) 23:13:40 ID:O2PA3GC9
そして学校の先生が「金君、お嫁さんていいかい?」と小声で呟きます。そうです。
当時の朝鮮貴族は10歳で年頃の女性と結婚していたのです。もちろん尋ねた先生は
独身な訳です(藁)。金君は「フフッ」と笑いますw。

また金君は子供ながら、王家の故事典礼にも明るいです。王の世子は命名にあたって
康熙辞典にない文字を造字するのだそうです。唯一の地位の人と、他に同じ名前が
あってはならないという理由で、易学上の因縁から辿って、この人にはこの字しかない
という作り方を著者に説明してくれました。

ここで、何で朝鮮貴族の子供が、日本人が通う小学校に通っているのか?という
「当然の疑問」が湧き上がって来ます。その理由はこうです。朝鮮の王公族や貴族の
子弟は小学校5年から東京の学習院に入らされます。事実上の強制で、入らなければ
(日本の学歴を経ないと)朝鮮総督府に無視されてしまうからです。

ということは金君は小学校4年生ですから、学習院に入る前年に当たります。
要するに日本語に慣れる準備から、著者が通うような日本人小学校に籍を置いた訳です。

448 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/29(水) 23:30:30 ID:O2PA3GC9
まあ、自分も当時の「朝鮮の教育事情」は全然分かりませんので何とも言えませんが、
著者の花園一郎は1914年(京城府)生まれですから、10歳ですと1924年の
話という計算になります。

この後、10歳の金虎圭君は小学校5年生になると学習院に移り、東大の社会学科を
出て朝鮮総督府の属官となりました。著者の花園も東大の法学部卒ですから、ひょっと
すると大学時代にも交流があったかもしれません。

また朝鮮総督府に勤めはじめた「金君」ですが、特に仕事はないです。朝鮮貴族で富裕
なんだから、そもそも端役で働かなくてもいいじゃないか?と著者が問うと、こうして
中枢院参議のポストが空くのを待っているのだと答えます。

「中枢院」とは、日本側の朝鮮総督府が政策上、朝鮮の慣習伝統について諮問する機関です。
いわば日本の枢密院を模倣したものですが、実際は朝鮮貴族や上流階級者に名目上の地位と
束縛の俸給を与えるだけのものです。金君は「そうして一生飼い殺しさ」と苦笑しますw。

449 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/29(水) 23:49:20 ID:O2PA3GC9
時代は移りまして、著者の花園一郎が兵役で第6師団に入隊するとき、朝鮮貴族の
「金君」が朝鮮人の有志で壮行会を開いてくれる事になりました。花園は朝鮮生まれ
ですが、父親の本籍地が鹿児島であり、郷里の役場から兵役検査のための徴兵令書が
届いたのでした。兵役逃れをすることも出来たそうですが、天邪鬼な性格が災いして
バッチリ甲種合格ですw。

そして旧知とはいえ、朝鮮貴族の金君がなぜ日本人のために壮行会を開いてくれる
のか?という疑問が湧きます。これは単純で、著者の花園が「朝鮮は独立すべきだ」
と繰り返し述べていたからでした。何でこんなことを言うのか?というと、花園の
母親が大阪人でアナーキーな性格だったという点に触れるだけで充分でしょうw。

まあ、著者の花園もかなり変わった性格で、東大は出ていますが一般では奇人
の類に加えられると思いますw。自分の信条に一本筋が通っていると言えば
そうなのですが…。

450 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 00:01:51 ID:2XDVi2t0
まあ、そうこうして著者の花園は「金君」によって朝鮮で最高と呼ばれる
料理屋に宴席を用意してもらいます。他にも4,5人の同席者がいましたが
全て総督府の朝鮮人勤務者でした。役所での地位の上下は全く関係なく、
この場では「金君」が最上級者と言える立場でした。

まず妓生(日本の花柳みたいなもの)を所望・指名する聘札(へいさつ)
を金君が達筆で書きます。そうして妓生の到着を待つ間に金君が代表して
挨拶を述べました。

451 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 00:09:10 ID:2XDVi2t0
「今日、君(花園)が軍隊に入る壮行会を、朝鮮人だけで催すことにした。
 我々はこれまで日本人の出征の壮行会をやったことは一度も無い。今日
 君をやるについては、列席の諸君と相談しての上でやることになったの
 だが、今その理由を話す。

 君は朝鮮を独立させるべきだと言う。始めの一、二度は軽く聞いていたが
 君は幾度もどこでもそう言う。これは本心だと感じた。ここにいる諸君も
 同じ様に感じている。将来、高級官吏の卵の君が朝鮮独立を本気で考えて
 いることに我々は感動した。
 
 君は日本人だが、我々の同志だと許した。我々朝鮮人は日本人がどこと戦争
 しようが、何万人死のうが、知った事じゃない。我々には余所事だ。ただ君
 だけは死なずに無事に帰って来て欲しい。それが今日この席にいる我々の
 祈りである事を君に言いたくてこの宴を催したのだ」

452 :イナゾウ中佐@キーボード故障中 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 00:15:28 ID:2XDVi2t0
「今日の料理はまあ最高と思ってくれ。が、朝鮮料理が君の口に合うか
 どうか。それよりも君に今日見せる妓生は、日本人の宴席には絶対に
 出ない連中だ。南次郎(朝鮮総督)が呼んでも出ないよ。我々が出さ
 ないのだ。絶対に。

 それを今日出す。私の心づくしだと思ってくれ。言う事はそれだけだが、
 君「真っ先に突進し」なんてするなよ。君はやりそうだからな。遅れると
 やられるそうだから、真ん中へんで走れよ」

と金君が冗談を言い始めるころに、妓生が部屋に入って来まして、想像を
絶する美女揃いだと感嘆したそうです。要するに幼児の頃から磨き上げられて
光り輝くばかりだったとか。

453 :名無し三等兵:2006/11/30(木) 00:27:33 ID:???
イナゾウ中佐の祖父の軍歴を知りたい

454 :だつお:2006/11/30(木) 03:45:12 ID:cvjkZqyE
>420 :名無し三等兵 :2006/11/28(火) 15:47:45 ID:???
>その無政府状態の国家に日本は国家総動員しても勝てなかったわけだが
>浮浪者や犯罪者の寄せ集めは、そんなに強かったのかw

チ ン ピ ラ ゴ ロ ツ キ も 撃 破 で き な か っ た 痛 い 米 軍
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455 :名無し三等兵:2006/11/30(木) 09:40:31 ID:G9Xon2CU
打通にも大勢ファンは居るのに、↑こんな情け無いカキコするなよな。
どうせ420は一目でわかるクルクルパーなんだから。

456 :名無し三等兵:2006/11/30(木) 11:01:46 ID:???
で、キーセンパーティはどうなったの?
キーセンの芸はマソコからゆで卵出したりするらしいけど、それ見ちゃったら
ヤル気がしなくなるかね…萎えて。

457 :俄将軍:2006/11/30(木) 20:34:14 ID:???
「警察署長」「警視正 椎名啓介」など連想するスレッドは、此処、というこ
とになるのか、などと、嘯いてみたり。

458 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 22:20:20 ID:???
>>453 >>イナゾウ中佐の祖父の軍歴を知りたい

シベリア。

459 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 22:32:54 ID:oh+FkFZd
>>455 >>打通にも大勢ファンは居るのに、↑こんな情け無いカキコするなよな。

いくら「共用コテ」でも扱いに困るので、このスレではトリップを付けて下さい。
自分は相手のレベルを見て返事を出すタイプなのでw。

>>457 >>「警察署長」「警視正 椎名啓介」など連想するスレッドは、此処、
>>ということになるのか、などと、嘯いてみたり。

意味がよく分かりませんw。あなたは幣制改革で相手した「俄将軍」でしょうか?

>>456 >>で、キーセンパーティはどうなったの? キーセンの芸はマソコからゆで卵出したり
>>するらしいけど、それ見ちゃったらヤル気がしなくなるかね…萎えて。

残念ながら話はそこで終わりです。まあ、少し補足して置きますが。マンコから
子供でも出てこない限り自分は驚きません。

460 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 22:53:32 ID:oh+FkFZd
>>452 の続き。

金虎圭が呼び出した妓生はいずれも光り輝くばかりだったと言います。
朝鮮上流貴族の「掌中の珠玉」と著者は感嘆していますが、これは幼児
の頃から「それ専門」に磨き上げられているためです。

日本の花柳界で一流芸妓が「雛妓(おしゃく)」の時代には水仕事を
やっていたのとは訳が違うという事でしょうか。要するに「下積み」の
時代が無いのです。

さて妓生たちは部屋に来ましたが、入り口に固まって座ったまま中に
入ってこようとしません。著者の花園は朝鮮語が分かりませんでしたが
自分の方を見て何か言っているのは察しました。どうやら日本人の自分が
部屋に居ることに疑問を投げているようです。金君が朝鮮語で何か説明し、
妓生は納得した形でそれぞれの聘客の側に付きました。

461 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 23:14:02 ID:oh+FkFZd
著者の花園にも金君が選んだ妓生が隣に付きましたが、料亭の座はすべて
朝鮮語でしたので何も分かりません。つーか、花園の壮行会なのにホスト
無視の「素晴らしい状態」ですw。

さすがに金君は花園がぎこちなくしているのに気付いて「そうだな、日本語
が分かるのを呼ぼう」と皆に諮って、朴蘭玉という妓生を新たに呼んでくれ
ました。朴は朝鮮舞踏の公演で東京の帝劇に出たという女性でこれもひどく
美しい。しかし他の妓生と比べて格が低過ぎるのか、他の妓生は朴には
話しかけませんでした。

他の男たちは朝鮮語で「日本はどうだったか?」「気に入ったか?」
と朴を冷やかしているらしく、朴は早々に引き下がってしまいました。
チャンチャン。お後があまりよろしくないようで(藁)。

462 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 23:29:50 ID:oh+FkFZd
>>449 の補足。>>これは単純で、著者の花園が「朝鮮は独立すべきだ」と繰り返し
>>述べていたからでした。

著者の花園の「朝鮮独立論」は奇異に写るかもしれませんが、東京帝大法学卒
らしく(?)独特のスジ論によるものです。以下は、花園の学生時の話ですが
市電に揺られながら友人とこのように話したそうです。

「満州国を創設した以上は、朝鮮を独立させないで総督政治を続ける理由は
 全くなくなった。朝鮮人のインテリが、満州国が独立したのになぜ俺達は
 独立できないんだ、と騒いでいるよ」

「独立させるのが当然の筋でしょう」

463 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/11/30(木) 23:37:51 ID:oh+FkFZd
「全くその通りだと思うよ。ただ僕のように、朝鮮で生まれ育って
 朝鮮人の性向をよく知っている者の考えは、多少年数をかけて
 漸次的に手順よくやらないと。満州のように藪から棒のやり方では
 収拾のつかない大混乱になる。独立させてかえって今以上に世話が
 焼けてその上金も余計にかかる、ということだよ」

「それは独立した以上、朝鮮人が自分で解決することでしょう」

「そういう事で済めば良いが、そうはいかんだろうと思うよ」

464 :名無し三等兵:2006/11/30(木) 23:50:23 ID:???
孤立主義だったアメリカがたかがアジアの小競り合いごときで
開戦必至の圧力かけたのかいまいち理解できん

465 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/01(金) 00:04:51 ID:eRq0lJQr
>>440 >>だから、陸軍としてはなにをやってもだめという結論になります。
さすがのご慧眼だと思います。

>>軍需物資を全部海軍に渡しても、航空機を全部海軍に提供してもだめです。
>>海軍戦略を修正することができないわけで、無意味に消耗するしかない。

太平洋戦争中、ヒデキは首相と陸相を兼任して、末期には更に参謀総長を
兼ねた訳ですが、海軍の作戦が何をやっているかまるで分からなかった
ためです。

海相には嶋田繁太郎という「東條の腰巾着」とも揶揄された人物がいましたが
海軍の作戦(戦略)には口出しできないどころか、その実情すら雲を掴むような
状況です。自分が参謀総長を兼ねて、陸軍側の作戦トップを占めれば、その立場を
通じて海軍の作戦(戦略)も少しは分かる(口出しできる)んじゃないかと思ったら、
全然そうでなかったというのが史実の日本ですw。

466 :名無し三等兵:2006/12/01(金) 00:06:27 ID:???
まあ
すでにその頃は口出しレベルでどうこうできる戦力を海軍は持っていなかったな。

467 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/01(金) 00:07:34 ID:???
それを言っちゃあ、オシマイよw。

468 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/01(金) 00:16:49 ID:eRq0lJQr
>>442 >>一夕会や桜会など陸軍閥の逸話がこんなに面白いとは!

他人様の「人事の話」ほど面白いモノはない訳です。海軍にだって艦隊派や
条約派などのシコリはありますが、陸軍の文字通り「斬った・張った」に
比べればお上品ですねw。

『金融腐食列島』など高杉良の経済小説等にも通じるものがある訳ですが、
一夕会や桜会はフィクションの話ではありません。現実です。だからこそ
なおさら面白い訳です。

469 :だつお:2006/12/01(金) 04:06:27 ID:qnGr+G4v
とにかく大陸打通作戦>>>>>>>>>>>>マリアナ・レイテ作戦
が否定されないかぎり、太平洋でアメリカ太平洋艦隊を撃滅する能力が
ない限りは、大陸打通作戦を否定的に捉えることはできない。

大陸打通作戦を否定するより以前に、マリアナ作戦を否定すべきだ。
大陸打通作戦が無意味なら、マリアナ作戦だけでなく敗戦国の全て
の作戦は無意味で無駄なあがきであったということになる。

無駄なあがきであっても、大陸打通作戦より優れた方法は存在しない。

470 :名無し三等兵:2006/12/01(金) 10:45:33 ID:???
キーセン呼んどいて濡場無しかよ!

471 :名無し三等兵:2006/12/01(金) 11:09:42 ID:???
まあ、世が世ならば「アンタのために来てやったんじゃないんだからねっ!」
と顔を赤らめて息巻く妓生がいるのだろうか(苦笑)

472 :名無し三等兵:2006/12/01(金) 16:41:37 ID:???
>>太平洋戦争中、ヒデキは首相と陸相を兼任して、末期には更に参謀総長を
>>兼ねた訳ですが、海軍の作戦が何をやっているかまるで分からなかった
>>ためです。

マジですか…orz

473 :甲種幹部候補生:2006/12/01(金) 16:47:15 ID:qcc66O5A
 小兵は支那板に於て支那事變關係のスレッドを繰返し立て、現在も維持してゐるものです。

 大陸打通作戰を否定はしません。
 陸軍もまた我軍であり、その勝利は我國の勝利ですから。
 しかしながら海洋國家、島嶼國家の防衞は海主陸從であらねばならず、その意味で陸軍はサーヴァントとして海軍に奉仕す可く、軍部全體ももまた同樣にマスターたる我國に奉仕するに徹す可きでした。
 大陸打通作戰の目的は、我が陸上輸送路を打通して危險な海上輸送を代替すること、彼の航空基地群を覆滅すること等でしたが、斯うした大目標は結局達成されませんでした。
 それでも勝つたからまあ何とかなりましたが、負けたインパール作戰を御覽なさい。
 インパール作戰には戰略的意義も、戰術的成算もあつたとは思ひます。
 でも昭和19年の戰局、戰爭全體の流れの中で、敢てインパール作戰の賭けに出る必要は無かつたでせう。
 インパール作戰に完全に成功し大英帝國が搖いだとしても、太平洋作戰への好影響は大きくありますまい。
 しくじれば・・・・・これは現實の災厄となつて歴史を血塗りました。
 大陸打通作戰は支那軍相手なので何とか成功しました。
 インパール作戰は英軍相手なのでさうは上手く行きませんでした。
 結果は明暗を分ちましたが、賭けと云ふものは、必要性と可能性を考へた上です可きです。
 小兵の胸は大陸打通作戰の勝利を喜び、誇りとしますが、頭腦はその過大評價に疑念を抱かざるを得ません。

474 :名無し三等兵:2006/12/01(金) 16:54:30 ID:???
>>471
ツンデレなキーセンか!

475 :名無し三等兵:2006/12/01(金) 19:04:18 ID:???
打通作戦の意義って勝利したというより、米国本土の方針を変えた事に意義があったんじゃないのか

476 :甲種幹部候補生:2006/12/01(金) 20:41:36 ID:qcc66O5A
>>475 ご意見を謝し、米國云々の發言番號をお願ひ申す。

477 :元32(予備役少佐):2006/12/01(金) 21:24:22 ID:???
>>472
ニューギニア要衝の相次ぐ陥落に、東條大将がたまりかねて、
現地から帰還した、名参謀として知られる井本熊男秘書官に、
あえて「ニューギニアのわが海軍はもうないのか」と尋ねるという悲痛な逸話があります。
ソースは井本熊男『大東亜戦争作戦日誌』(芙蓉書房出版)、521頁。

陸軍部内で海軍に融和的であり、
軋轢を嶋田海軍大将と協力して乗り越えてきた東條大将であるだけに、
その悲痛な言葉には心うたれるものがあります。

この数ヶ月後に、海軍省部幕僚を中心とする陰謀によって、
東條大将は辞任に追いこまれるわけですが、
こうした海軍中堅幕僚が、慎重な東條大将と陸軍省軍務局を引きずった、
開戦時の最強硬派(神、高木、石川)である、ということには、
実のところ、東條大将もやりきれないものを感じたのではないでしょうか。

>>476
393の打通氏(どの打通氏かは不明)のレスに、ソース付きで、その旨の記述があります。
ただ、わたしとしては、グルー就任過程の難航からみて、この意見にはやや無理があると思いますが。

478 :元32(予備役少佐):2006/12/01(金) 21:31:40 ID:???
>>477
自己レス。些細な違いですが、「ニューギニアの」→「ニューギニア方面には」です。
ソースは上記、井本熊男『大東亜戦争作戦日誌』(芙蓉書房出版)、521頁。

太平洋方面における陸海軍の齟齬は、結局のところ、
中国戦線に攻勢の可能性を探るところに追いこまれる理由のひとつだったように思います。

なお、しばしば誤解があるようですが、実際、東條大将と、その懐刀の遠藤中将は、
帝国陸軍においてもっとも海軍に融和的な指揮官かと思います。


479 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/01(金) 23:39:57 ID:Q7Ylywbz
>>470 キーセン呼んどいて濡場無しかよ!

個人の戦記本(図書出版社)にそんなもん書くか!(藁)

>>471 >>まあ、世が世ならば「アンタのために来てやったんじゃないんだからねっ!」
>>と顔を赤らめて息巻く妓生がいるのだろうか(苦笑)

『涼宮ハルヒ〜』の小説を今さら読みましたが、ハルヒは稀に見るツンデレなので
しょうか? それより長門有希のような妓生もキボンヌですw。何なんですか?
『〜消失』での「核の炸裂」に匹敵する破壊力は? 完膚無きまでにヤラれましたよw。

まあ某御大の言では、「ハルヒが我がままで嫌いというのは、若い男性に多く、
無理しちゃって可愛いよね、というのは年寄りに多い」そうです。自分も最近は
ハルヒの言動にかなり「デレ度」を感じるようになったのですが…(核藁)。

480 :元32(予備役少佐):2006/12/01(金) 23:48:21 ID:???
>>479
思うに、長門さんのほうが典型的なツンデレではありますね。

481 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/01(金) 23:51:17 ID:Q7Ylywbz
まあ、陸海軍人で『ハルヒ』シリーズも出来ないことも無いのでしょうがw。

『永田鉄山の憂鬱』『永田鉄山の溜息』『永田鉄山の退屈』『永田鉄山の消失』
『永田鉄山の暴走』『永田鉄山の動揺』『永田鉄山の陰謀』『永田鉄山の憤慨』

『東条英機の憂鬱』『東条英機の溜息』『東条英機の退屈』『東条英機の消失』
『東条英機の暴走』『東条英機の動揺』『東条英機の陰謀』『東条英機の憤慨』

何にせよ「一番リアリティ」というか、市場で売れそうなのはカンジでしょうがw。

『石原莞爾の憂鬱』『石原莞爾の溜息』『石原莞爾の退屈』『石原莞爾の消失』
『石原莞爾の暴走』『石原莞爾の動揺』『石原莞爾の陰謀』『石原莞爾の憤慨』

482 :元32(予備役少佐):2006/12/01(金) 23:57:17 ID:???
>>481
辻政信でやってみたんですが、あまりにはまりすぎて、かえっておもしろくない。

483 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 00:06:39 ID:???
日本ではないけど、「アルベルト・ケッセルリンクの憂鬱」と書こうとして想像したら胃が痛くなった(泣)

484 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/02(土) 00:14:58 ID:aAxflthW
>>441 >>一般朝鮮人と例の貴族を一緒にすべきではないのだろうなあとは漠然と
>>思っていたのですが、私の努力不足なのでしょうが、その辺りの参考書籍に
>>なかなか良いのが見当たらないのですよね。

『洪思翊中将の処刑(上・下)』(山本七平著、ちくま文庫)などはいかが
でしょうか? つーか、まだ自分も未読で「上巻」を買ったばかりですが…。
まあ、今読んでいる本が終わったらボチボチ手を付けます。

ちなみに読書中なのは『我は苦難の道を行く――汪兆銘の真実(上・下)』
(上坂冬子著、講談社)です。コレイイ! アマゾンでは全然レビューが
付いてませんが、汪兆銘の遺児たちに対するインタビューなど綿密な取材に
基づいた一級資料と言ってよいでしょう。少なくとも労作。担当編集者も
想像を絶する「苦難の道を逝く」だったでしょうw。

また機会を見つけて、このスレでも詳しくレビューします。

485 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 00:25:41 ID:???
このスレ開くとハマりすぎて大変な事になるから、パート3あたりから封印してたのに…つい開いてしまった。魔が差した。

486 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/02(土) 00:26:50 ID:aAxflthW
>>480 >>思うに、長門さんのほうが典型的なツンデレではありますね。

おお!32氏も読者だとは思いませんでした。ひょっとして結構お年を
召した方ではないかと当たりを付けていたのですが、全然違ったようで。

>>辻政信でやってみたんですが、あまりにはまりすぎて、かえっておもしろくない。

試しに書き出してみましょう。

『辻政信の憂鬱』『辻政信の溜息』『辻政信の退屈』『辻政信の消失』
『辻政信の暴走』『辻政信の動揺』『辻政信の陰謀』『辻政信の憤慨』

確かにハマリ過ぎですw。でも売れます! 辻はハルヒ並みに「ツンデレ」
キャラですし。「ツンが9割・デレが1割」。デレは磯谷廉介や服部卓四郎
に対してということでw。

487 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/02(土) 00:49:15 ID:aAxflthW
>>443 >>軍閥の人間関係もだけど戦前の政党同士の骨肉の争いも面白いと思います。

確かに「政友会」と「民政党」の骨肉の争いは見ていて面白いですし、国の
進路を誤らせた罪悪は「陸海軍の争い」に勝るとも劣らないでしょう。残念
ながら自分は戦前の政治史にあまり詳しくありません。

本来なら「軍事史と政治史」の両面をふまえないと戦前日本の教訓に迫れない
のですが、なかなか難しいです…。自分は海軍面もあまり得意ではありませんw。
もっとも「陸軍も海軍も詳しい」という人にも、稀にしかお会いした事がありま
せんがw。普通は「どちらか片方」というのが精々な訳です。

ttp://www.geocities.jp/since7903/Syouwa-kyukenpou/35-Konoe-vol1.htm

政治史だと上記のサイトが、エピソードなど豊富でお勧めです。自分がよく
お世話になっている「クリック20世紀」に近いものがあります。

488 :元32(予備役少佐):2006/12/02(土) 00:50:58 ID:???
>>486
いえ、スレの平均年齢をひとりで上げていることはたしかです。
ただ、話題のものはすべからく試してみたい性分で。

実は『マリみて』もかつて途中から読み出して挫折しましたが、
現在、最初から再挑戦中で、第一巻目をようやく読破いたしました。

489 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/02(土) 01:19:54 ID:aAxflthW
>>464 >>孤立主義だったアメリカがたかがアジアの小競り合いごときで
>>開戦必至の圧力かけたのかいまいち理解できん

ミクロレベルの話では、例えば仏印を日本が占めると、フィリピンは北は台湾、
東は南洋諸島、西は仏印と3方向から攻められるという関係になります。地図を
見れば「極端な話」だと分かる訳ですが、人間の頭はいったん想像すると一人
歩きするものです。

また日米交渉の最中には、日本の外交暗号は米国にかなりの部分が解読されて
いた訳ですが(マジック、ブラックチェンバー)、仏印進駐に関連して以下の
ようなエピソードがあります。

ちなみに日本の「南部仏印」進駐は1941年7月28日ですが、それ以前の
7月14日の話です。

490 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/02(土) 01:47:46 ID:aAxflthW
外務省の「広東総領事」である高津富雄が、うかつにも松岡洋右外相宛てに
次の報告電報を打っています。「現地の日本軍関係者からの聞き込み」と
称して『手柄顔』にです。

「(南部)仏印進駐の目的は第1にわが諸目的を達成し、第2に仏印を
 基地として『行動を開始』する。仏印占領後の計画は『蘭印』である。

 シンガポール占領は海軍が主要な役割を演じる。陸軍兵力はシンガポール
 占領に1個師団。蘭印占領には2個師団必要である。主として航空部隊と
 潜水艦隊をもって英米軍を粉砕する。南部仏印に進駐するのは第25軍で
 近く当方面から進発する」

頭が痛くなるような内容ですが(シンガポール占領を1個師団?潜水艦隊?w)
外務省のこの暗号電報は、バッチリ米国のマジックによって傍受解読されて
7月19日には関係当局に配布されました。軽率な利敵行為の電報そのもの
ですが、まあ害務省と言ったところでしょうかw。

491 :俄将軍:2006/12/02(土) 01:57:13 ID:???
>>459
単に、日本統治下の朝鮮半島で、日本人と朝鮮人の学生時代から、高級官僚ま
で、といったような交流など、ということになるのか、などと。

「俄将軍」の中の人には、変化はない、ということになるのか。

>>473 >>475
大日本帝国の無条件降伏後、東西冷戦、中国の赤化がなければ、如何なる占領
統治が、日本国に、ということになると、ということもあるのか、などと、
嘯いてみたり。

列強諸国のブロック経済体制を崩壊、ということになると、日本は、戦争目標
を達成、ということもあるのか、禍福あざなえる縄の如しで、運が良かった
だけ、ということになるのか、などと。

492 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/02(土) 02:18:44 ID:aAxflthW
>>472 >>マジですか…orz

毎回、兵頭軍師を引き合いに出して恐縮ですが、初期の著作に以下のような
主張があります。太平洋戦争の敗戦責任について、

「海軍をキッチリ指導できなかったという意味では、陸軍の責任だろうさ」

と述べられて「目からウロコ」が落ちた覚えがあります。まあ、兵頭軍師は
陸自出身ですから、その点は割り引いて考えねばなりませんけどw。

>>478 >>なお、しばしば誤解があるようですが、実際、東條大将と、その懐刀の
>>遠藤中将は、帝国陸軍においてもっとも海軍に融和的な指揮官かと思います。

船舶の徴用問題1つ取っても、上記に述べられている通り、ヒデキが海軍の作戦に
指示できていたとはとても言えず、むしろ「ご機嫌取り」に終始した感があります。
もちろん参謀本部は、海軍絡みでヒデキに話を持っていくと困るとブーたれています。

493 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 02:46:47 ID:???
戦前の戦争映画で支那事変特集をしてるのがあったが
何もなさそうな山間部で補給が如何にも滞ってて魚の死んだ目
をした兵隊が出てくる実にツマラン映画だった。
敵など出てこない上に延々と帝国陸軍の弱そうな場面が
続くもんがよく検閲通ったなァ


494 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 10:04:56 ID:5Kt4P1sn
↑赤魔

495 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 14:21:53 ID:5Kt4P1sn
「かかる企圖を遂行した日本軍の最高の勇氣と大膽とを疑ふ餘地は少しも無い。この意味に於て、日本軍に比肩し得る陸軍は、他の如何なる國にも存在しないであらふ」

        大東亞戰役に於て南方で干戈を交へたる大英帝國陸軍中將スリム卿


496 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 19:58:02 ID:???
そりゃ人間まで食って抵抗する軍隊は、そう多くはないでせう。

497 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 22:29:13 ID:5Kt4P1sn
↑赤魔


498 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 22:51:06 ID:???
>赤魔
って単語初めて見ますた。何て読むんですか?
「せきま」?
「あかま」?

499 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 22:55:51 ID:???
まあ、文革時代の中国でも人肉を食したとの報もあるが(苦笑)

500 :名無し三等兵:2006/12/02(土) 23:48:15 ID:???
石器時代なら人肉食って竹槍で戦った奴は沢山いたと思う。
あくまで想像だが。

501 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 00:33:10 ID:lDUNfbdM
>>477 >>こうした海軍中堅幕僚が、慎重な東條大将と陸軍省軍務局を引きずった、
>>開戦時の最強硬派(神、高木、石川)である、ということには、

まあ、PHP文庫で『かくて、太平洋戦争は終わった』という本がありますが
著者の川越重雄は、高木惣吉の従弟です(高木会の主宰者)。この辺りのヒデキ
引き摺り下ろし、終戦工作について初心者が読むには入手容易(2005年刊)かつ
文庫で安価なので「比較的」お勧めです。徹頭徹尾、海軍善玉で書かれていますがw。
ちなみに新刊時には「阿川弘之」の推薦文がオビにありました。

>>480 >>思うに、長門さんのほうが典型的なツンデレではありますね。

長門有希。戦艦長門の長門に、有機物の有、希望の希だ。そう言ってやると、
「……いい名前だ。雄大なイメージを思わせる長門型に、希(のぞ)みが有る
 と書いて有希か……。長門有希さん……。まさに思った通りの清澄で未来の
 可能性に満ち溢れた姓名だ。凡庸でもなく、かといって突飛すぎてもいない。
 俺のイメージ通りじゃないか」(『涼宮ハルヒの動揺』より)w。

502 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 01:01:54 ID:lDUNfbdM
>>473 >>しかしながら海洋國家、島嶼國家の防衞は海主陸從であらねばならず、
>>その意味で陸軍はサーヴァントとして海軍に奉仕す可く

それなら「海軍から開戦首相を出せばいい」のひと言です。第3次近衛内閣が
総辞職したとき、後継首相は「ヒデキ」と「宇垣一成」のどちらにするかで
重臣会議(1941年10月17日)の意見が真っ二つに割れました。

ちなみにヒデキを推したのが木戸幸一、宇垣一成を推薦したのが若槻礼次郎、
岡田啓介、清浦奎吾などです。木戸内府はヒデキの名前を出す前に、海相だった
及川古志郎に組閣させるのも一案としましたが、これには海軍OBの岡田と
米内光政が断固反対しました。

重臣会議は「宇垣一成」に傾いていましたが所詮、天皇に対する「奏薦」の
決定権は木戸幸一が握っています。「虎穴にいらずんば」のエピソードの通り
開戦首相にはヒデキがなるダイスが振られたのでした。また近衛が総辞職する際、
ヒデキと合議で「東久邇宮稔彦王」の皇族首相が念頭に置かれた事も触れておきます。

503 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 01:11:24 ID:lDUNfbdM
>>473 >>小兵の胸は大陸打通作戰の勝利を喜び、誇りとしますが、頭腦は
>>その過大評價に疑念を抱かざるを得ません。

大陸打通作戦の「可否論争」について自分の意見は、>>367-370で述べた
とおりです。そして初代スレの最初の冒頭で述べたように、

504 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 01:15:50 ID:lDUNfbdM
38 名前:イナゾウ中佐 :2005/10/09(日) 02:18:10 ID:RQKX4NUz
>でも何だかんだいって陸軍は勝ち続けた。それに対して海軍は・・・。
>最近、海軍より陸軍の方が作戦能力は高かったと思うようになった。

太平洋戦争後半、ヒデキの大臣秘書官だった服部卓四郎が、参謀本部作戦課長に
返り咲きます(1943年10月)。
就任直後、米軍の消耗戦略で無力化されたラバウルを視察した服部が考えたことは、

『海軍に依存することのない戦場でしか勝利は望めない』

という結論でした。これは既に陸軍の総意といっても過言ではないでしょう。

そして服部が発案したのが、中国大陸での「一号作戦」、いわゆる大陸打通作戦です。
他には、南方総軍の寺内寿一元帥が強く押す、ビルマからアッサムへの侵攻案もありましたが、
ちょうど中国大陸を発進基地とするB-29の爆撃が始まり(この時の目標はまだ台湾)、
前者が遂行されることとなります。大陸打通作戦にはスレの後半で詳しく触れます。

505 :名無し三等兵:2006/12/03(日) 01:16:29 ID:???
>>502
>それなら「海軍から開戦首相を出せばいい」のひと言です。

ご存知の通り、海軍には政治不介入という不文律があるわけで。

506 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 01:16:58 ID:???
な訳ですw。

507 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 01:56:23 ID:lDUNfbdM
>>505 >>ご存知の通り、海軍には政治不介入という不文律があるわけで。

体の良い逃げ口上です。日米交渉が行き詰まるなか、海相だった及川古志郎が
「和戦の決は首相に一任」というのは無責任の極みです。

>富田書記官長から武藤軍務局長に、「今、岡海軍軍務局長から、明日の会談で、
>及川海相は首相に一任する筈だとの連絡があった」と電話があった。武藤局長は
>直ぐ東條陸相に報告し、東條陸相は大変驚いて『よく交渉しろ』ということで、
>それから武藤さんがすぐ電話で、「そりゃいかんじゃないか。総理に一任されたって、
>こんな大問題を総理一人ではどうにもなりゃせん。海軍の口から海軍は戦いは出来ん、
>いやならいやと、はっきり言ってもらおうじゃないか。そうすりゃ、私の方も部内の
>主戦論をおさえる」 武藤さんは、そういうような性格の人だから、こんな調子で富田
>書記官長に食ってかかった。

>>502 で木戸幸一が「及川古志郎」に組閣させるのも一案と提案した事を述べましたが、
「首相に一任する」と逃げた及川に対する『木戸流の嫌味』だったのかもしれませんw。

508 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 02:45:29 ID:lDUNfbdM
>>473 >>小兵は支那板に於て支那事變關係のスレッドを繰返し立て、現在も
>>維持してゐるものです。

しかし「中国板」はデカイですね。驚きました。スレッド数も「軍板」のざっと
2倍はあるでしょうか? ところでアレは維持できていると言うのでしょうか?

>>491 >>大日本帝国の無条件降伏後、東西冷戦、中国の赤化がなければ、如何
>>なる占領統治が、日本国に、ということになると、ということもあるのか、

米ソの東西冷戦が起こらないなんて事は考えられないでしょう。ただし中国が赤化
しない話は有り得ます。要するに戦争の終結が史実よりも大幅に遅れた場合です。

第二次国共内戦でなぜ国民政府が中共軍に敗れたかと言えば、日本の敗戦が予想
よりも早く、日本軍の占領地域の「接収」が大幅に遅れたためです。具体的には
ウェデマイヤー(中国戦区米軍総司令官・蒋介石付参謀長)のカーボナード作戦
の実施ですが、長くなりそうなのでまた明日w。

509 :動かない大図書館 パチュリー・ノーレッジ ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 03:00:22 ID:???
>>485 >>このスレ開くとハマりすぎて大変な事になるから、パート3あたり
>>から封印してたのに…つい開いてしまった。魔が差した。

    r,ヘ──-ヘ_  
    rγー=ー=ノ)yン´     
    `i Lノノハノ」_〉    
    |l |i| ゚ ヮ゚ノi|      「毒を喰らわば皿まで」で過去ログも置いておくわw。
    !γリi.ハiリつ     ttp://kamisato2.hp.infoseek.co.jp/china/
    |,( ll」i l i_|」     <支那事変スレ過去ログ:ue少将閣下作成>
    └'i,_ィ_ァ┘      


510 :甲種幹部候補生:2006/12/03(日) 16:30:56 ID:f6kXmT9t

  支那板の支那事變關係スレッドには打通氏も來て呉れてましたが、何人も影武者がゐるとは知りませんでした。
 
 まあ潰れなければ結構です。
 それに過去ログで出盡した感もあるのです。
 支那事變を語るには當時を知る、軍事を知る、支那を知る等が必要ですので、何も知らぬ人は來ない方が宜しい。
 量が増えれば質が落ちるのは社會科學的法則です。
 軍隊に限りません。
 どうぞお出でになつて暴れて下さい。

 和戰の決は軍部が介入する問題ではありません。

511 :名無し三等兵:2006/12/03(日) 17:06:46 ID:???
だつおはNGにするとスレがスッキリするよ、どうせ前に見た事のあるくだらないコピペの繰り返しだし

512 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 22:36:54 ID:???
>>510 >>支那板の支那事變關係スレッドには打通氏も來て呉れてましたが、何人も
>>影武者がゐるとは知りませんでした。

一応「共用コテ」らしいですw。

>>支那事變を語るには當時を知る、軍事を知る、支那を知る等が必要ですので、
>>何も知らぬ人は來ない方が宜しい。量が増えれば質が落ちるのは社會科學的法則です。

このスレは「次の戦争のために、次の次の戦争のために、戦争の歓喜を無限に
味わうために――」現代にも活かせる教訓を得るのがモットーです。戦時の教訓は
平時の人生にも役立つことがあるでしょう。人事などの問題は、何時の時代でも
普遍的なものがあります。

「南京虐殺は華麗にスルー」(スレが破綻するw)という唯一の例外さえ守って
いただければ初心者の方の質問も大歓迎です。まあ、自分も傲慢かまさせて頂くと
悪貨が良貨を駆逐すると同時に『良貨が悪貨を駆逐する』もまた真実です。

513 :完全で瀟洒なメイド  十六夜咲夜 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 22:47:49 ID:???

   ,.ィ ーrーr 、
  y' "´ ̄`'ヽ
  .ノくノノ人リ))ゝ
  ルi§゚ ヮ゚ノ§       順路通りに進んで力で圧倒する。
   'k'_,i`ム'_i〈つ[|三>   これが文句を言わせないコツですわ。
   ,し'/_ハ.ゝ、       
   `'ト_ノ'ト,ノ"         


514 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 23:16:30 ID:Kouh1uAw
>>どうぞお出でになつて暴れて下さい。和戰の決は軍部が介入する問題ではありません。

以前に一度、「近現代史板」にお誘いを受けたことがありましたが、結局
不義理をしていますw。だいたい1日に2時間前後書き込むのが限界なので
このスレ以外、「軍板」の他のスレにも書き込めないような状態です。まあ、
ちらほら書籍スレにはお邪魔していますが。ただ色々事情がありまして、

●近現代史板=政治史からのツッコミに対抗不能w
●世界史板=そもそも「歴史お化け」に対抗不能w
●中国板=スイマセン。自分は中国語が分かりませんw。

という情けない理由で遠慮しているのもありますw。世界史板で詳しい人は
「一体何者?」という化物がゴロゴロしていますし、中国語は最近の新刊の
『中国軍事用語事典』で簡体字からシコシコ覚えて勉強しています。

「機関」が「机?」って読めねえよ!(泣)。

515 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 23:27:27 ID:Kouh1uAw
しかも、2chだと「簡体字」が表示されねえよ!(泣)

>>511 >>だつおはNGにするとスレがスッキリするよ、どうせ前に
>>見た事のあるくだらないコピペの繰り返しだし

いや、そうとも言えません。最近は「佐官クラス」のだつお氏も出没
されるので尚更扱いに困るのですw。つーか、あのコピペはどこから
調達してくるのか? たまに珍しい書名を見つけて、本当に所有して
コピペしているのなら大したものだと思うのですが〜。

まあ、箸にも棒にも引っかからない「だつお氏」が多いのも事実ですw。

516 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/03(日) 23:57:29 ID:Kouh1uAw
>>493 >>戦前の戦争映画で支那事変特集をしてるのがあったが何もなさそうな
>>山間部で補給が如何にも滞ってて魚の死んだ目をした兵隊が出てくる実に
>>ツマラン映画だった。

実際に観てないと何も言えませんが、「北支の治安戦」などの情景ですかね?
中隊討伐や大隊討伐など…? あるいは高度分散配置での駐屯地勤務など…?

僻地の駐屯地だと、所属中隊からの補給・連絡が月に1回なんてのはザラです
から、補給が滞っていても全然不思議ではないでしょう。ただ最寄に支那人の
集落がある場合はこの限りではありません。一番厳しいのは「道路の分岐点」
など交通の要点ではありますが、付近に何もない場所ですw。

まあ、美辞麗句のナレーションが加われば、映画としてどんなツマラン内容でも
国内宣伝の用は成すのではないでしょうか。ちなみに自分が「死んだ魚の目」を
して道を歩いていると、よく「手相の勉強をしています」と声を掛けられますw。
もちろんアイアンクローですが。

517 :本郷 義昭:2006/12/04(月) 01:22:52 ID:N2rquNnO
 以後、この名乘に致します
 以前の「打通さん」と今日の「だつお」は同一コテなのでせうか?
「打通さん」時代から共用ハンドルだつたのでせうか?

 支那事變は非常に深みのある、哲學的文學的政治的戰爭にて、政治が七分で軍事は三分に過ぎぬ、と蒋介石大元帥自身が呼號してゐます。
 軍事板としてはやむを得ぬのでせうが、この點、こちらのスレッドは軍事偏重です。
 これでは聖戰完遂の妨げです。
 片々たる武事のみでは足りません。

518 :名無し三等兵:2006/12/04(月) 01:29:28 ID:???
別人だよ。
打通が酷死様だと思い込んで騙って引くに引けなくなったお間抜け。

519 :本郷 義昭:2006/12/04(月) 10:05:06 ID:N2rquNnO
酷死様とは?

520 :名無し三等兵:2006/12/04(月) 10:11:54 ID:???
>>519
ネット右翼を軍事板では酷死様と呼ぶ

521 :本郷 義昭:2006/12/04(月) 13:50:55 ID:N2rquNnO
 まあ品良くやりませう。
 右翼も左翼も本人の自由です。
 小兵には今時の若い人に大陸打通作戰の心醉者が大勢見られることが意外でした。
 支那事變は純軍事的には説明不可能な不思議な戰です。
 時系列的には越南戰爭、アフガン戰爭の魁を成すものでしたらう。
 よつて事變史の研究は、アフガン、イラク事變等々、今日的課題に教訓を與へるものです。
 さうして米國が現に梃子摺つてゐるのは、發想が軍事に偏つてゐるからです。
 これも支那事變初期の我誤謬と同じです。
 皆さんは支那事變の謎の中の謎に包まれた謎に迫つて下さい。
 父祖の勇戰から何も學ばなかつたとは言はれたくないでせう。

522 :名無し三等兵:2006/12/04(月) 19:34:54 ID:???
映画と言えば阪東妻三郎主演の『将軍と参謀と兵』が面白かったですな。
中国軍陣地を日本の一個師団が攻略するプロセスが丁寧に描かれてます。
もちろん陸軍全面協力で戦車も活躍、それどころか中国兵に本物の捕虜を使う徹底ぶり。
砲弾を浴びながら敵兵が敗走するシーンは、なんかリアルな感じでした。

523 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/04(月) 22:46:14 ID:BWxvoW/8
>>508 具体的にはウェデマイヤー(中国戦区米軍総司令官・蒋介石付参謀長)の
>>『カーボナード作戦』の実施ですが、長くなりそうなのでまた明日w。

続きです。カーボナードは「黒ダイヤ」を意味する単語で、その作戦主眼は
広東・香港の奪回です。要するに日本軍の「支那沿岸の封鎖」を解くことで
支那軍(在支米軍)への『補給量』を飛躍的に増大させようという狙いです。

第二次ビルマ戦役で「北部ビルマ」を通じた援蒋ルート(レド公路)は開通しました
が、所詮はインドからの陸上路な訳です。まあ、ヒマラヤ山脈越えの空輸よりは
百万倍もマシですがw。それよりも支那沿岸に直接「船舶輸送」でドシドシ物資を
送り付けた方が「在支米軍」の戦局打開に与える影響は計り知れません。

1945年8月になりますと、流石の「支那派遣軍」も戦線の縮小を余儀なく
され「守勢作戦」を取り始めます。それと歩を合わせるかのように、ウェデ
マイヤーの『カーボナード作戦』も着々と準備が進められていたのでした。

524 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/04(月) 23:04:57 ID:BWxvoW/8
支那派遣軍としては、長江沿いの武漢地区、南京・上海などの三角州
地帯、広東・香港などは『絶対死守』です(中南支の場合)。

もう少し広い地域で見ると、シンガポール・サイゴン・バンコク・
ハノイ・ハイフォンなどの日本軍も同じく『絶対死守』です。

さて>>523 で述べたように、1945年8月には日本軍が戦線を縮小し
始めましたので、支那軍(在支米軍)もその分だけ前進する事が出来ました。
ほとんど戦うことなく、『カーボナード作戦』の第1期目標である南寧、
福州、桂林を奪回できました。桂林・南寧などは「大陸打通作戦」で苦戦して
日本軍が占領した地域ですので、元の木阿弥となったとも言えますw。

この分だと遠からず、海岸地方を奪回して「海上からの補給路」も再開
できるのでははいかと、支那軍の志気を大いに高めたとされます。もちろん
沖縄などは同年6月には陥落しています。連合艦隊が壊滅しているのは
言うまでも無いことでしょうw。

525 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/04(月) 23:25:36 ID:BWxvoW/8
そして1945年9月には、第2期作戦として「米式装備」の支那軍
20個師団を投入して一大攻勢を開始する計画でした。

最初に述べたように『カーボナード作戦』の主目的は「広東・香港地区」
の奪回です。もし支那派遣軍がマニラ防衛戦で見せたような死に物狂いの
防衛線を繰り広げるようなら、夥しい損害を避けるため包囲に留める計画
だったようです。

ちなみにマニラ防衛戦は、山下奉文が「無防備都市宣言」をしたにも拘わらず、
海軍部隊が命令に従わず居残って徹底抗戦w。マニラは廃墟となり、2万の
将兵が玉砕するとともに多数のマニラ市民が犠牲になりました。もちろん米軍の
無差別砲撃も「一大貢献」していますがw。

海軍部隊は置いておくとして、上記の文章の「マニラ」を「香港」に直してみると
当時の「在支米軍」が何を考えていたのか、二の徹を踏まないよう難攻は避ける
べきとしていたのが想像できるのではないでしょうか。

526 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/04(月) 23:32:55 ID:???
試しにやってみましょうw。

>ちなみに香港防衛線は、岡村寧次が「無防備都市宣言」をしたにも拘わらず、
>**部隊が命令に従わず居残って徹底抗戦w。香港は廃墟となり、2万の
>将兵が玉砕するとともに多数の香港市民が犠牲になりました。もちろん米軍の
>無差別砲撃も「一大貢献」していますがw。

527 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/04(月) 23:59:59 ID:BWxvoW/8
もし『カーボナード作戦』で広東・香港方面が苦戦するようでしたら
これを包囲に留め、他の地域の汕頭(スワトゥ)、福州、広州湾、厦門
(アモイ)などを攻略して、海上からの補給路を確立する計画でした。

もちろん戦線縮小したとはいえ、支那派遣軍には100万の将兵がおり
ましたので(巨大な遊兵とも言うw)在支米軍の目論見は果たして期待
通りになったかどうかは分かりません。しかし、戦争が長引いて9月以降
も続いていれば、一大攻防戦が繰り広げられた可能性は高いでしょう。

>>524 >>支那派遣軍としては、長江沿いの武漢地区、南京・上海などの三角州
>>地帯、広東・香港などは『絶対死守』です(中南支の場合)。

誤解を招くとアレなので補足しておきますが、史実における8月時点で
日本軍が保持していた主要な占領地域は、太原・洛陽・北京・南陽・張家口・
済南・青島・邯鄲・全県(広西省)・衡陽・宝慶・当陽・丘州・漢口・九江・
南昌・南京・応山・蘇州・上海・徐州・長沙・広東・杭州……などです。

528 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/05(火) 00:29:41 ID:xi9L3VSe
南寧や桂林など「大陸打通作戦」で占領した地域から一部撤退したとはいえ、
上記のような地域をいまだ日本軍は保持していた訳です。

まあ、支那海岸線は普通にやったら「未だ遠い」というのが正直な感想です。
いくら「米式装備」とはいえ20個師団で支那全土をどうこうできるか甚だ
疑問と言えるでしょう。それとも、日本軍は不断の「攻勢防御」で占領地を
保持していましたから、一度臨界点を越えると一気に揉みくちゃにされる
可能性もあるのでしょうか?

ただ、『カーボナード作戦』が最大限効果を発揮して物資も兵力も溜めに
溜めた20個師団が一戦線(広東・香港)に集中的に投入される(桂林・
南寧方面から東攻)なら日本軍の玉砕というような事もあるかもしれません。

いずれにしても、武器弾薬など本土からの補給も途絶して、時間が経てば
経つほど「支那派遣軍」が不利になるのは確実です。11月にオリンピック
作戦(南九州上陸作戦)など、本土決戦が開始されれば地獄でしょう。

529 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/05(火) 00:43:11 ID:???
お詫びと訂正w。

>>524 >>ほとんど戦うことなく、『カーボナード作戦』の第1期目標である
>南寧、福州、桂林を奪回できました。

×福州がいりません、→削除w。

530 :だつお:2006/12/05(火) 05:29:40 ID:8f5pF6ku
>中共の八路軍に対して、汪兆銘の軍隊(旧国府軍の帰順兵など)ではまず
>勝てないと思われるからです。結局、日本軍に「おんぶりだっこ」です。

ならばなおさら「汪兆銘の南京政府」は華麗にスルーということだな。

もちろん延安政権側もそう簡単に日本側要求を受け入れるわけではなかろうが、
マリアナ決戦を放棄して大陸打通だけに専念し延安政権との和平工作に国を
挙げて取り組むようにすれば、アメリカと蒋介石に与える影響は大きい。
事と場合によっては、ソ連参戦前に延安政権に満州の一部をくれてやるとか。
しかしながらこれも皇軍戦力の拡充が必須条件で、マリアナ決戦などという
無駄な損耗は極力避けねばならなかったはずだ。

531 :本郷 義昭:2006/12/05(火) 12:37:52 ID:C9UO0Uz4
 大陸で講和すれば我國の負担は減りますが、それで太平洋正面の主戦場で勝てる訳ではありません。
 支那派遣軍を引上げて太平洋にばら撒いた所で−無事に着いたとして−、玉砕が少し遅れるだけです。

532 :名無し三等兵:2006/12/05(火) 20:11:22 ID:C9UO0Uz4
          ,′ _
           , -r/`ヽ十/`ヽ ヽ.
        _/     l|/,     ゛、
      /:/    爪! l| il| |     ヽ
       /:::/   | l l``` "´| ト、 l    ゙、
.      !::::l   /|.lヽ!    リ }ハ_     i    好きです、日本の兵隊さん!  
     l::::|   l/l|二、    ,二., l  i l          
     |::::l i l,/_j::、     _j::、ヽl i ! !         
     l::::| l l! _ヒ」     ヾ┘ j l | |
      l::::i! i l l       ;     //l j i !
      !::::lヽ!、ヽ'、   、__,   ノ'// ///
.      j::::::!::::::ヽ゛、        ///!'´    
     i::::::::i::::::::::i::`}' 、 _ _,. 'l::::/'::i::::|
      !::::::::::!::::::::::!ノ        !:::::::::::!::l
    j::_,,-ヽ:::::::ヽ      iヽ:::::::::ヽ!

533 :名無し三等兵:2006/12/05(火) 21:18:10 ID:???
>>525
細かい話ですが、山下画伯はオープンシティ宣言してません。
資材の運び出しが間に合わなかったので。
それからマニラに居残ったのは海軍だけではないです。

534 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/05(火) 22:51:34 ID:1PmIIEKa
>>533
失礼しました。確かに「マニラ攻坊戦」では海軍の陸戦隊の他に陸軍部隊も
おりましたw。ちょっと補足させて頂きますと、最高位者が第31特別根拠
地隊の岩淵三次海軍少将で、野口勝三大佐が率いる陸軍2個大隊(マニラ
在住の民間日本人を召集して編成された)を合わせて約2万人の兵力です。

山下大将が「オープンシティ宣言」をしたかどうかですが、昨日はウィキ
ペディアで一応確認して書きましたw。手元にある『太平洋戦争・主要戦闘
事典』ですと、「山下大将は『撤退命令』を出したが、岩淵少将は拒否』と
あります。まあ、尾ひれが付いているかもしれませんw。

535 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/05(火) 23:14:58 ID:1PmIIEKa
>>491 >>大日本帝国の無条件降伏後、東西冷戦、中国の赤化がなければ、如何
>>なる占領統治が、日本国に、ということになると、ということもあるのか、

>>528 の続き。要するにウェデマイヤー将軍の『カーボナード作戦』が成功すれば、
広州・香港を通じて「海上補給路」が開通します。前の方で広州・香港の攻略が困難
であれば代わりに、福州やアモイを代替とする米軍の計画に触れましたが、よくよく
地図を見れば、目の前に「台湾」がありますから流石に無理ではないでしょうか?w
特攻機も含めて完全に無力化できるのなら別ですがw。

また、広州・香港(日本の第23軍)が壊滅すれば、先に桂林・南寧(広西省)が
奪還されたことも合わせて、支那大陸を通じた陸上の「仏印以南の連絡路」が
完全に絶たれます。

その頃には『本土決戦』も「宴たけなわ」で支那大陸での戦いなど、連合国にとっても
限りなくどうでもよくwなりそうですが、おこぼれのような物資補給は引き続き行なわれる
でしょう。しかし、それが「海上補給路」を通じたものなら非常に大きいなものになります。

536 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/05(火) 23:30:41 ID:1PmIIEKa
そして在支米軍総司令官のウェデマイヤー中将は、蒋介石と円滑な関係を
築いており、何より根っからの『反共主義者』です。連合国からの補給は
国民政府軍の「米式化」を促進させ強化しこそすれ、中共軍に回る事は
ほとんどないでしょう。

(前任者のスティルウェルと蒋の関係が「破滅的」だったことが、ウェデと蒋の
 間柄を良いものにしました。ウェデはスティルの二の舞を避けようとしますし、
 蒋自身も再度ウェデと関係をこじらせたら今度こそ米国に見捨てられることを
 理解していたからです)

日本の支那派遣軍は「中南支」で戦線を縮小させる方針でしたから、国府軍に
とっては最小限の犠牲で多くの占領地を奪回できます。史実では余りに戦争が
早く終わってしまったため、四川省の奥地から「おっとり」出てくることに
なったのが致命的な時間のロスになりましたが、このIFでは第二次国共内戦
のスタートが国民政府に有利になってきます。

537 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/05(火) 23:50:38 ID:1PmIIEKa
ただし、国府軍がそれでも「支那派遣軍」にコテンパンにされるのなら
知った事ではありませんw。また本土決戦とともに、ソ連の満州侵攻が
続行されるでしょうから、それが支那戦線にどんな影響を及ぼすかは
不確定です。

史実の「ソ連の対日侵攻」は、満州全土と朝鮮半島北部でストップしましたが
(プラス南樺太・千島列島など)、それはアメリカからの警告を受けたためです。

もしそのまま戦争が続行されるなら、朝鮮半島全域が飲み込まれた可能性が
ありますし、果たしてソ連軍は「万里の長城」を越えて支那本土まで侵攻して
来るでしょうか? その場合は、北支那方面軍や駐蒙軍が対応せざるを得なく
なりますし当然、中共軍はここぞとばかりにソ連に呼応するでしょう。

アメリカがどこまで黙認するかが微妙です。トルーマンはどう判断するで
しょうか? またルーズベルトだったらどうしたでしょうか? 何にせよ
支那派遣軍は南北から挟撃を受ける結果となります。

538 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/06(水) 00:16:58 ID:AFs/Fsv9
>>491 >>大日本帝国の無条件降伏後、東西冷戦、中国の赤化がなければ、如何
>>なる占領統治が、日本国に、ということになると、ということもあるのか、

ソ連軍が「万里の長城」を越えないのであれば、国府軍が引き続き米軍に
強化されて有利だと思います(もちろんソ連も中共を支援するでしょうが)。

まあ中国が赤化しないのであれば、中華民国(国府)がソ連と国共を接する
ことになりますので(多分、朝鮮半島は赤化していると思われ)、日本の
扱いはどうなるのでしょうかね?w ここまで書いていて、本土決戦を続ける
とロクな事にならないのがつくづく実感されるので、悪くすると分割統治で
「南北分断」の可能性も高いのではないでしょうかw。

単純に、史実の「第二次国共内戦」の規模がデカくなるだけなら日本も甘い汁を
吸うことも出来ると思いますが……。以上、徒然なるままに書いてみました(藁)。

539 :だつお:2006/12/06(水) 20:13:38 ID:cYkwPCXu
ルーズベルトやマーシャルは賢明だから、ソ連対日参戦欲しさで、
あらゆる工作や譲歩を惜しまなかったんだよな。

そもそも朝鮮戦争で中国のチンピラゴロツキ相手にも大苦戦してた米軍が、
日本本土で皇軍主力を殲滅できるなんて考えるほうが妄想的ではないか。
B-29撃墜率だって皇軍と中朝軍を比べてみれば10倍以上の格差がある。

GENERAL MARSHALL said he was not familiar with the Polish issue
and its political aspects. He said from the military point of view
the situation in Europe was secure but that they hoped for Soviet
participation in the war against Japan at a time when it would be
useful to us. The Russians had it within their, power to delay their
entry into the Far Eastern war until we had done all the dirty work.
He said the difficulties with the Russians such as in the case of
CROSSWORD usually straightened out. He was inclined to agree with
Mr. Stimson that possibility of a break with Russia was very serious.

http://teachingamericanhistory.org/library/index.asp?document=909
Memorandum by Mr. Charles E. Bohlen,
Assistant to the Secretary of State, of a Meeting at the White House
April 23, 1945, 2:00pm

皇軍としては、マリアナ決戦で勝利して米ソ2正面作戦に耐える
だけの国力と工業力が必要だったということになるが・・・

540 :だつお:2006/12/06(水) 21:00:45 ID:cYkwPCXu
>史実の「ソ連の対日侵攻」は、満州全土と朝鮮半島北部でストップしましたが
>(プラス南樺太・千島列島など)、それはアメリカからの警告を受けたためです。

ソ連の戦力が、実はとてつもなく大きかったことを知ってるだろうか。
総合国力で元々日本より強かったはずのドイツが、何であんなにひどい
負け方をしたのかを考えてみるための視点。

「終戦までのドイツ国防軍全体の損失は1348万8000人を数えた。
このうち1075万8000人が東部戦線で戦死するか捕虜になった」
―死に死を重ねた激しい独ソの攻防戦の実相を旧ソ連の公文書をもとに克明に描く、
衝撃の戦史!!地図37点・写真28点のほか、必見の詳細付属資料も掲載。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-ISBN=4059011738

541 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/06(水) 22:30:37 ID:Qjff5+9W
>>522 >>映画と言えば阪東妻三郎主演の『将軍と参謀と兵』が面白かったですな。

少しネットで調べましたら1942年の国策映画とのことですが、皆さん、どこで
見てらっしゃるのでしょうかね? まさか戦時中?w と思ったら、1995年に
「戦後50周年記念」で日活からビデオが出ていたようで…。大変興味を覚える
内容ですが、アマゾンなどでも軒並み「在庫切れ」です。残念。

まあ、こうしたヴィジュアル面の資料ですが、つい最近「興味深い書籍」が
発刊されました。●『日本残酷写真史』(下川耿史著、作品社)です。先日
大型書店をブラブラしていたら偶然見つけたのですが、大変面白い。

江戸時代の晒し首(さすがにイラストも多い)から、明治の斬首、関東大震災
の朝鮮人虐殺、大正の猟奇犯罪など幅広く、残酷な死体写真が網羅されています。
もちろん日中戦争も取り上げられておりまして(全体からすればごく僅かですが)
支那人の捕虜を的にした日本軍の『刺突訓練』なども掲載されています。

542 :ばばぼん♪ ◆gdH1Km1a0U :2006/12/06(水) 22:52:35 ID:???
>>541
》 「将軍と参謀と兵」

これ、去年くらいにMXとかでやったんですよね。
途中で気がついたんで録画も失敗した上に半分くらしか観てないんですが、
歩兵を支援する九二式歩兵砲とか軽装甲車部隊とか、
師団通信隊のタンスのような無線機とか敵陣を攻撃する九七式軽爆とか、
いろいろいい感じの映像がありました。

CATVの日本映画専門チャンネルで夏に戦争映画特集をやるんですが、
是非ともやってほしい一作です。

つか、「上海陸戦隊」がDVD化されてるくらいなんで、
そのうちこれもでないかなぁ、とか思ってるんですが。

543 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/06(水) 22:59:07 ID:FVfEigfd
アウシュビッツなどの写真もありまして、かなり「グロい写真」が盛り
沢山ですw。太平洋戦争研究会の『第2次世界大戦がよくわかる本』
(PHP文庫)にもアウシュビッツ絡みのキツイ写真が載っています。

(ユダヤ人の死体が山積みになっている貨車か何かを、米軍兵士が
 遠巻きにしているのですが、敷地の塀の向こうで野次馬の一般人が
「覗き見ている」のがリアルかつ深く考えさせられる写真です)
  
まあ、自分はグロ写真は割と平気な方ですが、とても食事時に読めた本
ではなく、解説の文章がどの程度のレベルなのかまでは未知数です。ただ
珍しい写真を数多く掲載している割に、本体2000円とお値打ちなので
写真だけ目当てで買っても十分見合う内容だと思います。

今度、書店でよく吟味してみまふ。

544 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/06(水) 23:10:23 ID:???
>>542 >>歩兵を支援する九二式歩兵砲とか軽装甲車部隊とか、師団
>>通信隊のタンスのような無線機とか敵陣を攻撃する九七式軽爆とか、

海軍関係もそうなのですが、自分が特に弱い分野が「兵器全般」でして
国策映画など、きちんとした映像で勉強するのが一番手っ取り早いかなあ、
と思ってみたりw。

545 :名無し三等兵:2006/12/06(水) 23:37:06 ID:???
>一番手っ取り早いかなあ、
手始めならばコーエーの兵器図鑑でいいのではw

まあ普通にお勧めするなら光人社の「〜入門」ですかね。

546 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/06(水) 23:40:45 ID:FVfEigfd
>>498 >>>赤魔って単語初めて見ますた。何て読むんですか?「せきま」?「あかま」?

「せきま」です。「赤魔」と「あかま」でググると、ファイナルファンタジーの
赤魔道士が盛大にヒットすることでしょうw。

まあ、参考までに「白団」(ぱいだん)の盟約書を紹介しておきます。第二次国共内戦後、
台湾に逃れた蒋介石は旧日本軍人の軍事顧問団を招きます。その際に、国民政府側の代表と
白団団長の富田直亮、そして日本側の保証人である岡村寧次(元・支那派遣軍総司令官)の
3者が署名したものです。

「赤魔は、日を追って亜細亜大陸を風靡する。平和と自由とを尊び中日提携の要を確認する
 中日両国同士は、此の際亜東の反共連合、共同歩衛のために決起し、更に密に協力して
 防共に邁進すべき秋(とき)である。

 茲(ここ)に、日本側同憂相謀り欣然として赤魔打倒に精進する中華民国国民政府の
 招聘に応じ以って中日恒久合作の礎石たらんことを期する」

547 :名無し三等兵:2006/12/06(水) 23:42:39 ID:???
イナゾウ中佐とだつお、俄将軍、本郷義昭。

これだけ粘着質なら、実社会でもそれなりの成功を収めているのだろうな。

意欲と根気に敬服

548 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/06(水) 23:55:56 ID:FVfEigfd
>>545 >>手始めならばコーエーの兵器図鑑でいいのではw

そこまで「弱く」ありません(核藁)。

>>546 の続き。「白団」については最近、芙蓉書房から昔の本の復刊で
『新版・白団――台湾軍をつくった日本軍将校たち』(中村祐悦著、
1890円)が出ましたので、興味のある方は読んでみるのが吉です。
一応、当スレの「推薦図書」には必ず入る品目です。きっと蒋介石への
印象が大きく変わるはず。

>>546 >>白団団長の富田直亮

富田は終戦時、第23軍参謀長で元少将です。第23軍は香港・広東を
占領していた部隊であり、先のウェデマイヤー中将の『カーボナード作戦』
が発動されていれば、真っ先に激突していたことになります。奇妙な歴史の
一致と思うのは、少し飛躍しすぎでしょうか。

549 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/07(木) 00:04:02 ID:???
>>544 >>CATVの日本映画専門チャンネルで夏に戦争映画特集をやるんですが、
>>是非ともやってほしい一作です。

まあ、最近のテレビの「戦争ドラマ」はどうしようもないですからね。

ほぼセックスの一部始終を地上波で放送した「沖縄従軍少女看護隊 最後の
ナイチンゲール」は、最早トラウマの領域に入っていますw。

550 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/07(木) 00:17:01 ID:???
>>547 >>イナゾウ中佐とだつお、俄将軍、本郷義昭。これだけ粘着質なら

自分は「粘着質」ですかね?w どこをどう指して言っているのか
解説キボンヌ。

>>547 など、レスが忘れた頃に来るのは、書き込める時間の関係上
どうしようもないことです。

551 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/07(木) 00:19:50 ID:???
>>547 など、レスが忘れた頃に来るのは、書き込める時間の関係上
>>どうしようもないことです。

↑は、>>546 の間違いですw。

552 :元32(予備役少佐):2006/12/07(木) 00:23:45 ID:???
>>550
547の中の人はツンデレなのだと思いますよ。


553 :ばばぼん♪ ◆gdH1Km1a0U :2006/12/07(木) 00:31:16 ID:???
いえ、誘い受けの一形態でしょうw

554 :名無し三等兵:2006/12/07(木) 00:54:24 ID:???
ちがうぞ皆の衆。>>547はたぶん心から誉め言葉で粘着質といっている。
これだけ支那事変周りの事を突き詰めて調べて検証しているのだから
仕事の能力も高いだろうと。

555 :名無し三等兵:2006/12/07(木) 00:59:14 ID:0pr/z3c7
稲造の勧めで花園一郎の本を取寄せたら物凄い電波ブックだった・・・・・

556 :俄将軍:2006/12/07(木) 23:13:11 ID:???
>>547
粘着質であれば、社会で、成功が収められるというのは、如何なものか、など
と、思ったりもするわけですが、それはそれとして、「俄将軍」の中の人が
書き込みが、粘着質、ということになると、此処のスレッドで、というこ
とになるのか、他のスレッドなども、勘案して、ということになるのか、
などと。

「俄将軍」といった、トリップなしの固定ハンドルなど、しつこく使い続けて
いるということになるのか、などと。

>>554
「俄将軍」の中の人の書き込みの場合、書き散らしているだけであり、当ては
まらない、ということになるのか、などと、嘯いてみたり。

557 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/07(木) 23:34:38 ID:jr92rOaL
>>554 >>ちがうぞ皆の衆。>>547はたぶん心から誉め言葉で粘着質といっている。

だつお氏や俄将軍、本郷義昭と「並列」なのが心中複雑です…w。まあ、自分は
『ガンダムSEED 連合VSザフト』ではグフイグナイテッド(ハイネ専用機)をシコ
シコ使っているような輩ですが、このスレに関しては『継続は力なり』がモットー
です。あと無理しないのが、何事も長続きするコツです。

>>仕事の能力も高いだろうと。
自分はムラがあり過ぎですw。ムッシュムラムラ。仕事で不機嫌なのが露骨に
顔に出るのが修行が足りない、と自分で思ってみたりw。

>>555 >>稲造の勧めで花園一郎の本を取寄せたら物凄い電波ブックだった・・・・・

まあ、「誰も信じるな」(NO ONE TRUST)ということでw。最後の方の「結城昌治」
との裁判まで読みました? 確かに最初の方は電波ブックですが『軍旗はためく下に』
を読んでいると面白さが増すかもしれません。「リアル・軍旗はためく下に」なので。

558 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/07(木) 23:51:38 ID:jr92rOaL
>>499 >>まあ、文革時代の中国でも人肉を食したとの報もあるが(苦笑)

中国戦線の「戦記本」はかなり読みましたが「人肉食」の話は見たことが
ありません。ただし「日本兵による」です。1942年に河南省で大飢饉が
発生しまして罹災者3千万人、餓死者300万人とも言われます。まあ、
当然チャンコロ同士の「人肉食」は当たり前だったでしょう。

それにしても南方戦線に比べれば、支那戦線は「恵まれている」という
表現では足りないでしょう。南方では、戦友が死んでせめて小指の骨だけ
でも遺骨として持って帰ろうと焼いていたら「美味しそう」という衝動が
湧いてきた(それ以来、戦争が終わっても肉が食えない)ですとか、

半裸の現地人の「死体」が転がっていて、その白くなった尻を見て最初に
思ったのが「美味しそう」だとか、そんな話ばかりですw。

559 :名無し三等兵:2006/12/07(木) 23:57:29 ID:???
イナゾウ連ザやってるのかよw

560 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/08(金) 00:11:18 ID:2uQCQYf2
ただし「大陸打通作戦」の頃のエピソード(第40師団・鯨)として、
以下のようなものがあります。(桂林攻略戦の直前)

師団から「軍の兵站病院に米を補給せよ」という命令がやってきます。
自分で米を収集できない重傷者が餓死に瀕している、という内容です。
連隊総出で稲を刈り、農具を引っ張り出して精米をして、急いで送り
届けたという話です。もちろん「支那人の水田」を勝手に稲刈りしている
訳ですがw。『補給は前線から』の典型です。

まあ、野戦病院などに入ると「正規の給養」だけではとても食っていけず、余計に
生命の危機に瀕するというケースが支那戦線でも(においてさえ)ありました。

例えば、太股の「貫通銃創」ぐらいなら多少傷がふさがってなくても早く
前線に出て、支那村落の「徴発」の恩恵に預かっていた方が、栄養が取れて
治りがよい(本人も前線に出ることを望む)という訳です。これはある
大隊長(少佐)の話です。

561 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/08(金) 00:17:07 ID:???
>>559 >>イナゾウ連ザやってるのかよw

よく「スレイヤーウィップ」で味方ごとブチ殺していますw。

あ、前に出ないで!w

562 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/08(金) 00:26:54 ID:2uQCQYf2
>>499 >>まあ、文革時代の中国でも人肉を食したとの報もあるが(苦笑)

また支那事変中の話ですが、中共支配地域で食うに食えなくなった支那人が
日本軍の占領地に移動してきます。その時、日本軍地区に「木の葉が食べら
れずに残されているのを見て驚いた」というエピソードもあります。

日本軍は「中共支配地区」から食料を意図的に没収して持ち帰っていました
から、『食料戦』でもある訳です。まあ、この辺は延び延びになっている
「北支の治安戦」の項で詳しく取り上げますw。

563 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/08(金) 00:35:25 ID:2uQCQYf2
【訂正】
×
>>558 >>半裸の現地人の「死体」が転がっていて、その白くなった尻を見て
>>最初に思ったのが「美味しそう」だとか、そんな話ばかりですw。


半裸の現地人の『女死体』が転がっていて、その白くなった尻を見て
最初に思ったのが「美味しそう」だとか、そんな話ばかりですw。

564 :ばばぼん♪ ◆gdH1Km1a0U :2006/12/08(金) 00:57:32 ID:???
ちなみに既に亡くなった叔父が技師(軍属?)として昭和十九年末から越南にいましたが、
食糧事情は非常に良かったそうですw

まあ、北支・中支とは事情が違うわなぁ。

565 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 04:43:51 ID:???
ニューギニアでは戦友の肉すら食っていたというのに…

566 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 09:53:36 ID:9AfdZlXf
また赤い嘘か

567 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 11:54:51 ID:???
戦友の肉を食って処刑された兵が複数いたのは事実だったりする。

568 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 12:12:56 ID:???
飢餓時に人肉食への抵抗が無くなるのは生理。

569 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 14:06:17 ID:9AfdZlXf
では判例を。

570 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 15:49:43 ID:???
ひかりごけ事件とか

571 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 16:39:32 ID:???
どっかの外国の雪山で飛行機が墜落したときの事件とか

572 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 19:11:29 ID:NCYP4+lg
外国人は関知しないが、567は完全な嘘。


573 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 22:33:19 ID:???
軍医さんかなんかの戦記で読んだ記憶があるけどなあ。
場所は確かニューギニア。
同行する部下が急性盲腸で悶絶し「後から追いつきますから」と言うのを、
心を鬼にして叱咤し続け、落伍させなかったとか。
その部下には心底恨まれたに違いないが、そうしたホントの理由は
隊を離脱して密林に潜伏する嘗ての味方兵士に食われちゃうからだったと明記してたな。
そういう手合いとジャングルで鉢合わせするシーンもあった筈。


全編が泥やら蛭やら下痢やらのリアルな体験描写に満ちてて、結構印象に残ってる。
書名忘れたけど、あれは電波本だったのかな?

574 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 22:46:12 ID:???
ニューギニアでの日本兵(日本軍ではない)による人肉事件は有名な話。
もっとも当人達は否定しているし、かなり脚色され、事実いわれの無い誹謗中傷を受けたそうだが。

左の保阪正康でも「あった」がその数は一桁か二桁程度と推測している。
また暗黙のルールで人肉食を行なった者は銃殺に処されたという。


575 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 23:11:33 ID:NCYP4+lg
だから判例を示せと言ってるんだよ。
処刑なんだろ。

576 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 23:17:29 ID:NCYP4+lg
    ◆平成5年6月25日付の産経新聞「ベルリン物語」
        http://sinobu10.hoops.ne.jp/tokyo_judgement.html

 ボン郊外に住むドイツ軍退役将軍ウーレ・ウエットラー氏とインタビューした際
「この事だけは、どうしても日本の読者に伝えて欲しい」
と頼まれた。この欄でその要旨をお伝えしたい。
 ウエットラー氏は北大西洋条約機構NATOの作戦本部参謀や戦車部隊司令官を
歴任したが、戦争史を研究する学者でもある。退役後、太平洋方面(フィリピン、
シンガポール)に於る日本軍の作戦というテーマに特に興味を持った。
 「純粋に軍事史的見地から調べた結論から言うと、兵士の訓練度、司令官の質、
全ての面で日本軍 の優秀さは群を抜いていた。民間人に対する対応も、占領軍で
あるにも関らず、実に礼儀に富ん だものであった」
 ウエットラー氏は、ドイツの新聞(東京発)が戦時中の日本軍の残虐さを強調す
る為「余りにも自分の研究とは違い過ぎる」と、義憤を感じたーーというのだ。
「戦争目的(大東亜共栄圏)や敗戦国であるという点から日本軍の残虐行為が強調
されるのでしょう が、純粋に軍事史の具体例として検証した場合、むしろ米軍の
方の残虐性が目立つ」


577 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 23:20:48 ID:???
国士様ヒートアップ!
ところで判例って?
現地軍の処刑記録まで判例になるとでも思ってるのかな、この鳥肌系は。

578 :開戰記念日に思ふ:2006/12/08(金) 23:22:40 ID:NCYP4+lg
 我國は第一次大戰に本格的に參戰してをらず、この爲に總力戰の理解淺く、準備も
足りませんでした。同じ7粍機銃でも陸軍と海軍で規格が違ひ、互換性がありません。
彈丸も部品も工具も統一や體系に乏しく徒に煩雜で兵力擴充、戰力發揮を妨げました。
單體としての兵器が優秀でそれぞれ戰果を上げていながら、なほ戰爭に負けて仕舞つ
たのは此處に一因があります。

 有名な例では、英ソの戰勝國が女子を戰場に投入してゐるのに戰敗國の日獨伊がそ
れを行なつてゐないのは、努力が足り無いと言はれても仕方ありません。米國のF6
Fヘルキャット戰鬪機やM4シャーマン戰車は凡作と言はれますが、壓倒的物量で日
獨を制しました。これは豐かで資源に富んでゐたと云ふだけでなく、自らの努力で國
力を有效に動員し、戰力化してゐたのです。米國の兵器はカタログデータは凡庸でも
量産に適し、非熟練工の手でも大量生産可能です。操作容易ですから總動員で引つ張
り出された技倆未熟の將兵でも操縱でき、その上戰術も新米で可能な一撃離脱戰法、
射撃が下手でも中る多銃多彈方式です。彼の戰爭指導は全て總力戰、物量戰を至上命
題に首尾一貫してゐたのです。

579 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 23:25:49 ID:NCYP4+lg
 これに反し我國には開發生産戰法動員を總覽するSYSTEMがありませんで
した。彗星や流星は明らかに高性能機ですが、構造複雜で挺身隊の女學生には製
造困難です。當然生産は進捗せず、戰場へ屆いても苦戰下整備困難で稼働率低く、
飛行時間の足りない搭乘員には操縱容易ならず、戰力發揮できないのです。我々
は、殊に銃後に於て戰爭の研究、準備、努力が足りなかつたと言はねばなりませ
ん。
 
 戰爭後半も大半の國民は餓ゑに苦しんでおりません。それは都市傳説の類であ
つて、餓ゑに苦しんだのは都市部だけです。闇食料はたらふく食つた餘り物を賣
るのです。一部とは申せ國民が餓ゑに苦しむのも
 @徴兵で農村勞働力が減る
 A比島失陷で海路杜絶し肥料の輸入が止まる
 B潛水艦による封鎖で臺灣や大陸からの食糧輸入が止まる
 C空襲や艦砲射撃、機雷敷設等から國内輸送が止り生産地からの輸送が滯る
等が原因です。國防費の問題ではありません。

 大山元帥や兒玉大將が言はれた如く、始まつた戰爭、それも無限戰爭を止め
るのは至難の業にて、しかも彼は大西洋會談以來和平拒否、戰爭貫徹宣言を繰
返してゐるのですから、戰爭の止めやうはありますまい。寧ろ初めから避戰に
努める可きですが、強硬論を唱へたのは報道機關と國民であつて政府でない事
をお忘れなく。

 戰爭囘避の爲には、充分な戰力を構築する方が話は早いでせう。強ければ戰
爭囘避も可能です。弱い者が強い者に向かつて暴力反對と言つても物も言はず
に毆り倒されてお仕舞です。逆に強者が弱者に穩やかに話し合ひませうと云へ
ば相手は喜んで応じます。戰爭を恐れぬ者だけが戰爭を避け得ると考へて居ま
す。

580 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 23:54:45 ID:???
ttp://www.joqr.net/blog/gozen/archives/2006/12/1248.html
12月4日(月)〜8日(金) 邦流ゲストは 半藤一利 さん 
今週の「邦流」のゲストは 半藤一利さん。
12月8日は真珠湾攻撃の日。 そこで大ベストセラー 「昭和史」 の著者・半藤一利さんに
日本が文明開化から日清・日露戦争を経て、なぜ太平洋戦争に突入したのかを
ゆっくり5日間かけて伺います。

☆半藤一利
1930年東京向島生まれ。 東京大学文学部卒業後、文芸春秋入社。
「週刊文春」 「文芸春秋」 編集長、取締役などを経て作家。
『漱石先生ぞな、もし』 で新田次郎文学賞受賞。
『日本のいちばん長い日』、『ノモンハンの夏』 (山本七平賞)など著書多数。

ttp://www.joqr.co.jp/blog/kuniryu/
今週の「邦流」のゲストは 半藤一利 さん。
※番組内のプレゼント応募期間等は終了している場合があります。
[更新 12月8日] [毎週金曜日更新] [TIME 1:00:43]
ttp://www.joqr.co.jp/bbqr/podcast/kuniryu061208.mp3

581 :名無し三等兵:2006/12/08(金) 23:57:47 ID:???
889 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2006/12/08(金) 22:15:54 ID:CLQqriQX
ちょうと軍板FAQを見て、日中戦争でのシナ側戦死者の件で更新があったようだが、内容が
明らかにおかしいのでは?

事変直後の蒋介石配下の精鋭部隊が参加した上海事変でさえ損害比率は日本の20倍を
超えたのである。
これが地方軍閥の雑軍ならまさにチンピラゴロツキの類い。
殺戮係数は日本とシナで1:50を上回っただろう。
つまりシナ事変の日本側死者40万のうち半数は戦病死だから、シナ側は最低でも

日本側戦死者20万 * 殺戮係数50倍 = シナ側戦死者1000万

はないとおかしい。
さらにシナ側の劣悪な待遇から病死・餓死が続出したろうから、最終的な死者は中共側の発表
通り3500万でも何の不思議もないだろう。
大陸3千キロをチハと共に駆け抜けた皇軍はシナにとってまさに恐怖の大王の集団であったのだ。

この件に関し、是非軍事通の集まるという軍板諸君の意見を聞きたい。

582 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 00:19:35 ID:???
>>576
ぷっww

583 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 00:20:31 ID:???
>>581
ぷっww
そんなもんだろww

584 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 00:25:36 ID:JSKVraa0
>>564 >>ちなみに既に亡くなった叔父が技師(軍属?)として昭和十九年末から
>>越南にいましたが、食糧事情は非常に良かったそうですw まあ、北支・中支
>>とは事情が違うわなぁ。

まあ、インドシナやタイあたりが一番恵まれていたかもしれません。辻政信も
第33軍の参謀として「ビルマ防衛線(断作戦)」に携わり、死ぬ思いをして
いましたが、後にタイ・バンコクの第18方面軍の参謀に異動します。そこの幹部
連中が料亭通いなど当たり前のようにしているのに、さすがに辟易したようですw。

支那の場合、日本軍・国府軍・中共軍の三者から農民は徴発(軍糧の取立て)を
受けます。先の河南省の大飢饉は、旱魃や蝗害など天災の要因の他にも、国府軍
による容赦ない軍糧の巻き上げにも原因があります。

まあ、話が飛びますが、河南省の大飢饉に対して侵略者側の日本軍が支那民衆に
食料を放出した事が美談とされ、「温故1942」という小説が中国で(19
93年発刊)ロングセラーとなったそうです。映画化の話もあるとかw。

585 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 00:43:26 ID:JSKVraa0
この珍事(?)は産経新聞にも紹介されて「庶民にとって、歴史とは生活の
連続。生活とは食うこと。中国飢餓農民を救った日本軍」だそうです。まあ、
日本軍が河南省の農民に放出した食料は、他地域の支那人から徴発したもの
な訳ですが、細かいことを気にしてはいけませんw。

まあ、この後の中テーマとして「大陸打通作戦」の絡みで『五号作戦』(重慶
攻略作戦)を始めようかと思っていたのですが、食料戦の視点から「北支の治安戦」
(三光作戦)の続きをやっても面白いかもしれません。高度分散配置などについては
過去スレと重複になるので省略しますからあしからずw。

586 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 01:14:41 ID:JSKVraa0
>>565-569 >>ニューギニアでは戦友の肉すら食っていたというのに… また赤い嘘か
>>戦友の肉を食って処刑された兵が複数いたのは事実だったりする。飢餓時に人肉食
>>への抵抗が無くなるのは生理。では判例を。

日本軍でも「人肉食」は普通にあったと思いますよ。つーか、自分も極限状態に
陥ったら『喰っている』でしょう。まだ軍隊(部隊)の体を為している段階は
よいですが、一端部隊が壊滅して『遊兵』と化すと人間としてのモラルハザード
一直線です。泥土を喰うのと、人肉を喰うのと何か大差があるでしょうか?

●人間の肉で最高に美味いのは「足の裏」●人肉を喰った後は、油みたいに眼が
光る●飯盒一杯の肉を持ってきて「野豚を捕まえたから塩と交換してくれないか?」
と言ってきたので、水炊きにして喰ったら人肉だった●人肉の美味さは、野豚も
タロ芋もパパイヤも比較にならない

など南方戦線では「色んなエピソード」があります。

587 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 01:34:28 ID:JSKVraa0
>>571 >>どっかの外国の雪山で飛行機が墜落したときの事件とか

映画にもなった『生きてこそ』ですね。史実では1972年にウルグアイの学生
ラクビーチームが乗った飛行機がアンデス山脈で墜落・遭難します。生存は
絶望視されて「捜索救難」は直ぐに打ち切られます。墜落時点で生き残った
33人のうち、72日間の「極限状態」を越えて生還したのは16人です。

言うまでもなく「人肉食」に辿り付くまでの人間の葛藤がテーマの作品ですが、最後には
凍りついた仲間の死体の肉を「ガリガリ」齧り続けて生き延びる道を選択する訳です。

小さい頃に見て強く印象に残っていますが、最後の救援要請のために生き残りの
2人が意を決して山を降りるとき、「アニマルになってしまう前に何とかしなけ
れば」という言葉が特にです。映画のラストには「アヴェ・マリア」が流れます。

まあ、荘厳さ漂う雪山と、蛆と蛭と風土病と湿気と熱気と腐敗に包まれた
「南方戦線」では比べようもないかもしれませんがw。

588 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 02:11:41 ID:JSKVraa0
>>573 >>隊を離脱して密林に潜伏する嘗ての味方兵士に食われちゃうから
>>だったと明記してたな。

まあ、それがいわゆる『遊兵』ですw。ある意味、連合軍や伝染病よりも恐ろしい
最も身近な『敵』になります。

>>574 >>また暗黙のルールで人肉食を行なった者は銃殺に処されたという。
>>575 >>だから判例を示せと言ってるんだよ。処刑なんだろ。

まあ、都合の悪いのは「事故死」で処理されるのが通例ですから、判例を出せと
言われても困ります。人肉食など大っぴらに表に出るなら、上級指揮官だって
責任を問われるでしょう。

例えば「敵前逃亡」に問われて軍法会議にかけられましたが、上手く嘘を言って
軽い懲役刑で逃れた兵隊がいます。しかし、そのままでは嘘がバレますから
憲兵隊の拘禁所から再び脱走をします。

589 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 02:37:17 ID:JSKVraa0
当然、憲兵隊から「所属連隊」に連絡が行きますが、恥の上塗りでカンカンに
怒ります。ところが再脱走した兵隊は何を思ったか、ひょっこり連隊に顔を
出したから堪らない。「この野郎!」と散々殴られて撲殺されてしました。

こういう場合は当然「事故死」で処理されます。ただし上記のケースは
大変特殊で、軍法会議が「再調査の必要あり」と既に4年の判決を出して
いますので誤魔化すのが難しい。仮に拘禁所から「逃走罪」で再逮捕した
としても懲役刑が関の山です。

結局、連隊独自か、検察官や憲兵隊と協議のうえで、最初の軍法会議の判決
「4年の懲役」を「死刑」に書き換えて格好をつけた模様です。しかし死刑
執行地が他はすべて憲兵隊所在地になっているのに、上記のケースだけ全く
別の地名になっており『頭隠して尻隠さず』だったと言います。

まあ、何が言いたかったと言うと「人肉食の判決なんて残る訳ねえ」という事ですw。

590 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 02:54:11 ID:JSKVraa0
>>575 >>だから判例を示せと言ってるんだよ。処刑なんだろ。
分かりやすいように典型的な「戦地」での判決書の例を挙げてみましょう。

判決
被告 第6師団経理部 上等兵 *****
生年月日 大正*年*月*日 家庭所在地 **県**郡**町**番地

右者にかかる陣中逃亡事件に対し第17軍臨時軍法会議は検察官職務取扱
陸軍大尉****干与し合議の上判決すること左の如し

主文 被告*****を懲役1年6ヵ月、執行猶予3年に処す

理由 被告は昭和**年*月第6師団経理部勤務となり引続き勤務中の所
昭和20年5月*日当該部隊の駐留地マイカに於いて食料不足に困窮したる
ためこれを求める目的を以って脱隊し1週間にわたり帰隊の意思なく引続き
付近の密林に潜伏しおりたる所同年5月*日当該地に於いて憲兵軍曹***
に誰何捕縛せられたる事実は当法廷に於いて被告もこれを認める所にして
法律に照らすに被告の右の所為は陸軍刑法第75条第2号に該当すると認め
らるるにより当軍法会議は裁判官合議の上同条号を適用し主文の通り判決す

昭和20年5月16日
判士 裁判長 陸軍*佐 ****印
判士 裁判長 陸軍*尉 ****印
法務官職務取扱 裁判官 陸軍*尉 ****印
検察官職務取扱 陸軍*尉 ****印

591 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/09(土) 02:58:05 ID:???
原文はもちろん「カナ文」です。句読点が無いのは、文章に切れ目があると
文意の取り様に乱れが生じるから、だそうです。

上記のような判決文に、「人肉食」のケースが果たして載りうるかどうか
想像してみて下さいw。

592 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 03:10:20 ID:???
わからん奴だな。
例え歴史研究であろうと、事実だと認定するには刑事事件を立証するのと同レベルの証拠が
必要なんだよ。

国家と民族の名誉がかかわるような事なら、特にな。
「歴史研究者」はそんな事もわからないから馬鹿にされるんだ。

593 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 03:35:29 ID:???
そっちのほうがよほどばかばかしい。不可能を要求するのか?



594 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 05:06:49 ID:???
船が沈没してフィリピンに陸揚げされた戦艦武蔵の乗員が
飢えた兵に襲われた話もあるね。ピストルを持っていたので難を逃れたとか。
げにおそろしきは遊兵…
ところでニューギニアは軍が「敵の肉は食ってもよいが、味方の肉は食ってはならない」と明示していたので
数名が死刑になったのは記録が残っていたような。
ま、記録を探すのは面倒なんで、詳しくは自分で探してくださいよ、鳥肌中将閣下。

595 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 09:36:14 ID:oo436Gds
 本件は法律問題なので稲造の手には負えまい。
 そもそも軍事司法は司法大権に属し、軍令にも軍政にも属さず、司法原理で貫かれている。
 軍法会議は刑事裁判以外の何ものでも無い。
 よって刑事裁判を解さぬ者に理解できることではない。
 処刑は確定の判決書に立って執行命令を出さねば出来ない。
 判決書が無い処刑はありえない。
 やれば関係者は全員殺人罪に問われる。
 処刑であったと主張するには判決書が必要である。
 

596 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 10:21:22 ID:???
まー仲良くやろうや

597 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 12:17:08 ID:???
>>778

はぁ?
広島と長崎の原爆投下はなかったんだが?
全くのでたらめだろ常識的に考えて…。
60年前に広島と長崎は、米軍爆撃機により、爆撃されたことは認めてやろう。
通常爆弾のみで、原爆は使われなかった。それでほんの2、300人が殺されただけだ。

原爆によって何十万人と云うジャップが死んだなんてのは、デマにすぎない。

598 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 14:58:19 ID:???
>>595
それで?

599 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 15:28:49 ID:???
まあ軍律裁判ちゅうのもありますわな。
大岡昇平が岡田資中将の法廷闘争を描いた『ながい旅』に詳細が出てきます。
略式ちゅうかこの岡田中将のケースでは口頭命令で捕虜の首撥ねてます。
ニューギニアじゃなくて日本内地の話です。

あと『海と毒薬』の九大医学部事件では、捕虜を生体解剖して殺しちゃった。
戦闘行為でも裁判でもない殺人で、命令書なんてあるわけ無いわけですが、
それが西部軍司令部の命令系統を介して行われてる。

遺された判決文やら処刑命令やらは、そんな時代のそんな組織の文書である
ことを踏まえておくことは、史料操作の前提でしょう。
史学のイロハである「文書残存の偶然性」にしても、市ヶ谷で終戦記念焚き
火&陸相火葬大会やってますしね。

600 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 16:08:10 ID:oo436Gds
この世に軍律裁判という単語は無い。
軍律会議、または軍律法廷である。
これらは統帥大権に属する対敵作戦行動であり、裁判ではない。
よって裁判の原理に縛られない。
況や史学のイロハなんて全く関係無い。
以上は法律問題であって、軍事にも歴史にも属さない。



601 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 16:34:10 ID:POBOhnC/
処刑じゃなくて私刑だったということで

602 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 16:44:26 ID:???
ttp://www.bk.dfma.or.jp/~sec/heiwa.htm
(この本の売り上げは、恵まれない陸上自衛隊のためにコピー用紙代として寄付されます)

603 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 19:04:24 ID:???
ニューギニアの人肉事件に関しては
オーストラリアの国立公文書館に記録が残っているとか(保阪正康『昭和陸軍の研究 下」)

>>592
そうなると歴史教科書に記述されている事件ですら証拠不十分で事実認定されない事件が多々ありますなw

また、公刊戦史である戦史叢書のインパール作戦に関する記述があまりに史実と異なるために
戦友会(祭師団第60連隊関係21団体)が私家版を発行したケースもありますね。
こういった場合、あなたはどのように「事実」認定するつもりですかね?

604 :名無し三等兵:2006/12/09(土) 19:57:37 ID:???
ようは「無敵皇軍!」と愛国オナニーできりゃいいんだろ。
そんな馬鹿国士様のおかげでどれだけの死者をだしたことやら

605 :元32(予備役少佐):2006/12/09(土) 21:18:42 ID:???
>>603
おっしゃることはよくわかります。

歴史というのは、驚くほどわからないことのなかで、
比較的わかっているような気のすることを、
丁寧に少しずつ継ぎあわせる作業ですから。

左翼の人が、なんでも真相がわかっているつもりで、
意見の違う人を攻撃するのもおかしいと思いますが、
反・左翼の人が、あまりハードルをあげすぎると、
貴重な日本の歴史についても、
多くが真偽不明ということで失われる羽目になるわけで。


606 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 00:33:15 ID:???
風邪が治らないので今日は短めに……。金曜日が終わって仕事の緊張感が
プッツリ切れると途端に体調がおかしくなる罠w。

>>592 >>国家と民族の名誉がかかわるような事なら、特にな。
>>「歴史研究者」はそんな事もわからないから馬鹿にされるんだ。

そうですかねえ? 日本人が日本人を喰うなら別に構わないと思いますが。
これが『支那人を喰った』というなら多少は考えますけど。そこまでして
生きたいかとw。

>>595 >>判決書が無い処刑はありえない。やれば関係者は全員殺人罪に
>>問われる。処刑であったと主張するには判決書が必要である。

どこのネバーランドの話ですか?w

607 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 00:35:55 ID:bAr4jRmd
おお、上手く纏めてくれましたね。
それで、電波本の話ですが、著者花園一郎主計大尉は主計将校であって、法務将校ではない。
法曹でもない。
軍法会議と軍律会議の区別も判らない。
よって法律論は滅茶苦茶で、そもそも法律論なんて殆ど出て来ない。
本科への怨念、根拠も無き悪口雑言ばかり。
素人が覗いた崩壊期の軍法会議でしかない。

結城の小説は四十年前一寸話題になった赤色妄想小説。
著者はそのまま消え去り忘れられて行った赤魔。

608 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 00:42:28 ID:???
事実に基づき小説仕立てにすると赤魔ですか。

結城昌二の戦争3部作が忘れられる頃、再びあなたは友人の肉を喰らう事になるだろうな

609 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 00:58:25 ID:???
イナゾウ、今年の風邪は吐くぞ。気をつけて、なにも喰わず寝てろ。

610 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 01:14:05 ID:???
>>601 >>処刑じゃなくて私刑だったということで

正解。なぜ「判決書」にそこまで拘るのか理解できません。

>>595 >>そもそも軍事司法は司法大権に属し、軍令にも軍政にも属さず、
>>司法原理で貫かれている。

んなアホなw。張作霖爆殺事件では「陸軍省法務局長」以下、上層部の意向に
唯々諾々ですが何か?w 具体的には参謀総長の鈴木荘六、軍務局長の杉山元の
反対によるものです。当時の田中義一首相は、天皇に河本大作らを軍法会議に
かけて厳罰に処することを約束していたにも関わらずです。

陸相の白川義則は当初、軍法会議での処罰に同意していましたが後で反対に
回っています。河本らは結局「不起訴処分」となり、予備役編入や停職、
待命休職といった陸軍省からの行政処分に終わっています。

611 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 01:49:58 ID:???
>>606-607
2分40秒で恐いぐらい速攻でレスが来ましたね…w。張ってましたか?

>>555 >>稲造の勧めで花園一郎の本を取寄せたら物凄い電波ブックだった・・・・・

>>607 >>それで、電波本の話ですが、著者花園一郎主計大尉は主計将校であって、
>>法務将校ではない。法曹でもない。軍法会議と軍律会議の区別も判らない。
>>よって法律論は滅茶苦茶で、そもそも法律論なんて殆ど出て来ない。

ひょっとして555と一連の607は同一人物ですか? まあ、どちらにせよ花園の
『軍法会議』が手元にあるようですね。確かに花園は東大法学部を出ただけで
幹候の主計将校(「法務官職務取扱」以前は兵站の仕事をやっている)ですが、
そんな「電波」だと切り捨てていい内容ですかね?。

612 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 02:05:26 ID:???
>>軍法会議と軍律会議の区別も判らない。

確かに花園の『軍法会議』には、

「開廷して建物を出ると、検察官が伊藤太一憲兵隊長(当時大尉)に何か訴えている。
 そばをすり抜けようとすると、俄かに向き直って、 

『こんな甘い判決を下すようなら、軍法会議をやめて、軍律会議でやればよい』

 と挑んで来た。一寸慌てて頭の中で陸軍軍法会議法を思い返してみるが、軍律会議なる
 文字はどこにも思い当たらない。そんなものがあるとは知らなかった。しかし咄嗟に、

『軍律会議は地域の住民などを対象とする裁判で、軍人をかけるわけにはいかん
 ものだ。軍人軍属はすべて軍法会議です』

と切りかえした。検察官はグッとつまって黙ってしまった。いよいよ対立が表面化した」

613 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 02:41:14 ID:???
とありますが、『軍律』とは占領地の住民を取り締まる命令で、別に花園の
「切りかえし」は内容的に間違っていません。むしろ「カマをかけた」ので
なければ、検察官(大尉)の知識の方が絶望的ですw。

>>595 >>判決書が無い処刑はありえない。やれば関係者は全員殺人罪に
>>問われる。処刑であったと主張するには判決書が必要である。
>>どこのネバーランドの話ですか?w
>>607 >>おお、上手く纏めてくれましたね。

あなたに対する皮肉ですから、分かっているでしょうけど念のためw。

>>607 >>素人が覗いた崩壊期の軍法会議でしかない。

戦地の軍法会議の構成員の多くが「法務官職務取扱」を命じられた素人だった
ことが分かるだけでも本書の価値はあるのではないですか? それでも花園は
東大の法学部出です。全く法律に縁がない、更にズブの素人も多くいたはずです。

614 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 02:57:23 ID:???
>>609 >>イナゾウ、今年の風邪は吐くぞ。気をつけて、なにも喰わず寝てろ。

どうもでございます。さすがに限界なのでお休みなさい…。グーグー。

615 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 03:19:10 ID:???
酷使様の>>607レスは>>606中佐殿に宛てたものではなく、
ひとつ前の>>605元32(予備役少佐)殿に応えたものである鴨。
風邪ひき中佐殿、お大事に。

616 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 08:03:33 ID:???
最近、硫黄島の生還者がTVで「硫黄島で戦死した日本兵の一割は『後ろ弾』だ」
と証言していたけれどオツムの足りない国士様によれば硫黄島だけで数千もの死刑判決が
出ていたことになりますな。

617 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 08:33:17 ID:bAr4jRmd
 誰が誰でどんな病かよく判らんが、皆さん、お健やかに。
 花園本は恐れ入った内容だが、紹介の労をとってくれた稲造の手数は多とする。
 著者は法律が判らず、署名は看板に偽りありだが、根性のひん曲がった応召主計将校の謬見として『分裂病の少女の手記』みたいな価値はあるかも知れん。その意味で613は正しい部分もある。
 わしは今では数少ない軍事司法の理解者で、兵科としてでなく法家としての眼を持っている。

>>612
 引用された花園の理解が根本的に間違っているし、本人も軍律会議の存在を知らなかったと書いている。恐しいことだ。
 軍法会議は司法大権に属し、国内法の権限で自国民を裁くもので被告人の権利が尊重される刑事裁判である。
 軍律会議は統帥権に属し、慣習国際法の許しにより作戦用兵上の必要から敵をやっつける手続で狭義の裁判ではなく、省略すら可能である。
 この意味で管轄権の区別は属人的なものであって属地的なものではない。
 軍属たる法務官は昭和十八以降軍人たる法務士官に転ずるが、これは全員法曹で、高等文官試験司法科の合格者である。
 花園が本物の法務官になれないのは素人だからである。
 なほここにいう法務官とは役職であって身分ではない。検事と検察官の如し。

 素人と言っても判士たちは花園同様、多少の法学教育は受けている。
 陸士でも海兵でも主計の教育でも繰返し教えているから
 これは現在の裁判員だからまあ素人で良いが、職業法律家の職務たる法務官を素人にやらせるのは、敵中に孤立し玉砕秒読みの事態とは申せ困ったことである。

>>610
 娑婆、地方の制度でも、検察は内閣の一員たる司法−法務大臣の下に在り、行政に属する。
 暴れる軍人を起訴しないのは行政権による指揮権発動で、此処の当否は兎も角、娑婆でもあることだ。

618 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 08:43:56 ID:bAr4jRmd
 何れにせよ起訴は行政権の行使だから、これが不満を並べても司法批判にはならない。行政批判でしかない。

 陸海軍刑法は、陸海軍軍法会議法は誰が作ったか。陸海軍ではない。帝国議会である。
 何時作ったか。大正デモクラシーの高潮期である。
 何故作ったか。 陛下の赤子の人権を保護するためである。

 わしはここで延々軍法会議の話をしなくとも良い。
 どうせ禄に理解されぬであらう。
 だが、我国は近代国家であり、我軍は近代国民軍であり、軍権も法治主義で貫徹されていた。
 軍令は法形式の一つに過ぎない。
 自国民を判決無しに殺せば、犯人は大杉事件と同じ運命を辿る。
 赤い捏造に騙されるな!

619 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 09:02:13 ID:bAr4jRmd
 軍法会議は、赤い花園主計大尉が言うような怪しげなものではない。
 怪しいと思うのは赤い色眼鏡か、門外漢の妄想である。

 大尉は起訴が上級将校の壟断に任せるものであったという。
 検察官が上司の意向を受けて捜査、起訴するのは当たり前である。
 組織人として何も間違っていない。
 今日、一般の捜査、起訴もそのようにしている。
 何より素人の法務大臣が頂点に立ち指揮権を握っている。

 大尉は軍法会議が職業軍人の意向で判決せられたという。
 裁判員制度−専門的には参審と呼び、陪審の兄弟分である−を採る以上、当たり前である。
 まるで列国の軍法会議がそうでないようなことを言うな。
 判士は、軍隊内一般人である普通の軍人を連れて来て裁判させるものである。
 普通の人が裁判するのは恐ろしいとわしも思うが、大正期の立法時、地方の陪審と併せ整備したもので、立法者意思に於ては大正デモクラシーのつもりであった。
 議会でも軍人の人権を守る趣意が強調された。

 軍法会議であろうとなかろうと裁判員制度を採用すれば素人が法廷を占拠し、無法を唱える。
 地方の裁判員は士官でなく、無知蒙昧の下郎に過ぎない。
 嫌なら今直ぐ裁判員制度に反対しよう。
 これは現在の問題である。
 裁判員制度は、明日の日本をニューギニア化する。

620 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 09:32:32 ID:bAr4jRmd
 軍法会議が刑事裁判そのものであることは、最近の有権解釈でも表明されている(検事総長の平成13年諮問第36号に対する内閣府11月12日答申)。
 なほ軍法会議は概ね昭和23年頃(地域により差がある)に消滅したが、後継裁判所として国内各地の地方裁判所が引継ぎ、陸海軍刑法違反事件を審理、判決している。
 よって花園主計大尉が終戦で裁判を投げ出そうとしたのは支離滅裂で、共産主義者のサボタージュに過ぎない。
 カントは『国家とは獄中最後の犯罪人を処刑して後亡ぶ可きものである』と述べた。




621 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 12:01:42 ID:???
キモイ粘着消えろ ヴォケ

622 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 12:11:16 ID:???
>>621
>ヴォケ は酷いじゃないか。

>根性のひん曲がった
>分裂病の少女の手記(>>617) なんて完璧な自己紹介で礼を忘れぬ紳士に向かってw


623 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 12:21:08 ID:???
こりゃなんだ、何かのロールプレイか?

624 :俄将軍:2006/12/10(日) 12:24:15 ID:???
平時と異なり、有事の場合、徴兵、総力戦体制、ということになると、何故、
将校の質の低下が、問題になるのか、ということになるのか、などと。

医療関係者、司法関係者など、徴兵するにしても、ということになるのか、な
どと、適当な思いつきなど書き散らしてみたり。

625 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 13:55:29 ID:???
>>621
軍事司法真の理解者さまに向かってなんて事を言うんだ!!

626 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 13:58:23 ID:???
軍事司法真の理解者さま(笑)

627 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 16:18:25 ID:???
軍権も法治主義で貫徹されてよかったですねえ、石原さん板垣さん河本さん。


628 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 16:19:28 ID:RK2ng8pD
荒れくるっとるな共産党員

629 :元32(予備役少佐):2006/12/10(日) 17:19:49 ID:???
イナゾウ中佐殿は激戦地の実情を書いておられるわけで、
軍事司法の理解者氏も、その点には異存がないようで。

一方、軍事司法の理解者氏は、本来の軍法会議や軍律会議は、
そのようなものではないといいたいようなのですが、
その点は、イナゾウ中佐殿の説明とは矛盾しないわけで。

別に、イナゾウ中佐殿はよい状況での普通の軍事司法まで、
花園氏の書いたものと同じであるとは主張していないわけで、
その意味で、歴史研究の視点に立ったこのスレでは、
軍事思想の理解者氏の記述はスレ違いになるかと思います。

ただ、軍事司法についての知識は重要ですから、
よろしければ、軍事司法の理解者氏も、ブログか何かで、
残る形で自己の知識を開陳されていただければと思います。
このスレの場合、ue少将閣下の尽力で、まとめが作られていますが、
本来の匿名掲示板の記述は、流れ去っていくものですので。

>>614
イナゾウ中佐殿、どうもでございます。
昨日、リアルタイムで午前2時ごろレスされるのをロムしていましたが、
体が一番大切です。
よく休まれてください。

630 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 17:20:56 ID:RK2ng8pD
上官が勝手に部下を打ち殺せるのは支那軍だけ。

631 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 19:22:09 ID:???
然り。
軍規厳正なる無敵皇軍では、後ろ弾や人肉食は敵の謀略以外有り得ぬ。
全ては皇軍を貶める左翼の陰謀である。

632 :元32(予備役少佐):2006/12/10(日) 19:43:39 ID:???
お話中申し訳ないのですが、
ソ連軍の督戦隊をお忘れでは?

633 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 19:50:41 ID:???
督戦隊はソ連軍の十八番だが、国府軍も使っていたらしいな

634 :名無し三等兵:2006/12/10(日) 20:31:48 ID:???
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0e/Map-Chinese_World.png
東亜細亜共同体

635 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 21:56:37 ID:???
>>615 >>酷使様の>607レスは>606中佐殿に宛てたものではなく、
>>ひとつ前の>605元32(予備役少佐)殿に応えたものである鴨。

どうもでございます。頭がボーとして疑心暗鬼(被害妄想ともいうw)に
なっているかも(藁)。

>>617 >>わしは今では数少ない軍事司法の理解者で、兵科としてでなく
>>法家としての眼を持っている。

正直な話、一連の法律の話で貴官に全く敵わないのは認めます。ところで
貴官は法家ではなく「法匪」ではないですか?w

話がややこしくなっているので、ROMの方に「軍律会議」をフォローしますと
以下のサイトを参照していただくのが手っ取り早いと思います。
ttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/8312/page010.html(一番易しい)
ttp://www.iris.dti.ne.jp/~rgsem/mcourt.html(テキスト量が多いが詳しい)

636 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 22:31:15 ID:???
>>599 >>まあ軍律裁判ちゅうのもありますわな。大岡昇平が岡田資中将の法廷闘争を
>>描いた『ながい旅』に詳細が出てきます。略式ちゅうかこの岡田中将のケースでは
>>口頭命令で捕虜の首撥ねてます。ニューギニアじゃなくて日本内地の話です。

まあ、ドゥーリットル爆撃が「日本内地」に軍律会議を設置する契機になりますね。
専門的な用語で「空襲軍律」と言うのだとか。軍事施設以外の「無差別爆撃」は、
非戦闘員への攻撃を禁じたハーグ陸戦法規違反(要するに国際法に反する)と
陸軍省法務局が判断したため、捕虜としての待遇を受けない敵国軍人に軍罰を
与えるために軍律法廷に回されました。

念のため知らない人のために補足しておきますと、『ながい旅』は終戦直前に
名古屋など東海地方を爆撃したB29の搭乗員38人を処刑した責任を問われて、
BC級戦犯となった岡田資中将の法廷闘争を描いたものです。1949年9月に刑死
されました。大岡昇平は『ながい旅』の中で、岡田の「法戦」を最後の武人として
捉えています。ちなみに岡田は熱心な日蓮宗信者で、法華宗と浄土宗の「法論」を
もじったものとしています。

637 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 22:47:39 ID:???
岡田資中将は1943年末から東海軍需管理部長であり、終戦直前は第13方面軍
(名古屋)司令官でした。参考までにB29搭乗員で処刑された38人は
以下のとおり。

●1945年5月14日 名古屋市・津市で捕獲された11人
●5月29日 静岡県志太郡東川根で捕獲された2人
●6月5日 三重県度会郡島津村で捕獲された9人
●6月10日 三重県名賀郡名張町で捕獲された6人
●6月22日 愛知県海部郡弥富町他で捕獲された9人
●6月26日 三重県一志郡倭村大字上ノ村地内で捕獲された1人

他にも、東京陸軍刑務所の空襲で焼死した搭乗員捕虜62人などの分も他で
BC級戦犯の槍玉に挙げられましたが、味方の空襲でやられるとは因果応報
でしょうかw。

638 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 23:17:12 ID:???
>>603 >>ニューギニアの人肉事件に関してはオーストラリアの国立公文書館に
>>記録が残っているとか(保阪正康『昭和陸軍の研究 下」)

保阪正康の『昭和陸軍の研究』は本屋で文庫版をパラパラ立ち読みしただけなので
今度読んでみます。

>>617 >>軍属たる法務官は昭和十八以降軍人たる法務士官に転ずるが、これは
>>全員法曹で、高等文官試験司法科の合格者である。

とは言っても司法省に入らずに(入れずに)陸海軍の法務官の道を選ぶのは
余程の変り種ですが。

>>これは現在の裁判員だからまあ素人で良いが、職業法律家の職務たる法務官を
>>素人にやらせるのは、敵中に孤立し玉砕秒読みの事態とは申せ困ったことである。

理想を言うなら「そりゃそう」なんですが、現実から遊離している気もしますw。

639 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/10(日) 23:57:29 ID:???
>>618 >>何れにせよ起訴は行政権の行使だから、これが不満を並べても
>>司法批判にはならない。行政批判でしかない。

まあ「不告不理の原則」(訴えがなければ裁判なし。裁判所が事件を見つけて
勝手に裁判をすることはできない)で言えば、張作霖爆殺に関して河本大作らを
起訴しなかったのは「司法批判」に当たらないということかもしれませんが、
なんか釈然としません。

>>595 >>軍法会議は刑事裁判以外の何ものでも無い。

自分は法律には門外漢なのでよく分かりませんが、いわゆる刑事裁判だと原告官
である検察官による起訴があって、初めて裁判が始まる訳ですが、軍法会議の訴追
も「法務官」である検察官が行なう訳ですよね。これも行政権の行使に含まれるの
でしょうか。

640 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 00:20:00 ID:99asnzQl
 検察は行政に属します。今でもそうです。考え得る将来もそうでしょう。
 これは相手側・被告の弁護活動がが司法でないのと同じです。
 検察官は検事総長を通して法務大臣の指揮を受け、大臣は内閣に属します。何処まで遡っても行政府です。
 河本起訴は、嫌疑の存在を法務官が知らなかったのかも知れません。
 本件が一般に知れたのは戦後です。

 国際法を守らぬ者は国際法の保護を受けない。
 事物管轄の問題とし、自国民以外は当該国の軍法会議に係らない。
 空襲軍律は我国の作ったマニュアルであって、これに従わなくとも国際法の問題にはならない。
 前にも書いたが、戦時国際法を守らぬ敵性外国人は捕虜になる権利も、裁判受ける権利も無い。
 殺して構わないが、近代法の思想から、事実認定だけはきちんと判定した方が良い。 
 
 わしは非難しとるのは稲造でなく、花園主計大尉である。
 電波本の内容は多く壮烈な虚偽である。
 古賀GF長官が捕虜になって自決しただの、ガダルカナルに置去られた将兵が大勢松明を振っておいでおいでをしたとか、ほとんど発狂している。
 軍法会議に就ても然り。
 その記述は事実と認められない。

641 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/11(月) 00:24:28 ID:???
>>619 >大尉は起訴が上級将校の壟断に任せるものであったという。検察官が
>上司の意向を受けて捜査、起訴するのは当たり前である。組織人として何も
>間違っていない。今日、一般の捜査、起訴もそのようにしている。何より
>素人の法務大臣が頂点に立ち指揮権を握っている。

上記と矛盾しないのでしょうか? というか、河本らを起訴しなかったのは
検察官たる「法務官」(陸軍省法務局)が悪いのではなく、当時の陸相だった
白川義則が悪いということでOK?w とするならば、それはそれで

>>595 >>そもそも軍事司法は司法大権に属し、軍令にも軍政にも属さず、
>>司法原理で貫かれている。

『軍令にも軍政にも属さず』というところが気にかかります。思い切り
軍政の支配下にあるように思えます。

642 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 00:27:45 ID:???
>>640
他所でやれやヴォケ!!
空気嫁!!

643 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/11(月) 00:33:19 ID:???
>>640 ああ、もう限界で寝ようと思ったときに来られてしまった……orz.w。
スイマセン。仕事もあるので今日は寝させて下さい。明日以降にお返事させて
頂きます。

もう今日は今朝方「インターネットに繋がらない!」と慌てたらLANケーブルが
断線している(ケーブルがよじれたところでいつの間にか皮膜が破れていた)の
を発見して買いに行く羽目になるなど、もう最近は散々なのれすw。

644 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/11(月) 00:39:51 ID:???
>>642 >>他所でやれやヴォケ!! 空気嫁!!

自分がレスを返しているから、再反論で書き込みされるのは当然の権利というか
スレ違いの話を続けているのは自分にも非がある訳でw。とりあえずどこかで
落とし所というか着地点を探します。

645 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 01:33:29 ID:99asnzQl
 どこにでも凶暴な共産主義者はいるものです。

 軍権は軍令、軍政、軍事司法に分れます。
 軍事司法権は軍法会議長官を通して司法大権に属します。
 軍法会議長官とは召集権者で、ブーゲンビルの陸軍なら第十七軍司令官ですが、地域や所属により色々です。
 でも、裁判−軍法会議の内容には立入りません。
 主催と執行だけです。
 法廷−会議は上記系統により司法作用ですが原告、被告は、行政、個人の作用です。
 河本事件は実質的に関東軍司令官や陸軍大臣の責任であったといえるでしょうが、法律論としては色々難しい問題があります。
 関東軍の法務官や憲兵司令官が職権捜査する余地もありますが、法務官は嫌疑を知っていたでしょうか?
 憲兵司令官は司令官なりの意向を受けるでしょう。
 末端の憲兵は兵隊や民間人には恐れられましたが、海軍には袋叩きにされたりして、あまり強大な印象がありません。
 特進の憲兵分隊長−大尉級に、高級参謀の河本大佐は一寸手の出せない相手でしょう。
 今でも知事選候補など、違反があっても都道府県警本部長では手が出せません。
 法務官−法務将校・士官は本物の法曹ですから、本人の能力、職務倫理は信頼できます。
 電波本の悪口を真に受けてはいけません。
 法科を出て民間会社に就職する方がよほど異様です。
 昔、帝大図書館で上体を15度前傾させて勉学に打込む者は高等文官試験行政科、30度だと外交科、45度だと司法科の受験生だといわれました。
 法務官は政府高級官僚より難しい試験に通っているのです。
 法曹は

646 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 01:38:50 ID:99asnzQl
賢い!
 で、軽犯罪法違反官名詐称の稲造は、軍法会議の話を無理に続けなくとも宜しい。
 わしはただ、電波本の記述する法律論はもとより「事実」も信用できない、と言っているだけです。


647 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 01:41:22 ID:???
そ ん な に す っ き り し た い の な ら 、 ま た 大 陸 行 っ と す っ き り し て く れ ば ? お ま え ら の 言 う 英 霊 と や ら が し た よ う に さ !

648 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 03:41:45 ID:???
『ながい旅』の法務少将はワケワカメな遺書書いて自殺したんだっけ。

649 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 04:02:16 ID:???
九大生体解剖事件の米兵の肉を食った堀内少将らは戦犯として捌かれているから
横浜裁判の訴訟記録が残っていたと思う。

650 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 05:43:13 ID:???
>>646
>で、軽犯罪法違反官名詐称の稲造は、軍法会議の話を無理に続けなくとも宜しい。
>わしはただ、電波本の記述する法律論はもとより「事実」も信用できない、と言っているだけです。

ああ、やっぱりそこが本音なのか。
法律論なんかホントは問題じゃなくて、「事実」が気に入らない、とw
得意分野で電波本の不見識を暴くのは大いに結構だが、
酷使様特有のバイアスがこうも顕著では、どっちが電波なんだかwww


651 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 09:36:53 ID:99asnzQl
徹夜で罵り騒いで荒らす赤魔

652 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 10:07:49 ID:???
バカ(ウヨ)の自己主張きんもー☆

653 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 10:20:05 ID:???
軍法会議ネタは余所でやったら?
これ以上、変なのがよってこられちゃかなわん。

654 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 12:15:32 ID:99asnzQl
赤魔は「処刑」の嘘を暴かれてから暴れ出したんだね

655 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 12:36:02 ID:???
赤魔なんて言葉どこから仕入れて来たんですか。
当時、普通の日本人から中共は共産ヒ(携帯だから漢字がない)と呼ばれていたと思ってましたけど。

656 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 13:06:29 ID:???
父島事件も敵のパイロットを捌いて宴会料理にしたことで
日本兵が処刑されていて、裁判記録がある。
これこそ法律好きなバカウヨ氏の求めていた判例というやつではないのかね?


657 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 13:23:43 ID:???
彼が言っているのは、軍法会議によって裁かれた事例であって、戦犯のことではない。

658 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 14:49:46 ID:???
要は愛国戦隊氏は人肉食の証拠を求めて「判例」と吠えているので
証拠としては充分でせう。

659 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 17:09:09 ID:???
>649
生体解剖はあったけど、人肉食の件は取調官の暴走による冤罪。
裁判長は人肉食容疑の被告について全員無罪を宣告している。
判決申し渡しの際も、それを強調するように配慮をしている。
公正な裁判だったと評価できるね。

660 :659:2006/12/11(月) 17:28:13 ID:???
まあ父島事件は言い逃れしようもない事実ですな。

栗林中将嫌いの堀江少佐がこの件にも絡んでまして、旅団長に困り果て
「事情あり、適任の師団長を派遣せられたし」と大本営に打電してます。

亡くなる前に取材を受けた番組では「司令のやつめ、私の英語教師をして
くれた捕虜を食っちゃったんですよ」と息巻いてました。
上司運の無い人だなあ(笑)

661 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 17:28:54 ID:???
バカウヨ氏の面白い所は日本兵による人食いには判例を要求するなど非常に厳格な評価を求めているのに
中国兵の人食いにはその方針を忘却の彼方に追いやるところである。

662 :國民的常識、兵役を語る:2006/12/11(月) 18:43:34 ID:99asnzQl

 兵役は、日本人ならみんな行く、明く樂しい青春道場。
 納税、教育と共に憲法に明記された三大義務だ。
 非國民なこと言つてちやひかんよ。 
 それともあんだは朝鮮人か?

 男子は二十歳になると本籍地で徴兵檢査を受驗する。
 落ると恥かしい。
 生れてこの方採用試驗など受けたことの無い者が、生涯に一度だけ受ける國家試驗で落第し、心身操行不良の役立たずでは縁談にも就職にも響く。
 甲種合格一番で、國家が太鼓判押す健康青年。
 翌年正月郷土部隊へ編入。
 宮城縣民は多く歩兵第四聯隊。

 一部は砲兵、騎兵、工兵、輜重兵第二聯隊。
 歩四はほぼ全員、宮城縣の壯丁で編成された、まさに郷土の精鋭部隊。
 千葉縣民なら多く歩兵五十七聯隊。
 臺北なら臺灣歩兵第一聯隊。以下略。
 どこの中隊に配屬になつても、必ず大量の栗原郡民が居り、そして同村者もゐて、何かと庇つてくれる。
 村の道は兵營と繋がつてるし、情報も屆く。

 平時だと翌年十一月に滿期除隊。
 その時、上等兵になつて歸るのが庶民の夢。
 貧農の小倅が生涯に唯一度、 天皇陛下の武官となつて周圍の感謝と尊敬を集める、夢のやうな二年間。
 學歴も資格も無い者に、上等兵の階級は生涯の寶と成る。
 村へ歸つても在郷軍人會で地主樣より上席を與へられるなど、扱ひが違ふ。
 村を出ても陸軍發行の就職推薦状みたいなもの。
 他所の家さ行つだら、注意して見てけれ。
「上等兵適任者證」が額縁に入れて飾られてたりする。
 上等兵に成つたんぢやねんだもの。
 ただ適性を認められたに過ぎなくても、七十年先まで嬉しんだもの。

      軍隊は 貧乏人の パラダイス

663 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 19:28:37 ID:???
バカウヨ氏、それがどすたんだべか?
誤魔化しのネタ振っでも父島みでえに「これは美味い、お代わりだ」とは言えねえべ。

664 :659:2006/12/11(月) 19:58:26 ID:???
参謀が大本営に二回も打電してるのに、父島の憲兵と法務将校は何してたんでしょうねえ。
あ、憲兵は材料を調達してたのか(笑)

665 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 21:04:36 ID:99asnzQl
それは違うな。
参謀は犯罪事実を確定する立場にない。
戦場は流言飛語が多い。
濫りなことを言ってはならんと思うぞ。
第一、人の肉を食うのはそれ自体、犯罪ではない。
もっと勉強してから書け。

666 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 21:24:31 ID:???
死体損壊

667 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 21:50:59 ID:99asnzQl
 高等文官試驗司法科は極度に難しい「現代の科舉」だつたので、合格者は只者でなく、醫師の試驗などとは一緒にならない。
 醫師と言へば、醫師や技師も軍隊に入つて軍醫や技術士官、陸軍用語だと各部將校になる譯だが、別に變な人たちではない。
 森鴎外や高木かねひろは異常者か!
 花園一郎主計大尉は高文で一番易しい行政には通つてゐるかも知れないが、これは夏休みの準備が良ければ秋には合格できる試驗である。
 自分が受かつてゐない癖に、碌に法理論知らない癖に色々難癖つける怪人だ。
 キャリア軍人を散々罵ってゐるが、ご本人も農林省ではキャリア官僚であらう。
 文武官の違ひがあるだけで、同じ非難が自分にも浴びせられてゐることに氣付かないのは不思議な頭の構造だ。
 ノンキャリアはキャリアの悪口を言ひたがるが、キャリアから見ればノンキャリアは程度が低い。
 地位が上がると色々言はれるものだ。
 それにしても乃木希典山本五十六古賀峰一今村均黒田重徳軒並み罵詈讒謗ではまさに「精神が悪い」
 誤判の裁判官が何を威張るか。
 その上法廷放り出したのでは重謹慎処分も尤もだ。
 花園主計大尉の言掛りに惑はされないやう、ご注意!

 法務官−法務將校は敕任官まで上れ、最高位は中將である。
 司法官等他の法曹に轉ずることも可能で、戰後は多く辯護士になつた。
 原秀男辯護士は二二六事件軍法會議の研究で名高い。

668 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 21:58:12 ID:???
>>665
>第一、人の肉を食うのはそれ自体、犯罪ではない。

ヲイヲイヲイw
くっだらねーコピペ貼ってるだけかと思ったら、
なんちゅう変節漢やねんwww

669 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 21:59:55 ID:???
地位に伴なう責任を果たしていないから、非難されるのです。

670 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 22:02:36 ID:???
「ひかりごけ」事件の判例(昭和十九年八月二十八日判決)がありましたですね。

たしかにそれ自体は犯罪ではありませんね。
被告らも、捕虜を生きたまま丸呑みにして、生きたまま尻からひり出せば
よかったのです(捕虜虐待には問われますが)。
帝国陸軍が指揮官にそういう高等技術を訓練しなかったのが悲劇の因であ
りますね。

つか食人を擁護したいのか法曹を擁護したいのか、どっちなんでしょ。

671 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 22:12:45 ID:???
日本(軍)は金甌無欠ということでしょw

672 :元32(予備役少佐):2006/12/11(月) 22:25:19 ID:???
>>667
やんわり申し上げたのですが、おわかりにならなかったようなので、
はっきり書きます。

このスレは日中戦争スレです。
多少の逸脱は許容されてきたスレではありますが、
あなたのお話はすでにスレの対象を大きく逸脱しています。

つまりスレ違いです。

スレ違いを繰りかえすのは他の利用者に大変に迷惑なことであり、
この掲示板では荒らし行為と見なされるルール違反です。
司法の専門家を自任されるなら、ルールを守られて退場されるようお願いします。

ついでに申し上げると、個人的には、
司法官のエリート意識やキャリア組賛美にはまったく共感も賛成もできません。

673 :名無し三等兵:2006/12/11(月) 22:49:48 ID:99asnzQl
 花園主計大尉より格段に法律判らない者に法律論爭は無理だ。

1.陸軍刑法に屍躰損壞罪は無い。
2.戰場の屍躰は既に損壞してゐる。
3.假に屍躰損壞で處理するとして、それは屍躰損壞罪でしかなく、人肉食が不可罰であることには變り無い。

 人肉食で處刑された者は居ない。
  理由 居れば判決と執行命令が殘る。原本が無くとも報告が殘る。
     無ければ重大な責任問題になる。

 その事實が裁判で認定されたことも無い。
  理由 同上

 そもそもそれは犯罪でない。
  理由 如何なる刑罰法規にも處罰規定が無い。

 我國に食人の文化も無い。犯罪にも歴史的連続性があって、突然生ずる犯罪といふのは無い。人を袋詰めにして誘拐するのは左様な犯罪史を持つ朝鮮人に特有の犯罪態様であって、日本人はやらない。

 逆に近隣には食人民族がゐる。人は知らないことは妄想も搜索もしない。彼らの捏造であらう。

674 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/11(月) 23:09:03 ID:???
元32氏には気を遣って頂いてまことに申し訳ない…。「軍事司法の理解者」氏の
>>640 のレスはまだ紳士的だったので、今日あたり穏便に話をまとめられるかと
思っていたのですが、>>645-646 を見て、それが大甘だった事が分かりましたw。

>>法務官は政府高級官僚より難しい試験に通っているのです。法曹は賢い!

これが実のホンネではお話にならない。また張作霖爆殺事件は東京裁判でその実態が
初めて国民に暴露されたとはいえ、軍内部の法務官が嫌疑を知らなかったかもしれない
とは信じ難いです。既に述べたように、陸相の白川義則は当初、軍法会議での処罰にも
同意しているからです。何か都合の良い所で、法務官の責任逃れ・無謬性を容認している
ように感じます。

ただ即興で軍法会議を調べている内に、「軍事司法の理解者」氏の知識自体はケチを
付けられないレベルである事がよく分かりました。ただ「愛国戦隊のメンバー」で更に
「司法の無謬性」をかたくなに主張し「エリート意識」剥き出しという訳の分からない
キャラクターは『勿体無い』のひと言に尽きますw。

675 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/11(月) 23:30:47 ID:???
>>673 オッサン、この上さらに「旧字使い」かw。自分は意味も無いのに
旧字使う人間が生理的に嫌いなんですよ。読み難いだけです。

自分は分かりやすい、読みやすい文章を心がけるのが信条で、それなりに
推敲も重ねているのですが「神経を逆撫で」されます。

>>673 は「罪刑法定主義」を主張されたいようですが、法規や判決が無ければ
「事実もない」とする考え方は全くもって理解し難いです。

あなたのことを忘れないために当スレでの階級を差し上げます。花園と同じ
大尉をお名乗りください。法務でも主計でも結構ですよ。

676 :軍法會議よ永遠なれ:2006/12/11(月) 23:50:38 ID:99asnzQl
 スレ違ひ云々はコジツケにて、理解できないから嫌がつとる者と、赤魔の魔手に墮ちし者の合唱でありませう。
 懲罰の爲、支那事變に限つた軍法會議の話をしても構はぬが、稻三氏はスレ主らしいので、止めて欲しいのなら希望により止めて差支へありません。
 平壤放送みたいな雜言吐かず、穩やかに遣り取りするものですぞ。

 愛國戰隊とは何ぞや?

 軍律會議は裁判ではない。司法作用でないのだから當り前です。
 さうして「戰犯」處理は全て軍律會議である。例外一つも無し。
 よつて裁判も判決も無し。田分者が「判決」と譯しても、それは誤譯に過ぎません。

 謀略に際し、一々法務官に相談するものはあるまいから、法務官は知らされてゐないでせう。
 事後も動搖と考へます。わざわざ檢事に言ふ者があらふか。法務官の仕事は事務を別として、第一に檢察官、第二に裁判官です。 

 法務官は武官相當官で、軍隊内では傍流だつた。
 同じ傍流でも技術科は尊重されたし、憲兵は多少なりとも本科と人事交流があつた。
 衞生部將校も部隊では大事にされた。
 法務は軍醫より一般に高學歴で(昔の醫者は醫專出が多かつた)、文官の天保錢たる高文持だから一応の冷遇は受けたが、それは實を伴はなかつた。
 法務將校は永く軍屬だつた上に軍人、殊に陸軍軍人にはコンプライアンスの精神乏しく、これも敗因を爲してゐたと考へる。
 陸軍軍人の關心は軍紀であつて、これは精神論と憲兵で解決する心算だつたのではないか?
 ここの人たちも罵り喚く無法者が多いので懲罰相當だが、面白スレッドなので特に赦して遣はす。
 憎まれ口を叩くと紅軍蠢動封殺の治安作戰開始して、今度は軍律會議の話をするぞ。   

677 :法学部生:2006/12/11(月) 23:54:20 ID:???
あーあれだ
未だに民法の条文が改められたのに難癖つけてる一部の耄碌爺と同類だわw

易しいことを難しく語り、形骸と化した権威を好む。
よくいる権威主義者です。
ほんとうにありが(ryw

678 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 00:00:19 ID:???
旧仮名遣いを言文一致にしたのは評価できるが
漢字は繁体字のほうが良かったんじゃないかと思う

679 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 00:08:05 ID:???
無敵皇軍万歳!!
まで読んだ

680 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 00:08:15 ID:NCaRpSqS
>>640 >>電波本の内容は多く壮烈な虚偽である。古賀GF長官が捕虜になって
>>自決しただの、ガダルカナルに置去られた将兵が大勢松明を振っておいでおいで
>>をしたとか、ほとんど発狂している。

古賀長官のくだりは論外としても、ガダルカナルの撤兵については半藤一利の
『遠い島 ガダルカナル』に似た記述があります。少し引用しますと以下の通り。

>「まだ、だれも残っていないかあ」と、いつまでも連呼し、なお(駆逐艦は)岸辺を
>ぐるぐる旋廻し続けていた。

>駆逐艦上にへたりこんだ陸軍の将兵はふたたび見ることもないであろう椰子の島を、
>ぼんやりと見つめている。空には無数の星がまたたいている。上甲板で作業していた
>駆逐艦の乗組員は、このとき、「おーい、おーい」と悲痛に叫ぶ絶叫を、泊地の
>ジャングルの奥に聞いた。陸軍の将兵もまた耳にした。陸海の将兵はいっせいに顔を
>見合わせた。なお生けるものが島に残っている。それとも戦死8千名、餓死1万1千名
>の日本兵の魂が呼んでいるのか。

681 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 00:17:54 ID:NCaRpSqS
>「英霊2万の加護により無事撤収す」

>深夜、サボ島を過ぎ、中央航路をまっしぐらに北に向け航進しつつ、電報が
>旗艦白雪からラバウルに発せられる。アメリカの戦史家モリソンは「世界海戦の
>歴史において、これほど見事な撤退戦はなかった」と激賞の辞を惜しまなかったが
>少しの慰めともならないであろう」

まあ、小説なので創作の可能性も非常に高い訳ですが、一応参考までに挙げて
おきました。つーか、実際のところは検証不可能w。

682 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 00:39:28 ID:NCaRpSqS
>>645 >法務官−法務将校・士官は本物の法曹ですから、本人の能力、
>職務倫理は信頼できます。

こう断言できるのが凄いw。

>>616 >最近、硫黄島の生還者がTVで「硫黄島で戦死した日本兵の一割は『後ろ弾』だ」
>と証言していたけれどオツムの足りない国士様によれば硫黄島だけで数千もの死刑判決が
>出ていたことになりますな。

>>681 とも関連しますが、少し前の「SAPIO」に栗林中将も部下に射殺されたという
トンデモ記事が載っていましたw。硫黄島生存者の伝聞(〜から聞いた話など)が錯綜
している内容ですが、

栗林中将は「もうここまで善戦してきたのだから降伏してもよい」と言われ、
自ら白旗を掲げて兵数名を連れて米軍第1線に「降伏交渉」をしてきた。中根兼次
参謀は降伏すべきでないと栗林中将を諌めたが、中将は聞かなかった。

683 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 00:54:06 ID:NCaRpSqS
中根参謀は壕の入り口で自己の軍刀を抜き、栗林中将の首を刎ね自ら
拳銃で自殺したとあります。一説には、「待てーっ。どのツラ下げて
出て行くのかーっ」とやり取りがあったとかw。

上記の「SAPIO」の記事は、映画の公開に合わせた眉ツバ的な話ですが
それをまとめるには文量が膨大になりますので、興味を持たれた方は以下の
サイトをご参照されると、分かり易くツッコミがなされています。

ttp://imperialarmy.blog3.fc2.com/blog-entry-100.html 「近衛読書中隊」

これももう真偽は検証不能で、証言者も個人的な怨みつらみがありますから
何ともいえませんw。

684 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 01:03:09 ID:???
>>676 >>平壤放送みたいな雜言吐かず、穩やかに遣り取りするものですぞ。

>>646 >>で、軽犯罪法違反官名詐称の稲造は、軍法会議の話を無理に
>>続けなくとも宜しい

よく言うw。

685 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 01:08:14 ID:s3FrWLEX
稲造と俄は軽犯罪法違反の官名詐称

686 :俄将軍:2006/12/12(火) 01:33:44 ID:???
人間の肉を販売しているお肉屋さんから、知らずに「お肉」を買い求め、胃袋
に納めると、罰せられるスレッドは、此処、ということになるのか、などと、
嘯いてみたり。

>>685
葦原将軍も、詐称ということになると、権勢を揮い、天皇などと、形容される
輩など、不敬罪、ということもあるのか、などと、嘯いてみたり。

「俄将軍」という名称は、南北戦争時に、新聞を読みながら、批評する中の人
など、意識してはおりましたが、それはそれとして。

687 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 09:25:53 ID:s3FrWLEX
葦原将軍は狂人なので刑事責任無能力

688 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 10:45:31 ID:???
まだ治安戦に入ってなかったとは


司法はともかく食人の話はこちらでどうぞ
過疎で蛆も涌きません

飢餓地獄は不可避だったのか
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1148800984/

689 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 11:09:33 ID:s3FrWLEX
それは赤魔の好む話題
語に曰く、君子は怪力乱神を語らず、と

690 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 12:37:35 ID:???
以後 法基地外のレスは無視の方向で

691 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 13:17:25 ID:s3FrWLEX
如何にも無法者らしい口上ですね。
人肉でも食べそう。

692 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 21:45:41 ID:eKF/Ml4s
何か疲れました…orz.w まあ、気を取り直して「閑話休題」で書評を1つ…。
以前、少し取り上げました『日本残酷写真史』(下川耿史著、作品社)です。

お値段2千円で「珍しい写真」がてんこ盛りなのでお値打ちと>>541 で書きましたが、
一読してみて解説は駄文でした。電波ムンムン。これなら無い方が本の評価が高まる
でしょう。著者は妙に日本の朝鮮支配に拘っていて、明治維新は『朝鮮株式会社』の
設立であるとまでノタマウ始末(近代化の中味が朝鮮支配に集約されているだとさ)
です。これでは出自に「あらぬ誤解」を受けても仕方が無いでしょうw。

ただし、1冊の本にこれだけの「珍しい写真」を集めた手間・労力は評価されるべきで
自分も初見の写真が数多くありました。徒然なるままに、目に付いた写真をピックアップ
すると以下の通り。まあ、いわゆる『旅順虐殺事件』の現場とされるフォトもありました。

●江藤新平の晒し首●八甲田山の生存者(四肢なし)●明治の吉原大火●東北大飢饉
●日中戦争での捕虜を使った「刺突訓練」(←コレ面白い)●三鷹事件・下山事件・
帝銀事件の遺体写真などなど……。

693 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 22:00:15 ID:eKF/Ml4s
まあ、アウシュビッツ関係にも1章を割いていますが、戦争だけというより
災害や事件も含めた『報道写真史』のテイストですね、全体の構成としては。
幕末や明治初期の「はりつけ」や「晒し首」、生麦事件の犠牲者・リチャード
ソンらの実際の写真は一見の価値ありです。

新しい時代としては、割腹直後の三島由紀夫の遺体写真(『フォーカス』掲載)、
イラクの自爆テロで吹き飛んだ犯人(頭だけ)、ファルージャで惨殺された
アメリカの民間軍事会社の「傭兵の吊るし上げ」遺体、などがあります。

今までの「人肉食」の話の流れで言うと、パリ人肉食事件(佐川一正)の
犠牲者のオランダ人留学生女性・遺体写真などもあります。乳房を喰うのは
基本らしいですw。鼻も切り取られているのが興味深い。佐川曰く、大腿部の
脂肪層はトウモロコシのような黄色をしており、食べるとマグロの刺身のように
柔らかかった、そうですw。

写真は良いのですが、ただ惜しむらくは最初に書いたとおり「本文が駄文」ですw。

694 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 22:15:09 ID:eKF/Ml4s
まあ、自分は支那戦線での「刺突訓練」の写真があるので買いましたが、
関心のある写真があったらでよいのではないでしょうか。実際の価値は
「1200円程度」に下方修正しますw。食事時にはさすがに読めません
ねえw。電車で読むのも気が引けますが、時間が無いので気にせず本を
開いていました(核藁)。

著者である下川の主な著書には、『10代の遺書』『世紀末エロ写真館』
『殺人評論』『死体の文化史』『死体と戦争』『日本エロ写真史』『変態
さん』『近代子ども史年表』『家庭史年表』などがあります。

まあ風俗史家らしいですが、子ども史の本が混ざっているのが気になりますw。

695 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 22:56:46 ID:s3FrWLEX

        。      暴
  ∧_∧ /〜〜〜/  支
○( ´∀`)/  ●  /   膺
 ヽ   |つ〜〜〜/    懲 
  | |(__)
 (__)(`ハ´⊂⌒__フ
""""""""""""""""""""""

696 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 23:10:41 ID:eKF/Ml4s
>>688 >>まだ治安戦に入ってなかったとは

お言葉に甘えて「治安戦」に入らせていただきまふw。と言っても話がデカ過ぎて
どこから手を付けたらいいものやら……。取りあえずスレの流れからして食料関係
から始めましょうか。事前にお断りして置きますが、以下の「治安戦」の話は以前
このスレでも取り上げました『華北の対ゲリラ戦、1939―1945』(山本
昌弘著、ワイオミング大学教授)の研究論文に全面的に依拠します。ほとんど紹介
と言ってもよいでしょう。あとは自分が今までに読んだ戦記本等で補足します。

この山本論文の白眉は、そもそも日本軍の「三光作戦」とは何ぞや?という問いに
『総力戦の観点』から非常にクールでクリアな回答を示してくれる点にあります。
もちろん日本軍による略奪など「蛮行」とされる話も多く出てきますが、やみくもに
それを非難するものでは決してありません。むしろ「総力戦」だから仕方の無いことで
あると冷酷なまでに割り切っている視点に、目からウロコが100枚ぐらい落ちました。
思わず股が濡れてしまいそうです。いやマジでw。

697 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 23:24:12 ID:eKF/Ml4s
先に結論だけ書いてしまうと、

>(三光作戦は)敵の抗戦能力破砕を目的として一般住民に対してなされた
>という意味では、日本やドイツに対して連合国軍が行なった大規模な戦略
>爆撃と同性質と見なすことができ、「三光作戦」は総力戦時代における
>敵側の抗戦能力剥奪を目的とした戦闘形態の1つであり、同じ戦闘方法を
>都市部に対して近代兵器を使用して行なったものが戦略爆撃であると軍事
>史学的には分析することが可能であろう。

という点に尽きるのです。

>>688 >>司法はともかく食人の話はこちらでどうぞ 過疎で蛆も涌きません
>>飢餓地獄は不可避だったのか
>>http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/army/1148800984/

何気に前半は「良スレ」ですね。

698 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 23:24:16 ID:s3FrWLEX
上品にやりましょう。


699 :俄葦原将軍:2006/12/12(火) 23:42:07 ID:???
>>687
「俄」を付けるのは、如何なものか、ということもあるのか、などと、嘯いて
みたり。

700 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/12(火) 23:56:04 ID:eKF/Ml4s
「三光作戦」と書くと、それは支那側が勝手に宣伝でつけた呼称であって
日本軍は「三光作戦」なる施策をやった事は無い!、というツッコミが
必ず来るのですが、ややこしいので便宜上「三光作戦」で通しますw。

まず定義として、北支那方面軍による「治安地区」「准治安地区」「未治安
地区」という分類を説明しなければなりませんが、これは華北の治安状態の
程度に従って区分けされました。

契機となったのが、1941年8月から10月にかけて起きた「百団大戦」
です。八路軍が正規軍兵力を大規模(いわゆる100個連隊:団=連隊)に
使用した一大攻勢です。ベトナム戦争における「テト攻勢」ともよく比較
されます。北支那方面軍は撃退には成功しましたが、大きな衝撃を受けました。

全くの意表を突かれたからです。その当時、支那派遣軍(帝国陸軍)は、国民
党軍の暗号の実に80%(!)を解読していたとされますが、中共軍に対しては
関心自体が低く、暗号の解読作業がほぼ皆無だったからです。

701 :名無し三等兵:2006/12/12(火) 23:56:05 ID:???
まぁ単純に自己と相容れない書き込み人を「アカ」呼ばわりする椰子の
精神構造は
「人民の敵・反革命分子」呼ばわりする連中のドタマと同程度と言う事。

702 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 00:05:47 ID:kM9SigMV
「国府軍の暗号解読」については、あまり聞いた事がないかもしれませんが
大陸打通作戦における「衡陽攻略戦」(1944)においても大きな役目を
果たしています。

国府軍の増援部隊(「日本軍による衡陽包囲」の解囲部隊)の動向が
かなりの程度つかめたからです。焦った蒋介石の電報乱発によりますw。

まあ、北支那方面軍も「国府軍の撃滅重視」で中共軍に対する諜報活動を
ほとんど行なって来なかった事が不意をつかれた原因でした。

703 :名無し三等兵:2006/12/13(水) 00:23:12 ID:???
>>701
荒らしに反応するな 無視しろ

704 :名無し三等兵:2006/12/13(水) 00:30:29 ID:My1gLK1y
自作自演御苦労

705 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 00:33:28 ID:???
>>焦った蒋介石の電報乱発によりますw。

ちょっとだけ補足…。衡陽守備隊・指揮官の「方先覚」が早期に降伏されたら
堪らないので(蒋介石は当時、スティルウェルと中国軍の指揮権をめぐって
最悪の確執状態)、いま増援の部隊がここまで来ている、明日にはどこそこ
に到着する、だから頑張れ、降伏するな、もう少しの辛抱だ、と電報を衡陽に
向けて乱発していた訳です。それを日本軍にかなりの程度、暗号解読されましたw。

706 :名無し三等兵:2006/12/13(水) 00:39:38 ID:My1gLK1y
百団大戦も支那語

707 :名無し三等兵:2006/12/13(水) 00:42:13 ID:My1gLK1y
支那の暗号なんて日清戦争の時から解読してた

708 :名無し三等兵:2006/12/13(水) 21:26:49 ID:My1gLK1y
日本海軍も早々と解読していた。
陸軍も同様であったろう。
支那軍の暗号はチャチであったと聞く。


709 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 22:01:20 ID:???
スマン。百団大戦は1940年でした。>>700 の1941年は記憶違いw。

710 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 22:03:24 ID:9HjE9tv/
>>706 >>百団大戦も支那語

じゃあ「第1期晋中作戦」」(1940年8月30日〜9月18日)プラス「第2期
晋中作戦」(1940年10月11日〜12月3日)でどうです?w 一応、日本側の
反撃作戦の総称です。『晋中』は「山西省の中心部」を意味します。

つーかアンタ(>>704,>>706-708)、IDが同じだけど1日中パソコン
付けっ放しなのか? 軍事司法の理解者さんw。

>>708 >>支那軍の暗号はチャチであったと聞く。

とは言っても、ビルマ戦線での中国側の暗号解読は1944年7月末にようやく
成功していますから過信は禁物です。当初は3分の1も解読できなかった
そうですが、1944年2月に支那軍飛行機が誤って「騰越」に着陸して捕え
られた際に、「暗号表」と「雲南遠征軍の編成職員表」を入手できたのが
大きかったのです。

711 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 22:15:28 ID:9HjE9tv/
ビルマの第33軍司令部に「暗号解読」を専門に扱う機関として、
「芒機関」あるいは「メイミョー機関」が存在していました。

重慶や昆明から発せられる電波を傍受していましたが当初19名体制
だったのを45名にまで増員させた結果(プラス暗号表の取得など)、
ほとんど全ての支那軍暗号を解読することができるようになりました。

暗号解読はマンパワーの単純な数によるところも大きいのです。

712 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 22:36:31 ID:9HjE9tv/
>>700 の続き。
「百団大戦」の日本側の死傷者は、約5千人とも言われます。これは「治安戦」
特有の『高度分散配置』(分隊単位の少数兵力で駐屯させる)が裏目に出た点も
大きい訳です。例えば、日本兵41名の分遣隊に1000人以上の八路軍が人海
戦術で押し寄せてくる、といった具合です。アラモの砦も真っ青ですw。

上記の分遣隊は29名の死者を出して脱出を余儀なくされましたし、最後まで
戦って「玉砕」した分遣隊も少なくありません。支那軍の「団」は連隊相当で
約3千人前後ですから、百団で約30万人程度が動員されたものと推定されます。

しかし、日本側の受けた損害は人的なものより「物質的な損害」の方が甚大でした。
日本側占領地の鉄道は107箇所で破壊され、延べ46キロメートルが不通になり
ました。また電柱2400本が切断し倒され、トンネル爆破3件、鉄橋の爆破が
73件、軍の倉庫の焼失が20件、電線の切断が延べ146キロ、炭鉱の破壊、
飛行場には400メートルに渡って壕が掘られて、飛行機の発着が妨害されました。
幹線道路の破壊などは数えきれないでしょう。

713 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 23:09:49 ID:9HjE9tv/
まあ八路軍は、日本側の「弱いところ、弱いところ」を衝いてきますから
少数の分遣隊や守るのに困難な鉄道輸送路などが中心に狙われます。とは
言っても大規模な会戦が起きた訳ではなく、ゲリラ戦術やインフラ破壊・
テロの域を出るものではありませんが。

不意を突かれたため、北支那方面軍司令部が「衝撃を受ける」程の大きな損害を
蒙った訳ですが、>>710 で述べた「晋中作戦」を例とする4ヵ月にも及ぶ大規模な
反撃作戦を日本側が行なった結果、後世の『テト攻勢』にも匹敵する中共の攻勢を
最終的には撃退しました。

北支那方面軍司令部は「共産党軍の根拠地施設は大部分が覆滅させられ、
3年間にわたって蓄積した戦闘資材を蕩尽し、その幹部部隊は多大の損害を
受けた」とその成果を評しています。

中共側の「公式発表」でも自軍の損害が2万2千人に及んだ(日本側に与えた
打撃は2万人以上だとさw)と発表しています。本当のところの損害は闇の中
ですが、中共側の負け戦であることに間違いはないでしょう。

714 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 23:43:21 ID:9HjE9tv/
とは言っても、北支の「治安状況」について安穏とはしていられません。
北支那方面軍の司令部としては、中共軍に与えた『損害』を誇りました
>>713)。ところが表面上の『勝利宣言』とは裏腹に、同司令部の
第2課(情報)参謀は、

「百団大戦後の反撃作戦は中共軍を追い散らしただけで、ほとんど撃滅
 することは出来なかった」

と判断していたからです。また支那派遣軍総司令部でも、北支がもっとも
占領地の治安状況が遅れていると判定したため、1941年に中支から
2個師団を北支に移駐させて、治安状況を改善させる方針を打ち出します。

これは当時、支那派遣軍総司令部の第1課高級参謀(作戦)だった真田穣一郎が
参謀本部作戦部長だった田中新一少将に上京・報告したものです(1940年11月28日)。
また真田は太平洋戦争終盤、作戦部長として硫黄島を視察しています。

715 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/13(水) 23:57:52 ID:9HjE9tv/
こうした八路軍の脅威を軽視した反省を受けて、北支那方面軍は「治安
強化運動」を打ち出します。具体的には、北支の占領地域を治安状況に
応じて、●『治安地区』●『准治安地区』●『未治安地区』の3つに
分類したのです。

北支那方面軍は「優先順位」として、まず「准治安地区」を「治安地区」に、
その後に「未治安地区」を「准治安地区」に格上げするように定めました。

この「優先順位」は非常に重要な決定となります。何を当たり前のことをと
思うかもしれませんが、太平洋戦争開始以降になると、未治安地区を准治安
地区に改善する努力自体が放棄されてしまうからです。即ち、未治安地区は
徹底的に壊滅させよ、言い換えれば「やりたい放題」を招いた訳です。

それは後で詳述するとして、この1941年7月時点では「治安地区」として
北支那方面軍に認定されたのは10%の地域、「准治安地区」と「未治安地区」
はそれぞれ60%と30%です。

716 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/14(木) 00:05:46 ID:9HjE9tv/
北支那方面軍の目標としては、約半年後の1942年3月に「治安地区」を
20%に、更にその1年後には40%に、そのまた更に1年後(1944年3月)
には70%まで引き上げるように設定しました。

実はこの3つの区分は「百団大戦」が起きる以前に山西省で行なわれていた
「優良村」「普通村」「不良村」の区分のパクリ・もしくは応用な訳です。

また、そもそも何故、北支那方面軍は「中共」の脅威を軽視していたのでしょうか?
原点を振り返るべく、話を一気に1937年の日中戦争開始直後にまで
戻します(続く)。

717 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/14(木) 00:12:58 ID:???
【北支派遣軍の歌】

1.御陵威(みいつ)の下に ますらおが 一死を誓う みいくさの
  堂々進む 旗風に 威は中原を圧しつつ 燦たり 北支派遣軍♪

2.嶮峻犯す 討伐に 昼夜を分かぬ 警戒に 辛苦を忘れ 身を捨てて
  忠誠結ぶ 一団の 焔ぞ 北支派遣軍♪

3.長城万里 固むとも 黄河の流れ 乱すとも 猛追やまぬ 陸と空
  東西四方に 頑敵を 撃破す 北支派遣軍♪

4.非道に民を 虐げて 抗日叫ぶ 賊頭の 破壊の後に 打ち立てる
  新たな秩序 かぐわしき 道あり 北支派遣軍♪

718 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 00:16:14 ID:???
中佐 法基地街のレスは一切無視するようにしようぜ
相手にするだけ無駄だし 


719 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 00:36:51 ID:BMsm0UXu
 昭和十五年(日本と支那の戰爭に地球の裏側の基督暦を持つて來るのは間違つとる)以前には、紅軍は祿に戰はなかつた。
 支那事變の對手は國府軍だつたのである。
 これが我軍の後者を重視し、前者を輕視した理由である。
 佛印駐屯の町村軍が越盟軍を輕視したるに同じ。
 なほ支那軍が線路や電線をぬ圖むのは日常的である。
 夜襲には來ないが夜盜には來る。
 それが支那軍である。

 歌詞は少し違っとるが、くちづとに遷ったのであらう。
 だが、四番は明らかに誤り。

 非道に民を虐げて 抗日叫ぶ賊徒等の 破壊の後に樹立てる
 新たな秩序永遠の 道あり北支派遣軍♪



720 :age:2006/12/14(木) 18:29:20 ID:MGiZz+69
だから皇軍人肉食などしないことをハッキリしていただきたい。
軍規厳正なる日本軍は例え餓死しようと人は食わないのである。

721 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 18:54:23 ID:???
釣り師あらわる

722 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 19:14:48 ID:???
>>720
武蔵の水兵が浮かばれませんぜ。

723 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 20:46:40 ID:???
え?水兵が人間の肉を食う状況ってありえるの?

724 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 20:50:59 ID:???
>>722
「軍規厳正じゃない日本軍」はスルーということでしょ(w


725 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 20:52:50 ID:???

「陸軍には皇軍などという用語はありません」
   (近衛歩兵第六聯隊長子爵西勝男大佐)


726 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 21:02:33 ID:BMsm0UXu
ありませんね。
昔新聞用語、今左翼用語です。
陸軍軍人は軍、陸軍、國軍と呼んで居ました。

支那軍の團は聯隊より大隊かも知れません。

727 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 21:38:20 ID:???
実際は軍人自身が皇軍皇軍言ってた。
西大佐が村上少尉相手に言ったのはそれへの皮肉。

728 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 21:54:45 ID:???
大日本帝国肉軍。

729 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/14(木) 23:08:50 ID:jgUMOyDx
>>716 の続き。
日中戦争開始直後にまで話を「ギュギュッ」と戻しますが、そもそも北支那方面軍が
正式に編成されたのが1937年8月31日です。ちなみに初代軍司令官は寺内寿一
大将ですね(〜1938年末まで)。

日本軍は順調に北支から「国民党軍」を駆逐し、主要都市と交通線を確保します。
その後の国府軍が取った措置と言えば、不正規師団を残置したり、地域住民に少数の
武器を与えて日本軍に抵抗するように命じたりなど、極めて消極的なものでした。

もちろん国府軍が撤退したあとの「真空地帯」を埋めるかのように、中共軍のゲリラ
部隊が進出していくる訳ですが、北支那方面軍はこれに一応は注意していた模様です。

第1軍(香月清司軍司令官・橋本群参謀長)の『機密作戦日誌』には、1937年12月25日の
時点で、共産軍の進出に対して「その勢力は日を逐って旺となるべし」と記されています。

730 :名無し三等兵:2006/12/14(木) 23:25:31 ID:???
>>722
総員退艦時、味方の艦艇に救助されず、自力で陸地までたどり着いた人たちのこと。

西村艦隊の扶桑か山城の乗員にもそんな話があったな。

731 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/14(木) 23:32:42 ID:jgUMOyDx
また1938年5月には「北支那方面軍」司令部自身が、「生活難の結果、一般
住民が逐次匪団に投ずる」ことで「ゲリラ勢力」が拡大していることを問題視し、
それまで単なる普通の「土匪」だった山賊部隊が、『抗日匪団』へと共産化して
いく傾向に注意を呼びかけています。

まあ、このように何となく危機感を感じていたにせよ、中共軍に対して「北支那
方面軍」が具体的な対抗措置を取っていたとは余り言えません。それは占領地の
『後方警備』を軽視していたことによく表れています。

先の第1軍を例に挙げれば、後方警備の任務に「野戦瓦斯第13中隊」などという
およそ相応しくない部隊を充てています。その理由として「防毒服、毒物を携行せず
本来の使命を遂行するに由なし」と機密作戦日誌には書かれている訳ですw。

要するに「役に立たない」と思われる部隊を遊ばせないために指定したとも言える
でしょう。学生サークル主宰の講演会など、使えないメンバーは決まって「警備」の
任務が割り振られるのに少し似ていますw。

732 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/14(木) 23:53:04 ID:jgUMOyDx
また少し前の1938年2月の話ですが、北支那方面軍が「第1軍」に
対して●歩兵1個大隊●砲兵1個中隊を『後方警備』に回すよう命令を
出していますが、第1軍司令部は「不要不急のもの」として1週間ほど
命令を「放置プレイ」していますw。

第1軍の機密日誌に「後方情勢が不穏なのは一時的現象」と判断されて
いることが全てを物語っている訳です。

しかし第1軍だけが特異だったのではなく、当時の日本軍全体が「中共軍」
を著しく軽視していたという理由に尽きます。南京も陥落した1937年12月頃の
報告には、北支のゲリラ勢力を『敗残兵』『匪族』と呼んで、いかにも早晩に
軍事的討伐で根絶できるかのようなイメージが見受けられます。

もっと言えば、北支那方面軍は中共軍を「国民党軍の敗残兵」や「満州の匪賊」
と似たようなものと判断して、満州の匪賊対策をそのまま実行すれば事は足りる
ように考えていたのです(北支那方面軍:作戦課長・吉原矩大佐の回想より)。

733 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/15(金) 00:17:20 ID:o+cvggkr
まあ、満州国での『匪賊対策』が上手くいっていたのが裏目に出て、共産軍を匪賊に
毛が生えたものと軽視するイメージが助長されたのかもしれません。また1936年末の
「西安事件」直前には、中共は文字通り「絶滅寸前」の状態でしたから尚更でしょう。

そして言うまでも無く、当時の陸軍は「対ソ戦」一辺倒であり、対ゲリラ戦を行なう
ようには組織も訓練もされていませんでした。また、そもそも盧溝橋事件が勃発する
引き金となった牟田口廉也大佐の『軍事演習』ですが、これは「対ソ戦」を想定した
編成やドクトリンの変更を、支那駐屯軍の演習において実験していたものなのです。

734 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 00:22:07 ID:???
というか、大戦後に国民党が台湾海峡に蹴落とされるまで、
中共を高く(というかまともに)評価していたのがどれだけいたのか、とか。

735 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/15(金) 00:26:39 ID:???
まあ結局、中共のゲリラ戦術への対抗策は「手さぐり」で身につけざる
を得なかった訳ですw。

736 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 01:15:20 ID:???
>>723
喰ったんじゃなくて喰われたんよ。

737 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 01:16:53 ID:qqgKTbiv
 支那事變から越南戰爭へと經驗を積んで行く過程で段々と對共産匪戰術を學んで行く譯ですから、最初の段階で良く判らなかつたのは仕方が無いでせう。
 しかし昭和十五年以降、紅軍も時に日本軍と戰ふやうになり、相互理解が進んで、將來支那大陸を支配する者は紅軍であらう、と豫測するものは普通に二存在しました。
 紅軍は、日本軍から見れば所詮弱敵ではありましたが、軍紀嚴正士氣旺盛で、氣合の入つた有能な素人集團でした。
 他方國府軍は弛んだ無能玄人集團でした。
 國府軍が弱過ぎたのであつて、紅軍が強かつたと言ふ程でもなかつたのです。
 北支で紅軍が強勢であつたのは、第一に北方蘇聯と地續きであつたこと、第二に南方國府の根據地から遠かつたことに由來します。故に北へ行く程羽振り良く、南へ下るほど弱體化します。

738 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 09:28:43 ID:???
〉〉730
シブヤン海から泳いで上陸したとは、にわかに信じ難いのだが、
本当?
扶桑、山城はわかるけれど。
(上陸後、原住民に撲殺されたとか)


739 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 20:22:14 ID:???
NGワード推奨
「團」
「戰」
「國」


740 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 21:36:06 ID:qqgKTbiv

 × 推奨

 〇 推奬

741 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 21:47:37 ID:???
× NGワード推奨

○ 禁止語句

742 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 21:56:04 ID:???
なんか変なのが居着いてしまったね
毎回チャチャ入れるような書き込みがついて
激しく読み難い  旧字馬鹿はどっかいけっての


743 :名無し三等兵:2006/12/15(金) 22:04:21 ID:???
>>742
おそらく行動要因は「嫉妬」だと思われ
自分が一番ガンダムを上手く動かせると思っているんだろ

744 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/15(金) 23:49:03 ID:???
>>743 >>自分が一番ガンダムを上手く動かせると思っているんだろ

まあ、自分が動かしているのは『グフイグナイテッド(ハイネ専用機)』なので
ガンダムはどうでもいい訳ですけどw。

745 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 00:01:39 ID:???
旧ザクはいらんっちゅうことですな

746 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 00:06:57 ID:bac/TeFC
低級過ぎる。
もう少しマシな話をしたらどうか。

747 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 00:14:03 ID:???
くだらんチャチャ入れるお前に言われてもな

748 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/16(土) 00:23:27 ID:vEvXC9WR
>>733 の続き。

北支のゲリラ戦ですが、代表的な事例として「鉄道事故」を取り上げてみましょう。
八路軍といえども装備は弱体ですから、何も正面きって日本軍と戦う理由はどこにも
ありません。日本軍の「弱いところ」「弱いところ」を突く場合、長大な交通線への
攻撃は効果的です。まあ、嫌がらせを続けるだけでも十分な訳です。

さて、その攻撃方法ですが、現代のような「置石」程度ではもちろんありませんw。
鉄のレールごと持ってかれるケースが多発しています。夜間に支那土人たちが集団で
レールを持ち上げている写真が今に残っていますが「あ、人力でレールって持ち上が
るんだー」と何となく感嘆した覚えがあります(核藁)。

丸ごと持ち去られる他にも、レールの切断は頻繁に行なわれました。また鉄道施設の
放火、トンネルの爆破、そして『鉄道橋脚』の破壊は復旧がすこぶる困難ですから、
最も効果的だと言えるでしょう。また支那は大河川も多いので、そのような場所に
かかる橋は、戦略上の要衝とも言えます。

749 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/16(土) 00:39:50 ID:vEvXC9WR
中共軍がこのような「マンパワー」をどこから調達していたかと言えば、
周辺土民を大量に動員していた訳です。抗日を名目に半ば強制的だった
ケースも多いでしょう。まあ、日本軍も周辺土民を「労働力」として
頻繁に徴発していましたから、この辺は「お互い様」と言えますw。

レールの持ち去りは徹底されると、鉄道線路が単なる『道路』と化すほどで
中共が日本軍占領地で行なった以外にも、国府軍が日本軍の侵攻を阻止する
ために事前にレールを撤去してしまったケースもあります。また太平洋戦争
終結後には、国府軍が四川奥地からおっとりがたなで旧日本軍占領地を接収に
来るのを少しでも遅らせるために、鉄道線路を破壊するといった事例もあります。

まあ、大兵力の移動が伴う「支那戦線」において、鉄道破壊は極めてポピュラー
かつ効果的な戦術という訳です。

750 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/16(土) 00:57:26 ID:vEvXC9WR
周辺住民を「数百から数千人」動員なんてザラですから、道路でも
アスファルト舗装(軍用道路)なんて滅多になかった支那戦線の場合、
破壊活動はかなりのことが出来たでしょう。

仮に現代でも、今日の晩から数百人がスコップとツルハシを1本ずつ持って
夜が明けるまで「**街道」を破壊しようと思ったら、かなりの事ができる
のではないでしょうか? 何もアスファルトを無理やり掘る必要はありません。
「障害物」を数多く設置するだけでも車の通行は簡単に阻止できます。

さてその「鉄道破壊」ですが、北支戦線ではどの程度発生していたのでしょうか?
支那事変・勃発直後から、太平洋戦争開始直前までの「事故件数」をまとめた
資料がありますので、それを挙げてみましょう。

【北支那方面軍司令部「北支鉄道事故調査表」】(1938年1月〜1941年12月)
●1938年=2054件 ●1939年=1225件 
●1940年=1115件 ●1941年=892件

751 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/16(土) 01:38:15 ID:vEvXC9WR
意外なことにというか、あるいは予想通りというべきか、実は開戦当初の
1938年がもっとも中共軍(抗日勢力)らによる鉄道破壊が多かった訳です。

支那事変版・テト攻勢である「百団大戦」が起きた1940年よりも多いのは
(つーか半減している)やはり特筆に価するでしょう。1940年のピークは百団
大戦が起きた8月の300件ですが、1938年のピークは400件近い訳です
(これも8月)。太平洋戦争開始直前の1941年になると、多い時でも月100
件がピークな訳ですよ(←中共の勢力が弱まっている事を示しています)。

これは一体どうした訳でしょうか? 理由は単純です。1938年は日本軍が
「国民党軍」を中支で追いかけ回していたので、北支がその分「ガラ空き」に
なってしまったからです。北支地域の占領は、1937年にあらかた終わって
しまったので多くの兵力が「中支での作戦」に転用されてしまったのですね。

保有する兵力が薄くなったところに、八路軍のゲリラ戦が活発となったと
言えるでしょう。また北支那方面軍が中共軍を当初、「匪賊」や「敗残兵」
と同一視していたことが拍車を掛けます。

752 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/16(土) 02:12:04 ID:vEvXC9WR
ちみなに「河北作戦」は1937年10月中旬までに終わっています。この
作戦は、河北省内の京漢線(北京〜漢口の鉄道)および津浦線(天津〜浦口)
沿線地域の制圧を目的としたものです。

さらに山西省の省都を陥落させた「太原攻略作戦」も11月初旬には済んで
いますから、第二満州国の「予定地」だった北支5省は(河北省・山西省・
山東省・チャハル省・綏遠省)ほぼ占領できたと言えるでしょう。

そんな翌年の1938年に起きたのが、国府軍の殲滅を一方の目的とした
『徐州作戦』(1938年4月)、そして国民政府の要衝『武漢攻略作戦』
(1938年8月)です。

徐州作戦を開始した1938年4月の「北支での鉄道事故」は、前月の4倍に増えて
270件を越えていますし(3月は70件以下)、武漢攻略作戦が開始された8月は
>>751 で述べたように最高値の400件近くまで鉄道テロが悪化しているのです。
北支から兵力を引き抜いたのが、治安へ露骨に影響している訳です(続く)。

753 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 09:23:00 ID:bac/TeFC
 線路をかつぱらふのは、最近の京九線でも問題になつた。
 完成したばかりの線路を土民が盜むのであつと云ふ間にレールが無くなり、鳴物入で開業した幹線鐵道が忽ち運行停止に追込まれた。
 まだ十年と經つて居るまい。
 つまり、これは單純な軍事問題ではなく、支那の泥棒文化の發露でもある。

 さて、八路に限らず、新四軍でも南支遊撃隊でも、我軍に正面から挑むことは原則として無い。
 それが毛澤東戰術であり、ひいては世界中の赤軍の基本戰術である。
 いつそ戰略と呼ぶも可ならん。
 人民戰爭論等の紅軍教範は、我軍でも囘覽された。

 北支の治安作戰は大東亞戰爭公刊戰史から二、三册出てゐるが、生々しい泥棒支那軍の實態は戰友會に行つて教はつた方が早い。


754 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 12:16:44 ID:???
>753
支那の領土を盗む皇国を立派な国と言うなら
その皇国から物を盗むのは支那の立派な作戦と言うべき。

バカすぎるので曝しageしてくれるわw

755 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 15:17:53 ID:bac/TeFC
↑全文妄想の塊で、何ら支那事變を語らぬスレ違ひ
 政治的偏向のみで、支那事變を語る軍事的歴史的能力が無いと考へられる

 支那の領土を盜んだ事實は無い
 このスレッドで何れの國をも立派な國と言ふた事實も無い
 物を盜むのを立派か否かと論じたことも無い

756 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 16:37:47 ID:bac/TeFC
男盗女娼は支那の伝統

757 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 16:59:33 ID:???
そうすると日本人の風俗嬢はいないとでもいうのか?
いっぺん吉原に行って酷使様エキスを抜いてもらって来い。
脳みそに精液が溜まっているみたいだから。

758 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 17:03:36 ID:???
>755
あほか。支那の領土に皇軍が武力で支配領域を拡大してたんじゃんかい。
あれを侵略と言わないなら世界史に侵略行為は存在しないわい。
侵略とは領土なり主権を盗むという事だろ。そんな事もわからんのか?お前さんは(嘲笑)

それと外国を泥棒文化なんてホザクなんてお前さん頭おかしいんじゃねーの?
日本人も米軍基地で空薬きょうを盗んで生活費稼いでいたんだぜ?
おまけに進駐軍にギブミーチョコレート
支那が泥棒文化というなら日本も泥棒文化更に物乞い文化になるんだぞ?
お前さんの理屈だとそうなる。
少しは羞恥心を持てよ、自称愛国者さんよ(爆)

759 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 17:10:15 ID:???
阪神の補強はキレイな補強
読売の補強は汚い補強

皇軍はキレイな軍隊
支那軍は汚い軍隊

ですか?

760 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 17:16:37 ID:???
阪神の補強は汚い補強
読売の補強はキレイな補強

皇軍はキレイな軍隊
支那軍は汚い軍隊

です


761 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 17:24:34 ID:???
阪神の補強は汚い補強
読売の補強はキレイな補強

皇軍は汚い軍隊
支那軍はキレイな軍隊

です

762 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 18:04:34 ID:???
旧仮名遣いを使ってる時点でまともに対話する気無いとしかおもえんな
わざと難読な文章にして気取ってるだけのゴミ野郎はコテハンつけてくれよ
さっさとあぼーんするからさ

763 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 19:29:12 ID:bac/TeFC
赤い荒しですっかり荒れた・・・

764 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 20:18:46 ID:???
旧字馬鹿どっかいけお前は邪魔
粘着消えろ

765 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 20:27:19 ID:???
軍事司法の理解者氏はレッテル貼りを止めたら如何でしょうか。
それがスレが荒れたの原因の一つである事は間違いないでしょう。
しばらくレスを控えた方がよろしいと思われます。

ちなみに私は日中戦争は日本の侵略戦争だと思っております。


766 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 20:57:04 ID:bac/TeFC

× 日中戰爭

〇 支那事變


767 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 21:20:06 ID:???
なにも問題は無いでしょう。当時の呼称と現代の歴史用語が違っているのはよくある事です。

例えば従軍慰安婦とか

768 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 22:14:50 ID:???
八路軍カコイイ(´∀`)
ttp://military.china.com/zh_cn/zgzhanshi/11026831/20050712/12474331.html

769 :名無し三等兵:2006/12/16(土) 23:35:49 ID:???
蒋介石も日本も宣戦布告を行い戦争状態に入ることで戦時物資の輸入制限を
受けるのを恐れていたわけで、そういった背景を鑑みると「戦争」と称する
のは如何かと思うが。
まして日中戦争なる呼称は戦後の一時期、国民党/台湾で使用されたのみで
日本側呼称日華事変又は支那事変と称するのは何ら問題がないと思うが…

770 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/16(土) 23:41:25 ID:ezpl93o4
>>753 >>完成したばかりの線路を土民が盜むのであつと云ふ間にレールが無くなり、
>>鳴物入で開業した幹線鐵道が忽ち運行停止に追込まれた。

まあ、日本でも転売目的で「側溝のフタ」が大量に持ち去られたり、酷いときには
マンホールが無くなったり(これは人が死ぬw)する時代になりましたので、本場の
中国はもっと凄まじいのだろうかと、ふと思ってみたりw。

>>765 >>ちなみに私は日中戦争は日本の侵略戦争だと思っております。

直接の開戦契機は置いておくとして、日本の侵略行為であることは同感です。
要するに「北支5省の分治工作」が前段階にあった訳です。「第二満州国」計画
と言っても良いでしょう。まあ、この辺りは延び延びになっている中規模テーマ・
『日本陸軍と阿片問題』で絡めてやるでしょう。

しかし「オコボ」じゃあるまいし、自国が侵略行為を行なったからといって
何もヒステリックになる事はありません。むしろ胸を張るべきでしょう。

771 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 00:09:33 ID:vznouAcs
>>767 >>なにも問題は無いでしょう。当時の呼称と現代の歴史用語が違っている
>>のはよくある事です。
>>769 >>日本側呼称日華事変又は支那事変と称するのは何ら問題がないと思うが…

表記の件は、なかなか難しい問題です。支那事変勃発当初、お互いに正式な宣戦
布告を交わさなかったのは事実ですが、太平洋戦争が始まるとそうではありません。

具体的には、蒋介石・国民政府は1941年12月9日、日本に対して宣戦布告を
しています。もちろん真珠湾攻撃を喰らってアメリカが日本に宣戦布告をしたのに
足並みを揃えた訳です。細かいところですが、こういうところで小さく恩を売って
同盟国ヅラをするための準備をするのですw。ちなみにドイツとイタリアに対しても
同日、国民政府は宣戦布告を行なっています(1940年の日独伊三国同盟締結後、
支那は独伊に対して国交断然状態)。

という訳で「太平洋戦争」が始まる前までは、厳密には「支那事変」なのですが
それ以降は「日中戦争」でも別に構わない訳です。つーか、逆に「事変」では
不正確になりますよね。う〜ん、ややこしいw。

772 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 00:22:52 ID:???
ナチスドイツとイタリアが汪兆銘政権を正式に承認したのに対して
重慶政府が独伊に国交断絶したけど、重慶政府からドイツ人軍事顧問団の引き揚げはそれよりけっこう前でしたよね

773 :769 :2006/12/17(日) 00:32:23 ID:???
>>771
面倒くさいですが注釈入りで書き分けるのが最善と思いますよ。
アジア歴史センター
リファレンス・コード B02030674900
支那事変関係国際法律問題(第一巻) 9

外務省条約局が宣戦布告の可否について分析してます。

774 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 00:34:10 ID:vznouAcs
自分のやり方ですが、「日中戦争」と「支那事変」、戦争全般を指す場合には
特に使い分けはしていません。初代スレあたりだと、意識して「支那事変」を
多用していた記憶がありますが、今は別にこだわっていません。

つーか、その時の気分ですw。「支那人」という言葉を直前に使ったら「支那事変」は
やめて「日中戦争」にしておくなど……(支那・支那と連続すると読み辛い)。また、
同様の理由で「中」という字が続くときは「支那」に変えたりします。

ex.日中戦争の中で中国人は…(×) 自分は結構「字ヅラ」にも気を使う方です。
まあ、もちろん特別な意味・ニュアンスを込めるときは、「日中」「支那」「中国」の
使い分けをしますけど、基本的には「分かりゃいい」というのが自分のスタンスです。

同様の問題は、「太平洋戦争」「大東亜戦争」「アジア太平洋戦争」にもあります。
アジア太平洋戦争は、最近の人には馴染みがないかもしれませんが、昔の左翼特有の
太平洋戦争の呼び方です。「太平洋戦争」では、中国を筆頭にアジアの戦場が軽視
されたイメージになっていると主張する訳ですw。

775 :769 :2006/12/17(日) 00:34:25 ID:???
訂正
http://www.jacar.go.jp/index.html
アジア歴史資料センター

776 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 00:41:15 ID:fVGFBGEL
>>770
 何?「オコボ」って?

>>771
 > それ以降は「日中戦争」でも別に構わない訳です。

 だったら日英戦争、日蘭戦争、日仏戦争、日豪戦争と日ソ戦争と呼ばなくちゃね。
 政府決定で呼称はみんなひっくるめて「大東亜戦争」


777 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 00:41:16 ID:???
太平洋戦争も南米の奴ほうが諸外国じゃ通りが良いのでしたっけ。
「第二次世界大戦の太平洋戦線」が分かり易いとかなんとか。
daitoua warでも通じるらしいですがw

778 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 00:47:31 ID:???
呼称スレ立てて、そこでやれ。いい加減くどい。

779 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 00:49:08 ID:vznouAcs
>>773 >>面倒くさいですが注釈入りで書き分けるのが最善と思いますよ。
面倒くさいw。

一番分かりやすい例として、このスレでもたびたび推薦図書に挙げている
『太平洋戦争・主要戦闘事典』(PHP文庫)があります。アマゾンの
レビューに自分が書いていますが、この本は「丸々1章」を太平洋戦争が
始まるまでの「支那事変」にページを割いておりまして、1941年以降も
ふんだんに日中戦争の戦闘を取り上げています。

ですから、この本のタイトルは正確でなく、本当は『日中戦争・太平洋戦争
主要戦闘事典』とするのが適当であると冗談で書きましたら、後のレビュー
で同意見の人がゾロゾロと……。中には『大東亜戦争・主要戦闘事典』が
正しいタイトルだと主張する人もいましたw。

そんな「政治臭」がプンプンする本なんて買いたくねえよ!とw。まあ、
出版社はタイトルが長くなるのが嫌で『太平洋戦争・主要戦闘事典』と
したのでしょう。『アジア太平洋戦争・主要戦闘事典』はもっと買いたく
ありませんw。

780 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 01:00:31 ID:fVGFBGEL
 稲造は夜更けになると張り切るね。「男盗女娼俺ニート」

 閣議決定で、支那事変も含め今次大戦を大東亜戦争と呼称す、と決めたのだから議論の余地は無い。
 太平洋戦争の呼称は米国に特有のもので、敵の手先に堕すでない。
 先年、台湾に潜入した紅軍の特務がうっかり簡体字を書いたばっかりに逮捕されたぞ。
 第一、米国にとって対日戦は太平洋に限ったかも知れぬが、我国には多正面作戦だ。 

781 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 01:02:27 ID:vznouAcs
>>776 >>何?「オコボ」って? →スマン、「オボコ」の間違いw。
>>政府決定で呼称はみんなひっくるめて「大東亜戦争」

そうなんですね。左翼の「アジア太平洋戦争」には拒否感を感じますが、
太平洋戦争では「日中戦争」などが含まれているのをイメージしにくい
というのは事実です。開戦当初の日本政府もそれを考えて、数ある案の
中から『大東亜戦争』の名称を採用した訳です。

これには1941年以前の「支那事変」の戦いも丸ごと包括しますから、
例えば「日中戦争+太平洋戦争」なんて長ったらしい呼び方をするぐらい
なら『大東亜戦争』と表現した方が手っ取り早いですし、正確かもしれない
と最近は考え始めています。

昔は(つーか、今も)「大東亜戦争」なんて名称はバカ右翼のようで
使いたくなかったんですけどねw。

782 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 01:05:19 ID:???
>>779
注釈だけでえらい量になりまして
本末転倒かなとw
>>776
当時の正式呼称だと「対米英蘭戦争」なんてのありますよ。
開戦前の資料なんかはこちらの方が調べ易いですね。


783 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 01:09:04 ID:???
>>780 >>稲造は夜更けになると張り切るね。「男盗女娼俺ニート」

「1日中」張り切っているアンタに言われたくないね。大丈夫?
仕事あるの? ニュースで名前を呼ばれるときは「無職」なのか?
それとも臨終手前のジイさんか? 空気がもったいなから早く死ね。

784 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 01:14:41 ID:???
外務省関係の資料は「太平洋戦争」が多いですね。
まあ自分も最近は大東亜戦争は使いませんが
馬鹿酷死様の同類に見られるのはやなんで。

785 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 01:16:41 ID:fVGFBGEL

 ♪夜更けて騒ぐは何者ぞ
  加賀爪甲斐か泥棒か
  官名詐称の稲造か

786 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 01:39:22 ID:vznouAcs
>>752 の続き。少しは「治安戦」のテーマを進めておかないと、鉄道の話では
ないですが『脱線』したまま戻って来れなくなりますw。

さて「徐州作戦」ですが、戦闘の内容と作戦が実行に移されるまでの一悶着は
それだけで中規模テーマ(何せ平型関や台児荘の戦いから触れざるを得ないw)
になってしまうので割愛します。これは「武漢攻略作戦」についても同様です。

幾つか例を挙げるとするなら、徐州は交通の要衝であること、徐州近辺に
上海と同様、フォンゼークト将軍が黄河南岸に「ゼークトライン」を築いて
いたこと、北支那方面軍と中支の日本軍を連絡させたかったこと、などが
挙げられます。

また北支那方面軍・所轄の「第2軍」参謀長の鈴木率道(少将・皇道派の生き
残り・小畑敏四郎に可愛がられ、ヒデキとは犬猿の仲)が徐州攻略に向けて
強硬に拡大路線を取ったことは特筆されるでしょう(軍司令官は西尾寿造中将)。

787 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 01:59:12 ID:vznouAcs
そして何より、北支那方面軍の「徐州占領論」に対して参謀本部は当初
否定的だったのですが、カンジ(『前』第一部長w)とともに事変の不拡大派
だった作戦課長の河辺虎四郎大佐が飛ばされてしまったことが大きい訳です。

ちなみに1938年3月1日付、「浜松飛行学校教官」という閑職ですw。
代わりに「拡大派」である稲田正純中佐(陸軍省・軍事課高級課員)が
作戦課長に昇格します。そして「武漢攻略作戦」が実行された理由は
非常に長くなるので、以下の箇条書き程度にとどめておきます。

●支那事変を早く解決したいという、陸軍省と参謀本部の意見の一致。
●歴史的に見て、武漢と広東を占領すれば、中国を支配できるという
 参謀本部第二部(情報)の意見と、海軍の積極的主張。
●重慶爆撃の基地として、武漢を占領する必要がある。
●武漢、広東の占領までなら、現在の在支兵力で可能。
●ソ連が中国に加担して、日本に対して直ぐに参戦する事はないとの判断。

788 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 02:36:22 ID:vznouAcs
徐州作戦も武漢攻略作戦も『大会戦』の名にふさわしい戦闘です。
(武漢は会戦ではありませんけどw)徐州作戦での北支那方面軍の
【戦闘序列】を参考までに挙げておくと、以下の通り。

北支那方面軍司令官:寺内寿一大将 参謀長:岡部直三郎中将

<第1軍>司令官:香月清司中将 参謀長:飯田祥二郎少将
●第14師団(土肥原賢二中将)●第20師団(川岸文三中将)
●第108師団(下元熊弥中将)●第109師団(山岡重厚中将)
その他、独立部隊(機関銃・軽装甲車・戦車・山砲・野戦重砲・迫撃砲)

<第2軍>司令官:西尾寿造中将 参謀長:鈴木率道少将
●第5師団(板垣征四郎中将)●第10師団(磯谷廉介中将)
その他、独立部隊(上記と同様)

<方面軍直轄>
●第16師団(中島今朝吾中将)●第114師団(末松茂治中将)
●支那駐屯兵団●独立混成第3旅団(佐々木到一中将)●独混第
4旅団(川村薫少将)●独混第5旅団(秦雅尚中将)●臨時航空
兵団(徳川好敏中将)●第1、第4飛行団司令部

789 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 02:49:22 ID:???
全てでは無いにせよ、これだけの大兵力を「攻勢作戦」で運用するのですから、
既存の占領地や周辺の警備(治安)状況は推して知るべしです。

まあ、早期に「国府軍」を殲滅して事変自体にケリをつけるのが最優先と
されていた時期ですから、そこまで求めるのは酷かもしれませんがw。

790 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 08:56:50 ID:???
>>780
>「男盗女娼俺ニート」
自己紹介 乙

791 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 09:33:31 ID:fVGFBGEL
 フォン・ゼークト將軍は戰間期永く參謀總長や陸相を勤め、ドイツ陸軍の總帥として非常に高名であつた
 支那人にとつては夢のやうな超大物軍事顧問である


792 :名無し三等兵:2006/12/17(日) 13:06:54 ID:???
>>791
旧字馬鹿 お前さみしいやつやな
イナゾウ中佐にかまってほしいから
ネチネチ粘着してさ 
誰にも相手にされないからさらに粘着
少なくともお前の居場所はここにはないよ
早く回線切ってどっかいってしまえ 
お前が何書いてもつまらんから誰も見てないよ

793 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 21:40:45 ID:JCw+vmoC
>>786 の補足。>>ゼークト将軍が黄河南岸に「ゼークトライン」を築いていたこと

紛らわしいことを書いてスマンス。この頃のドイツ軍事顧問団の指導者は、上海決戦と
同様にファルケンハウゼンです。ゼークトは1933年〜1935年まで支那に渡り、
蒋介石の軍事顧問(団長)として各種「ゼークトライン」を構築していましたが、帰国
してすぐの1936年12月に病死しています。

ゼークトは黄河南岸の1千キロに、徐州・開封・洛陽・西安などを拠点とした
半永久陣地を構築して、日本軍の南下に備える準備をしていました。

徐州戦では「台児荘の戦い」(日本側の第5師団と第10師団が攻略部隊に対して
命令をチグハグに出したため指揮が混乱)など、国府軍側にもチャンスというか良い
ところはあったのですが、総指揮官の李宋仁(第5戦区司令長官)が追撃不徹底のため
フイにしました。ファルケンハウゼンは「頭髪を掻き毟って焦り表した」と言いますw。

794 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 22:16:13 ID:JCw+vmoC
さて「徐州会戦」も「武漢攻略作戦」も日本軍が勝利を収め(その戦略
目的の達成は別としてw)、北支那方面軍で参加した部隊もその大半が
元の北支に再び配置されました。また日本本土からも新たな部隊が動員
されたのですが、華北の「治安情勢」は相当に悪化していました。

やはり日本軍が国府軍をボテクリ回している最中に、中共は着実に北支で
支配地を拡大させていったこと、また兵力が手薄になった日本軍占領地
および交通線に対してゲリラ活動を行なったことなどが挙げられます。

特に顕著なものに、支那住民の日本軍に対する「非協力的態度」が激しく
なった事があります。もちろん日本軍自身の「ヤンチャ行為」もありますがw
(残虐行為・各種徴発)、他にも大きな原因があります。

日本軍が作戦で一時占領して撤退した地域には、必ず中共の抗日系ゲリラが
空白を埋めるように進出して来ます。その時、日本軍に協力したと見られた
住民は中共の報復行為の対象となった訳です。

795 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 22:36:35 ID:JCw+vmoC
まあ、朝鮮戦争では戦況によって同じ地域が「韓国軍」に占領されたり
「北鮮軍」に奪回されたりを繰り返しましたので、それをイメージして
頂くと理解が早いかもしれません。韓国軍に協力すると北鮮軍に報復され、
だからといって北鮮軍に媚を売ると、後で韓国軍にボテクリ回されるw。

『支那駐屯歩兵第2連隊史』によれば、ある村では日本軍に協力した咎で
住民100人余りが八路軍によって「生き埋め」にされたとありますw。

日本軍に協力してもいずれ去って行ってしまう。その後に中共軍(国府軍)
から漢奸として報復されるとなれば、非協力的になるのは当然です。この
あたりの反省から、後で「高度分散配置」という占領政策が取られる訳です
が、もう少し先で説明することになるでしょう。

初期の北支には、国府軍系のゲリラ(残置)組織も多くいましたが、日本軍に
よって駆逐されると、その国府軍が支配していた地域の空白を中共軍が埋める
という悪循環が「治安悪化」に拍車をかけます。

796 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 23:01:10 ID:JCw+vmoC
北支那方面軍所属の「第1軍」司令部は当初、1938年6月末には
「ゲリラ勢力の排除」を完了させる目論見でしたが、こうなって来ると
全くアテが外れてしまいました。

第1軍の『機密作戦日誌』には予定が過ぎた1938年7月8日の項目に
鉄道への攻撃が従来は夜間に紛れてのものだったのが、「最近に至り
払暁、援護隊を設けて強硬突入をなす傾向あり」と更なる治安悪化を
匂わせています。

ここで「治安戦」の初期のまとめをしてみましょう。支那事変が勃発すると
『抗日系ゲリラ』の中でも、満州にいるような「匪団」「匪賊」のたぐいは
北支那方面軍部隊による幾度の討伐によって、真っ先に姿を消しました。

その次に「国府軍系ゲリラ」が追い払われることになるのですが、日本軍が
国民党系軍を攻撃していると、どこからともなく中共軍が現れて、いっしょに
なって国府軍を攻撃していたというケースもありましたw。

797 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 23:21:10 ID:JCw+vmoC
こうなってくると、北支那方面軍内部でも『共産軍』に対する戦いが
当初予想していたよりも、ずっと長期で困難なものになるという見方が
浮上してきました。もう少し後の話なりますが、1939年12月に
方面軍参謀長(笠原幸雄中将)が、

「共産党ならびにその軍事勢力は、華北の治安に対する癌である」

と一番の脅威として見直す発言をしています。また同じ時期のころ、
ある新品少尉が北支那方面軍の司令部に配属されて教育を受けます。

担当教官となった参謀がある日、「蒋介石軍と共産党軍の両方が同じ
場所にいて、これらを攻撃することになったらどうするか?」という
問題を出しています。この解答として参謀教官は、

「文句なしに共産党軍を討つべし!」と絶叫して、「真実の敵は共産党
軍と知るべし。このままに放置すれば、近い将来に禍根を残すこと必定
なり!」と机を叩きながら叫んだと言います。

798 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/17(日) 23:42:18 ID:JCw+vmoC
これは「百団大戦」が起こる前の1940年春ごろのエピソードです。

また山西省の治安任務にあたっていた第37師団長の平田謙吉中将は
同年7月ごろ、「共産党の勢力拡大に繋がるような、国民党軍に対する
戦闘を停止する」ことを所属する第1軍の兵団長会議で主張しています。

まあ、北支那方面軍が「中共軍」を真の脅威として認識し始めたのは
1938年後半〜1939年にかけて、というところでしょうか。後でも
述べますが、北支で残存した国府軍と共闘とまではいかなくても停戦協定
ぐらい結べていれば良かったのですが、なかなか中央の頭が硬く上手く
いきませんでした。

まあ、山西省の閻錫山とのように現地の日本軍と実質的な停戦協定を
結んでしまったケースもありましたが……。

799 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/18(月) 22:23:21 ID:tUcwlRfx
さて、ここで『高度分散配置』に話を移します。「高度分散配置」こそは北支の
治安戦を考える上で、一ニを争う『肝』の部分に当たります。「高度分散配置を
知らずして治安戦を語るなかれ」とまで言えるでしょう。

よく支那事変における日本軍の占領地は「点と線」と例えられることが多いですが、
これは華北の主要都市(県城など)とそれらを結ぶ幹線道路(線)しか実効支配できて
いなかった事を指すものです。しかしこれは正確でなく、北支那方面軍は「点と線」の
支配を『面』に広げるべく、ある占領方針を実施していました。それこそが『高度分散
配置』なのです。

さてさて、それでは『高度分散配置』とは何ぞや?という疑問が生まれます。「高度分散
配置」とは北支那方面軍指揮下の師団や旅団を主要都市に分割配置し、さらに大隊本部や
中隊本部を県城や町に置き、さらに小隊や分隊などを細分化して小村や交通の要衝(幹線
道路の中継点など)に薄く広く部隊(兵隊)をバラ撒くことです。小さな分遣隊では
守備兵が10〜15名(長は下士官の軍曹程度)という場所もザラにありました。

800 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/18(月) 22:53:22 ID:tUcwlRfx
とにかく広範囲に兵隊をバラ撒くこと、「高度分散配置」をひと言で表現すれば
そうなるでしょう。分遣隊の大きい場所では、守備兵が30数名で一個小隊規模、
隊長も少尉クラスになります。「望楼」と呼ばれるトーチカを各地に築き、そこを
拠点として治安任務に付いていました。

まあ、人間の体に例えると分かりやすいかもしれません。「点と線」という
骨格に少しでも『肉』を付けようとしたのが「高度分散配置」なのです。
八路軍の「ゲリラ戦術」に対応するためのものですが、正面きって日本軍に
戦いを仕掛けて来ないからこそ取れた分散配置でもあります。また>>795
述べたような、日本軍に協力しても直ぐに去って行ってしまう(後で中共から
報復行為に遭う→日本軍に非協力的になる)という事態を避けたものです。

>>799 では「ワケワカメ」でしょうからw、イメージしやすいように山東省で
治安任務に付いていた中隊を例に挙げましょう。黄海に突き出た山東半島の
北側に位置する「招遠県」を担当していた部隊です。招遠県から一直線に南下
すると膠州湾に面した青島にブチ当たります。

801 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/18(月) 23:15:39 ID:tUcwlRfx
この中隊は「独立混成第5旅団」の「独立歩兵第19大隊」に属しますが、
招遠県に中隊本部を置き、高度分散配置で4つの分遣隊を持っていました。

招遠を中心に、●北東12キロの金鉱、●北西15キロの蚕庄(さんしょう)、
●南方13キロの道頭、●南方33キロの下店と、タコ足のように分遣隊を
設置して治安維持の任務に当たっていた訳です。ちなみにお隣の中隊本部は
山東半島の先端にある「石島」にあり75キロ離れていましたw。

招遠県は「東京都」に匹敵する面積を持っていましたから、そこを1個中隊
200人程度で守備していたと言えば理解しやすいでしょうか?

武漢攻略作戦後(1938年後半)は支那に投入できる兵力もひとまず底を
尽き(対ソ戦備を疎かにする訳には逝かないw)、蒋介石率いる重慶の国民
政府と長期持久のタームに入ります。

802 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/18(月) 23:36:59 ID:tUcwlRfx
それでも1939年には、南昌攻略作戦(広西省の省都)や襄東作戦
(湖北省西部)、かん湘作戦(湖南省北部)、南寧攻略作戦(広西省)や
翁英作戦(広東市北部)など、国民政府の抗戦力や援蒋ルートを絶つべく
大規模な作戦も実施されていますが、すべて中支や南支での戦いです。

国民政府軍をあらかた片付けてしまった北支では、地味なゲリラ対策の
「占領地の治安維持」が主な任務でメッキリ影が薄くなってしまいました。
そうそう。ノモンハン事件も1939年半ばの出来事ですから満州も随分、
キナ臭くなっています。

上記のような理由で、北支の戦線を「治安維持」に適した部隊に整理すべく
導入されたのが、いわゆる『治安師団』というものです。>>801 で述べた
「独立混成第5旅団」もそのような部隊の1つです。1938年3月に
宇都宮を補充地として編成されて、青島に司令部を置いていました。

803 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 00:00:09 ID:94RwFmVM
『独立混成旅団』は5個独立歩兵大隊と砲兵・工兵・通信部隊から
構成されていました。「アレ?」と思う方がいるかもしれませんが、
お察しの通り「連隊」という括りがありません。旅団の下がいきなり
「独立歩兵大隊」です。

余談ですが、連隊の指揮下に入らず直接、更に上級部隊の指揮を受ける
大隊を「独立大隊」と呼ぶ訳です。

これらの独立大隊は、それぞれの警備地区で柔軟に任務が達成できるよう
通常の部隊より独立性を高める工夫が成されていましたが、反面機動力に
欠ける面がありました。まあ、典型的な北支の治安維持部隊ですね。

独立混成第5旅団と同時期に編成された部隊としては、駐蒙軍に配備された
「独混第2旅団」、北部山西省の警備した「独混第3旅団」、通州で編成
された「独混第4旅団」などがあります。

804 :蓬莱の人の形 藤原妹紅 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 00:03:29 ID:???

    ,-へ,  , ヘ
   ,ヽ_,_i=/__,」
   ,'   `ー' ヽ
   i <〈」iノハル.!〉
   i L>゚ ー ゚ノiゝ   ここまでで予定分量の10分の1程度、
  i>i ir^i `T´i'i |   まだまだ先は長いねえ。
  .i>i !>^ `''´'iイ|
   i.ル'ヽr_rr_r'レ'


805 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 01:00:21 ID:???
ということは
そろそろ次スレを考慮せねばなりますまい。

806 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 01:03:03 ID:???
ワールドアドバンスド大戦略のマップ作成で
なんとか支那戦線のややこしさを表現しようと
マップ作ってますけど なかなかややこしい(笑)

807 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 02:53:53 ID:8FIR7c5y
 望樓は文字通り望樓、(屡々木造の)物見櫓であつて、トーチかとは違ひます。
 でも、望樓の上部が望樓になつてゐることはあります。

 分屯隊から更に田舎の要所へ日中だけ二、三名派出する、などといふことも多かつたですな。
 縣城に大隊本部、そして更に田舎町へ中隊を、中隊は更に小さな町村や要衝へ小隊を、小隊は更なる村や渡河點へ分隊を、てふ工合です。
 支那軍は皆弱いとは云へ、たまさかに紅軍が本氣で押寄せて來ると、分屯隊は全滅する危險がありました。
 勿論、近隣から救援が驅附けますから、八路が援軍到着以前に攻切るか、分屯隊が支へ切るか、の勝負です。
 戰力温存、工作重視の紅軍は勝算甚大でないと戰ひませんが、いざ戰ふとなると下手は下手なりに高い戰意で全滅を賭します。
 したがつて稀に兩軍が激突する時は、どちらか一方が玉碎するまで戰ふ、凄絶な戰鬪になり勝ちです。

 斯樣な次第ですので稻造の記述はそれなりに正しいものを持つてゐますが、侵掠だの殘虐だのと偏向發言を重ねて憚らぬやうでは赤いヴィールスに汚染されてゐる、これが殘念です。
 オウム事件に見る如く、狂人に理數は判つても、歴史は判りません。

808 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 03:00:31 ID:8FIR7c5y
〇 トーチカの上部が望樓

809 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 08:36:32 ID:???
>807
舊字遣つて一人悦に逝つてるあんたこそ
頭が變なのでは無いか?

810 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 09:24:20 ID:8FIR7c5y
頭の變な粘着が朝から荒す↑

811 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 10:38:48 ID:???
戰・數・ゐ、あたりNG指定するとスレがすっきりするよ

812 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 10:43:46 ID:8FIR7c5y
頭の變な粘着が朝からこぴぺ荒し↑


813 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 11:03:42 ID:???
>>807
だーかーらーお前の駄文なんぞ
誰も見んし 目障りやっちゅうねん
はよどっかいけや この基地外

814 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 14:06:58 ID:8FIR7c5y
匂坂春平(さきさか しゆんぺい)
明治16年,靜岡縣の農家に生まれる。
明治法律學校(後年の明治大學)卒業後、判檢事登用試驗合格。
明治37年 陸軍司法官試補
大正10年 第一七師團法官部長
大正14年 朝鮮軍法務部長
昭和?年 第一師團法務部長
昭和11年3月 東京陸軍軍法會議法務官。226事件首席檢察官
昭和13年 關東軍法務部長・昭和17年 陸軍法務中將
昭和41年 逝去


815 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 14:20:13 ID:???
>だーかーらーお前の駄文なんぞ
>誰も見んし 目障りやっちゅうねん
>はよどっかいけや この基地外

目障りは貴樣だ!
戰後ゆとりヘ育とアカヘ師の
偏向ヘ育でドップリ骨の髓まで腐つてしまつた無知蒙昧非國民の貴樣だッ!


816 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 14:27:47 ID:8FIR7c5y
 赤魔は一種異常者ですが今日、何處にでも居ます。
 正々堂々の議論が出來ないから怒鳴つて荒すのでせうが、ノロウィルスみたいに外國から侵入してきて忽ち蔓延してますね。


817 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 15:58:37 ID:9woAGbQd
いつもこのスレを楽しみに見ている者です。
以前から支那事変に興味はあったのですが、中々手をつけられずにいたのですが、このスレがのおかげで調べる良いきっかけとなりました。本当にイナゾウ中佐殿には感謝であります!
しかし、最近は荒れてますなぁ
やっぱ、旧字を使う方の登場のせいですかね
しかし、旧字を使う方の書き込みも中々の内容かと思います。
出来れば、もう少し紳士的な書き込みができないでしょうか?
口汚く罵る輩に同じレベルでの書き込みは止めてみては如何でしょうか?

818 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 16:03:30 ID:???
>987 名前: 埋めネタ Mail: sage 投稿日: 2006/12/19(火) 12:22:16 ID: rlrXToan
>2006年12月19日付 讀賣新聞【解説】緩話急題・中国総局 河田卓司
>・日中の歴史共同研究
>*前略
>
>「歴史」について、日中の識者が議論するのは、歓迎すべきことだ。
>しかし、現実問題として議論はかみ合うのだろうか。
>
>こんなことを思うのは、同じく政府の肝いりで2002〜05年に行われた
>「日韓歴史共同研究委員会」の例があるからだ。昨年、同委員会が
>大部の報告書をまとめて解散した時、ある日本側の参加者は「議論は
>すれ違いが多かった」と漏らした。
>
>近代史をめぐっては韓国側から、こんな質問も出たという。
>
>「関東軍って、日本の関東地方の軍隊ですか」
>「戦時中、日本の空軍は何をしていたのですか」
>
>ご存知の通り、関東軍は、日本の関東とは関係ない。また、戦前の日本に
>空軍は存在しなかった。陸軍、海軍に航空隊が置かれていた。日本側の
>参加者は、これらの質問を受けて「くらくらした」と言っていた。
>
>*以下略
>
>とうとう全国紙に載ってしまったか、このネタ。

819 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 16:08:31 ID:???
>817
貴方のおっしゃることはもっともですが、相沢三郎と話をするようなものですから。


820 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 17:26:16 ID:???
旧字馬鹿は自分でスレ立ててそこで
好き勝手に吠えていればよい
何も数多くあるスレの中でここを
選んで荒らすことはなかろうに

821 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 17:53:36 ID:8FIR7c5y
 旅團どころか、警備師團等にも獨立歩兵大隊數個を基幹として編成されてゐるものがあります。
 編成を述べるのに九個大隊基幹とか六個大隊編成と記述するのはこれです。
 大概支那戰線ですが。
 沖繩で勇戰した六十番代の某師團もこれで、矢張り支那からの移駐でした。
 獨立歩兵大隊は通常、現員で千名を大きく超えますから、尋常の大隊の倍に近く、配屬の−舊式ながら−野砲等もあり、先づミニ聯隊と思へば大過無く、長は中佐です。

 ここの板−スレッドの人たちは法制的理解が無いので附言しますが、部隊には獨立隊、指揮官には獨立隊長と云ふ觀念あり、これは平時編成でも部隊を成し、指揮官が居ます。
 歩兵の場合、聯隊の中の大隊や小隊、分隊は、平時編成にありません。
 聯隊長が各中隊長−通常十二以上−を直接掌握し、大隊長は居ないか、居ても單なる便宜的存在で聯隊長のスタッフに過ぎません。
 制式には聯隊附、でしたかな?
 新兵教官は小隊長で無く、内務班長は分隊長でありません。
「お名前を伺ひます」
「歩兵第三聯隊第六中隊長、陸軍大尉安藤輝三!」
 大隊名が出て來ないのはこの爲です。
 普通の歩兵大隊は平時編成では存在せず、あつても獨立隊でなく、長も獨立隊長でありません。
 獨立隊になると上級司令部に直結し、獨立隊長の權限も廣汎です。
 つまり獨立大隊は上級司令部に、獨立中隊も大隊を拔かして聯隊以上に直屬します。


822 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:03:08 ID:8FIR7c5y
 分りました。
 荒れて成らぬことは當然です。
 赤魔が何を喚いてもスルーと致しませう。
 ID隠して逃げ隠れする異常者が早速相澤中佐を誹ってゐますがスルー。

823 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:05:11 ID:8FIR7c5y
 さて何の爲に獨立隊や獨立隊長存在するのかと云ふと、本來は管理編成のやうです。
 でも管理だけで戰爭は出來ませんから、戰鬪序列、戰時編成では大隊以下を編成し、指揮官を任じます。
 この段階で、本來獨立隊でない部隊を特に獨立隊にすることがあります。
 實戰の必要に基き、これを獨立隊でない他の部隊と區別して獨立〇隊と呼びます。
 隨つて、獨立〇隊と呼ばれぬ部隊には獨立隊であるに決まつてゐて一々呼ぶ必要の無い本來的獨立隊と、本來非獨立隊であり現に非獨立隊であるものとの二種あります。
 聯隊は常に獨立隊なので、唯聯隊としか呼びません。
 如何なる級の部隊が獨立隊であるかは兵科によつて異ります。
 遠い昔のことで自信がありませんが、たぶん、歩兵は聯隊の他に中隊も獨立隊ではなかつたでせうか。
 にも關らず獨立中隊などと言ふ呼稱が記憶されるのは、歩兵以外の兵種だつたのではないかと?
 何故獨立隊でないものを強ひて獨立隊にするかと云ふと、單位が増えるからです。
 聯隊一個分の定數で、二個獨立大隊作れます。
 支那軍のやうに言語に絶して弱く、泥棒と遁走だけ得意な相手には味方の部隊單位を増しておいた方が有利です。
 勝負が成立たないほど桁違ひに強大な大軍一隊より、勝負が成立つた上で樂勝する程度の軍勢數隊用意する方が、泥棒番や鬼ごつこには有利です。
 昭和十三年頃から、四單位編成だつた我陸軍を三單位制に改變したのも師團數を増やす爲です。
 以前の一個師團−歩兵二個旅團、騎兵、砲兵各一個旅團、合計二萬人を遙かに超える−の定數で、新師團二個は作れるのですから。
 そこで、平時でも常設師團全てに工兵なりが行き渡らない場合、工兵聯隊でなく獨立工兵大隊でもいいから全師團に工兵を、てふことになるのです。

824 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:12:34 ID:8FIR7c5y
 警備師團の基本構想自體が、戰鬪力は小さくとも良いから多數の師團を、てふものでした。
 この延長上に、師團で無く旅團でもいいから多數を、てふことでミニ師團たる獨立混成旅團を、警備師團や獨混の下にも聯隊でなくとも良いから多數の單位をといふ考へでミニ聯隊たる獨立大隊を置き、部隊數を増やして廣く淺くばら撒く。
 どうせ支那軍は弱いのですから、戰鬪より見張りが肝腎です。
 日支すなはち一對十。
 我勇士は一人で支那兵十人を撃滅できますが、支那兵の泥棒十人前は見張れないのです。
 三單位編成と四單位編成では幾何級數的に定員定數が懸隔し、單純計算で聯隊あたりの分隊數で256對81の大差になります。
 そんなら四單位編成聯隊一個より、三單位編成聯隊三個を、いや獨立大隊にして更に倍増を、と云ふ思考法です。

 我歩兵一個大隊は、優に支那軍の一個師團に勝りました。
 だつたら大隊を獨立隊にしてしまへ、といふ理解でも良いでせう。
 我將士の勇戰斯くの如し。

825 :王師堂々:2006/12/19(火) 18:14:42 ID:8FIR7c5y
 稻造説ではこれから指摘するのでせうが、北支は地續きのソ連から支援が入るので紅軍が強勢です。
 ゲリラも補給に依存する點では正規軍と同じですから、これによつて太る。
 しかも日本軍も國府軍も南方に主力を置き、田舎の北支−北京はもう首都ならず−には兵力を割いてゐない爲、性病だらけの山東省にしても山又山の長城線にしても赤土の荒野山西省にしても中々しようけつを極め、勝手に徴税挑發徴兵し良民を泣かせたものです。
 惡い支那軍が押入つて來ぬやう、正義の王師・日本軍の分駐を求める町村は少くありませんでした。
 將兵を婿に望む有力者も大勢居ました。
 現地除隊でもしやうものなら引く手數多です。
 戰後、抑留を終へて歸國の途に就く時は、沿道に住民が日章旗を振つて歡呼して見送つてくれました。
 武裝を解かれてもなほ、日本軍の榮光は輝きを失はなかつたのです。

 ♪非道に民を虐げて
  抗日叫ぶ賊徒等の
  破壞の後に樹立る
  新たな秩序永遠の
  道あり北支派遣軍

826 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:26:22 ID:SI7nFHeD
これもある種の選民思想か?

827 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:48:05 ID:???
旧字馬鹿は昔の日本が大好きなんだろう。
いっその事、ちょんまげも結えばいいのに。

828 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:48:05 ID:8FIR7c5y
愚かなことを
シナの程度が低いだけ

829 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 18:50:50 ID:???
わざわざ旧字で書かれても読みづらいだけです
そういう行為は自慰行為と変わりません
旧字で書かれる限りは自分はあぼーんするだけです

830 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 19:02:36 ID:???
>>829
低脳乙

831 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 19:38:37 ID:???
ID出したり消したりして自演してまで
ここを荒らす理由は何? 旧字馬鹿さん
よそでやりなよ あんたの書き込みは
ただの荒らしでしかないよ

832 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 19:51:37 ID:???
適当な旧字をNG指定にすりゃええだろ、構うなよ

833 :えICBM:2006/12/19(火) 21:04:27 ID:???
まあ、旧字の勉強ということで、もっと激しく旧字をよろしく。

834 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 21:42:30 ID:???
旧字を読みたいなら図書館に行って戦前の新聞を読みなされ。
今の新聞と違って、ちゃんと読み仮名をふってあるます。

まあ、当時は識字率が低かったからだとおもいますがね。

835 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 22:10:08 ID:???
この分だと明日にもスレが埋まってそうな予感……。何度も言うようですが
スレの容量が500KBを越えると「サドンデス」ですw。まあ「新スレ」を
跨ぐどころか、「新年」に突入するような予定文量ですから気にしませんけど。

836 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 22:29:43 ID:8FIR7c5y
識字率は今の方が低いみたいです。
ここで正字嫌だと喚いてるのも結局文盲でしょ。

837 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 22:40:24 ID:Hgiv+sZk
相手にするべきか、華麗にスルーすべきか、迷うところです。まあ、しかし
自分は平日は2時間程度しか書き込める時間がありませんので、こうして
悩んでいる時間がもったいない。という訳で、昨日の続きです。

まあ、望楼が「トーチカ」と呼べるかどうかは色々な写真を見て各自で
判断してもらうしか方法がありません。5分ぐらいネットで写真がUP
されていないか探してみたのですが、ちょっと見当たりませんでした。
また収容する分遣隊の規模によって、その造りもピンキリでしょう。

自分の手元にある写真は、上部までレンガ造りで周りに土嚢が積んであります。
山東半島のある分遣隊のトーチカ(堡塁)を文章で表現すると以下の通りです。

1千平方メートル(約30メートル四方)ほどの敷地に、土やレンガでトーチカ
(堡塁)を築き、周囲を深い壕と鉄条網と鹿砦(ろくさい・敵の侵入を防ぐため
鋭い木の枝を敵の方向に向けて垣根を作ったもの)で防御します。主要な火器は
重機1、軽機1、擲弾筒1です。

838 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 22:56:46 ID:Hgiv+sZk
ここに軍曹を長として13名の日本兵が治安任務についていました。また
小村落に位置していたため、満州生まれの中国人通訳が1名おりました。

分遣隊のメンバーは軍曹1名以下、3年兵が8名、2年兵が2名、初年兵が
2名と、3年兵が過半数を占めているやや偏った構成です。特筆すべきは
分遣隊の中には特業兵と言いまして、重機や軽機・無線といった専門をもつ
兵隊がバランスよく配置されていたことです。

これも遠隔地にポツンと孤立している部隊ですから、少人数でも一通りのこと
がこなせるように配慮されていた訳です。また中隊本部から20キロや30キロ
離れた「最果ての分遣隊」になりますと、負傷者や重病人が出ても本部への移送が
間に合わないということで、特別に衛生兵が配置された分遣隊もあります。

また、この分遣隊のすぐ隣には同程度の規模をもった「県警備隊」(支那人)が
駐屯していました。しかし、これが八路軍に集中攻撃されるので困りものでしたw。

839 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 22:58:16 ID:???
>>819
相沢中佐にあまりにも失礼。中佐は決して吉外ではないし、こんな汚い言葉遣いもしない。

それから大隊長と聯隊附は全く別物。

840 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:04:57 ID:???
なんでわざわざID変えて自演するんですか?
旧字馬鹿さん

841 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:05:29 ID:???
此處は舊字ブゥムですので敢へて舊字にて書き込みませう。
「獨立混成」と言へば戰後の昭和30年代後半まで各映畫會社で
製作した一連の「兵隊もの」を想起します。
「兵隊やくざ」「與太郎戰記」「山猫作戰」「ドブネヅミ作戰」
そして「血と砂」等など。

北支のとある寒村、派遣されてきた日本軍の分隊・・・
そこで事件發生・・・分隊長がある日刺殺死體で發見さる
犯人は普段、分隊長から苛められていた一等兵か?
それとも八路スパイの疑いある支那人行商人か?
はたまた被害者に何か含みのある朝鮮人慰安婦の仕業か?
こんなTV番組も有つたのです。
「日中國交囘復」以後こんな番組はまう觀る事は出來ません。

842 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:05:33 ID:8FIR7c5y
 それは陣地でありトーチカ(穴倉陣地)ではあつても、望樓ではありません。
 望樓とは單なる物見やぐらです。
 よつて望樓より監視中、八路の狙撃に遭ふこともあります。
 周圍より丸見えですか、高粱畑に隱れて接近すれば必中射界、せめて狙撃距離に近寄ることも可能です。
 
 尤も、天守閣や櫓−富士見櫓、月見櫓、寶藏櫓、二の丸、小天守の類−は兩方兼ねてゐたと云ふことも可能ですが、上記解説は望樓を伴ひません。
 今次論爭は軍事問題でも歴史問題でもなく、單に漢字の意味を取れるかどうか、に掛つてゐるやうです。
 文盲を放置するからスレ主にも傳染したのでは?
 なほ、三單位編成と關係あるのかどうか、小型陣地は段々三角化して行きます。
 深い堀には水を引き、跳橋を渡したりします。

843 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:11:48 ID:8FIR7c5y
 軍曹を長とする13名なら、一個分隊といふことでせう。
 歩兵分隊長は兵長、伍長が多く、軍曹なら右翼分隊長、古参分隊長の役回りです。
 特業とは喇叭、銃工、縫製、靴工、炊事と言った内務の特技では?

844 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 23:14:13 ID:Hgiv+sZk
>>806 >>ワールドアドバンスド大戦略のマップ作成でなんとか支那戦線の
>>ややこしさを表現しようとマップ作ってますけど なかなかややこしい(笑)

地理的なものを説明するのは本当に難しいですw。いずれ「五号作戦」も
取り上げたいのですが、成都をまず攻略してそこから重慶に回りこむという
色んな意味で『恐ろしい』作戦計画を説明しようとしても、なかなか文章では
イメージが伝わらない訳です。2chは手軽に書き込めて非常に重宝している
のですが、何ぶん「テキスト・オンリーの媒体」ですので、そこだけは難点です。

>>829 >>わざわざ旧字で書かれても読みづらいだけです そういう行為は
>>自慰行為と変わりません

まったく同感です。誰にでも「分かりやすい文章」を心がける自分にとっては
オナニズム以外の何物でもありません。ちなみに自分の文章のお手本は、『毎日
新聞』記者で戦時中は、陸軍報道班員として支那に終戦まで滞在していた益井
康一氏です。

845 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:25:39 ID:8FIR7c5y
それは花園主計大尉に便乗して文盲の皆さんも非難する無法な上官そのものの非行です。
法令たる内閣告示によって歴史的表記の尊重義務が謳はれてゐますから、それを否定する違法な要求は赦しません。


846 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 23:30:32 ID:Hgiv+sZk
>>817 >>以前から支那事変に興味はあったのですが、中々手をつけられずに
>>いたのですが、このスレがのおかげで調べる良いきっかけとなりました。

そう言って頂けると、望外の喜びです。軍板において支那事変は「人気が無い」
のが通説とされていましたが、「そんなことはないだろう。みんな関心はある
けれど、色んなしがらみ的な問題が多いので何となく避けているだけ」と思って
おりましたので、大変嬉しく思います。

>>えICBM:2006/12/19(火) 21:04:27 ID:???
>>まあ、旧字の勉強ということで、もっと激しく旧字をよろしく。

ちょっと無責任なことを言わないでw。あなたに差し上げるから引き取って
下さいよ。え?いらない?w まあ、そりゃそうです。

847 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:36:41 ID:???
>>386
今も昔も、あんなごちゃごちゃした字読むような面倒臭い事をしたがらなかったという事では?

848 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:38:11 ID:8FIR7c5y
文盲らしい科白だ

849 :847:2006/12/19(火) 23:40:01 ID:???
>>386×
>>836

850 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:41:02 ID:8FIR7c5y
なるほど
算用数字も読めない

851 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:47:20 ID:xYflEceY
>>845
適当に当て字で書けバ良いという事ですね!

852 :名無し三等兵:2006/12/19(火) 23:49:10 ID:8FIR7c5y
略字はNGWORD指定しやう

853 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/19(火) 23:49:47 ID:Hgiv+sZk
「特業兵」という書き方が紛らわしかったのなら「特業教育」としておきます。
初年兵教育を修了すると通信兵(軍鳩班などもあった)や衛生兵などに回される
こともありますが、ああ説明が面倒くさいw。「若干1名」を除いた他の方へ、
以下のサイトを参照して下さい。ttp://www.warbirds.jp/ansq/41/D2001332.html

>>そこで、一期の検閲の前になると,中隊の人事掛の特務曹長は、初年兵を観察
>していて、内務班長(教練の助教を兼ねる)の助言を参考に、こいつはボサーと
>>してるけれど射撃の成績が中隊いちだから狙撃手、こいつは射撃は下手糞だが
>>銃剣術が巧くて気合が入っているので上等兵候補者、こいつは力が強いから
>>機関銃手(軽)、こいつは頭が良いから衛生兵、こいつは計算が速いから擲弾
>>筒手、こいつは戦技の役に立たないから万年炊事當番、などと決めてしまい、
>>『特業(専門)』が決ってしまいます。

>>803 の続き。>>これらの独立大隊は、それぞれの警備地区で柔軟に任務が
>>達成できるよう通常の部隊より独立性を高める工夫が成されていましたが、
>>反面機動力に欠ける面がありました。

ややこしく書きましたが、要するに『高度分散配置』を前提に編成されたと
考えれば理解が早いでしょう。「分散配置→機動力に欠ける」という訳です。

854 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 00:03:44 ID:8FIR7c5y
 どうですかな
 對八路は機動力を要します
 獨立大隊は規模が大きい分、尋常の大隊より動きは鈍くなりますが、聯隊よりは機敏な訳です
「分散配置→機動力に欠ける」とはいへないのではないかと思ひます
 

855 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/20(水) 00:04:28 ID:aVcq0Syy
>>802 >>北支の戦線を「治安維持」に適した部隊に整理すべく導入されたのが、
>>いわゆる『治安師団』というものです。

旅団の話が先になりましたが、今度は『治安師団』の話に移りたいと思います。
別名「警備用師団」という言い方もされますね。比較的に入手容易な資料が
揃っている「第37師団」(1939年2月編成・熊本・通称「冬」)を
例に挙げたいと思いますが、今日はそろそろ時間切れw。

全師団の大まかな特色については、過去スレ(4代目の冒頭)でまとめて
ありますが、要するにこういう事です。

>●30番ナンバー師団=支那占領地の「治安」師団

>主に1939年に編成され、支那各地の占領地の治安維持を任務としていました。
>師団の人員は常設師団より少なく、1万4千人程度。装備もやや劣ります。

856 :永遠と須臾の罪人 蓬莱山輝夜 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/20(水) 00:21:48 ID:???

    ,..:::─:::.、
   ,:'::::::::::-==ヽ
   i/<:L:iλ::i::」   本当に言葉尻ばかりあげつらう気持ちの悪い
   i::i::|i ゚ ヮ゚ノ:|   ジイサンね。八路軍対策の機動力の話なら
   .,':::r'ヽ∞イi::|   中佐が後でガンガン「中隊討伐」や「大隊討伐」の
  /:::〈_/,.-=-!〉|    エピソードをしてくれるわよ。アンタは嫌いで
  〈._;;;く,、__,_、〉:|   しょうけどね。機動力に欠けるというのは
               部隊全体の話に決まってるじゃないw。

それよりアンタ、・名無し三等兵 :2006/12/19(火) 02:53:53 ID:8FIR7c5y
・名無し三等兵 :2006/12/19(火) 03:00:31 ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :
2006/12/19(火) 09:24:20 ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :2006/12/19(火)
14:06:58 ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :2006/12/19(火) 14:27:47 ID:8FIR7c5y
・名無し三等兵 :2006/12/19(火) 17:53:36 ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :2006
/12/19(火) 18:12:34 ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :2006/12/19(火) 18:48:05
ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :2006/12/19(火) 22:29:43 ID:8FIR7c5y・名無し
三等兵 :2006/12/19(火) 23:49:10 ID:8FIR7c5y・名無し三等兵 :2006/12/20(水)
00:03:44 ID:8FIR7c5y

1日中どころか「日付を跨いでも」IDが同じでパソコン付けっぱなしじゃない。
キモ!

857 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 01:27:00 ID:6hRu2/VY
 さういふふざけた態度がよろしくありません
 また、文武何れにせよ緻密さが要求されますから、言葉尻云々は無學者の言ひ分です
 嚴密な定義から出發するのが近代科學です

 それにしても、上等兵候補者を特業とは言ひますまいよ
 特業とは戰技以外の戰陣生活の特技、廣義の内務だつたつように思ひます

858 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 01:45:58 ID:???
まだおるか基地害 ほっといて寝よっと


859 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 07:49:31 ID:6hRu2/VY
ID隠して夜中も悪態



860 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 09:30:02 ID:6hRu2/VY
 小生は左翼ではありませんが、左翼人も本物の鬪士なら義のため世のため人のために身命を擲つ志士です
 ここで身元を隠し怒鳴り回るだけの荒しとは違ひます
 戰後左翼運動が盛んだつたので、一目置く可き人物も少からず居ました
 古くは中江兆民、幸徳秋水師弟も人傑だつたと仄聞します
 第一次大戰停戰直後、ドイツ帝國最後の首相マックス大公が動亂の渦中、政權を危險な敵對勢力にして未知の社會主義者エーベルトに讓るに際し、不安を以て述べました
「豫は足下に祖國の運命を委ぬ」
 エーベルト答へて曰く
「我は祖國に二人の我子を捧げ盡して悔い無し」
 若きエーベルト京大おつと兄弟は既に祖國と同胞のために戰死してゐたのです
 大公は安心して政權を去りました
 野に在つては馬車屋の親父、朝に入りてはワイマール共和國初代大統領エーベルトです
 エーベルトは革命運動に便宜があるやう、望んで馬車宿の親父をしてゐたのです
 だから職が無いとか、貧乏だとか悲しむことは義人のなすことではありません
 荒し諸君は小生と違つてこれからの青年です
 氣持をゆつたりと大きく持つて荒しを改心し、スキルアップして行けば宜しい
 林眞理子は就職試驗に四十數囘落ちたけれど一念發起して世に出ました
 世のため人のために役立つ人に成りませう

861 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 10:42:01 ID:???
完全にピントがズレてる
やはり基地外だ・・・・

862 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 11:50:24 ID:6hRu2/VY
 高度分散配置は赤匪の監視、封殺と共に、若し蠢動を見たら忽ち驅着ける爲の、言はば機動戰用に間合を詰めて置く布陣ではなかつたでせうか?
 越南戰爭も鬼ごつこでした
 アフガンもさうだつたのでせう
 米ソは廻轉翼機でヘリボーン掛けたり、固定翼機で叩いたりしました
「歩兵で拘束し、航空機で撃滅する」
 でも幾十せ年も先行する支那事變で、それは望めぬことでした
 何より世界戰史上初めての體驗で、戰ひ方も判然としなかつたのです
 テト攻勢のキル・レシオが六十倍以上。支那事變は二十倍以上。
 米兵一人討つのにベトコン六十何人討死にし、我勇士一人が支那兵二十數人道連にした譯ですから、四半世紀の時の差、裝備の差を勘案すれば
支那派遣軍の奮鬪は明らかです

 ♪一髮土に殘さずも 譽れに何の悔やある    戰陣訓の歌

863 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 12:00:05 ID:6hRu2/VY

 小兵の記憶では、警備師團と呼んで、治安師團とは言ひませんでした
 治安では實施部隊が士氣振策できしません
 警備隊、分屯隊の語は多用しました
 分隊と小隊の中間規模の警備隊が多くあり、分隊長を卒業した曹長級が警備隊長を勤めました
 良く地元民衆と融和し、美しい插話を數多耳にしたものです


864 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 12:36:23 ID:???
これだ!!これが見たかった!! ああ すごくいい

スレ埋まっちゃったよ中佐 虫みたいに

ははは、やっぱりな 馬鹿な爺だ
敗北(500KB)が始まったのだ 心が踊るな

非道い人だ あなたは
何奴も此奴も連れ回して 一人残らず重慶に向かって進撃させる気だ

戦争とはそれだ 地獄はここだ
私は無限に奪い無限に奪われるのだ 無限に亡ぼし無限に亡ぼされるのだ


865 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 12:43:19 ID:???
このスレは任務を完全に果たした、完全にだ!!

#新スレ立てれなかったんで、だれかスレ立てお願い


866 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 13:07:46 ID:???
>>862
半島戦争の方が先じゃね?
>>863
記憶に無いならググれ

867 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 14:02:49 ID:???
>>865
スレは後ほど中佐が立てます

868 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 14:12:06 ID:7Ce/RcPJ
sage

869 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 14:16:04 ID:???
>>867
えっ、そうなんだ。

ごめんなさいでした┌(_ _)┐

870 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 15:13:15 ID:???
一天万民皆百姓

871 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 16:50:09 ID:???
左翼偏向無知無學の輩に氣違ひ呼ばわりされてもねえ

872 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 21:33:23 ID:???
天下萬民 我を尊ぶべし

873 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 22:05:38 ID:???
なんでID出したり隠したりしてるの
旧字基地外さん

874 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/20(水) 22:43:56 ID:???
>>864 >>スレ埋まっちゃったよ中佐 虫みたいに

いやあ、他の人から自分が『ヘルシング』ネタにされるとは思いませんでしたよ、
何か新鮮ですw。

875 :名無し三等兵:2006/12/20(水) 22:44:03 ID:50s+PDP4
すいません。
初心者なんですけど、私が書き込むとIDが出る時と出ない時があります。
何故そうなるのかわかりません。
原因を教えて頂ける人いらっしゃいませんか?

876 :イナゾウ中佐 ◆FU/OcfTlfM :2006/12/20(水) 22:46:13 ID:???
え、ネタ? Eメールの欄に「sage」を入れてますよね?w

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